界外の契約者(コール)
10話 話し合いは出来るかな?
トイレの騒動から数十分後。
上野駅から改札を出て、アメ横通りにある人気の無い喫茶店へと足を運ぶと向かう神宮寺達。
喫茶店に入ると気前が良さそうなおじさんが出迎え、「いらっしゃいま……」で区切って絶句する。
そのおじさんの目にはこう映ったのだろう。
まず、女二人と男二人のお客さん。ここまでは一般のお客さんだ。
だが、そこまでだ。
男のお客さんの顔が腫れに腫れていること、そして背の小さい少年のような子がグダッとしている男の方に肩を貸して、重いのかオロオロしている。
対する女性二人はしれっとした顔で従業員のおじさんに話しかける。
「おじさん、私たちはテーブル席に座りたいんだけど良いかしら?」
「うんうん! やっぱり下等な……じゃなくて、テーブル席お願いな」
おじさんはこんな状況を見てものすっごい困惑した顔を浮かべていたが、やがて仕事を思い出し、無理矢理笑顔を作り出す。
「はい! それではこちらにどうぞ」
お客さんを促すように先にテーブル席に向かうおじさん。
女性二人は男二人を置いてそそくさとおじさんの後について行く。
「ううぅぶぅぶぅぅ……」
肩を借りていた腫れぼった顔の男性が何か言うと、貸していた少年もけっこう涙目でうんうんと頷く。
「なんでアリアさんはあんなにぃ神宮寺さんにぃ暴力出来るんですかぁ?」
「……おぶぇも知らねべ(俺も知らない)」
男二人もそんな女性たちについて行くようにテーブル席に向かう。
テーブル席に座った神宮寺達はウエイターのおじさんにコーヒーを頼んだ後、すぐにアリアが話を切り出す。
ちなみに、席は神宮寺の隣にアリア。テーブルを挟んだその向かいにヨグと男装のこっくりさんだ。
「ではヨグ、最初に聞いておくけどあなたは何の神話のどんな立ち位置の神なのかしら」
そう聞かれてヨグは「んーとー」と軽い調子でぶかぶかの袖をわざとブラブラ揺らしながら、ニヤニヤ笑いながら言う。
「あたしは人間が造った神話。いわゆる創作の世界って言われるクトゥルフ神話の副神。ねークトゥルフって知ってる? 」
「クトゥルフ神話って何だ?」
痛いほおを摩りながら質問する。
「クトゥルフって言うぅのは、色んな人が纏めたSF小説で最近のぉ神話ですぅ……」
こっくりさんが恐る恐る神宮寺の質問に答える。すると、隣にいたヨグがご機嫌な顔になってこっくりさんの肩を抱く。
「うひょー! やっぱり最近の神話同士ならシンパシー感じるな!」
「あ、あのうぅ……」
「ちょっと、話を戻すわよ」
アリアがこほんと咳をして場の空気を戻す。
「クトゥルフ神話の副神、あなたがその神なのは分かった。ではなんで不良たちを襲撃するの?」
彼女の次の質問にヨグは「うーん……」と腕を組みながら悩んでいたが、やがてまとまったようでアリア達に簡潔に答える。
「ウチの界外術師がご所望だったから……かな?理由はしょぼいから言わないけど」
その解答に神宮寺は「?」とハテナマークを浮かべるが、アリアの方は分かっていたらしく「やっぱり」と呟く。
「あんたみたいなのが身勝手に暴れていたら不良の百人も二百人も死んでてもおかしくないものね。それで、あなたの界外術師の霧島弾はどうやってあなたの様なランクの高い神を界外したのかしら。プロフィールを見ても普通の不良なのだけれども…」
それを聞いて「あぁ、それか」と言ってまたも軽い調子で答える。
「それなら別に大丈夫。だってあたしが無理矢理あいつの血を贄にして界外したから。しかもその際に契約もしたんだぜあいつと」
その言葉に一同は驚いた。あの神宮寺でさえもだ。
神宮寺はヨグの言った単語に自身も経験があることを思い出して頭の中で反芻する。
神と契約。
それは界外術師が、呼び出した神を抑制するために使う拘束具のようなものだ。
一度契約すると二度と契約は破棄することができず、人間である界外術師が死ぬまでその契約は結ばれる。
だが、この契約がある限り特殊な感情で呼び出した神を何度でも界外することができる。
けれどメリットもあり、この契約が結ばれている時に事故などによって界外術師が死亡した場合、その魂を契約を結んだ神に喰べられ一生苦しむことになる。
危険なジェットコースターの安全バーのような存在の契約。
しかし、幼馴染みである下田アリアはこの契約を一切せずに神を呼んでいる。これはアリアが特別だからできることだ。
でもアリアは動揺を隠せないでいた。神宮寺はこんなに焦っているアリアを見たのは久しぶりだった。
「不可能よ。第一その血はいくら使ったの?微量の血じゃあなたみたいな神を出せるわけが……!」
そこでアリアはあることを思い出す。神が成せる奇跡がどの様なものかを。
「……まさか、霧島は一度死んであなたに生き返らせてもらった?」
「お、惜しい! あと少しだったね人間。あたしは副神だけど生死は司ってないから出来ないよ」
ヨグはケラケラと笑いながら言う。
「答えは、死ぬ前に意識をあたしがいる界外の世界に引っ張って契約したのでした。これで納得?」
「ちょっと待ってください!」
それを聞いてこっくりさんがすかさず否定する。
「界外されるぅ神は皆、呼び出される前から何か行動を起こすのは無理ですぅ。そんなのは東京ドームの屋上から5cmの穴に針を落として入れるのと同じくらいですぅ」
そう指摘するこっくりさんに対し、コーヒーが来るのが遅いのに少し苛立ったヨグは不機嫌そうにこう言う。
「そんなの知らないわよ。引っ張った私が言うのも何だけど、引っ張れたんだから仕方ないでしょ。つーか、あたしら神に常識ってあんの?」
そう言いつつおしぼりを弄りながら「コーヒーまだかよ……」と不機嫌を露わにするヨグ。
衝撃の事実と、目の前にいるこのヨグなるチートな神に場の空気は冷たくなる。まるでお通夜モードだ。いや、世界滅亡の数時間前のような空気だ。
そんな空気の中、神宮寺孝作はヨグにあることを問いただす。
「なぁヨグ、お前に聞きたいことがある」
「何かしら?」
心臓を落ち着かせる。
動悸も落ち着かせる。
神宮寺は自分が『死なない』事を改めて心に言い聞かせて思い切った質問をする。
「お前の目的はなんだ? 界外した理由はそれ目的なんだろ」
するとヨグは、さっきまで弄っていたおしぼりを「キュ」と小さな音と共に消し去り、不機嫌な顔からさっきまでとは違う種類の笑顔に変わる。
邪悪な、それでいて背筋もゾッとする笑みを浮かべ、神宮寺の質問に答える。
「あたしは『絶対のその先』を目指しているの。他の主神や神を滅ぼしてその先に行きたいの。この世界じゃないけど『未踏級』なんて呼ばれている絶対無比の存在にあたしがなるために……!!」
しかし。
「へ? 何それダサい。つーか副神のくせにセコい。お前は馬鹿か?」
キョトンと、本当に違う意味で驚いた顔を浮かべた神宮寺は、クトゥルフ神話の副神であるヨグ=ソトースに対して初めて侮蔑する喋り方をする。
この日、19時の喫茶店来店者でタダの高校生であった神宮寺孝作は、生まれて初めて主神級の神に物申すように喧嘩を売った。
上野駅から改札を出て、アメ横通りにある人気の無い喫茶店へと足を運ぶと向かう神宮寺達。
喫茶店に入ると気前が良さそうなおじさんが出迎え、「いらっしゃいま……」で区切って絶句する。
そのおじさんの目にはこう映ったのだろう。
まず、女二人と男二人のお客さん。ここまでは一般のお客さんだ。
だが、そこまでだ。
男のお客さんの顔が腫れに腫れていること、そして背の小さい少年のような子がグダッとしている男の方に肩を貸して、重いのかオロオロしている。
対する女性二人はしれっとした顔で従業員のおじさんに話しかける。
「おじさん、私たちはテーブル席に座りたいんだけど良いかしら?」
「うんうん! やっぱり下等な……じゃなくて、テーブル席お願いな」
おじさんはこんな状況を見てものすっごい困惑した顔を浮かべていたが、やがて仕事を思い出し、無理矢理笑顔を作り出す。
「はい! それではこちらにどうぞ」
お客さんを促すように先にテーブル席に向かうおじさん。
女性二人は男二人を置いてそそくさとおじさんの後について行く。
「ううぅぶぅぶぅぅ……」
肩を借りていた腫れぼった顔の男性が何か言うと、貸していた少年もけっこう涙目でうんうんと頷く。
「なんでアリアさんはあんなにぃ神宮寺さんにぃ暴力出来るんですかぁ?」
「……おぶぇも知らねべ(俺も知らない)」
男二人もそんな女性たちについて行くようにテーブル席に向かう。
テーブル席に座った神宮寺達はウエイターのおじさんにコーヒーを頼んだ後、すぐにアリアが話を切り出す。
ちなみに、席は神宮寺の隣にアリア。テーブルを挟んだその向かいにヨグと男装のこっくりさんだ。
「ではヨグ、最初に聞いておくけどあなたは何の神話のどんな立ち位置の神なのかしら」
そう聞かれてヨグは「んーとー」と軽い調子でぶかぶかの袖をわざとブラブラ揺らしながら、ニヤニヤ笑いながら言う。
「あたしは人間が造った神話。いわゆる創作の世界って言われるクトゥルフ神話の副神。ねークトゥルフって知ってる? 」
「クトゥルフ神話って何だ?」
痛いほおを摩りながら質問する。
「クトゥルフって言うぅのは、色んな人が纏めたSF小説で最近のぉ神話ですぅ……」
こっくりさんが恐る恐る神宮寺の質問に答える。すると、隣にいたヨグがご機嫌な顔になってこっくりさんの肩を抱く。
「うひょー! やっぱり最近の神話同士ならシンパシー感じるな!」
「あ、あのうぅ……」
「ちょっと、話を戻すわよ」
アリアがこほんと咳をして場の空気を戻す。
「クトゥルフ神話の副神、あなたがその神なのは分かった。ではなんで不良たちを襲撃するの?」
彼女の次の質問にヨグは「うーん……」と腕を組みながら悩んでいたが、やがてまとまったようでアリア達に簡潔に答える。
「ウチの界外術師がご所望だったから……かな?理由はしょぼいから言わないけど」
その解答に神宮寺は「?」とハテナマークを浮かべるが、アリアの方は分かっていたらしく「やっぱり」と呟く。
「あんたみたいなのが身勝手に暴れていたら不良の百人も二百人も死んでてもおかしくないものね。それで、あなたの界外術師の霧島弾はどうやってあなたの様なランクの高い神を界外したのかしら。プロフィールを見ても普通の不良なのだけれども…」
それを聞いて「あぁ、それか」と言ってまたも軽い調子で答える。
「それなら別に大丈夫。だってあたしが無理矢理あいつの血を贄にして界外したから。しかもその際に契約もしたんだぜあいつと」
その言葉に一同は驚いた。あの神宮寺でさえもだ。
神宮寺はヨグの言った単語に自身も経験があることを思い出して頭の中で反芻する。
神と契約。
それは界外術師が、呼び出した神を抑制するために使う拘束具のようなものだ。
一度契約すると二度と契約は破棄することができず、人間である界外術師が死ぬまでその契約は結ばれる。
だが、この契約がある限り特殊な感情で呼び出した神を何度でも界外することができる。
けれどメリットもあり、この契約が結ばれている時に事故などによって界外術師が死亡した場合、その魂を契約を結んだ神に喰べられ一生苦しむことになる。
危険なジェットコースターの安全バーのような存在の契約。
しかし、幼馴染みである下田アリアはこの契約を一切せずに神を呼んでいる。これはアリアが特別だからできることだ。
でもアリアは動揺を隠せないでいた。神宮寺はこんなに焦っているアリアを見たのは久しぶりだった。
「不可能よ。第一その血はいくら使ったの?微量の血じゃあなたみたいな神を出せるわけが……!」
そこでアリアはあることを思い出す。神が成せる奇跡がどの様なものかを。
「……まさか、霧島は一度死んであなたに生き返らせてもらった?」
「お、惜しい! あと少しだったね人間。あたしは副神だけど生死は司ってないから出来ないよ」
ヨグはケラケラと笑いながら言う。
「答えは、死ぬ前に意識をあたしがいる界外の世界に引っ張って契約したのでした。これで納得?」
「ちょっと待ってください!」
それを聞いてこっくりさんがすかさず否定する。
「界外されるぅ神は皆、呼び出される前から何か行動を起こすのは無理ですぅ。そんなのは東京ドームの屋上から5cmの穴に針を落として入れるのと同じくらいですぅ」
そう指摘するこっくりさんに対し、コーヒーが来るのが遅いのに少し苛立ったヨグは不機嫌そうにこう言う。
「そんなの知らないわよ。引っ張った私が言うのも何だけど、引っ張れたんだから仕方ないでしょ。つーか、あたしら神に常識ってあんの?」
そう言いつつおしぼりを弄りながら「コーヒーまだかよ……」と不機嫌を露わにするヨグ。
衝撃の事実と、目の前にいるこのヨグなるチートな神に場の空気は冷たくなる。まるでお通夜モードだ。いや、世界滅亡の数時間前のような空気だ。
そんな空気の中、神宮寺孝作はヨグにあることを問いただす。
「なぁヨグ、お前に聞きたいことがある」
「何かしら?」
心臓を落ち着かせる。
動悸も落ち着かせる。
神宮寺は自分が『死なない』事を改めて心に言い聞かせて思い切った質問をする。
「お前の目的はなんだ? 界外した理由はそれ目的なんだろ」
するとヨグは、さっきまで弄っていたおしぼりを「キュ」と小さな音と共に消し去り、不機嫌な顔からさっきまでとは違う種類の笑顔に変わる。
邪悪な、それでいて背筋もゾッとする笑みを浮かべ、神宮寺の質問に答える。
「あたしは『絶対のその先』を目指しているの。他の主神や神を滅ぼしてその先に行きたいの。この世界じゃないけど『未踏級』なんて呼ばれている絶対無比の存在にあたしがなるために……!!」
しかし。
「へ? 何それダサい。つーか副神のくせにセコい。お前は馬鹿か?」
キョトンと、本当に違う意味で驚いた顔を浮かべた神宮寺は、クトゥルフ神話の副神であるヨグ=ソトースに対して初めて侮蔑する喋り方をする。
この日、19時の喫茶店来店者でタダの高校生であった神宮寺孝作は、生まれて初めて主神級の神に物申すように喧嘩を売った。
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