界外の契約者(コール)
17話 記憶消去と来訪者
アリアが倒した銀城や気絶した男女を、万が一と思い、動けないよう手足を縛った神宮寺。
「おーし、とりあえず良くわかんねーけどこれで良いんだよな?」
そう言ってこの状況を作った少女、下田アリアの方を向く。
当の本人はしれっとした態度で「そうね」と言うと、同じく手足を縛って転がした霧島を見下す。
先ほどまで自らの額に拳銃を突きつけていた霧島だが、『ヨグ=ソトースが近づいたら撃つ』と言う銀城の洗脳命令を受けていた。
しかし、それは裏を返せば『ヨグ以外なら大丈夫』となる。
なので銀城が倒れた後、神宮寺が近づいても撃たなかった。
それでも何かの拍子で引き金を引いてしまう可能性があったため、縛り付けて、今度は抜けないようにきっちりと、地面に転がしておいた。
「………えーと、とりあえずこの状況を教えてくれない」
対するイモムシ状態の霧島は見上げる格好で聞いてくる。
だが、アリアはにこやかに笑うと、霧島の顔を自分の靴で踏んづける。それも勢い良く。
「お前がめんどくさい神さま呼んだせーだよ!!!!」
工場内に響くようにそう言って霧島の顔をグリグリと踏み潰す。
「ぶべべべ、いやいや俺は関係ないから!!つーか、勝手に出たんだよ!! 俺がなんであんなのを召喚? 良くわかんねーけど、出さなきゃなんねーんだよ!!!!」
そう言う銀城はチラリ、と、その呼ばれた本人の方を向く。
呼ばれた本人、ヨグ=ソトース。
人が創った神話体系であるクトゥルフ神話。
そのクトゥルフ神話の中で全てのモノを支配すると言われている副神。
その神様は、今はアリアが界外した二人の神に挟まれて立っている。
1人は3メートルもある鎧武者で、右手には大きな鮫切り包丁の様な刀を担いでいる。
もう一人は対照的に小さく、おかっぱで赤いスカートを履いた少女だ。
その2人は前者が向かって右、後者が左に立ってヨグを挟んでいる。
「はー、あんたってほんっと小物よね。やってることが小物よ」
「えぇーー!?お前が不良倒して俺を頂点に置いてくれるって言って勝手に暴れていただけじゃねーか!」
呆れたように首を振るヨグ。
それに対するように反論する簀巻き状態の霧島。
構図的にはひどいが必死さが垣間見れる。
色々と口論しようとする2人。しかし、それはアリアが止める。
「はいはい、とりあえずこの霧島ってのが一番悪いってわけね。それじゃ始めるから」
アリアはそう言うと霧島の顔と向かい合うように膝を曲げる。
「これからあんたの記憶と界外術師としての才能を無くす儀式するから。覚悟しなさいね」
「…………えーと、うん。えーと」
言われた霧島は澄まし顔を決め込む。しかし、額から汗が流れてしまって全然澄ましていなかった。
「ちょっと待ってくれない!? それされちゃうと俺はもうあいつを呼び出せなくなるんだよな?」
「そうよ」
「いや、それは」
「何人もの人間を傷つけたくせに何言ってんのよ。言っておくけど、私は今にもあんたを警察に突き出したいのよ」
アリアは地面に置いておいた学校指定の鞄を開け、中から一枚の赤い紙切れを出す。
「だから、これはせめてもの慈悲よ。あんたはどう考えてもあそこにいる神を従えていない。これ以上被害を出して、もしも世間に『界外』が知れて乱用されれば、世界は終わるのよ」
「……スケールでかくないっすか?」
「えぇ、ちなみにこれで記憶を消すのは200回以上……だったかしら?」
小首を傾げ、可愛く悩んだポーズをする身長150以下の少女。そんな少女の仕草に逆にゾッとする茶髪の不良イモムシ。
「まぁいい、とりあえずやるわよ」
「ちょっっっとまってくれ!!??!? え!? 俺のこの素敵な素敵な『界外』ってのが無くなるの!?嘘だろおい!! てか、おいヨグ! お前も止めるなら止めろよ!! 俺の才能が無くなったらお前も消えるんだぞ!!」
「別に?」
必死で喚く霧島の耳に、すっと、透き通るように声が聞こえた。
アリアに界外された神に挟まれたヨグが、その声の主だ。
霧島は最初、ヨグが何を言っているのか理解できなかった。ヨグは霧島の界外によって呼び出された存在。
その存在が、自らの一本柱である霧島の記憶と才能を消すことになんの未練もないように答えたのだ。
驚く霧島に、ヨグは続けて言う。
「いやさ、『絶対のその先』になろうとか言ってたけど、呼んだ界外術師がこのザマならなんかどうで良くなってきたというか。まぁ、次が何年後かわかんないけど、ここはおとなしくこいつらに任しちゃおうかなって」
黙って聞いていた霧島は喉が干上がるように焦り始めていた。
元々、偶然にもこの界外が使えるようになり。霧島自身はまだよく理解していないが、主神級と呼ばれるヨグを使役する事が出来た。
霧島はそのヨグの実力を使って、この東京の不良グループ達のトップになろうと画策していた。
しかし、数時間前まで自分の計画に賛同していた神が、たったの2時間ちょっとで考えを改めていたことに霧島は、その後の言葉を口に出せずに、ただただ後悔をする。
「……それじゃ、始めていいよ」
落胆する霧島に目をそらし後ろを向くヨグ。
どうやらヨグ自身も若干の後悔があるのだろう。
神宮寺はそんなヨグを痛ましく思ったが、これが最善の策なのだと自分に言い聞かせ、アリアの右肩に手を置く。
「……辛いのはお前だけじゃないからな」
「こんなの重荷でもないから平気」
アリアは澄まし顔で受け答えると、持っていた赤い紙切れ、お札を霧島のおでこに貼り付けるとその場を離れる。
すると、赤いお札を起点に、真っ赤な文様が瞬く間に広がり、円形の小さなドーム出来上がる。
「………記憶消去」
アリアは小さくそう唱えると、今度はその円の中に、ポケットに入れていたであろう飴玉を放り込む。
「界外」と呟くとまだ宙を舞っていたはずの飴玉が、地面に着く前にヒュッ、と消える。
すると、飴玉が消えた位置から空間を割るように一本の巨大な腕が飛び出す。
その腕は丸太一個分の太さでゴツゴツとした筋肉質をしており、指先は鋭く尖っている。
アリアが呼び出したのは『特定の記憶と才能を奪う神』という枠組みに無理やり入れた人外だ。
アリアのような天才は別として、元来、界外とは違う世界の者を呼ぶ召喚術だ。しかし、それは周りの感情を色濃くしたものを媒体に、偶然という範疇で呼び出しているだけだ。
では、『記憶』を『奪う』といった感情はどの様に思い浮かべたら良いだろうか?
答えは簡単、『そんな感情は無い』だ。
人は様々な感情を心に抱くが、それでも想像できるものには限りがある。
中でも『記憶』や『奪う』などの言葉を聞かされて何を思い浮かべれば良いのか、アリアのような天才でも難しい哲学の話だ。
その論点から、有力な『記憶を奪う神』というご都合な神は界外術師の世界では論理上不可能と言われている。
しかし、神話になくとも中世や近世では『記憶を奪う化け物』と云う伝説がある。
それは一説に、自らの聖地を汚されたくない山に潜むおとなしい妖怪。
それは一説に、町はずれの古びた古城でヒッソリと暮らす高貴なモンスター。
それは一説に、人間を喰らった場面を第三者に見られ、生かし記憶を消して逃がす凶悪で曖昧な怪物。
このように、誰からも観測されずに記憶を消すことが可能な人外達。
これらは神に劣るも、界外せずとも記憶を消すことが可能な今生の者達だ。
そして、界外術師達はその人外の『記憶を奪う』力といったものを利用している。
利用方法としては簡単だ。
まず、その人外に繋ぐ道を作ることだ。
最初にアリアが霧島のおでこに貼った赤いお札は、いわばカーナビのマッピングのようなものだ。その周辺に出来た文様の中は、人外の暮らす聖地と同じ空間になっている。
つぎに贄だが、これは簡易な食べ物だけでも代用ができる。飴などの小さなお菓子で代用可能だ。
それらの条件を満たして、初めて『記憶を奪う神』という枠組みの人外を呼び出すことができる。
さて、今まさに霧島弾がその記憶を奪う人外に記憶を奪われそうになる。
これは人外の爪先が少しでも頭に触れれば記憶が消去され才能もともになくなり、霧島は普通の高校生に戻るのだが。
突然、工場の表にある重機などを運ぶのに使われる、横にスライドして開ける大きな鉄扉が、まるで穿つように丸く大きな穴を開ける。
「おーし、とりあえず良くわかんねーけどこれで良いんだよな?」
そう言ってこの状況を作った少女、下田アリアの方を向く。
当の本人はしれっとした態度で「そうね」と言うと、同じく手足を縛って転がした霧島を見下す。
先ほどまで自らの額に拳銃を突きつけていた霧島だが、『ヨグ=ソトースが近づいたら撃つ』と言う銀城の洗脳命令を受けていた。
しかし、それは裏を返せば『ヨグ以外なら大丈夫』となる。
なので銀城が倒れた後、神宮寺が近づいても撃たなかった。
それでも何かの拍子で引き金を引いてしまう可能性があったため、縛り付けて、今度は抜けないようにきっちりと、地面に転がしておいた。
「………えーと、とりあえずこの状況を教えてくれない」
対するイモムシ状態の霧島は見上げる格好で聞いてくる。
だが、アリアはにこやかに笑うと、霧島の顔を自分の靴で踏んづける。それも勢い良く。
「お前がめんどくさい神さま呼んだせーだよ!!!!」
工場内に響くようにそう言って霧島の顔をグリグリと踏み潰す。
「ぶべべべ、いやいや俺は関係ないから!!つーか、勝手に出たんだよ!! 俺がなんであんなのを召喚? 良くわかんねーけど、出さなきゃなんねーんだよ!!!!」
そう言う銀城はチラリ、と、その呼ばれた本人の方を向く。
呼ばれた本人、ヨグ=ソトース。
人が創った神話体系であるクトゥルフ神話。
そのクトゥルフ神話の中で全てのモノを支配すると言われている副神。
その神様は、今はアリアが界外した二人の神に挟まれて立っている。
1人は3メートルもある鎧武者で、右手には大きな鮫切り包丁の様な刀を担いでいる。
もう一人は対照的に小さく、おかっぱで赤いスカートを履いた少女だ。
その2人は前者が向かって右、後者が左に立ってヨグを挟んでいる。
「はー、あんたってほんっと小物よね。やってることが小物よ」
「えぇーー!?お前が不良倒して俺を頂点に置いてくれるって言って勝手に暴れていただけじゃねーか!」
呆れたように首を振るヨグ。
それに対するように反論する簀巻き状態の霧島。
構図的にはひどいが必死さが垣間見れる。
色々と口論しようとする2人。しかし、それはアリアが止める。
「はいはい、とりあえずこの霧島ってのが一番悪いってわけね。それじゃ始めるから」
アリアはそう言うと霧島の顔と向かい合うように膝を曲げる。
「これからあんたの記憶と界外術師としての才能を無くす儀式するから。覚悟しなさいね」
「…………えーと、うん。えーと」
言われた霧島は澄まし顔を決め込む。しかし、額から汗が流れてしまって全然澄ましていなかった。
「ちょっと待ってくれない!? それされちゃうと俺はもうあいつを呼び出せなくなるんだよな?」
「そうよ」
「いや、それは」
「何人もの人間を傷つけたくせに何言ってんのよ。言っておくけど、私は今にもあんたを警察に突き出したいのよ」
アリアは地面に置いておいた学校指定の鞄を開け、中から一枚の赤い紙切れを出す。
「だから、これはせめてもの慈悲よ。あんたはどう考えてもあそこにいる神を従えていない。これ以上被害を出して、もしも世間に『界外』が知れて乱用されれば、世界は終わるのよ」
「……スケールでかくないっすか?」
「えぇ、ちなみにこれで記憶を消すのは200回以上……だったかしら?」
小首を傾げ、可愛く悩んだポーズをする身長150以下の少女。そんな少女の仕草に逆にゾッとする茶髪の不良イモムシ。
「まぁいい、とりあえずやるわよ」
「ちょっっっとまってくれ!!??!? え!? 俺のこの素敵な素敵な『界外』ってのが無くなるの!?嘘だろおい!! てか、おいヨグ! お前も止めるなら止めろよ!! 俺の才能が無くなったらお前も消えるんだぞ!!」
「別に?」
必死で喚く霧島の耳に、すっと、透き通るように声が聞こえた。
アリアに界外された神に挟まれたヨグが、その声の主だ。
霧島は最初、ヨグが何を言っているのか理解できなかった。ヨグは霧島の界外によって呼び出された存在。
その存在が、自らの一本柱である霧島の記憶と才能を消すことになんの未練もないように答えたのだ。
驚く霧島に、ヨグは続けて言う。
「いやさ、『絶対のその先』になろうとか言ってたけど、呼んだ界外術師がこのザマならなんかどうで良くなってきたというか。まぁ、次が何年後かわかんないけど、ここはおとなしくこいつらに任しちゃおうかなって」
黙って聞いていた霧島は喉が干上がるように焦り始めていた。
元々、偶然にもこの界外が使えるようになり。霧島自身はまだよく理解していないが、主神級と呼ばれるヨグを使役する事が出来た。
霧島はそのヨグの実力を使って、この東京の不良グループ達のトップになろうと画策していた。
しかし、数時間前まで自分の計画に賛同していた神が、たったの2時間ちょっとで考えを改めていたことに霧島は、その後の言葉を口に出せずに、ただただ後悔をする。
「……それじゃ、始めていいよ」
落胆する霧島に目をそらし後ろを向くヨグ。
どうやらヨグ自身も若干の後悔があるのだろう。
神宮寺はそんなヨグを痛ましく思ったが、これが最善の策なのだと自分に言い聞かせ、アリアの右肩に手を置く。
「……辛いのはお前だけじゃないからな」
「こんなの重荷でもないから平気」
アリアは澄まし顔で受け答えると、持っていた赤い紙切れ、お札を霧島のおでこに貼り付けるとその場を離れる。
すると、赤いお札を起点に、真っ赤な文様が瞬く間に広がり、円形の小さなドーム出来上がる。
「………記憶消去」
アリアは小さくそう唱えると、今度はその円の中に、ポケットに入れていたであろう飴玉を放り込む。
「界外」と呟くとまだ宙を舞っていたはずの飴玉が、地面に着く前にヒュッ、と消える。
すると、飴玉が消えた位置から空間を割るように一本の巨大な腕が飛び出す。
その腕は丸太一個分の太さでゴツゴツとした筋肉質をしており、指先は鋭く尖っている。
アリアが呼び出したのは『特定の記憶と才能を奪う神』という枠組みに無理やり入れた人外だ。
アリアのような天才は別として、元来、界外とは違う世界の者を呼ぶ召喚術だ。しかし、それは周りの感情を色濃くしたものを媒体に、偶然という範疇で呼び出しているだけだ。
では、『記憶』を『奪う』といった感情はどの様に思い浮かべたら良いだろうか?
答えは簡単、『そんな感情は無い』だ。
人は様々な感情を心に抱くが、それでも想像できるものには限りがある。
中でも『記憶』や『奪う』などの言葉を聞かされて何を思い浮かべれば良いのか、アリアのような天才でも難しい哲学の話だ。
その論点から、有力な『記憶を奪う神』というご都合な神は界外術師の世界では論理上不可能と言われている。
しかし、神話になくとも中世や近世では『記憶を奪う化け物』と云う伝説がある。
それは一説に、自らの聖地を汚されたくない山に潜むおとなしい妖怪。
それは一説に、町はずれの古びた古城でヒッソリと暮らす高貴なモンスター。
それは一説に、人間を喰らった場面を第三者に見られ、生かし記憶を消して逃がす凶悪で曖昧な怪物。
このように、誰からも観測されずに記憶を消すことが可能な人外達。
これらは神に劣るも、界外せずとも記憶を消すことが可能な今生の者達だ。
そして、界外術師達はその人外の『記憶を奪う』力といったものを利用している。
利用方法としては簡単だ。
まず、その人外に繋ぐ道を作ることだ。
最初にアリアが霧島のおでこに貼った赤いお札は、いわばカーナビのマッピングのようなものだ。その周辺に出来た文様の中は、人外の暮らす聖地と同じ空間になっている。
つぎに贄だが、これは簡易な食べ物だけでも代用ができる。飴などの小さなお菓子で代用可能だ。
それらの条件を満たして、初めて『記憶を奪う神』という枠組みの人外を呼び出すことができる。
さて、今まさに霧島弾がその記憶を奪う人外に記憶を奪われそうになる。
これは人外の爪先が少しでも頭に触れれば記憶が消去され才能もともになくなり、霧島は普通の高校生に戻るのだが。
突然、工場の表にある重機などを運ぶのに使われる、横にスライドして開ける大きな鉄扉が、まるで穿つように丸く大きな穴を開ける。
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