界外の契約者(コール)

鬼怒川 ますず

23話 『邪神』と『リンフォン』

東京 

夜の9時をすぎても尚、人の往来が激しい交差点がある。
渋谷駅
正確にはハチ公前のスクランブル交差点。

そこには遊び帰りの若者もいれば、近くに住む仕事帰りのエリート会社員、プライベートで来ている有名人。
各々が違う職種、年齢、さらには国籍なども関係なくともここを通る。
1日の歩行者平均が30万人というのだから地方の人からしたら驚きの数でもある。


話を戻そう。

そんな絶えず人が行き交うスクランブル交差点だが、今はそこに歩行者の姿はない。そしてそこを通るはずの車も今は静かに止まっていた。
スクランブル交差点だけではない。

渋谷駅の周辺に人気が消えていた。

明滅する信号機の黄色、大きな広告に当てられている光。

奇妙な空間がそこに広がっていた。

しかし、そんな人の気配が消えた渋谷に響くように、男の大きな声が響く。


「だーかーら! 俺はこれが成功するに8万かけるんだから、テメェは失敗に10万かけるべきだろ!?」



何かに対する怒声なのか、語気に怒りが混じっている。そして。





「何言ってんだし! ニアさんがやる事に失敗はないに決まってるでしょうが!!お前が失敗に10万かけるべきでしょうが博打ばか!!」

退治するように女の声が響く。しかし、声はすれど姿はなく、渋谷の静寂に合わない不気味な雰囲気を醸し出していた。

「テメェ、俺の全財産が9万だっつーのにこれ以上絞んのかよ。だから俺は成功するに8万!お前は結構持ってるから失敗に10万!」

「慈悲はいらないね! だいたい、渋谷の人間を一人残らずわざわざ作った『仮想の世界』に移して、外部の人間が見ても分かんないようなの作ってるし。それほど手間いれてるのに、失敗とかありえないし!」

「だったら尚更だろ! 俺の呼んだ『邪神』様が創る世界なんだしよ!」

「それを私の『リンフォン』で繋げてるんだし! あんたの神は世界を創っといてそこに行く通路ないとか欠陥すぎるし! 」

「ンだと!?」

「殺るし?殺るかし?」

「テメェ……」

「リーダーぁぁ……」



姿が見えず声だけの会話が一通り進み、辺りにようやくといったように静けさが戻る。

そして、ひとときの静かな時間。
間隔として約8秒。
9秒を過ぎようとした時、それは起こった。

スクランブル交差点の真ん中で、突如として大きな轟音が響き、空気がビリビリと痺れた。

轟音が起こったスクランブル交差点には、いつ現れたのか分からない女が、木刀のようなもので男を叩こうとしていた。

こちらもいつ現れたのか謎の男が、女の木刀を木箱の様なもので受け止めていた。

二人はまるで時代劇の武士の様につばぜり合いをしながら、尚も会話を続ける。




「……賭けってのは話を振ってきたやつが先に好きなのを選ぶ権利があるんだぜ」

「……で? 海外じゃレディーファーストが当たり前だし」

「ここは日本だ。江戸時代のころは男尊女卑が当たり前だっておれの親父が言っていた」

「ジェネレーションギャップかいおっさん。いまは女性の社会進出は当たり前だし、働く強い主婦と家で寝てるクソ亭主の様な関係だったら当たり前に女尊男卑が確立するし」

「とにかく、おれが先なんだからおれが先に選ぶ権利がある!」

「うっせぇ、お前に譲渡すんなら舌噛み切って死んでやるし!」

「あぁ死ねや! お前の魂は『邪神』の糧にしてやっからよ」

「んだとヤンのか」

「良いゼェ!殺してやらァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

「上等だしィィィィィィィィィィィィィィ!!」




二人は木箱と木刀を離すと、懐から何かを出そうとした。だがそこで、手が止まった。



『あなた達、ちゃんとその場所をキープしとく為に力は使うなって言ったわよね?』



その声は二人の耳には聞き慣れた声だった。その声が何処からだと思い音源の方を向く。

そこには、小さな老人の顔を3歳児の様な小人が両手でスマートフォンを抱えてスピーカ音で流していた。

二人はこれを知っていた。

グレムリン。

かつては飛行機の機械を狂わす妖精として、多くの飛行兵に恐れられた存在。
文献ではなく口語的に伝わったそれは、姿などは定まっておらず。半ば嘘のような伝説となっている。

そして、それを神と同じ界外術式で界外し、機械に得意という概念をもたせ、情報伝達係りとして何千体も使役している人物がいた。

「ニア……」
「ニアさま……」


二人はまるで叱られる子供のように萎縮する。さっきまでの怒りは何処へ行ったのか、怯えた顔になっていた。

『その場所は、ちょうど界外すべき『アレ』が姿をあらわすと予想されているのよ。その為にわざわざ異物となる人間を排除したって分かるわよね』

「それは百も承知でさぁ」

『それじゃさっきのはなんなのかしら?』

「「こいつが悪い(し)」」

男と女、二人が同時にお互いの顔に指を突きつけて責任を押し付ける。

『あんた達ねぇ……』

ニアは電話の向こうでため息を一つつくと、そこから返しの言葉を言う。

『ちゃんと自らの仕事はするのよ』

「分かってる」

「了解です!」

その返事を聞いてすぐに通話は終了した。
終始無言で無表情のグレムリンはスマートフォンを肩掛けの小さなバックに入れて、その場を立ち去った。

しばらくして、グレムリンの背中が見えなくなった頃に男と女はお互いに顔を合わせる。


「ちゃんとお仕事ねぇ……」

「そーそー、だから真面目に……」


お互いの顔を合わせながら。口元にうっすらと笑いを含ませ、そして言った。



「「ちゃんと決着つけなくちゃなぁ(し)!!!!!」」



木箱と木刀、それらがまた轟音を立てて無人の渋谷に大きく響く。
ニアの部下で幹部の二人は、決して反省はしない。

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