界外の契約者(コール)
本番まであと少し
「…………おかしいね。 全く出血がないとは驚きだよ」
【魔法師】デルモンド・キルギスは目の前で自らが起こした現象の後を予測していたはずだった。
東條絵里の左腕を魔法で斬り落とした。
その後には大量の出血が起きて、痙攣しながら息絶えるといったものだった。
けれど、目の前にいる東條絵里の左腕からは血の一滴も落ちていない。
それとは別に違うものがボロボロと落ちている。
それは、ボルトのようなネジと透明なチューブのようなもの肩の切り口から顔を覗かせていた。
「……義手? だが、彼女は生まれ持って義手が必要になる事件などに巻き込まれていない。むしろ彼女が母親の治療費の募金を募った時も……」
口に出していて気づいた。
自分が、とんでもない勘違いをしていたことに。
「まさか、界外の際に使った生贄は…………」
そう言ってデルモンドは斬られた腕元から東條絵里の顔に視線を向ける。
その顔は、さっきまで怯えていた弱気な顔ではなかった。
「……あー、私の秘密見られちゃったなー。私だってけっこうキャラ作ってるってのにさぁー」
そこにあったのはアイドルである東條絵里ではなかった。
瞳には冷たく、氷のような眼光が備わっている。
「とりあえずさ」
『東條絵里』だった彼女は残った右手でポケットを漁るとそこからマイクを取り出す。
まるで、本当の彼女がアイドルに変貌するように。
「あなたが何者だろうと、どんな事情を抱えていようが関係ないよ」
マイクを口元に近づけて電源のスイッチを入れる。
マイクの出力を出す音響がないのに。まるでその場の雰囲気を本当のアイドルのステージにするように。
そのなんとも言えない空気に、デルモンドは少したじろぐ。
だからこそ彼は動いた。
「よく分からないけれど、ボクの攻撃は通ってるんだ。次で息の根を止めるよ」
彼はそう言ってステッキの石づきをカッと地面に打ち鳴らした。
それが合図だった。
今度は彼女の首が斬れて飛び跳ねる。
はずだった。
しかし、予想外のことが起きた。
東條絵里の首は飛ばず、代わりに並んでいた文房具の陳列棚が、斜めに斬り落とされて大きな音をフロアに響かせる。
「……? 何が起きたんだ?」
デルモンドはそう呟くと今度は何度も、何度もステッキを打ち鳴らした。
床のタイルが割れる。
天井が斬れて一部が落ちる。
また陳列棚が斬れて落ちる。
けれど、東條絵里の首は飛ばない。
彼女は整然と立っていた。
「……なるほど、それがへべの本領なのかね。そして、君が本当の『東條絵里』であるのか」
デルモンドは薄く笑うと今度は杖の先端を前に出して何かの呪文を詠唱した。
「面白いよ、実に面白い。ボクの魔法の照準が外れるなんて、まるで注目を外したようだ! だったら君以外を、全てに対して攻撃の照準を合わせたらどうなるかな?」
そう言ってデルモンドは宙に浮かんだ。そして杖から大量の水が放出する。
東條絵里も、片腕を抑えているへべもその水を浴びてしまう。
「君の秘密も謎めいていて面白いけど。ボクは君の存在が許せないんだ。だからこの世の表舞台からご退場いただくよ」
ステッキの先端がカチッと瞬く。
先端からは電気のようなものが発生していた。
「死んでもらう!」
電撃がフロアに充満する水に触れる。
瞬間、フロア全体を光の瞬きが覆い尽くした。
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