隣に引っ越してきた金髪美女

奈宮伊呂波

8話 旧態依然

 その日俺達はごく普通の大学生のデートを一日中見せられることになった。
 おしゃれなカフェでランチ食って、広告めっちゃ出してる恋愛映画見て、その感想を言いながら買い物を楽しみ、最後に薄暗い居酒屋で軽く酒を煽る。そして次の逢合の約束を交わし、別れを惜しむ。
 居酒屋はどうかと思ったけど、そもそも恋愛経験がない俺が意見できることなど何もない。
 今日の彼らの会話の内、最も印象に残ったのは次の会話である。

「今日は楽しかった」

「私も」

「改めて言うと嘘っぽくなるけどさ。俺、ツグミちゃんと出会ってよかったよ」

「うん。でも、私はちょっと違うかな」

「え、どうして?」

「だって、あんまりドキドキするから映画の内容が入ってこなかったもん」

「ツグミちゃん……」

 そう言って二人は見つめ合う。薄暗い居酒屋の隅っこで。
 酷いものだな。
 何が酷いって、美樹本さんの反応だよ。
 俺の目の前で「何あれ。ツグミはあんな馬鹿っぽくない……! やっぱりあんなの間違ってる」とずっと恨みつらみを並べられてはたまったものではない。
 ちなみにこの居酒屋は少数なら個室なので他の人から姿は見られてない。よかったな加藤。素顔を晒してあんな阿保みたいなこと言ってたらネットのおもちゃになるとこだっただろう。

「酒が足んねーぞ酒がー!」

 こちらも他人事ではないけど。

「美樹本さん落ち着いて」

 加藤たちは先に帰ったが美樹本さんの希望により俺達はもう少し飲むことになった。
 すでに酔いが回ってる美樹本さんはゴンゴンとジョッキで机を叩き店員を催促する。それだけはやめて欲しい。割れたらやばい。
 個室の戸が開き、店員がドリンクを二つテーブルに置いた。

「おまたせしました。コークハイとカシスオレンジです」

「ありがとうございます」

 と言って俺は自分のカシスオレンジを手に取った。

「ありがとさーん」

 美樹本さんは上機嫌でコークハイを引き寄せる。

「で、今日はどうだった?」

「あ? 納得するわけないでしょ。まあ。わざわざ邪魔することもないけど」

「うん。それでいいと思う」

 わからないものを無理にわかる必要はないし、反射的に否定してしまうのなら触れないほうがお互いのためになる。
 会話が途切れ、俺達はいっぱい酒を飲んだ。

「じゃあ。聞かせて」

 さっきいた喫茶店で美樹本さんが言いかけたこと。美樹本さんの友達が加藤と付き合うことに反対する理由。どうしてあんなに拒絶するのか。さっきの様子じゃちゃんとした原因があるようだった。それがわかっているのにこのまま聞かなかったことにはしたくない。
 もしかしたら俺は人に対して好奇心旺盛なのかもしれない。俺には友達が加藤しかいないけど、それは他人に興味がなかったわけではなく、他人に興味を持たないようにしていただけなのではないだろうか。
 自分が傷付くことを恐れて。

「いいけど。面白い話じゃないって事だけは言っとく」

「そうだろうね」

「私は、私の両親は―――」

 美樹本さんは千鳥足な呂律で話を始めた。


 ◆ ◆ ◆


 私の両親は仲のいい夫婦だった。
 お父さんは商社勤めのサラリーマン。お母さんはコンビニでパートをしながらの主婦。
 そこそこ何て言えば失礼だろうけど、そこそこ立派な一軒家だった。お父さんのお給料がよかったのか、いっぱい習い事をしたし遊ぶものもたくさんもらえた。二人はよく私に「晴はいいこね」、「自慢の娘だ」と言った。
 喧嘩が起きないように家事は分担されていた。湯船の掃除と皿洗いはお父さんで、他の家事はお母さん。私は二人の家事の手伝いをしていた。みんなそれで文句がなかった。
 靴下はすぐに洗濯籠にいれるとか、食後の皿はすぐに水に浸けるとか、お小遣いの事とか、小さな争いは毎日と言っていいほど繰り広げられていたけど本質的には仲のいい夫婦だった。
 そう思っていたのは私だけだったのだろうか。
 今から三年ほど前、お父さんの会社が倒産した。優しいお父さんは私とお母さんに「ごめんな」と謝り続けた。お母さんは転職先を探そう、と言ってお父さんを励ました。私はアルバイトを始めようとしたけど二人に止められた。「自分のために働きなさい」、「社会経験なら大学に入ってからでもいいでしょ」。二人はそう言った。
 再就職は困難だったらしい。お父さんが五十歳だったこともあるかもしれない。知り合いはみんな今でいっぱいいっぱいだと言っていた。倒産した会社は就職先の手配など行わなかったらしい。でも、何もしないわけにはいかないので、お父さんは再就職先を探しながらスーパーのアルバイトを始めた。
 当然収入は減った。
 以前と比べて家から活気がなくなった。両親の争いが減った。会話が減った。ゲームなどのおもちゃも減った。夜出かけることが増えてお母さんが家にいる時間が減った。でも、私の習い事は減らなかった。
 そんな日々を二年くらい暮らしていた。
 あ、私が大学に入学するときは二人とも祝ってくれたなあ。
 大学に入ったからアルバイトも始めた。
 とある日、テニス教室の帰り道にお母さんを見かけた。

「お母さ―――」

 その隣には見たことのない若い男がいた。小奇麗なスーツを着て、いかにも女の人の扱いに慣れていると言った男だった。明らかに怪しい男だった。
 二人は楽し気に会話をしている。お母さんが「今度美味しいご飯行こっ」と言っていた。男は「いつも悪いな」とまるで申し訳なさそうに言う。
 不意に男が振り向いた。
 まずい!
 そう思って私は人込みに紛れた。物陰に隠れた。お母さんも後ろを向いていた。あのままあそこにいれば見つかってただろう
 私は家に帰ってお父さんに「ただいま」と一言告げて自分の部屋に入った。
 結局、私はお母さんのことをお父さんに言わなかった。多分、これ以上悪くなってほしくなかったのだと思う。もし私が言えば、この家はなくなる。そう確信していたし、今でもそう思う。
 でもそれは間違いだったんだろう。家がなくなるとしてもさっさと言った方がよかったと、今なら思う。
 お母さんが全財産を持ち出した。逃げた。使い道なんて知りたくない。
 一週間後、お母さんは死んだ。事故死らしい。でもそんなの信じられない。
 私は涙を流した。後悔した。こんなことになるなんて思ってなかった。
 お父さんはそのニュースを見ても何も言わなかった。
 正社員になっていたお父さんと私のバイト代でしばらく暮らしていた。私のアルバイト代は、家のために使うなとお父さんに言われた。貯金もなくなったのにそんなこと言ってる場合じゃないのに。
 お母さんの死から半年、そんなお父さんが自殺した。


 ◆ ◆ ◆


 美樹本さんの話はそこで終わった。
 俺は理解できなかった。当たり前のように「死」という単語が出てくる美樹本の話は、あまりに非現実的で実感という物を俺に一切与えなかった。

「ごめんな。つまらない話で」

 どう言おうか、というところに美樹本さんが言った。

「……いや。つまらなくはないだろ。あ、面白いって意味じゃなくて」

「いいよ。わかってるから」

「ごめん……」

 つい謝ってしまった。
 俺は何に対して謝ったのか。美樹本さんもわかりはしないだろう。
 美樹本さんの話は俺には重すぎる。勝手に世間に押しつぶされるような俺に聞かせても全く意味がない。何かできることがあるか、とか全く思わない。美樹本さんを励まして元気にしてあげることなど出来るわけがないと最初から諦めている。
 やればできるかもしれない。そのことはわかっているのに行動に移さない。こういうのが屑と言うのだろう。

「まあ、そんなわけ」

 どんなわけ? と聞くのは余りに無遠慮だろう。
 だからここからは俺の推測を述べよう。
 お母さんが失踪した時、おそらく美樹本さんは仲が良かった両親が別れてしまったのは。恋心にあると思ったのだ。
 二人が好意を抱いたから結婚し、リストラが原因か今となってはわからないけど、お母さんは恋心を持って若い男に接し、お父さんはお母さんが死んだあと、限界を迎えたのだろう。恋の対象であった母親が死んだこの世界に。
 だから、彼女は付き合うだの、彼氏彼女だの、そういったものに拒否感を覚えてしまうのだ。

 俺は自分の事は屑だと思っている。得意なことはないし、面白いトークも出来ないし、頭もよくないし、性格も別段よくない。ないないだらけの俺だ。
 きっと、彼女が俺にあんな話をしたのは少なからず俺を信頼しての事だろう。最近、両親が死にましたなんて俺なら誰にだって言いたくない。ましてや崩壊の原因が痴情のもつれなんて。
 信頼に応えるなら今なんじゃないのか、俺。
 俺は屑だけど、彼女はとてもいい人だ。美人でちゃんとお礼が出来て、他人と話すのに物怖じしたりせず、ちょっと強引なところもあるがそれも魅力の一つで、素晴らしい人だ。
 何が意味がないだ。何が最初からできることないと諦めているだ。そんな言い訳いつまで続ける気だ。わかった風なことを言っていつまで安全圏にいるんだ。
 そんなくだらないことより、もっと大事なものがあるだろ!

「テキーラのショット二つ!!!」

 突然目の前の金髪美女が言った。

「かしこまりました!」

 店内を回っていた店員は快く答える。

「え、ちょっと待って?」

「暗い空気にして悪かった。さあ、宴を始めよう!!!」

「宴ならとっくに始まってるじゃないか」

「テキーラショットお待ち!」

「ってはや!?」

「ありがと! あ、店員さん」

「はい! 何でしょう?」

「テキーラのショット四つ追加で!!!」

「喜んで!!!」

 笑う彼女とそれを眺める俺。
 今日の事でよくわかった。
 結局、どんな状況になったって人間はそう簡単に変わらない。普段はやる気はないがやる時はやるなんて人間は、所詮創作の中だけに許された存在だ。
 俺はこれからも誰かの一番になることはなく、美樹本さんの大切な人にもなれるわけもなく、その辺に転がっている路傍の小石として社会に紛れて暮らしていくことになるのだろう。
 それすらも願望でしかないが。
 俺は今までの俺のすべてを否定したい。

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