隣に引っ越してきた金髪美女
7話 意外な彼氏
九時になったことは当然、彼女―――もとい、美樹本さんも気づいた。俺は美樹本さんの友達がどんな人なのか知らないので、カップルが来たら美樹本さんが知らせることになっている。
果たしてどんな奴を連れているのか。
正直、全く気にならない。だって俺美樹本さんの友達なんて知らないし。知らない人の彼氏なんてさらにどうでもいい。
気になるとしたら美樹本さんの彼氏とか。いるか知らんけど。そういや加藤も最近彼女が出来た、とか夏休みの前に言ってたな。それぐらいだな。
「来た」
言われた方を見るとすぐにどれが美樹本さんの友達かわかった。
理由はいくつかある。
まず、他の人達とは動き方が違う。公園の中に向かって歩くのはあの女の子だけだ。噴水の前で胸を張って立つ姿はいかにも美樹本さんの友達にいそうな感じだった。美樹本さんもその子の動きに視線を合わせていた。
「噴水の前にいる子?」
「そうそう。なんでわかったの?」
「なんとなく」
「へえ。可愛くない? ツグミ」
「ま、まあ。そうだと思う」
可愛いとは言わない。無理。
あの子、ツグミって言うんだ。
「はっきりしないねえ」
九時が過ぎた。
しかし彼氏らしき人物は現れない。あの子は退屈そうにスマホを弄っている。彼氏さんには連絡してるんだろうか。してるよな。
「彼氏さん遅いね」
「遅刻するとかありえない。碌な奴じゃないってのがもうわかる。ツグミ待ってるじゃない」
美樹本さんは結構怒っていた。
気持ちはわかる。俺だって待ち合わせ時間に遅れて来られたら腹が立つ。まあ、待ち合わせするような奴いないけど。
「まあまあ。もしかしたら困ってるおばあさんを助けてるのかもしれないしもうちょっと待とうよ」
なんで俺がフォローしてるんだよ。肝心のフォローも馬鹿丸出しだし。なんだよ。困ってるおばあさんって。
美樹本さんはその後も不満気で俺はあの子の彼氏が来たら飛びかかるのではと若干心配だった。
十分ぐらいしたらそんな心配は杞憂だったと分かった。
あの子が顔を上げてしきりに公園の周囲を見だした。それを見て俺達は来たんだと思った。でも誰がそうなのかまではわからない。
「あの男っぽい」
美樹本さんが指差したのは公園と接している道路の反対側の信号にいる男だった。
その男は過度に息を切らせて手を膝についていた。走ってきたのだとわかる。遅刻したことに申し訳ないと感じる人間性は持っているようだ。だから美樹本さんもあの男だと思ったのだろう。
「あれか」
「あ、ツグミも気づいたみたい」
あの子は両手を腰に当ててあの男の方を睨んでいる。わかりやすい怒ったポーズだ。
ここからだとちょうど横から見る形になって男の顔は見えない。俯いてるし。
もちろん初めて会うわけだから俺はあの男を知らない。
そのはずだが、おかしい。あの横顔に俺は見覚えがある。それにあの髪色。
信号が青になり男が駆ける。それで俺は確信した。
「加藤……?」
「知り合い?」
「多分」
というかどう見ても加藤だった。身長も肩幅も横顔も俺がよく見る加藤だ。加藤しか友達がいないのだから間違えようがない。あいつ、何してんだ? とか疑問が浮かぶが答えは決まっている。
「いやでも、あいつが彼氏と決まったわけじゃないしさ」
「そうだと思うよ」
間髪入れずに美樹本さんは言った。
「ツグミは彼氏の事、大体普通だけど茶髪で前向きな人って言ってたから」
確かに、加藤と一致する特徴だ。まあ、そんなやつ探せばいくらでもいそうだが。少なくとも絶対に違うということはなさそうだ。
加藤(と思わしき人物)はツグミさんの元まで走ると何度も頭を下げていた。でもきっと寝坊だろうなあ。
「信じられない。なんであんな奴と……」
美樹本さんはツグミさんが加藤と付き合うことに否定的みたいだ。喧嘩の原因もそれなんじゃないかと勘繰ってしまう。ツグミさんは加藤の事が好きなのに、美樹本さんがそれを否定して、衝突した。みたいな。まあ、推測でしかないけど。推測どころか、単なる俺の思い込みかもしれないけど。
「結構いいやつだよ。加藤」
一応フォローを入れてみる。加藤は俺の数少ない友達だから、悪く言われれば少しぐらい腹が立つ。ほんと、少しだけど。
相槌のようなものだと思っていた。けど、それは俺だけだったようだ。
美樹本さんはまるでゴキブリを見つけた時みたいに俺の方に振り向いた。刺すような視線で俺を睨む。
「そんな問題じゃない!」
美樹本さんは同時に机を右の拳で叩いた。動揺しているのか息が荒くなっている。
「美樹本さん。落ち着いて」
俺はそう言うので精一杯だった。頑張った方だと思う。本当ならビビって黙りこくるところなのに。まったく俺らしくもない頑張りだ。
他の客が何事かとこちらに注目している。店員さんもどうすれば、と戸惑っている。
美樹本さんはそんな店内の様子を感じ取っていくらか落ち着いた。
「……ごめん」
「いや」
店員や客たちは収まったと判断したら各々の作業や食事に戻った。
俺達は黙っていた。
外を見てみると加藤とツグミさんはまだ何か話しているみたいだ。
美樹本さんは下を向いてしまった。さっきまで元気だったのに今ではそれが嘘みたいだ。別人のように。
聞いてもいいんだろうか。
彼女があんなに取り乱した理由。ただ加藤が気に入らないというだけで、あそこまで怒りを露にするような人じゃないことぐらい俺にだってわかる。
そこに俺が踏み込んでいいのだろうか。いいか悪いか。これは自問自答したって最適の答えに辿り着く問題ではないのだろう。
「何であんなに怒ったの?」
本人に任せよう。
「それは―――」
彼女は言いかけてやめた。
美樹本さんの視線の先には移動を始めた加藤たちがいた。
「どうする?」
「……行く」
逡巡した後、美樹本さんは小さな声で言った。
果たしてどんな奴を連れているのか。
正直、全く気にならない。だって俺美樹本さんの友達なんて知らないし。知らない人の彼氏なんてさらにどうでもいい。
気になるとしたら美樹本さんの彼氏とか。いるか知らんけど。そういや加藤も最近彼女が出来た、とか夏休みの前に言ってたな。それぐらいだな。
「来た」
言われた方を見るとすぐにどれが美樹本さんの友達かわかった。
理由はいくつかある。
まず、他の人達とは動き方が違う。公園の中に向かって歩くのはあの女の子だけだ。噴水の前で胸を張って立つ姿はいかにも美樹本さんの友達にいそうな感じだった。美樹本さんもその子の動きに視線を合わせていた。
「噴水の前にいる子?」
「そうそう。なんでわかったの?」
「なんとなく」
「へえ。可愛くない? ツグミ」
「ま、まあ。そうだと思う」
可愛いとは言わない。無理。
あの子、ツグミって言うんだ。
「はっきりしないねえ」
九時が過ぎた。
しかし彼氏らしき人物は現れない。あの子は退屈そうにスマホを弄っている。彼氏さんには連絡してるんだろうか。してるよな。
「彼氏さん遅いね」
「遅刻するとかありえない。碌な奴じゃないってのがもうわかる。ツグミ待ってるじゃない」
美樹本さんは結構怒っていた。
気持ちはわかる。俺だって待ち合わせ時間に遅れて来られたら腹が立つ。まあ、待ち合わせするような奴いないけど。
「まあまあ。もしかしたら困ってるおばあさんを助けてるのかもしれないしもうちょっと待とうよ」
なんで俺がフォローしてるんだよ。肝心のフォローも馬鹿丸出しだし。なんだよ。困ってるおばあさんって。
美樹本さんはその後も不満気で俺はあの子の彼氏が来たら飛びかかるのではと若干心配だった。
十分ぐらいしたらそんな心配は杞憂だったと分かった。
あの子が顔を上げてしきりに公園の周囲を見だした。それを見て俺達は来たんだと思った。でも誰がそうなのかまではわからない。
「あの男っぽい」
美樹本さんが指差したのは公園と接している道路の反対側の信号にいる男だった。
その男は過度に息を切らせて手を膝についていた。走ってきたのだとわかる。遅刻したことに申し訳ないと感じる人間性は持っているようだ。だから美樹本さんもあの男だと思ったのだろう。
「あれか」
「あ、ツグミも気づいたみたい」
あの子は両手を腰に当ててあの男の方を睨んでいる。わかりやすい怒ったポーズだ。
ここからだとちょうど横から見る形になって男の顔は見えない。俯いてるし。
もちろん初めて会うわけだから俺はあの男を知らない。
そのはずだが、おかしい。あの横顔に俺は見覚えがある。それにあの髪色。
信号が青になり男が駆ける。それで俺は確信した。
「加藤……?」
「知り合い?」
「多分」
というかどう見ても加藤だった。身長も肩幅も横顔も俺がよく見る加藤だ。加藤しか友達がいないのだから間違えようがない。あいつ、何してんだ? とか疑問が浮かぶが答えは決まっている。
「いやでも、あいつが彼氏と決まったわけじゃないしさ」
「そうだと思うよ」
間髪入れずに美樹本さんは言った。
「ツグミは彼氏の事、大体普通だけど茶髪で前向きな人って言ってたから」
確かに、加藤と一致する特徴だ。まあ、そんなやつ探せばいくらでもいそうだが。少なくとも絶対に違うということはなさそうだ。
加藤(と思わしき人物)はツグミさんの元まで走ると何度も頭を下げていた。でもきっと寝坊だろうなあ。
「信じられない。なんであんな奴と……」
美樹本さんはツグミさんが加藤と付き合うことに否定的みたいだ。喧嘩の原因もそれなんじゃないかと勘繰ってしまう。ツグミさんは加藤の事が好きなのに、美樹本さんがそれを否定して、衝突した。みたいな。まあ、推測でしかないけど。推測どころか、単なる俺の思い込みかもしれないけど。
「結構いいやつだよ。加藤」
一応フォローを入れてみる。加藤は俺の数少ない友達だから、悪く言われれば少しぐらい腹が立つ。ほんと、少しだけど。
相槌のようなものだと思っていた。けど、それは俺だけだったようだ。
美樹本さんはまるでゴキブリを見つけた時みたいに俺の方に振り向いた。刺すような視線で俺を睨む。
「そんな問題じゃない!」
美樹本さんは同時に机を右の拳で叩いた。動揺しているのか息が荒くなっている。
「美樹本さん。落ち着いて」
俺はそう言うので精一杯だった。頑張った方だと思う。本当ならビビって黙りこくるところなのに。まったく俺らしくもない頑張りだ。
他の客が何事かとこちらに注目している。店員さんもどうすれば、と戸惑っている。
美樹本さんはそんな店内の様子を感じ取っていくらか落ち着いた。
「……ごめん」
「いや」
店員や客たちは収まったと判断したら各々の作業や食事に戻った。
俺達は黙っていた。
外を見てみると加藤とツグミさんはまだ何か話しているみたいだ。
美樹本さんは下を向いてしまった。さっきまで元気だったのに今ではそれが嘘みたいだ。別人のように。
聞いてもいいんだろうか。
彼女があんなに取り乱した理由。ただ加藤が気に入らないというだけで、あそこまで怒りを露にするような人じゃないことぐらい俺にだってわかる。
そこに俺が踏み込んでいいのだろうか。いいか悪いか。これは自問自答したって最適の答えに辿り着く問題ではないのだろう。
「何であんなに怒ったの?」
本人に任せよう。
「それは―――」
彼女は言いかけてやめた。
美樹本さんの視線の先には移動を始めた加藤たちがいた。
「どうする?」
「……行く」
逡巡した後、美樹本さんは小さな声で言った。
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