隣に引っ越してきた金髪美女

奈宮伊呂波

6話 そんなのわかるはずがない!

 どうして彼女が気になるのか。
 見ず知らずの少女がどんな生活をしてようが、どんなやつと遊んでいようが、ちゃんと学校に通ってるのかとか、ちゃんとご飯は食べてるのかとか。ちゃんと生きてるのか。
 俺には関係ない。関係もない。
 見た感じとてもかわいいわけでもないし、そんなに愛嬌があるわけでもない。
 多分、ただのお節介だと思う。それどころか単なる好奇心かもしれない。そもそもあの少女の事を助けたいだとか一ミリも思ってないかもしれない。
 ただ、なんとなく気になるだけかもしれない。
 俺は自分の気持ちにさえ自信を持てない。ただのカスな人間だ。

「気になるの?」

 俺の隣で彼女は金髪をきらめかせている。

「いや。別に気にならない」

 そう言うと彼女はそれ以上何も言わず、帰り道を一緒に歩いてくれた。
 繁華街は変わらず輝きを保ち続けている。
 だって、関係ないんだし。俺がどうこうできる問題じゃなさそうだし。なんだっけ、売春とか、パパ活とか、俺が介入していいかわからないし。
 それにさっきのおじさんは優しそうだった。人好きする笑顔だったしきっと危ないことにはならない。はず。
 今日は大丈夫そうだし、今度見かけたときにやばそうだったら声をかけてみよう。まあ大丈夫だとは思うけど。
 俺はラックの料金を時間分支払い、自転車で彼女を家まで送り届けた。

「ほんじゃねー。明日九時にインターホン鳴らすから」

「はーい」

  今日の彼女はテンションが少しおかしかった。晩飯を食べた頃から彼女はよく笑うようになっていた。声に出すようなものじゃなくて、自然とできた笑顔、みたいな。
 もし、万が一俺といることでそうなってくれているのだとしたらちょっと嬉しい。包み隠さず言うとちょっとどころではない。かなり嬉しい。死ぬほどうれしい。小躍りを披露してもいい気分だ。
 まあ、踊らないけど。勘違いだったら恥ずかしいし。
 さっき買ったライトノベルの一冊を半分ほど読んだところで風呂に入った。
 今日読んだ奴は話しが重かった。前のが軽かったのか知れないけど。ファンタジーであることに変わりはなかったが、なにしろ主人公の親友がすぐに死んだ。すぐと言っても小説の中では数週間経っていたけど。
 最弱のはずのモンスターが主人公たちと同じくらいの強さで、まさに現実は厳しいと言った感じだった。ファンタジーなのに。
 ライトノベルという物の概念を捻じ曲げられた気がする。ほんと。あいつ死ぬなよ。可哀そうだろ。
 そのせいで、俺は翌日に決していいとは言えない目覚めを迎えることになった。


 ◆ ◆ ◆


 何度も何度もチャイムを鳴らされたので起きるしかなかった。
 急いで身なりを整えて見せられる程度にまでなったら俺はドアを開けた。

「あい」

 声が寝起きでガサガサしているのが自分でも分かった。というか

「あ、おはよう阿部。今日なんだけど九時からじゃなかったみたい」

「え?」

 スマホで時間を見たら朝七時を表していた。

「デートが九時開始だから今から行くよ。三秒間で支度しな」

「んな無茶な」

 と言い残して財布やら歯磨きやらで三分後、

「お待たせしました」

「さっきより早い」

「寝起きだったからな」

「なるほどね。いつもよりかっこよく見えたよ」

「まったく褒められてる気がしない」

「嫌味だからね」

 不健康だから直したほうが良いよって言う彼女からの忠告だと思っておくことにした。
 基本的に学校がないと起きるのは十二時とかだしな。やっぱりよくないよな。

「行こっか」

 彼女は自転車を持ってないのでまた俺が彼女を後ろに乗せて漕ぐことになった。一緒の自転車に乗るのは二回目だが、どうにも慣れない。恥ずかしい。歩いている人に見られたりするし。
 彼女が案内したのは、やはり繁華街だった。
 と言っても、繁華街はかなり広い。風景は似た感じだけど、今日はいつもとは違う場所だった。訳の分からないくらい大きく、豪奢なモールや雑居ビルに囲まれた公園には数多の人がいて、その多くが若者だった。
 雑居ビルではバンドのライブがあるらしく、ちらほらとファンらしき人達がいた

「では、ここで待機してましょう」

 そう言った彼女の右手にはさっきお洒落なカフェで買ったクレープが握られていた。それを一口食べて真剣なまなざしで公園を見つめる。
 公園には遊具なんてものはなく、真ん中に噴水があってそれを囲うようにベンチが並んでいる。フローリングは茶色の木でできていてそれがまたお洒落なのだろう。公園と言うより広いテラスみたいな感じだ。
 ベンチや噴水周辺は若いカップルが多いけど、まだ彼女の友達カップルは来てないみたいだしそんな気を張らなくてもいいだろうに。
 そんなわけで俺達はお洒落なカフェの店内に居座っている。そこでも俺達、というか彼女は目立つ存在のようでそこかしこから好奇の視線を集めていた。

「来るの早かったんじゃない?」

 そう言うと彼女はこちらに目を向けた。というか睨んだ。

「人に恥をかかすなって親に教わらなかった?」

「……ミスったってわかってるならいいんだけど」

 コーヒーを一杯口に含む。こういうカフェには全くと言っていいほど縁がないので注文は彼女に任せたのだが、それはいい判断だったと思う。
 店内は結構繁盛しているみたいだ。やはり学生が多くの席を陣取っている。夏休みということもあって暇な人が多いのだろう。俺も人の事は言えないけど。
 俺達九時までここにいるわけだから後一時間半も席を使うことになる。ひょっとしてすごく迷惑なのでは。
 まあいいか。店の回転率まで考えるほど俺は暇じゃない。暇だけど。

「眠たくない?」

 俺はあまり寝てないから眠い。

「……別に、眠くはないけど」

「へえ。昨日はたくさん寝れたんだ」

「まあ、そうだな」

 なんか、会話が続かない。
 いや、話が盛り上がるほど仲がいいわけじゃないけど。俺と違って彼女は多弁な方だし今まで会話はけっこうしてきた。

「すいません」

 店員さんを呼び止めてサンドウィッチセットを注文した。せっかくカフェに来たのだから何か食べて行きたい。後普通にお腹減った。
 彼女はハンバーグセット注文した。朝からガッツリ派のようだ。俺なら胃もたれ待ったなしだ。
 暫くして運ばれてきた四種類のサンドウィッチを頬張っているとやがて彼女のハンバーグセットも運ばれてきた。ハンバーグと形の整った食パンとスープ、それに野菜盛り合わせ。朝メニューらしくハンバーグ自体はそんなに大きくなかった。あれぐらいなら食べてみたいかも。

「ここには来たことあるの?」

 彼女は一度食べる手を止めたがすぐに食事に戻った。つまり無視だ。
 思うところはあるが俺のミスなのかもしれないので飲み込んだ。俺のミスって何だろう。そうだな、食事中に話しかけるのはよくないとか。いやでも昨日は普通に話してたしな。あ、ここの感想とかいうべきだったのだろうか。そんなの俺にできるはずもないが。いきなり「いい店だね」なんて気取ったことは言えない。無理だ。
 大体そんなことで彼女が怒るとは思えない。

「なあ。俺なんかしたっけ?」

 わからないので聞いてみた。これも無視されたらちょっと困る。

「……阿部ってさ、人との付き合い方って上手ではないよな?」

「え、うん。まあ」

「何でそう思ったと思う?」

「え、そりゃあ……。今もだけどいちいち言葉を詰まらせるからとか」

「全然違うね」

 彼女が溜息を吐く。それに少し腹が立ったことくらい彼女に見抜かれているのだろう。

「じゃあ何さ?」

「人ってたくさんいてみんな一人一人別の人で、全員がそれぞれ意思を持って生きてる。で、それを具現化したもの、象徴みたいなのの最たるものが名前だと思うんだ」

「そうだね」

 何となく言いたいことは伝わった。

「それで阿部はさ、私の名前一回も呼んでないよな?」

「それで、」

 怒ってるのか。個人の象徴たる名前、人が人である証拠。それを言ってないから。なるほど。それはとても失礼な話だ。さっきの彼女の話をなぞると、俺は今彼女を人として扱っていないことになる。だって一度も名前を呼んでいないから。
 しかしそう言われても困る。

「いやでもさ、俺名前知らないし」

「え?」

「名前、知らない」

 知らないものを言うことは出来ない。
 彼女はまさに鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。すぐにそんな顔はやめてしまったが、彼女は悩み始めた。今一度過去を振り返り、俺が彼女の名前を知る機会があったかどうか確かめて欲しい。いやない。引っ越しの時表札なんてなかったし。

「確かに」

 彼女は一度、確かめるように呟いた。

「名乗ってなかったかも」

「でしょ?」

 名乗るってなんか変な言い方だなと思わなくもなかった。

「だから呼びようもない」

 こうした理由がちゃんとあったら彼女も納得してくれるだろう。

「いや、ていうかそっちから聞いてよ! 私が最初に阿部の名前呼んだときとか! その様子だったら私が名前言ってないの気づいてたんだろ!」

「そうだな。俺が悪かった。ごめん」

「素直に謝るな!」

「ええ……」

 理不尽だ。
 そう思ったけど人との付き合いが少ない俺でも、彼女が起こってるのが照れ隠しだということは簡単にわかった。
 そんなこんなで会話しつつご飯を食べながら待っていると時間は九時を回った。
 ちなみに、彼女の名前は美樹本美樹本みきもとはるという。



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