隣に引っ越してきた金髪美女

奈宮伊呂波

3話 将来、そして女の子

 何にもやる気が起きない。
 俺の部屋の隣に引っ越してきた彼女の引っ越し作業の手伝いから三日立った。
 その間俺は一歩も家から出なかった。ドンドンと騒音が鳴ったのは引っ越しの日だけだったので文句を言いに行く必要もなかったし、ご飯は買いだめしていたインスタントと冷蔵庫の中をやりくりするだけで食べていけたからだ。
 やる気がなくとも、何もしないでいては余りにも退屈なのでプレフォーで最新のFPSゲームをやったり、匿名でSNSを流し見したりしていた。
 この三日間を総括すると、あまりにもつまらなかった。
 社会から断絶された生活を送っていると、もしかするとこの世界の誰も俺の事を認識していないんじゃないかと思ってしまう。
 そんなことはない。俺を知っている人など山ほどいる。両親は健在だし、学校の先生や元バイト先の割と仲良くしてたやつもまだ俺の事は覚えているだろう。それにお隣さんだって知り合ったばかりだ。
 ……あれから会ってないけど。というか隣から全く物音が聞こえないけど本当に住んでいるんだろうか。

「はあ」

 駄目だ。
 どうしても滅入ってしまう。そうだな、気分転換に買い物でも行こう。人間らしく小説でも買ってみようか。太宰治とか宮沢賢治とか難しくてよくわからんだろうし、最初はライトノベルとかいうやつの方がいいかな。
 午後十六時、俺は意を決して外に出た。


 ◆ ◆ ◆


 金色の輝きが俺の目を照らした。

「あ」

「うのっ」

 と、お互いに間抜けな声を出してしまった。因みに後のが俺の声。

「久しぶり」

 彼女は俺の服に一瞬だけ視線を移して言った。今日はもちろん私服だ。安物の。

「あ、どうも……」

 部屋の扉を開けたら彼女とばったり会ってしまった。しまったというと不味いことみたいなので「ばったり会えて嬉しい」と訂正しておこう。

「どうも、ってあんたまるで他人行儀か」

 彼女が気楽にツッコミを入れるが俺は笑えない。それが申し訳なくてさらに笑えない。

「いやまあ。そこまで仲良くないですし。喋ったのあの時ぐらいですし」

「どういうこと?」

 そのままの意味です。
 言葉は口の中で止まった。
 俺のこういうところは本当に嫌いだ。自分の事を全く知らない他人に対しては明け透けに接することができるのに、少しでも見知ってしまうと途端に臆病になる。
 嫌われてしまう、変な奴だと思われるのが死ぬほど嫌なのだ。俺と言う人間は。だから人付き合いは嫌いだ。

「まあいいけど。じゃあな」

 沈黙する俺から何かを察したようで、彼女は先に階段を下りて行った。前会った時はズボンもシャツもラフなものだったけど、今日は華やかな格好をしていた。青っぽいひらひらしたスカートに、袖が柄っぽくなっているベージュの服。種類がわからないのでシャツとしか呼べない俺ってなんなんだろう。流行が全く分からない。けど、肩から下げてた黒い鞄はちょっとおしゃれに見えた。
 完全に外に出向く服装だということはわかる。誰かと会うのだろう。友達や、もしかすると彼氏だったり。
 こういうと失礼かもしれないけど、彼女は金髪だからきっと馬鹿な男にモテるだろう。馬鹿じゃない男にもモテるだろう。美人だし。
 十中八九、彼氏だろう。
 俺には関係ない話だけど、やっぱり少し残念に思ってしまう。
 まあ、いなくても俺程度がどうにかなるとは思っていないので、気にしても仕方ない。
 とっととライトノベルを買いに行こう。
 俺は階段を下りて、駐車場の端に寄せていた自転車に鍵を差し込んだ。もう何日も使ってなかったけど空気は……あるみたいだ。ちゃんと動くか確認して、ペダルに引っ掛けた足に力を入れる。
 住宅街を抜けて、駅の方に向かうと段々賑わってきた。建物は事務所やビルが立ち並び、どこを見ても人が歩いている。
 俺の住むこの街で最も人が集まる場所の一つ、東の繁華街へと俺は足を踏み入れた。
 正直、この場所はそんなに好きじゃない。どこもかしこも光で街を照らしてやがる。この場所自体が希望だとでも言わんばかりに。
 なら、なぜここに来たのか。
 それは単純な話で、人と会わなくなって社会から離れてしまったのなら人が多い場所へ行けばいいじゃないか、と思ったからだ。
 もしかしたら加藤や彼女がいるかもしれない。まあ、そこまで都合のいいことは起こらないだろうが、少しは気分も晴れるだろう。
 自転車を駅の駐輪場に停めて、ここからは徒歩で繁華街を進む。さすがにこの人ごみを自転車で行くほど非常識ではない。
 このくそ暑い中、よくこんなに密集できるなと感心してしまう。
 若い女の子集団や、スーツを着たおっさん、老夫婦や親子連れまであらゆる人間がここにいる。
 誰もかれもが希望にあふれた顔をしているように見える。仕事で疲れているはずのサラリーマンでさえ。
 まるで俺とは正反対の人たちだ。
 仮に今からここにいる人で鬼ごっこを開始してみたら。俺以外の人は案外簡単に受け入れるかもしれない。でも俺はそんな風にはなれない。俺にはそんな資格無いと思う。
 いつから、どうしてそんな風に思うようになったのかはわからない。
 ただ漠然といつの間にか俺は自信を無くしていた。どうやったら自分を誇れるのかわからない。

「ねえリナはさー。将来何するの?」

「えー言わなきゃダメ?」

「当たり前でしょー。ちなみに私はパティシエだよ。ちっさいころからおかし作るの好きだったからさ」

「え、でもアキ、普通科の高校でしょ? 専門行くの?」

「まあね。調理師免許とか? いるらしいし?」

「それで疑問形なのかい」

「まあ。いいでしょ! で、リナは?」

「私はね―――」

 多分、女子高生だろう。
 二人は路地を曲がって繁華街から離れて行った。俺の向かってる書店とは別方向になる。もちろん追ったりはしない。そこまで興味もない。
 なら、どうしてこの雑音の行き交う繁華街で彼女たちの話に意識が向いてしまったのか。将来という単語は俺にとって聞きたくないものだったからだ。俺は、ちゃんと就職できるのか、ちゃんと結婚できるのか、ちゃんと社会の中で生きて行けるのか。何となくの不安は確かにある。あるけど、それに真っ向から立ち向かうことはきっと楽じゃない。
 つまり、目を逸らしたいものに「将来」という言葉のせいで多少なりとも向き合うことになってしまった。
 でも難しい。無理だって思う。

「はあああ」

 大きなため息を吐くと、いっちょ前に悩んでいるような気がして少し楽になる。
 顔を上げて街並みを眺めてみる。
 服屋、音楽ショップ、服屋、喫茶店、ファストフード店、ドラッグストア、雑居ビル、服屋、古着屋、中華料理店、服屋、雑居ビル、雑居ビル。
 繁華街は様々な建物が立ち並んでいる。基本的に俺はこの場所が嫌いだけど、店が連なっているこの感じは好きだ。
 色々な店が並んでいると、もちろん色々な人が存在する。
 老若男女は基本として、キャッチやストリートミュージシャン、外国人もいるし、どう見ても堅気には見えないやばそうな人だっている。
 そんな中、俺はふと立ち止まった。いや、立ち止まってしまった。
 語尾を改めたのには理由がある。俺の目的地に着いたからなどではない。それが理由なら俺はわざわざ訂正などしない。自分の意思で足を止めたのなら「立ち止まった」で相違ない。
 では、なぜ「立ち止まってしまった」と訂正したのか。
 それすなわち、俺の意図と関係ない事態によって足を止めざるを得なかったからだ。
 なんて。かっこつけてみても仕方がない。
 横断歩道を挟んだ向かい側に、この繁華街の中でも一際存在感を放っている施設がある。見た感じ家族連れや若い男女が多いこの繁華街ではターゲットとなる層が少しずれている。そのせいであまり人がよりついているようには見えない。いるにはいるが。
 衰退の一途を辿っていると言われているその施設は、ポルノ映画館と言うらしい。
 らしいというのも、俺はあそこに入ったことが無い。入る度胸がないともいう。
 まあ、それはいい。今はいい。
 俺が立ち止まってしまった理由。
 それはポルノ映画館の前で座り込んでいた女の子にあった。

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