偶像は神に祈る夢をみる
ミカガミシンヤの物語 2
夕日は、空の向こうに沈もうとしてる。
繁華街を行き交う人の数は、俺の記憶にだけ残る都市の人々よりずいぶんと少ない。
それでもここはちゃんと街だった。
むしろ俺たちのいた世界より、遥かに平和で豊かに見える。
「この街はどうですか?」
後ろをついてくる少年は探るように尋ねる。
俺の世話を任された三人の一人で名をユウキと聞いた。
俺を見上げすぎるきらいのある神父と、どこか距離をおいている感じのする眼鏡の女性の三人の中では、正直この少年が一番話しやすい。
同性でおそらく歳もそんなに違わないからだろう。
もっとも俺の年齢を今何歳と言っていいのかは謎ではあった。
「どうって?」
正直、ここで暮らし始めてから彼にかかわらずよくこの質問をされる。
「この街は、神様のいた世界と比べてどうでしょう、つまりその…、似ていますか?」
「…そうだな。ここがあれから気の遠いほど時の先にあるなんて思えないぐらいには、似ているよ」
少し考えてから、答えた。
「本当ですか!」
心から嬉しそうだ。
「なんで、君たちはいつもそんなに嬉しそうなんだ?」
「なんでって、当然じゃないですか。この街は神様たちの世界を真似て作られているんです。いつか目覚める神々が快適に暮らせるように」
彼らは勘違いしている。俺は彼らの崇める、《《あれ》》らではない。
無理やり繭に閉じこもったなりそこないだ。
総白状してしまえば彼らの態度は変わるだろうか?
「俺は神様じゃないよ」
中途半端にそして曖昧に伝える。
今ここで、彼らの庇護を失うのが怖いという気持ちと、
罪悪感が合わさった結果だ。
「いえ、あなたは神様です。僕はずっとあなたに潜ってきたんですから」
少年に迷いはない。
「なんでそう言い切れる?」
「簡単です。僕はあなた専属の、夢見です。夢見の役割は神様の夢を除くこと」
その話は聞いていた。
正直自分の中を覗かれていたというのは気持ちのいいものではない。
ただ彼らにはプライバシーという概念がないらしく、
臆面もなく堂々とその話を俺に伝える。
「夢の中の俺は何をしていた?」
嫌味をこめて返す。
「泣いていました。自分の境遇を嘆いて…」
彼は気にする様子もなく語る。俺の心の中を、
「そして、愛していました。一人の女性を」
「…っ、それが何だって言うんだ⁉嘆いたり、愛したり君たちにだって経験が…」
心を覗かれた憤りが声を伝って漏れる。
「ないですよ」
少年は言い切った。
「僕たちには感情がありません」
そのあまりの言いようが俺の高ぶりかけた感情を一気に冷ます。
「そんなことはないだろう?君たちを見ていて、そんなふうには」
この数週間で見てきた人間に感情がないなんて思えない。
皆表情豊かで、個性豊かな、普通の人間に見える。
「嬉しいです」
彼は笑う。それは感情ではないのか?
「でも、僕たちの感情は全部作り物。僕たち夢見は神様の夢に潜ることで、正しい心理状態を学習するんです。褒められることは嬉しいこと、貶されれば憤れ、大切な人との別れは悲しいものだ、家族は愛おしい。学習結果は《《彼女》》に吸い上げられ、内なる《《彼女》》を通じて皆に共有される」
「感情まで、俺達のマネをしてるってことか?」
「そうです。僕たちの感情は所詮、《《彼女》》に教えられた正しい反応。神様たちのような、《《本物》》ではないんです」
「それはこの街の人すべてがってことか⁉」
ハイと答える少年の無邪気さに、得体の知れない不気味な何かを感じる。
彼らは普通の人間にしか見えない。
なのにこの少年は自分たちの感情は虚像だと言ってのける。
これは教会の教えかなにかなのだろうか。だとしたら、洗脳に近い。
美しかったこの街の景色が、途端にどす黒い支配構造のモヤに覆われた気がした。
「ユウキ、君には家族がいるのかい?」
俺は優しく尋ねる。
「はい。妹が一人」
「一度、会わせてもらえないかな?」
確かめなければならない。彼の言葉の真意を。
「神様がそうおっしゃるなら、構いませんけど。むしろ妹も喜ぶと思います」
少年は笑う。豊かの表情で。
確かめなければならない。
このあまりにも平和で完璧に見える世界が、
何でできているのかを。
《《彼女》》と呼ばれるあの老獪な少女のように見えるなにかと、
教会というシステムが、この街のすべての人のアイデンティティーを犠牲に成り立っているなら、俺はこんな街にいっときもいられない。
繁華街を行き交う人の数は、俺の記憶にだけ残る都市の人々よりずいぶんと少ない。
それでもここはちゃんと街だった。
むしろ俺たちのいた世界より、遥かに平和で豊かに見える。
「この街はどうですか?」
後ろをついてくる少年は探るように尋ねる。
俺の世話を任された三人の一人で名をユウキと聞いた。
俺を見上げすぎるきらいのある神父と、どこか距離をおいている感じのする眼鏡の女性の三人の中では、正直この少年が一番話しやすい。
同性でおそらく歳もそんなに違わないからだろう。
もっとも俺の年齢を今何歳と言っていいのかは謎ではあった。
「どうって?」
正直、ここで暮らし始めてから彼にかかわらずよくこの質問をされる。
「この街は、神様のいた世界と比べてどうでしょう、つまりその…、似ていますか?」
「…そうだな。ここがあれから気の遠いほど時の先にあるなんて思えないぐらいには、似ているよ」
少し考えてから、答えた。
「本当ですか!」
心から嬉しそうだ。
「なんで、君たちはいつもそんなに嬉しそうなんだ?」
「なんでって、当然じゃないですか。この街は神様たちの世界を真似て作られているんです。いつか目覚める神々が快適に暮らせるように」
彼らは勘違いしている。俺は彼らの崇める、《《あれ》》らではない。
無理やり繭に閉じこもったなりそこないだ。
総白状してしまえば彼らの態度は変わるだろうか?
「俺は神様じゃないよ」
中途半端にそして曖昧に伝える。
今ここで、彼らの庇護を失うのが怖いという気持ちと、
罪悪感が合わさった結果だ。
「いえ、あなたは神様です。僕はずっとあなたに潜ってきたんですから」
少年に迷いはない。
「なんでそう言い切れる?」
「簡単です。僕はあなた専属の、夢見です。夢見の役割は神様の夢を除くこと」
その話は聞いていた。
正直自分の中を覗かれていたというのは気持ちのいいものではない。
ただ彼らにはプライバシーという概念がないらしく、
臆面もなく堂々とその話を俺に伝える。
「夢の中の俺は何をしていた?」
嫌味をこめて返す。
「泣いていました。自分の境遇を嘆いて…」
彼は気にする様子もなく語る。俺の心の中を、
「そして、愛していました。一人の女性を」
「…っ、それが何だって言うんだ⁉嘆いたり、愛したり君たちにだって経験が…」
心を覗かれた憤りが声を伝って漏れる。
「ないですよ」
少年は言い切った。
「僕たちには感情がありません」
そのあまりの言いようが俺の高ぶりかけた感情を一気に冷ます。
「そんなことはないだろう?君たちを見ていて、そんなふうには」
この数週間で見てきた人間に感情がないなんて思えない。
皆表情豊かで、個性豊かな、普通の人間に見える。
「嬉しいです」
彼は笑う。それは感情ではないのか?
「でも、僕たちの感情は全部作り物。僕たち夢見は神様の夢に潜ることで、正しい心理状態を学習するんです。褒められることは嬉しいこと、貶されれば憤れ、大切な人との別れは悲しいものだ、家族は愛おしい。学習結果は《《彼女》》に吸い上げられ、内なる《《彼女》》を通じて皆に共有される」
「感情まで、俺達のマネをしてるってことか?」
「そうです。僕たちの感情は所詮、《《彼女》》に教えられた正しい反応。神様たちのような、《《本物》》ではないんです」
「それはこの街の人すべてがってことか⁉」
ハイと答える少年の無邪気さに、得体の知れない不気味な何かを感じる。
彼らは普通の人間にしか見えない。
なのにこの少年は自分たちの感情は虚像だと言ってのける。
これは教会の教えかなにかなのだろうか。だとしたら、洗脳に近い。
美しかったこの街の景色が、途端にどす黒い支配構造のモヤに覆われた気がした。
「ユウキ、君には家族がいるのかい?」
俺は優しく尋ねる。
「はい。妹が一人」
「一度、会わせてもらえないかな?」
確かめなければならない。彼の言葉の真意を。
「神様がそうおっしゃるなら、構いませんけど。むしろ妹も喜ぶと思います」
少年は笑う。豊かの表情で。
確かめなければならない。
このあまりにも平和で完璧に見える世界が、
何でできているのかを。
《《彼女》》と呼ばれるあの老獪な少女のように見えるなにかと、
教会というシステムが、この街のすべての人のアイデンティティーを犠牲に成り立っているなら、俺はこんな街にいっときもいられない。
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