偶像は神に祈る夢をみる

53panda

一年後の結末 4

俺は幸せだった。
人を傷つけたくない。大切な人を、傷つけたくない。
そんなふうに思える人生を歩んできたのだから。

「ねえ、本当に、本当に決めたの?」
最愛の人の顔は涙でゆがんでいた。夜風はいつもより冷たい。
一番大切な人を泣かせることしかできない自分の運命を俺は恨んだ。

「他に方法はない。俺はあんなふうにはなりたくないんだ」

「まだ決まったわけじゃない!」
彼女の柔らかい頬をつたうの涙を拭おうと、伸ばしかけた手を引っ込める。

「もう君とは会えない」
突き放す言葉。
去りゆく俺にできることはせめて、彼女に思い出を残さないことだった。

「私は…、私は待つわ。私、何年だって」
「何年待っても無駄さ。君の寿命がいくつあっても足りやしない」
ひたすら諭すしかない。俺自身が受け入れられていない運命を、ひたすら。

「待つに決まってるじゃない!」
そうやって言い切ってしまう彼女の顔は泣いていても強かった。

「……っぐ、うっ」
彼女に根負けしたように嗚咽がもれる。俺は幸せだ。今幸せだ。
そう思えば思うほど涙が止まらない。

「何千年だって、何度生まれ変わったってあなたを待つんだから」
そういって彼女は優しく抱きしめてくれる。

俺は弱い男だ。
「ああ、待っててくれ…」
彼女の優しさに甘えて、叶わない約束を残すのだから。

俺は幸せだった。そう思わなければやってられなかった。

***

「目、覚めた?」
体を起こす僕に彼女は話しかける。

「リサさん、記憶。結構残ってますけど」
男の人が泣いていた。
彼の感情がまだ僕の感情のように胸にこびりついていて気分が悪い。

「そう、もう142番の記憶なんて公開されてるものも多いから、修正があんまり働かなったのね」
ボサボサ髪を掻きながら、彼女はコンピューターの画面を見つめたまま生返事をする。

「じゃあなんで、いまさら潜らされたんですか?しかも急に」
教会から呼び出されたのは今朝だ。ミサを明日に控えた今日は本来休みになっている。

「私が知るわけ無いでしょ。緊急であなたを夢の中に送れって言われたんだから。そうするしかないじゃない。私はただのエンジニアなの」
彼女の声からは不満がにじみ出ていた。大方、徹夜でゲームを決め込んだやさきに急で準備を頼まれたのだろう。目の下にはくまができている。

「これで終わりですか?」
時刻は夜の8時を回っていた。

「終わり、帰っていいわよ。私はまだこれから報告をあげなきゃだけど」
自虐地味に笑う。

「お、お疲れ様」
同情の気持ちがあふれる。

「あ、そういえば」
退室しようとする僕に彼女の声が飛ぶ。
「夢で見たイメージが消えなかったり、変な記憶が蘇ってきても。決して誰にも話しちゃだめだよ。私に余計な仕事が増えるから」
他のエンジニアと真反対の事を言う。

「ははっ、そうします」
相変わらずな彼女に乾いた返事を返しながら、僕は帰路についた。

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