転生しているヒマはねぇ!
88話 特別な魂
オキョウ地獄を抜け出したオレたちは、平和な地獄巡りを再開する。
各削り場では、巨大な手を持つ獄卒が黒魂たちをおろし金みたいのに擦りつけて削っていたり、蚤と金槌を持った獄卒が彫刻のように黒魂を削ったりと、手を替え品を替え黒い魂たちを削っていた。
だが俺からしてみれば、オキョウがいないだけで、どんな荒っぽく見える削り場も天国に見える。
「さあ、いよいよ最後。地獄界に送られてくる魂のなかでも『穢れ度』が極度に高い魂が集められる削り場さ。最初に見たヤツもここに送られてるはずだよ。檻に入れられてる奴は、だいたいがここだからね」
「カレンが担当なんだっけ?」
「そうさ。前任者がアタシ。でもアタシからしたらカレンほどここがふさわしいヤツはいないよ」
ほう。チェリーがそこまで言うのか。
「口で説明するより見せた方が早いってヤツだね。ここではなんでもそうなんだけどさ。キャハ♪」
笑いながらチェリーが扉を開けると、『シャンシャン』という涼やかな音色が俺の耳を通って胸に溶け込んできた。
さらに目に飛び込んできた光景に、俺は息を呑む。
部屋の左右の壁沿いにずらっと並べられた、檻に入れられたおおきな黒魂たち。その黒魂たちは、部屋に入ってきた俺たのことはこれっぽっちも気にしていない。彼らがじっと意識を向けているのは部屋の中央。ニホンでいう巫女服を着て舞い踊るカレンの姿。
両手に30㎝くらいの棒を一本ずつ持っている。棒の先端には錫杖についているヤツみたいな金属製の輪が複数ついていて、それがカレンが舞うたびにぶつかり合い、先ほどからオレの胸に沁み込んでくる清浄な音色を部屋中に響き渡らせていた。
周囲の黒魂たちは苦しげに悶え苦しみながらも、その意識をカレンから外そうとはしない。彼女の美しい舞に、この清浄な音色に魂を奪われているかのようだった。
ふとその内の一魂から黒いカタマリがごっそりと落ちる。檻の床面に落ちるも無音。よく見てみれば他の黒魂が入れられている檻にも彼ら自身から落ちたと思われる黒いカタマリが転がっている。
これがカレンの舞の力なのか。魔力が込められた舞。魔力の込められた音色。
あれ? でもこれって、俺たちもやばいんじゃないの?
「なあ。思ったんだけど、俺らってあの舞を見てても大丈夫なの? 崩れちゃったりしないの」
「キャハ♪ さすがダイちゃん。いいところにきがついたねぇ。そこがあの娘の凄いところなんだよ」
「と、言いますと?」
「一見はさ、オキョウとやってること同じに見えるだろ?」
いえ、全然! あんな拷問ダンスと一緒には見えません!
「オキョウの舞はさ。振動の魔法って感じなんだよ。揺らして揺らして、ようやく薄皮一枚を剥がしてるみたいなもんなのさ。威力も弱いし、ダメージを与える相手も選ばない。強い魂にダメージを与えるまではいかないから、アタシらは不快感を感じるくらいなんだけどさ」
へ~。オレがあのダンスに嫌悪感を感じるのは魔法のせいだったのか。……いや。絶対にそれだけじゃねえ!
「でもね。カレンは違う。あの娘があの舞で放っている魔法はね。冥界の魔力に染まっていないモノにだけダメージを与えているのさ。つまりは現界の魔力に染まった黒い部分をね。現界でいうアンデットなんかに聞く浄化魔法と似たようなもんさ」
ああ。あの苦しみかたは、そういうことなんだ。傷口に消毒液かけられたのと症状近いかもな。
「その威力も半端ない?」
「そ。アタシも含めて、これまでここを担当してきた獄卒はさ。全員威力重視の獄卒だったんだよ。この部屋に送られてくるアイツらの黒い部分は、無茶苦茶固くて厚みがある。威力のある攻撃をかませる奴じゃないと削れなかったのさ。だけど、やりすぎると中心の魂魄さえ破壊しちまうから、荒削りって感じでね。ここから、また選別の間に戻して適当な処置室に送っていたのさ」
過去形か。
「それがあの娘の場合は必要ない。綺麗に磨きあげるところまでやれちまうからね。初めてアレを見せられた時には、交魂で生まれた魂は、やっぱりアタシらとは格がちがうんだと思ったもんさ」
少し寂しそうな口調が気になり、オレの腕を解放しオレと同じようにカレンを見つめていたチェリーに顔を向ける。
「……アタシはさ。ダイちゃんも交魂で生まれた魂だと思ってたのさ」
「え?」
驚きの声を上げたオレを、彼女が真っ直ぐに見つめてくる。その瞳は、いつになく真剣だった。
「男女、現界冥界、そんなの関係なくダイちゃんに関わった魂はいろんな影響を受けていく。今朝のアタシやさっきのオキョウみたくね」
「でも確かオレって、ラヴァーの話じゃ……」
「そうさ。ダイちゃんが前にいた世界『チキュウ』の冥主の分魂で生まれ、すぐに向こうの現界で生まれているらしいね」
ふわりと宙に浮き、定位置となりつつある俺の頭の上に尻を落とす。
「各世界での魂の交換制度に選ばれる魂が、どうやって決められているかはその世界によってマチマチみたいなのさ。チキュウじゃどうやって選んでんのかアタシは知らない。でもね、やっぱりアタシには偶然にダイちゃんが選ばれたとは思えないんだよねぇ。誰かの意図が、もしかしたら複数の魂の思惑が、ダイちゃんをマタイラに連れて来たんじゃないか。そう思えてならないのさ」
チェリーの尻が、なんだか心細げに揺れていた。
各削り場では、巨大な手を持つ獄卒が黒魂たちをおろし金みたいのに擦りつけて削っていたり、蚤と金槌を持った獄卒が彫刻のように黒魂を削ったりと、手を替え品を替え黒い魂たちを削っていた。
だが俺からしてみれば、オキョウがいないだけで、どんな荒っぽく見える削り場も天国に見える。
「さあ、いよいよ最後。地獄界に送られてくる魂のなかでも『穢れ度』が極度に高い魂が集められる削り場さ。最初に見たヤツもここに送られてるはずだよ。檻に入れられてる奴は、だいたいがここだからね」
「カレンが担当なんだっけ?」
「そうさ。前任者がアタシ。でもアタシからしたらカレンほどここがふさわしいヤツはいないよ」
ほう。チェリーがそこまで言うのか。
「口で説明するより見せた方が早いってヤツだね。ここではなんでもそうなんだけどさ。キャハ♪」
笑いながらチェリーが扉を開けると、『シャンシャン』という涼やかな音色が俺の耳を通って胸に溶け込んできた。
さらに目に飛び込んできた光景に、俺は息を呑む。
部屋の左右の壁沿いにずらっと並べられた、檻に入れられたおおきな黒魂たち。その黒魂たちは、部屋に入ってきた俺たのことはこれっぽっちも気にしていない。彼らがじっと意識を向けているのは部屋の中央。ニホンでいう巫女服を着て舞い踊るカレンの姿。
両手に30㎝くらいの棒を一本ずつ持っている。棒の先端には錫杖についているヤツみたいな金属製の輪が複数ついていて、それがカレンが舞うたびにぶつかり合い、先ほどからオレの胸に沁み込んでくる清浄な音色を部屋中に響き渡らせていた。
周囲の黒魂たちは苦しげに悶え苦しみながらも、その意識をカレンから外そうとはしない。彼女の美しい舞に、この清浄な音色に魂を奪われているかのようだった。
ふとその内の一魂から黒いカタマリがごっそりと落ちる。檻の床面に落ちるも無音。よく見てみれば他の黒魂が入れられている檻にも彼ら自身から落ちたと思われる黒いカタマリが転がっている。
これがカレンの舞の力なのか。魔力が込められた舞。魔力の込められた音色。
あれ? でもこれって、俺たちもやばいんじゃないの?
「なあ。思ったんだけど、俺らってあの舞を見てても大丈夫なの? 崩れちゃったりしないの」
「キャハ♪ さすがダイちゃん。いいところにきがついたねぇ。そこがあの娘の凄いところなんだよ」
「と、言いますと?」
「一見はさ、オキョウとやってること同じに見えるだろ?」
いえ、全然! あんな拷問ダンスと一緒には見えません!
「オキョウの舞はさ。振動の魔法って感じなんだよ。揺らして揺らして、ようやく薄皮一枚を剥がしてるみたいなもんなのさ。威力も弱いし、ダメージを与える相手も選ばない。強い魂にダメージを与えるまではいかないから、アタシらは不快感を感じるくらいなんだけどさ」
へ~。オレがあのダンスに嫌悪感を感じるのは魔法のせいだったのか。……いや。絶対にそれだけじゃねえ!
「でもね。カレンは違う。あの娘があの舞で放っている魔法はね。冥界の魔力に染まっていないモノにだけダメージを与えているのさ。つまりは現界の魔力に染まった黒い部分をね。現界でいうアンデットなんかに聞く浄化魔法と似たようなもんさ」
ああ。あの苦しみかたは、そういうことなんだ。傷口に消毒液かけられたのと症状近いかもな。
「その威力も半端ない?」
「そ。アタシも含めて、これまでここを担当してきた獄卒はさ。全員威力重視の獄卒だったんだよ。この部屋に送られてくるアイツらの黒い部分は、無茶苦茶固くて厚みがある。威力のある攻撃をかませる奴じゃないと削れなかったのさ。だけど、やりすぎると中心の魂魄さえ破壊しちまうから、荒削りって感じでね。ここから、また選別の間に戻して適当な処置室に送っていたのさ」
過去形か。
「それがあの娘の場合は必要ない。綺麗に磨きあげるところまでやれちまうからね。初めてアレを見せられた時には、交魂で生まれた魂は、やっぱりアタシらとは格がちがうんだと思ったもんさ」
少し寂しそうな口調が気になり、オレの腕を解放しオレと同じようにカレンを見つめていたチェリーに顔を向ける。
「……アタシはさ。ダイちゃんも交魂で生まれた魂だと思ってたのさ」
「え?」
驚きの声を上げたオレを、彼女が真っ直ぐに見つめてくる。その瞳は、いつになく真剣だった。
「男女、現界冥界、そんなの関係なくダイちゃんに関わった魂はいろんな影響を受けていく。今朝のアタシやさっきのオキョウみたくね」
「でも確かオレって、ラヴァーの話じゃ……」
「そうさ。ダイちゃんが前にいた世界『チキュウ』の冥主の分魂で生まれ、すぐに向こうの現界で生まれているらしいね」
ふわりと宙に浮き、定位置となりつつある俺の頭の上に尻を落とす。
「各世界での魂の交換制度に選ばれる魂が、どうやって決められているかはその世界によってマチマチみたいなのさ。チキュウじゃどうやって選んでんのかアタシは知らない。でもね、やっぱりアタシには偶然にダイちゃんが選ばれたとは思えないんだよねぇ。誰かの意図が、もしかしたら複数の魂の思惑が、ダイちゃんをマタイラに連れて来たんじゃないか。そう思えてならないのさ」
チェリーの尻が、なんだか心細げに揺れていた。
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