転生しているヒマはねぇ!

地辻夜行

40話 清掃員

「本当に大丈夫ですか? まったく元気ありませんけど……」


 曲がりっぱなしのオレの背中に、ソレイユの暖かい声が降りかかるが、オレの背中を引っ張りあげる力まではなかった。


「気にするな。その内柔軟性をあげるために、前屈しながら歩くからさ」

「後ろ向きまでできるようになってるじゃないですか!
  あの後、そんなに嫌なことあったんですか?」

「いや、むしろ良い感じだったな。
 お前の暗殺事件を調べるのに、協力してくれる現界魂と知り合えたから、見通しはこれまでより明るくなった。
 見えないのはオレの未来だけさ」

「あー、もう暗いな! 早く乗ってください! 私が起動させますから」


 オレはソレイユにせかされ、魔獣部の職場付近に飛ぶため、転生役所入り口の転移魔方陣に、超礼儀正しく90度のおじぎをしながら乗った。

 転移した後、なかなか動かないオレをソレイユが手を引いて、部屋から連れ出す。
 部屋を出たところで、まっすぐに見つめ合うオレと床の間を引き裂くかのように、紙くずが立ちはだかった。

 アイシスの教育の甲斐あって、有言実行を常に心がけるようになったオレは、前屈歩きついでにその紙くずを拾った。


「あんた! あたしにケンカ売ってんのかい!!」


 冥界の底から這い出るようなダミ声が、天井と見つめ合うオレの腰に、重くのしかかり手のひらがペタリと床につく。

 ソレイユがオレの後ろにまわりこむ気配がするが、前屈しているオレの後ろでは隠れられないだろう・・・と思ったら足の隙間からイケメンが見えた。


「あんた、今ゴミを拾ったろ! 馬鹿にしやがって!!」


 ……なぜ、ゴミを拾うことが、ケンカを売ったり、誰かを馬鹿にすることになるのだろうか?
 意味不明の言葉に、若干の興味が湧き、首に重たさを感じながらも顔を上げた。
 そこにいたのは清掃要具の乗った台車を押す、蛇っぽい顔をしたオバチャンだった。


「ハン! 予想通り陰険そうな顔をしてやがって。
 あんたもあれだろ? そうやって、あたしの目の前でこれ見よがしにゴミを拾って、「また仕事をサボってたんだろ」って、騒ぎたてる腹積もりなんだろ⁉」


 うわー、被害妄想ハンパねぇ。


「けど、おあいにくさま、そこはあとからやる予定だった所さ」


 オバチャンがニヤリと笑う。


「ああ。これからやるところだったんですね。
 余計な真似してすいません」


 オレが紙くずを床に置き直して、前屈歩きを再開しようとしたら、オバチャンが床をドンと踏み鳴らす。


「あんた、その耳は飾りかい! なにを聞いてやがったんだい! 誰がこれからやるって言ったのさ! 
 あたしはね、後からやるって言ったんだよ!
 100年後くらいにね!」

「サボる気満々じゃねぇか!」


 あまりの長期計画に、思わず起き上がってツッコミをいれてしまった。


「五月蝿いねぇ。今やろうが、100年後にやろうが、冥界じゃたいした差じゃないだろうがさ!」


 被害妄想だけじゃなく、開き直りも凄かった。


「……あたしだってね。昔はこうじゃなかった。
 たかが清掃。されど清掃ってね。
 潔癖のオキョウと呼ばれたのも、今は昔の物語さ」


 今度は昔語りか! マーシャ並みに自由だな、おい!


「でも、悲劇は起こったのさ。
 忘れもしない。そう、あれは2ヶ月前」

「最近じゃねぇか!」

「細かい男だね! しかも、急に元気になりやがって!
 いいから、最後まで聞きな! ここからが大事なんだから!」


 オキョウと名乗ったオバチャンは、ゴホンと咳払いを入れて仕切り直す。


「10年前のある日、あたしは400年間続けていた清掃ローテーションを崩した。
 担当区画のある一画に、とても不穏な気配を感じたのさ。
 忘れもしない。あの邪悪な気配。現界で有名な魔王に違いないと思ったね。
 そこで、あたしはそのあたりの清掃を後にすることにしたのさ。
 なのに、クソ上司め。サボったなんて抜かしやがって。
 100年後には、ちゃんとやる予定だったんだよ!
 その後も散々イビりやがって……」


 ……あれ? これってオレの件? 
 そういや、この顔マーシャの執務室で見た気がする。


「あの~、オレと会ったことありますよね?」

「し、知り合いなんですか?」


 ソレイユがオレの横から顔を出して尋ねてくる。


「はぁ〜! なんだいそりゃ? 口説き文句のつもりかい?
 あたしはあんたなんて―――――!!」


 オバチャンが一気にソレイユとの距離を詰め、ソレイユの手を取る。


「覚えてるよ♪ あんたとあたしは夫婦だったのさ!」


 な! まさか、こんなところにソレイユの記憶の手がかりが!


「ち、違いますから! 
 ほら! ダイチさん仕事の時間ですよ、行きましょう!!」


 ソレイユはオバチャンの手を振り払い、再びオレの手を引いて、魔獣部のオフィスに逃げ込んだ。


 閉まるドアの向こうで、オバチャンがなにか言っていたが、ソレイユが手を離してくれなかったので、詳しい話を聞きに戻ることはできなかった。

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