転生しているヒマはねぇ!

地辻夜行

20話 記憶

「儂は、この転生役所の所長であり、転生界の主でもあるマーシャという。この転生界で一番偉い。
 ここは死語の世界じゃからな。王子の肩書きが、通用すると思うなよ!」


 ……おい。
 オレは表情はいっさい崩さず、慌ててマーシャに魂魄通話をいれる。


(なに高圧的になってんだよ! 見ろ! すげぇ萎縮しちまったじゃねぇか! 話聞く気あんのか?!)

(だ、だって! 余だぞ! 余! なんか偉そうではないか! こういうのは最初が肝心と言うではないか! 力関係を見せつけておかんと……)

(アホか! こいつは、そういう教育を受けてきたんだからしょうがないだろ。魂じゃわかりづらいが、こいつはまだ10歳なんだからな。張り合うなよ。魂の状態じゃ嘘とか言えないんだから、ソイツが本気でビビってるのわかるだろう?)

(むぅ~。……わかった)


「おお! ソレイユとやら、そうかしこまらずとも良いぞ。
 余は、寛大じゃからな。殺ろうと思えばやれるが、貴様が偉そうだからとて、魂魄を粉砕したりせん」


 いやいやいや。


「とにかくじゃ、お前は余の質問に黙って答えればよい」


(黙ってたら答えられんだろう)

(こ、言葉のあやじゃ。言葉のあや。揚げ足を取るでないわ!)


「コホン。まず、お前は何者だ。ソレイユになる前はどこの世界でなんと名乗っておった」

「? 何を言っておるのだ。余はソレイユ以外の何者でもないぞ」


 あれ? 異世界からの転生者は、前世の記憶を残したまま転生するんだったよな。それじゃあコイツは元々マタイラの魂ってことか?


「前世の記憶だ。余はこう見えても数億年の時を経ている魂じゃ。それこそ数多の魂を見てきておる。
 その余の見立てでは、お前は新しい魂ではない。限界で生きたのはソレイユ王子が初めてではあるまい」

「そのようなことを言われても、余は……私は知ら……ないのです」


 マーシャに睨まれ、ようやく言葉を改めることにしたらしい王子の魂が、しどろもどろになって答えた。


(どうやら本当に前世の記憶を消されておるな)

(前もマタイラの限界で生きていたってことか?)
(そうとも限らん。あくまで冥界側でする処理じゃ。異世界の魂でも消せるし、マタイラの魂でも残せる。
 意図的に魂をすり替えたのだから、記憶も意図的に消したのだろうが、その意図がわからん)


「おぬ……貴女がここで一番偉いのならば頼みがある! 私をホーレイトに帰してくれ! 私は国を・・・世界を守らねばならんのだ!」

「無理だな。お主の身体はすでに魂が戻れぬ。お前のような身元の知れぬ魂では転生させることもできん」

「だから、私はホーレイト王国第2―――――」

「本来、王子の体に入る魂はお前ではなかった。王子に国を守り世界を守る役目があったとしても、それはお前の役目ではない。お前は他の魂の役目を横から奪い取ったにすぎぬ」

「そ、そんな馬鹿な!!」


 王子の魂が大きく揺れた。


(お、おい)

(事実じゃ。こちらとて、器に入れる魂を適当に決めている訳ではない。違反を許せば、世界の崩壊を招く可能性もあるのだ)

(だけど、コイツのせいじゃないだろ? 自分で記憶を消した訳でもないんだろうし)

(その可能性はゼロではないのだ。)

(え?)

(通話が長くなる。後で説明する)


「それにハイエルフどもの預言ならば気にすることはない。あ奴らが生まれてから、幾多の預言が世界に向けて出されたが、当たる確率は五分にも満たん。外れてもそれに近い現象を無理やり言葉に当てはめ、誤魔化してるのがほとんどだ」

「嘘だ!」

「信じたくないのなら信じずとも良い。
 結果は変わらん。お前はしばらくの間、転生界預りの魂となる。身元が判明するまでな。
 早く自由になりたければ、自身の魂魄に問い質せ。
 己は何者なのか? とな」


(ダイチ。通話を切るぞ。魂宿所の所長に連絡を取る。こやつの魂を拘束しておいてもらわねばならんからな)

(拘束って……)

(縛りつけたりするわけではない。鍵付きの部屋にいて貰うだけだ)

(そうか……コイツの魂を守る為でもあるのか)

(相変わらず、察しが良いの。それでは、後でな)


「暫し待て。すぐに迎えが来る」

「……駄目だ! 余はここで立ち止まっている訳にいかない!皆が待っているのだ!」


 言うなり王子の魂はマーシャに向かって突進してきた。
 だが、マーシャの目の前でその動きをピタリと止めた。
 まさか、魂の動きも止めれんのか。
 魂に関しては、ホントにチートだな、コイツ。


「余は待てと言ったぞ。忘れたか? 余はお前に何もできんのではない。しないだけじゃ。ひとつでも多くの魂に元気でいてもらいたいからの」

「お、お願い、お願いします。ボクを皆の元に……」


 たぶん身体があったならば涙を流していただろう。今の王子には、そんな雰囲気があった。

 だが、マーシャはそんな王子を突き放すように言った。


「暴力を振るおうとした者の泣き落としほど、効果の無いものはないな。
 もう一度言うぞ、名も無き魂よ。
 己の魂魄に問いかけよ。自身が何者なのかとな。
 何か思い出したら、お前の世話をする者たちに伝えよ。
 それが有益であれば、もう一度現界に行く機会も与えることができよう」


 それっきり動くことも喋ることもなくなった王子の魂は、しばらくして執務室にやって来た、頭の頂点に一本角を生やした、いかつい顔のおっさんに連行されて行った。

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