転生しているヒマはねぇ!

地辻夜行

8話 視察

 視察という名目で、オレはマーシャと二人で、マタイラの現界に来ていた。
 5つある大陸のうちの1つにある国の首都だ。
 国の首都だけあって、人の往来が激しい。生前には生で見る機会がなかった馬車も、オレの仮体を何度も通り抜けて行っている。
 現界へ視察に行く旨の連絡を監視課課長にしたあと、モニタールームでマーシャが俺の手を掴み目を瞑れと言うので言う通りにしたら、次に目を開けた時には、俺は道のど真ん中に突っ立っていた。目前に馬車が迫って来ていて、オレは小さな悲鳴をあげたが、馬車は何事もなくオレの身体をすり抜けて行く。
 マーシャはオレの反応に腹を抱えて笑い、冥界の魂は現界に対して、なんら影響は及ぼさないのだと説明する。
 現界に住む存在は、こちらの存在を認知することはできず、こちらも現界のものには、なにひとつ触れられないとのことだ。いまも大地の上に立っているように見えるが、実際はダイチの上に浮いている状態らしい。
 つまり、転生界にいようが、現界に来ようが、見てるだけしかできないことに変わりはない。2Dで見るか3Dで見るかの違いだろう。


「でも、ずいぶん簡単に来れんだな。
 転生界と居住界でさえ転移魔方陣使わないと移動できないのに」

「阿呆め。儂だからに決まっておろうが。
 マタイラ全体でも、魔方陣なしで異界への転移術を行使できるのは、ほんの一握り。凄いじゃろ?」 

「ああ、凄い凄い。それでなんでここに跳んで来たわけ?」


 どや顔で胸を張るマーシャをテキトーに褒めて尋ねる。


「お前、いまいち儂への敬意が足りんのではないか?
 まぁ、良いわ。理由は簡単じゃ。この街に、お前が本来転生するはずだった肉体が生活しているからだ」

「いいのか? オレ、植物部の監視課なのに、人類を見に来ても?」

「かまわんよ。植物はなにも畑や森にだけあるわけではない。
 その肉体の家には庭園があってな。きれいな花を咲かせる珍しい植物を色々と育てておる。それこそ、健全に魂が成長しておるか、直に視察するのにふさわしいようなやつがの」


 そういえば転生する予定だった身体に関しては、まだ全然調べてなかったな。なんといっても、異世界に来るのも、死後の世界に来るのも初めてだからな。知らなきゃいけないことが多すぎる。


「へぇ。オレの転生先って金持ちだったんだ」

「うむ。あれじゃ」


 マーシャはまっすぐに大通りの先を指さした。
 そこには街で一番デカいと思われる建物があった。


「城……ですか?」


 本当にファンタジー漫画のような、荘厳で華麗な城の上部が、俺の目に映る。


「ああ。ホーレイト王国現国王レオパルド3世の第5子、第2王子としてお前は転生するはずだった」


 そこまで言って、マーシャは苦い顔つきになった。


「……すまんな。将来的にどんな人生を送るかはわからんが、少なくとも異世界の記憶付きであるから、それなりの生活を歩めたはずであった」

「へぇ、前世の記憶って残るんだ」

「調整できる。確かマタイラだけでなく、どこの転生界も異世界からの魂に関しては、前世の記憶は残して送り出してるはずじゃな。
 軽く説明を受けておるだろう?
 異世界との魂の交換は、こちらの世界、特に現界の歴史のマンネリ化……停滞を防ぐ為であるから、前世の記憶は残しておいた方が都合が良いのじゃ。
 だが冥界や転生界のことは必要ないから、記憶から消す。だから、転生した魂自体は死んだと思ったら、異世界に転生してたように感じとるだろうな」

「そっか。まっ、できなかったものはしゃーないよ。今が生きているのとは違う状態でもさ、オレにとっては第2の出発には違いないから、今を頑張るよ。オレなりにのんびりとだけど」

「フハハ、前向きなのか、意欲が足りんのかわからん奴だの。
 だが嫌いではない。
 さて、歩きながら話そう。定時で帰れなくなるからな」


 マーシャが城に向かってスタスタと歩きだす。
 オレは、まだ通行人が平気な顔でオレの仮体をすり抜けて行く状況に馴染めていなかったが、ここにおいてけぼりにされても困るので、通行人を突っ切って、慌ててマーシャのあとを追った。

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