調布在住、魔王な俺と勇者なあいつ

Snowsknows

第24話 再試


 その日の放課後、一年三組のクラス委員阿蘇品のぞみはいつも通りに終礼の号令を掛ける。そしてすぐ帰り支度をして、クラスメートへの挨拶もそこそこに教室を出た。今日も剣道の部活に参加するつもりのためだ。
 のぞみはまだ仮入部の状態である。多摩川高校では4月と5月が仮入部期間で6月から本格部員扱いとなる。
 仮入部期間中は掛け持ちも許されているが、そういった生徒は稀。またこの学校は部活強制ではないため半数近い生徒は帰宅部だ。直人ら一組の面々もその部類である。無論、部活動をしていた方が内申評価は上がるが。
 のぞみの足は一路部室へと向かう。竹刀袋を背負い直しながら通り道の職員室の前を通ろうとするが、ふと扉を前にして何かまごまごしている男女二人組が目に付いた。
 毎度お馴染みの三組のクラス委員二人である。
 彼らがこちらに気付いた様子はなく、のぞみは呆れつつ遠巻きに観察する。
 見れば朋子が直人の肩を掴み何か訴えており、一方の直人は妙に渋い顔をしている。
 大方、和歌月先生あたりに呼び出されているのだろう。どういった理由で職員室の前で立ち往生しているか知らないが。
 眺めながらのぞみの中で何かがチクリと胸を刺す。…なんであの二人はいつも一緒なのだろうか? と顔が曇る。
 幼馴染ほどではないものの、自分の方が付き合い長いのだ。それを差し置いて、朋子の方が最近近くにいる。そりゃ向こうはクラスメートと言う物理的な近さもあるだろうが、正直面白くない。
 呼び名にしてもそう。直人からはやっと“委員長”呼びでなく“のぞみ”呼びされるようになってはいる。おそらく武道場で不満を漏らしたからだろう。未だにドギマギしてしまうが。
 ただ、朋子が先に“朋子”呼びをされている。それは直人本人から、ある意味彼女に近づこうとしたからだろう。その意図はのぞみに十分理解出来た。
 だから、のぞみはどうしても拳を握ってしまう。
「………って言うか、一体何やってんだろう?」
 のぞみは今の思考を振り払うように、そもそもの疑問を呟く。思考の袋小路に入ってもどうにもならない。
 色々と気にはなるが、自分は部室に行かなければならない。
 この二人を避けて遠回りする意味もないので、のぞみは二人に軽く声を掛けて部室にさっさと向かおうと考えた。
 *****
「し、失礼します」
 放課後。教員たちが各教室から戻り、軽く喧騒に包まれている職員室。
 朋子はたどたどしく、出来る限りの大きな声で職員室に入る。
「はい。いらっしゃい。いきなり呼び出して悪いわね」
 一年一組担任和歌月千夏はそんな朋子を見とめ、席で業務続けながら手招きした。
 すると彼女に続けて入って来る予定外の人影が二つ。千夏は「は?」と眉を顰めた。
 朋子と一緒に二人の生徒が千夏の席の前までやってくる。
「一応、呼び出したのは久住さん一人のつもりだったんだけど」
「とも…久住さんに付き添いお願いされました」
「その彼に、強引に巻き添えにされました」
 朋子に続いて入って来たのは、直人とのぞみの二人であった。直人の方はやれやれと言った体だが、のぞみは思いっきり嫌々オーラを醸していた。
 呼び出された当の本人が千夏の前に立ち、背後に二人が控える形であった。
「……あなたたち、どんだけ仲良しなの?」
 と、千夏は呆れた視線を背後に飛ばし、それから朋子に移す。朋子はその視線にビクつく。
 千夏が予想するに、朋子が一人で呼び出されるのを怖がり、背後の二人は助けを乞われて渋々ついて来たのだろう。
「で、なんでしょうか。ここのところ、久住さんは問題起こしないと思うんですが」
 と、朋子の背後に控える直人が、彼女の代わりに口火を切った。その態度はまるで彼女の代理人か保護者の様だ。……まぁ、あながち間違ってないか、と思う千夏。
「問題と言えば問題ねぇ。……あなたたちこの前の武道場いたわよね?」
 千夏は今回の呼び出しとは関係ないのだが、少し気になっていたことを突いてみる。
 途端この三人は同時に、ぶっ! 吹き出してしまう。
「…………やっぱりいたの?」
 こんな軽い鎌かけにあっさり引っかかってしまうのかと呆れる千夏。
「なななんのことですか!? この人たちは関係ありませんよ!」と目を泳がせるのぞみ。
「………その前に、あそこにいたという証拠はありますか?」と何で自信があるのか泰然に直人。
 朋子は動揺していたが、他二人はあくまでしらを切るつもりの様である。
 千夏は三人に呆れた半目を流しながら、
「普通に監視カメラあるんだけど?」
 と決定的な証拠を突きつける。
「「「えっ!」」」
 三者同様に驚くリアクション。今時当たり前なのに、監視カメラの事が念頭になかったようだ。千夏はため息をつく。
「…………もういいわよ。阿蘇品さんに説教してその話は終ってるから」
 今日の件とはもう無関係なのだ。自分で振っといてなんだが、話を終わりにする千夏。
「そ、その際はすいませんでした」とのぞみはただただ恐縮して、頭を下げる。
 千夏は苦笑することもなく話を続ける。
「……取り敢えず、二人がついて来たのはしょうがないわ。久住さん、まずこれ見てくれる?」
 そう言って千夏は朋子にとあるプリントを手渡す。
「は、はい」
 朋子は千夏からプリントを受け取り目を通す。途端、絶句する。
「…どうしたんだよ」
 朋子の様子を訝しみ、直人とのぞみが朋子の背後からそのプリントを除くと、思わず目を見張った。
 それは数学の答案用紙。
 端にはハッキリと0点と書いてある。
「「…………の○太かよ」」
 思わず呆れ声を揃える二人。
「それは私も思った。ただ名前を書き忘れているせいなの。0点扱いなのは」
 千夏にそう言われて三人が視線を走らせると、確かに丸の赤文字もちらほら。しかしそれ以上にレ点塗れである。千夏は次いで、朋子の他の教科の答案用紙を見せる。
「他もこんな感じ」
 国英社の答案用紙も残念な結果であった。
「……一応、入学試験通ってるんだよな?」と思わず漏らす直人。
 確かに、多摩川高校は別に定員割れはしておらず、推薦でもなければある程度の倍率を抜け試験に合格した筈である。
 そう問われた朋子は、まるで魔女裁判で責め句を受けたような悲痛な顔。答案用紙を見つめたまま動けない。
 のぞみも居たたまれない表情で、朋子を見ている。
「……久住さん、安心して。あなたは入学試験にちゃんと受かってるわ。点数も一応合格ライン」と
 千夏は朋子らの心配を読み、それを払拭するように明朗に紡ぐ。
 そしてすぐに困った顔を浮かべる。
「……だから、久住さんがなんでこんな点数を取っちゃったのかわからないの。内容的にはそんなに変わらないのよ?」
 千夏の疑問は尤もであり、直人とのぞみも同様の疑問を抱いたようでコクリと頷く。
「…どうして久住さん?」
 少し憂いて問う千夏。
 朋子は、頬を強張らせてうまく紡げない。
「……そ、その、………あ、あの」
 と、しどろもどろにしか声を出せなかった。
 千夏は軽く息を漏らすと、
「やっぱり蘇我くんのことで頭が一杯だった?」
 と尋ねる。
 からかうつもりではないが、いつもの彼女なら、この手の話はやかましいくらい否定する。気付け薬代わりになるかと思ったが、
「…………………すいません」
 か細い声で謝る朋子。図星と認めたつもりの返事だったのか判断しかねるが、やはり相当ショックを受けているのだろう。あの妙な勇者テンションではない。
 千夏はポリポリと頭を掻く。
「冗談よ。ごめんなさいね。…………と言うわけで、久住さん」
 千夏は切り替えるように事務的な口調で呟く。
「明後日の放課後、小会議室で再試を受けて頂きます」
「………えっ?」
 意味を理解しかねたのかキョトンと呟く朋子。
 直人とのぞみも、同様に首を捻っている。
「あの、今回は赤点とかないんじゃ…」
 のぞみが疑問に思ったことを尋ねる。
 今回の実力考査は、文科省の教育課程に沿った考査でないため赤点や追試はない、と多摩校生は理解していた。その疑問に千夏は淡々と説明する。
「赤点はないです。ただ諸事情で考査を受けてない生徒が何名かいるので、その者たち一緒に実力考査を受けられるよう私が手配しました。」
 しかし、のぞみはまだ腑に落ちない。
「…でもそれって不公平じゃ」
 そう疑問を抱く。
 他にも実力考査をやり直したい生徒がいるかも知れない。なのに朋子だけやり直させるのはどうかと、のぞみは思ったようだ。
 しかし千夏は、その疑問はわかってますよとばかりに頷く。
「はい、そうです。学年主任権限をフルに活かした職権乱用です」
「………」
 言葉が出ないのぞみ。…先生がそんなんでいいのだろうか? と疑念を顔に出す。
「はい、これ見て」
 千夏がとあるプリントを三人に見せる。
 それは一学年の考査結果の総合順位表。一学年全生徒の考査結果の順位と各教科の点数が載っており、上位20名以外の名前の部分は空欄になっている。
 ただ下から数えて5番目に赤丸印。
 点数から鑑みて明らかに久住朋子の順位であった。
「…あぁ」
 朋子が震えた声を漏らす。顔色は相変わらず優れない。
 直人とのぞみも掛ける声がない。
「下は未受験者しかいないから、実質学年最下位」
 意図せず朋子に追い打ちをかける千夏の言葉。
「いい? 久住さん。断っておくけど私は怒ってるワケじゃないの。でもこれはさすがにこれは不味いの。…下手したらご両親とお話しするレベル」
 朋子は一年一組の平均点を著しく下げる結果を招いている。他のクラスメートと差があり過ぎるのだ。
 おまけにこの前の体育館の決闘裏での決闘騒ぎで、問題視されたこともある。これ以上学校側に目を付けられるのは不味いのだ。
「そう言うわけで、久住さん。特別に今回未受験扱いにして、もう一度受けて貰います。いいですね?」
 語尾を強める千夏。拒否権はないようであった。
「………はい。わかりました」
 朋子は力なく返事する。動揺して目は虚ろ気味である。
 千夏はその様子に軽くため息をつくと、なぜか直人を見据えた。
「で、蘇我くん」
「は、はい?」
 話を振られると予想していなかったので、虚を突かれる直人。
「再試は明後日の放課後です。だからそれまでにあなたが、久住さんにまともな点数を取れるよう試験範囲を教えてあげなさい」
「はっ!?」
 突然の指示に驚く直人。
「実を言えばね、久住さんに個人的にこの件を伝えた後、蘇我くんにも話して協力してもらおうと思っていたの」
「……何でですか?」
「本人目の前にして言い方悪いと思うけど、……彼女がこの短期間で一人で勉強出来ると思う?」
 千夏のはっきりな物言いに、若干頬を引き攣らせる直人。しかしそれには頷くしかなかった。
「あと、あなたには貸しがあります」
「か、貸し?」と首を傾げる直人。
「体育館裏の件」
 その一言に直人は苦虫を噛み潰した。
 以前の体育館裏の決闘騒ぎで、その件を強引に有耶無耶《うやむや》にしてもらっていたのだ。その件を持ち出されては立つ瀬がない。
「それに、あなたにお願いしたい理由がもう一つ」
 そう言って千夏は総合順位表のとあるところを指差す。
 そこには蘇我直人と名があり、順位は総合9位とあった。
 それを見とめた朋子が「えっ!?」と驚きの声を上げ、
「頭良かったんですか!」と信じられないと直人を見る。
「失敬な! 俺はちゃんと勉強してたんだよ!」
「……あの先生、ちなみに私は」
 とおずおずとのぞみが手を挙げる。やはり自分の考査結果が気になるようだ。
「それは、ごめんなさい。阿蘇品さんは他クラスだからちょっと言えないわ。来週の発表を待ってね」
「…はい。わかりました」
 のぞみは期待してなかったのか、あっさり引き下がる。
「とにかく」と千夏は直人を見据える。
「蘇我くんは各教科である程度点数取っているの。だから問題の傾向も把握してるでしょ? カンニング対策もあるからさすがに同じ問題は出さないけど、短期間で久住さんが点数取るためには、あなたの協力が必要なの」
「…まぁ、理解できます」
「ならいいわね? 再試は明後日だから、もし時間があるなら今日から一緒に勉強をして上げなさい」
 千夏は言いくるめるように直人を諭すと、了解の返事を待つ。しかし彼は、
「いや…それは」
 なぜか返事を濁す。千夏は、む? と片眉を上げる。
 それは千夏には慮外りょがいのことであったが、直人にはいきなり意中の相手と二人っきりで勉強するとか、かなり無理ゲーだったのである。朋子と散々絡んでは来たが、結局二人で長時間過ごしたことは一緒に台南飯店に行ったきり、なんだかんだでない。
 そんなんで直人が返事をまごついていると、
「わかりました。手伝います」
 との明朗な返事。
 何故か無関係の筈ののぞみが了解していたのだ。
 は? と首を捻る千夏と直人。
「え? 阿蘇品さん、一応無関係でしょ? いいの?」と千夏。
「…そうですけど。この場に居合わせてそのままって言うのもなんですし」
「いや、のぞみ・ ・ ・部活どうすんの?」と、尤もなことを尋ねる直人。
「……べ、別に。一応、今は自主参加ってていなの。仮入部だし。是が非でも参加しなきゃ行けないってワケじゃないの! だから全然別に問題ないの!」
 なぜか妙に言い訳がましいのぞみ。
 直人は腕を組んでうーんと唸って少し悩む様子。しかしのぞみが協力すると申し出したのに、自分は協力しないという選択しはなかったのであろう、すぐに観念するように嘆息した。
「わかりました。自分も協力します」
 千夏はその反応にうんと頷くと、
「二人とも有難う。それでは久住さん、明後日の結果に期待します」
 と、怯々おどおどとしている朋子に声を掛けるのであった。

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