調布在住、魔王な俺と勇者なあいつ

Snowsknows

第12話 転生者集結

 京王電鉄京王線調布駅。
 東京都調布市布田四丁目に所在し、駅乗降者数は新宿駅、渋谷駅、吉祥寺駅、下北沢駅に次いで五番目。ただし他社路線乗り換えのない、京王線単独保有の駅としては最大の利用者数である。
 京王線はこの駅から八王子方面へ向かう京王本線と、神奈川方面へ向かう京王相模原線が分岐しており、また北口南口に起点バスロータリーもあるため、東京多摩地区東部において重要な交通の要所となっている。
 そしてつい先年、都の立体交差事業により国領~西調布間の線路の地下化工事が完了し、現在は地下駅となっている。またそれに伴う形で新駅テナントビルや大型家電量販店、映画館も出来ており、多摩地区に置いて有数の商業スポットに成りつつあった。
 ……今は、そんなことどうでもいいけど!
 現在、蘇我直人は品川通りを西へ、心臓に鞭打ちチャリンコをかっ飛ばしていた。
 それには理由があった。
 寝坊した!
 それに尽きていた。
 昨夜、朋子のことで悶々としてしまい中々寝付けず、やっと眠りに入ったのは、勉強していた母も寝入ったかなり遅い時間であった。
 そしていざ目を覚ますと、時刻は12時15分。
 朋子にメールした集合時間は12時半。
 残り15分。
「ほげっ」と飛び起き、急ぎ顔を洗い外着に着替えて、大慌てで寿壮の階段を駆け下りた。そして自分のチャリンコにまたがり、一路調布駅へ向かったのだ。
 品川通りの途中から裏道に逸れ、線路沿いの細い路地へ飛び出すと、犬の散歩中のおばあちゃんにぶつかりそうになり相手を驚かせてしまう。直人はそれに「ごめんなさい!」と立ち止まらずに叫んで、地下化によって空き地となった線路沿いに調布駅方面へとペダルを漕ぐ。
 駅前に近づくにつれ人の姿がだんだんと増えて行く。
 その脇を縫うようにチャリンコを走らせる。危なっかしいと自覚しながらも、時間的余裕がない。緊急避難なんで! と己に言い訳。
 そして、ぜぇぜぇと息を切らしながらも、公営駐輪場にチャリンコを停め、直人はなんとか1分前に待ち合わせ場所へ到着した。
 そこは調布駅地上口。トリエ調布前。
 春の日差しと、チャリンコを漕ぎまくったせいで蒸し暑くなりながら、直人は付近を見て待ち合わせをしている者がいないか確認する。
 サラリーマンに、若い母子連れに、大学生らしき集団などなどが目に留まる。休日の昼間だったので、結構な人だかりである。
 と、その中に………後ろ姿が黒髪のハーフアップの少女が見受けられた。
 ……ひょっとして? 
 と、直人はその後ろ姿に回り込むように歩み寄る。
 するとその相手も直人の存在に気付いたようでこちらへ向き直り、妙にツンツンした眼差しを向けて来る。
「こんにちはっ。…自分で言っといて時間ギリギリですよ」
 私服の久住朋子だった。
 その格好は、多少胸元の開いた淡い水色の七分袖シャツに、ベージュのカーディガン調の上着を着ており、下も合わせるようにフリフリのついた水色のスカート。膝上程度の長さであるが、その白くて細いお見脚が露わになり、足元には素足にファッションサンダル。ちょこんと持つその手には、革の取っ手の付いた黄色いポーチが一つ。
 それが黒髪のハーフアップと合わさり、なんとなくお姉さん系ファッションという言葉が思い浮かぶ直人。意外と歳の割に背伸びしてるような印象もない。よく似合ってる。
 おまけに…今日はお化粧している。学校ではすっぴんなのに。
 それらは、彼女の控えめな性分のためかあまり派手なモノではなかったが、直人はいつもとは違う彼女の印象に、挨拶を忘れ目をしばたかせた。
「……なんですか? その顔」
「…………んでもねえ!」
 大仰にかぶりを振って、一瞬見とれたことを誤魔化す魔王の転生者。
 …魔王が勇者に、萌えるとかっ! と内心、狼狽うろたえる。
 そんな直人の大袈裟なリアクションを朋子はいぶかしんでしまい、
「なんですか? 言いたいことでもあるならハッキリ言って下さい」
 と少しムスッとして尋ねて来た。
「………な、なんで、そんなに気合入ってんだよ」
「え?」
「化粧とかしてるじゃん。いつも学校では、すっぴんの癖に」
「そ、そんなの別にいいじゃないですか! 今日は皆とこっちで初めて会うんですよ! そりゃ気合も入ります!」
 彼の指摘にぷんぷんする朋子。
 そんな勇者の気合の入りように、寝癖の直っていない髪の毛と灰色のパーカーとジーパンという己の地味な出で立ちに、少し焦る魔王の転生者。
「それよりも、なんで早く来るんですか? 気になることって何なんですか?」
 朋子が昨晩のメールの詳細を尋ねて来る。やはり気になっていた様だ。
「ああ…」と直人は頷くと、若干悶えていた顔をシャンとさせ、
「じゃあ、取りあえずあそこに移動」
 と、直人はトリエ調布2階のカフェを指した。
 それに朋子は、ん? と首を傾げて返したが、
「あそこで話すから」と直人は答えるのみだった。
 トリエ調布2階の某世界規模カフェチェーンのオープンテラス席。駅前広場がよく見える場所であった。直人と朋子はカウンターでそれぞれ飲み物を注文した後、そこの空いているテーブル席へと座る。ちょうど先ほどの待ち合わせ場所がはっきりと見える席であった。
 そしてすぐに直人が朋子へ質問を始める。
「あのさ、そのお仲間が、どんな姿恰好か確認した?」
「ふぇ?」と、直人の質問にキョトンとなる朋子。
 彼女は彼を待っている間に喉が渇いてしまったので、席につくなりジンジャエールを一心不乱に飲んでいたのだ。
「………先方も転生者なんだろ? なら姿形変わってる筈だから、顔が分かんないと集合場所でお互い見分けが付かないだろ?」
 都心程ではないにしろ調布駅前にも多数の人が行き交っているのである。顔が分からないと連絡を取り合わない限り出会うのは難しい。
「……あれから一応、ツイッタ―のDMで尋ねたんですけど、…カレンもサンドラもなぜか返信してくれなくて…」
 そう言ってショボンとなる朋子。
「正直、今日もちょっと不安なんです…。本当に調布に来てくれるのかって…」
 言葉尻に向かうにつれ、不安を隠しきれない様子であった。
 直人は、勇者一行らが返信しなかった理由を、なんとなく想像できた。
 それはおそらく、先方の方もこちらに疑念を抱いているからではないだろうか?
 多分、今回のオフ会まがいも、朋子が突っ走って無理矢理約束させたのだろう。よくよく考えたら性急過ぎだし。しかも向うにしてみれば、突然ネットで勇者一行の怪しい呼びかけを受けたのだ。俺がその立場でも警戒する。
 ともすれば、朋子が懸念する通り約束が空振られる可能性もあるが、…だがとなると、この後朋子と休日に二人っきり……じゃないじゃない!
「…もうちょいお前自身も疑って掛かるべきだったな。そんなに不安なら」
「だから! 異世界地球テラの話も本当だったんです! 本人たちに間違いないと思うじゃないですか!」
「例え本物の転生者だったとしても、前世どおりの人物かどうかは別の問題だろ? 今の魔王と勇者がいい例だし、変な奴だったらどうするんだよ?」
「そんな訳ないじゃないですか!? もうっ、屁理屈ばっかり!」
「違う。良薬口に苦し、だ。確実性が保証されてないのに、見切り発車で行動に移すのは感心しないっての」
「もう! あー言えばこー言う!」
「ついでにもう一つ言う。…ここで、そのお仲間とやらを待つぞ」
「え?」
「ここからどんな人物かどうか観察するんだよ。少なくともまず見た目から。それで安全かどうか判断すればいいだろう? …それが昨日メールした確認したいこと。…もとい提案」
 直人が危惧していたのは朋子が、仮に変な人物と接触し危ない目に遭ってしまうことであった。
 この勇者一行の探し方は結局、出会い系サイトで会うのとなんら変わりないのである。素姓の分からない相手といきなり会うなんて、少なくとも褒められる行為ではない。
「最初から疑ってかかるなんて、可哀想な人ですっ」
 と、ぷいっとなる勇者の転生者。あくまで意地を張る様であった。
「…ったく。取りあえずは、安全な場所から見た目だけでも判断すること。魔王として勇者にそれを提案する。…少なくとも、電子文字数行やりとりだけで判断するよりはマシだろ?」
「断る!」
 と、間一髪拒否する朋子。
「……なんでだよ」
「勇者は魔王の提案には、いいえ、と応えるものです!」
 勇者は世界の半分なんかいらないのである。朋子はそう考えていた。
「……あのな」
「…ただ」
 と、彼女は手元のジンジャエールを見やる。
「これを飲み終わるまでくらいは、待ってみますっ」
 そう言ってツーンとなる朋子。
 彼女はどうやら直人の提案に同意はするが、素直になれないようであった。
 …可愛くねえな。可愛いけど…ってじゃねえし!
  ******
 直人が携帯で時刻を確認すると、本来の約束の時間である13時を既に2分過ぎていた。
「もう来てるんでしょうか?」
 朋子が不安げに呟く。
「……さっぱりわからん」
 と素直に答える直人。
 先ほどから集合場所には待ち合わせらしき人たちが入れ替わり立ち替わりでどんどん増えていた。正直どれが誰やら分からない。…その前に顔も分からないが。
「……取り敢えずツイッタ―送ってみれば? それで誰かリアクションすれば、それが勇者一行だろう?」
「ああ! そうですね!」
 直人の提案に素直に応じる朋子。スマホを取り出し、『今、どこにいますか?』とツイートした。これで彼女らのタイムラインに載るはずだ。
 そして次の瞬間、待ち合わせ場所にいた十数人が一斉にスマホを見た。
 ……どうやらそれは偶然だったようだ。
 メールだったり着信だったりで中には目を通しただけで仕舞う者もいた。
「……区別つかねー。今の全員、勇者一行か?」
「そんな訳ないじゃないですか。二人だけです…」
 結局、見た目以前に見分けが付かないのが問題だった。
 ここに来ているかどうかも分からない。
「……もうあそこに行って、尋ねて回るしかないんじゃないか? 私は勇者エルフィンです。あなたは私の仲間ですか? って」
「そそそ、そんな恥ずかしい真似できません!」
「………今さらだろが」
 と、その時、朋子のスマホの着信音が鳴った。
「え?」と驚いた朋子はスマホを見る。

 赤毛の炎@kalen*****
 あたしはいるよ。あんたももういるのかい?

 ツイッタ―で、武闘家カレンが返信をしてくれた。
「…ぶ、武闘家カレンは、もういるみたいです!」
 朋子は、今日はすぐに返信があったことにも驚きながら、すぐそのことを直人に告げる。
 直人の方は返事を返さず、待ち合わせ場所を凝視したままだった。
「……あの母子連れ、いつからいた?」
 と朋子に尋ねる。
「え?」
 朋子は、彼の凝視の先へ目線をやった。
 そこには待合せしている多数の人々に紛れ、スマホを睨んでいる若い女性がいた。
 背は結構高く髪の毛は肩までくらいのセミロング。出で立ちはシックなジーンズ系でまとめ、なかなか活動的な印象を受けた。そして傍らにはチャイルドカートに二,三歳くらいの小さな女の子がスヤスヤと眠っていた。
 それはどこからどう見ても、普通の母子連れだった。
「……確か、私が来てからずっと。私は直人くんの来る十分前くらいにはいましたから、それからずっとです」
「……なんかあの女の人っぽい」
「ほんとですか!?」
「……何でもいいから、もう一回返信してみて」
「わかりました」
 確実性が欲しい直人は朋子に返信を促す。そして朋子は取り敢えず『近くにいますよ』と送信した。
 すると、今度こそ、その女性に着信に驚くリアクションがあった。
 それを確認した直人は、
「あの女の人が…転生者だ」とマジマジと呟いた。
 武闘家カレンの転生者は調布駅に姿を現していたのだ。
 ……子連れで。
「……」
「……」
 胸中に複雑な思いを抱く二人。
 それぞれに、勇者一行が現世ではどんな人物か想像はしていたのだが、さすがに子供がいるの予想外であった。
「……とりあえず挨拶してくれば? あの人が勇者一行の可能性が高そうだし」
「いやでも……」
 直人の提案に少し尻込みする朋子。
 もし武闘家カレンの見た目が、前世の記憶通りだったなら、勇者としてまだ話しかけられたかも知れないが、今、目の前に現れていたのは、普通の日本人の母子連れなのである。
 考えてみたら自分は人見知りの性格。初対面の人には、なかなか話しかけづらかった。
 ……いきなり話しかけて怪訝な顔をされるのが怖い。
「……はぁぁ。勇者のくせに人見知りすんなよ。お仲間だろ?」
「そ、そんなのしょうがないじゃないですか…。やっぱり緊張しますし」
 元勇者と言えど本来の性分をくつがえせず、尻込みする朋子。
 と、またスマホに着信音。
「ひゃ!」
「……また返信?」
 朋子は虚を突かれ一瞬慌てたが、落ち着きを払ってスマホを覗くと、またタイムラインにツイートが表示されていた。 
 内容は、

 エリリカ@sundra*****
 遅れて申し訳ありません。今、駅エレベーターを出ます!

 であった。
「!? …さ、サンドラも来ます!」
「さんどら?」
「一行の僧侶です! 今、駅から!」
 少し取乱した朋子が駅エレベーター口を慌てて注視すると、直人もそれに釣られるようにそちらを見やった。
 すると、調布駅地上エレベーターからこちらへ向かう、
 僧侶サンドラが現れていた。
 その姿は、小さい体に聖教会高位僧が着る戦闘用防魔法衣を身に纏って、付属フードを目深に被っている。その隙間からは少しカールした茶色い髪が見えていた。
 右手には聖属詠唱術の媒体となる儀礼処理済み宝銀が施してある聖杖。それを役目どおりに杖づかせ、左手では大きなトランクを引いている。…ガラガラという引きずるような大きな騒音を立てて。
「……間違いないです。サンドラです!」
 それは勇者の記憶と瓜二つの姿であった。
 朋子は嬉しさのあまり顔を破顔させ、
「前世の記憶の姿と変わりない……」
 と、しみじみと呟いた。
「いや、変わってないのも問題だぞ? あれただのコスプレイヤーだよね?」
 ここは異世界地球テラではなく、日本国東京都調布市に所在する調布駅前なのである。
 直人が見てもその僧侶の格好はギガソルド城決戦時の記憶の通りで、そのコスプレイヤーが勇者一行で間違いないとは思えた。たが同時に、そのTPOをわきまえない僧侶の格好にも呆れてしまう。
 …なぜその格好? 確かコスプレイヤーとしてもコスプレで街を出歩くのはイベントでもない限りマナー違反じゃないのか? と眉をひそめる直人。
 それにトランクのタイヤの調子でも悪いのか、やったらやかましいガラガラと言う音も立てていて、ひどく悪目立ちしている。
 案の定、駅前の人々から好奇の注目を受けていた。…あ、お巡りさんも見てる。
 しかし同じ勇者一行の朋子の方は、目に見えてテンションが上がってしまい、今にも2階テラスから飛び降りん勢いだった。
 だが直人は「ちょっと待て」とそんな彼女の行動を制止する。
「なんで止めるんですか!」
「もうちょい様子みろ!」
 直人としては、あのコスプレイヤーがあまりに悪目立ちしていたため、嫌な予感を拭えなかったのだ。それに本当に勇者一行かどうかまだ確信が持てない。それを朋子に伝え諭すと、彼女は渋々従ってくれた。
 そしてそのまま、勇者一行の再集結は武闘家と僧侶に先を越される形となった。
 僧侶のコスプレイヤ―が待ち合わせ場所に着くと、案の定、そこで他に待ち合わせをしている人々に好奇か怪訝な視線を向けられていたが、その中の武闘家の転生者らしき女性は、
 のけ反って、ドン引いていた。
 …確定した。この女性が武闘家の転生者で間違いない。
 それから僧侶のコスプレイヤ―は、そのリアクションから女性を武闘家サンドラと断定したようで、近づいて何言か会話すると、いきなり女性に抱き着いた。
「「……」」
 久しぶりの再会から嬉しくての抱擁なのだろうが、女性の方からは幾分か戸惑いが感じられていた。
 だがそれも束の間にすぐに表情を崩して苦笑う表情を見せる。
 屈託なく笑い合う二人。
 久しぶりの、世界をたがっての仲間との再会。
 感極まる物があるんだろうと、直人は思う。
 ふとかつてその中心にいた勇者の方はどうなのか?
 様子が気になり、視線を走らせると、
 朋子は、歓喜に打ち震えていた。
 途端、彼女は脇目もふらず店内を飛び出した。
「ちょっと待て!」
 *****
「す、すいません!」
 朋子の突然の呼びかけに武闘家と僧侶の転生者らしき二人は、喜び合っていた声を止めた。
「え?」
「だ、誰?」
 と二人して虚を突かれ驚いた様子を見せる。
「あ、あの、あ、あのぅ!」
 かつての仲間二人と、いざ対峙するという段になり、朋子の緊張は高まる。
 …やっと出会えた仲間。
 …かつて苦難をともにした戦友。
 …共に転生までしてくれた、大事な、大事な絆を持つ者たち。
 数々の思いが朋子の胸に去来きょらいし、その嬉しさに体は打ち震える。だが言葉がうまく紡げない。
「……あんたは?」
 と、先に武闘家カレンらしき女性が尋ねて来る。なぜか少し怪訝な様子。
「わ、わた、わたしは」
 思いだけ先走って、彼女の身体は言うことを聞かない。呂律が全然回らず、さらに焦る。
「あんたらが、勇者一行?」
 と、朋子の背後から、直人が直接、彼女らに声を掛ける。
「すいませんね。今、こいつは人見知りの引っ込み事案な性格なもんで。緊張してるんですよ」
「な、直人くん…」
 直人は、緊張している朋子のフォローに回るつもりのようであった。
 朋子はそんな魔王の手助けに若干感謝しながらも、彼の前なら普段通り勇者でいられる、と身を引き締める。
「ほら…自分の口からちゃんと説明しろよ」
「わ、わかってます!」
 そう言って緊張を解くため深く息を吸い込む。
「みなさんお久しぶりですっ! …わざわざ、ち、調布に来てくれてありがとうございます!」
 ぺこりと頭を下げ、自分の口から、私が勇者である、と紡ごうした。が、
「……あんたら、さっき待ち合わせしてた子たちだよね?」
 と武闘家の転生者らしき女性に不意に制される。
「そ、そうです! あ、あのこの人は…その、おまけです!」
 朋子は、尋ねられたらすぐに返して、その時の言いたいことがどこかに言ってしまう、という悪癖が出てしまう。
「誰がおまけだ。最重要人物だろが」
 直人も悪ノリしやすい性格であった。
「もう、直人くんは黙ってて下さい!」
「はぁ? お前一人じゃドモるだけだろ! …俺が補足してやるよ」
「いいです! ひ、一人で大丈夫です!」
「ホントかよ」
「……あ、貴方が勇者様なんですか?」
 と、視線の定まらない潤んだ瞳を僧侶のコスプレイヤーは、こちらに向けた。
「……そうです!」
 今度はハキハキと断言する朋子。
 すると僧侶のコスプレイヤーは、武闘家の転生者らしき女性から抱擁を外すと、一歩一歩こちらへと歩み出した。
 朋子は、武闘家カレンとのやりとりから自分にも彼女が抱きついてくるだろうと予測し、心の準備をした。……そういうのお姉ちゃんで意外と慣れてるもん。
 そして潤んでいた顔を歓喜でより一層、破顔させると、
「…勇者様! ……勇者エルフィン様ぁぁあーーーーー」
 と、思いの丈をぶちまけて、
 直人に抱き着いた。
 ……え?
「会いたかったですぅう!」
「はっ!? えぇ!? ちょ、ちが!」
 いきなり女の子に抱き着かれて慌てふためいてしまう魔王の転生者。次いで武闘家の転生者も直人に近づき肩をポンッと叩いてくる。
「…久しぶりだね勇者エルフィン。ははっ、こっちでも結構、男前じゃないかい。まぁ、小ぶりになってるけどさ」と皮肉に笑う。
「なっ!」
 勘違いしている。多分、最重要人物と口走ったせいで、自分を勇者と勘違いしているんだろう。
 ……ってか、朋子も自分が転生して女の子になっていることを伝えてないのか!?
 そう思い至った直人は、
「ち、ちがぁーーーーうっ!!!」
 と叫んで僧侶のコスプレイヤーを無理矢理引き剥がした。
 身長を暗にからかわれた事と、僧侶のコスプレイヤーから妙に柔らかい感触を受けたことに、若干焦ってしまう。
 …な、なんなんだこいつら!? と内心で悪態を付くと、朋子の方を見やった。
 すると彼女は顔を引き攣らせ口をパクパクせていた。
 どうやら間違われたことに相当ショックを受けたようだ。
「……もう、勇者様、照れないでください…。私はあなたのものなんですよ…」
 と、上目使いでそう言ってくる僧侶のコスプレイヤー。妙に胸元を強調させて。
「……」
 思わずそれを無言で凝視してしまう魔王の転生者。
 そして、よくよく僧侶のコスプレイヤーを観察してみると、
 ものすっごい美少女であった。
 今まで出会った女子の中で一番。…朋子よりも美少女かも知れない。
 しかもコスプレで着ぶくれして分かりづらかったが、…胸も相当大っきいです。……和歌月千夏先生以上かも。
「……あんたそんなキャラだったっけ?」
 武闘家の転生者が呆れながら呟く。
「あれ? おかしいですか? 私は前世もこんな感じでしたよ?」
 僧侶のコスプレイヤ―はそう言って、手を頭にやり、あざとく、てへっ☆ と首を傾げた。……………なんだこいつ。
「って、そんなことより勇者様!」
 また胸を押し付けんばかりに迫る僧侶のコスプレイヤ―。
「だから、ちがっ」
「私と結婚してください!」
 凍結魔法に掛かる場の空気。
 出会って数秒で唐突に求婚され、言葉を失う魔王の転生者とその他勇者一行。
 僧侶のコスプレイヤーは思考停止状態に陥っていた直人へさらに、
「前世の契りを守って下さい!」と詰め寄った。…き、記憶にないんですが。
「ち、違いますっーーー!」
 と、その時勇者の転生者がやっと割って入って来た。
 彼女は、唖然として今まで口をパクパクさせていただけであったが、直人にいきなり結婚の話が出て、大いに焦ってしまったようだった。
「い、いい加減にしてください! 直人くんはそんなんじゃないです! 彼と、けけけけけ結婚とかふざけないで下さい!」
 そう言って勇者は憮然と直人の前で立ちはだかり、自分より小柄の僧侶のコスプレイヤーを睨みつけた。
 僧侶は朋子の態度になにか腑に落ちないのか、怪訝な視線を向けた。
「…………あなた、なんなんですか? 彼とどういう関係なんですか?」
「わ、私は直人くんのクラスメートです!」
「クラスメート?」
「そ、そうです!」
「なんでただのクラスメートが、この場にいるんですか?」
 僧侶の敵意混じった視線に、たじろいでしまう朋子。
「そ、それは、わ、わたしが勇…」
「……よしなって、サンドラ」
 そう武闘家の転生者がかぶせるように横やりを入れて来る。
 そして前に出て悠然と二人を見下ろす。武闘家の転生者の身長はかなり高く、二人より頭一個分近く抜け出ていた。
 その高々とした見下みおろしに一瞬怯む魔王と勇者。だが彼女はふと口元を緩ませる。
「…ツイッターのアカウント、あれあんたの名前だろ?」
 と、朋子へ尋ねた。
 別に間違いではなかったので、素直に「は、はいっ!」と頷く朋子。
 すると武闘家の転生者は、ニカッと口角を上げ、
「ちょっと変だと思ったんだよね。なんでアカウントに女の名前使ってんだって。でもまぁ、これで少し合点が行ったかな?」
 と言って、ははっと笑い声を零す。
 ……一体、何の合点が行ったんだ? と訝しむ二人。武闘家の転生者は気にせず、
「あんた、彼の彼女だろ?」
 と朋子へ続けて呟いた。
 途端、爆発する魔王と勇者の転生者。
 ……ちがちがががが、と互いにドモってしまう。
「ふふ、よっぽどお互い信頼しているんだね。こんな場にまで意中の相手を連れてくるなんてさ。妬けるじゃないないかい」
 そう言って悪戯っぽく笑う武闘家の転生者。
「………そんな、勇者様…」
 と僧侶のコスプレイヤ―は悲観の目を直人に向けた。
「……あたしも、転生してそれなりの人生歩んでんだ。…あんたも、色々あったんだろうね」
 武闘家の転生者はそう言って直人の肩に手を置き、感慨に耽った。
 ふと傍らに視線をやり、その先にはチャイルドカートで寝息を立てている己の愛娘であろう姿があった。
「「…………」」
 始終、盛大な勘違いのエレクトリカルパレードが続ている。
 心底呆れ返り呆然とする直人と朋子。
 ……なぜ、勇者一行は総じて話通じないのか!?
 そう直人の方が思うと、不意に朋子の肩を両手で掴んで武闘家と僧侶の前に押しやった。
「ふぇっ!?」と朋子が驚き声を漏らす。
「……いい加減自己紹介しろ!」
 と、その単純なことをまだやっていないことに気付き、朋子へ促した。
「…あっ! はい! あの、私が勇者エルフィン・エルリードです! 今は久住朋子と言います!」
 と、今回はあっさりと自己紹介が出来た勇者の転生者。
 それぞれに感慨を抱いていた武闘家と僧侶の転生者は、朋子の口から勇者というフレーズが出たことで、ハタと時を止めた。
「「え?」」
「だ、だから私の方が、勇者の転生者なんです! ツイッタ―で呼びかけたのも私なんです!」
「「……ゆうしゃ? てんせいしゃ?」」
 理解不能という顔でキョトンと呟き返す勇者一行二人。
「だ・か・ら、私が、勇者なんですぅー!!」 
 朋子は、今度こそ勘違いされまいと、硬くはっきりと声高に叫ぶ。
 と、その時、
「くくくくく」
 勇者の背後から邪悪な笑い声が響き始める。それは悪ノリを始めた魔王の転生者の嘲笑であった。
 彼はぬるりと彼女に前に出て、居丈高に腕を組み、
 そして独白する。
「我が名は蘇我直人! 偉大なる多摩の名を冠する大河の畔にて、居を構える大和民族が一人! しかしその正体は魔王ギガソルドの転生者である! さぁ、勇者一行よ、括目せよ!」
 再度、凝固する武闘家と僧侶の転生者。
 一瞬、場が沈黙すると二人はカタカタと震えながら、まず朋子を指差した。
「「ゆうしゃ?」」
「そうです!」と、こくこく頷く女子高生、久住朋子。
 次にわなわなと震えながら直人を指差す二人。
「「まおう?」」
「そうだ!」と胸を張る男子高校生、蘇我直人。
「「………っ!」」
 再び、沈黙に支配される武闘家と僧侶の転生者。
 括目して数度瞬きをしたかと思うと、二人は思いっきり息を吸い込み、

「「ええええええええええええええええぇぇええぇぇぇぇぇーーーーーー!!」」

 幾多の人々が行き交う調布駅前で、天地を貫かんばかりの盛大な叫び声を上げるのであった。

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