神に会っても祈らない ーこの恋と呪いの続きをー

藍舟

30

 初心者相手に手加減しようという気は『彼』にはなかった。そう言えば、スパルタなところもあったな、と疲れて霞んだ頭で思ったのは、お昼も過ぎた頃だったが。

「――最初からやり直しましょう」

 そう言って、優しい接吻から始まった行為と、飽きることなく繰り返された「愛している」という言葉を思い出すと、盛大に赤面するしかない。
 今日は担当授業がなかったこともあり、朝の段階で塾本部に連絡を入れて、人生で初めて『体調不良』という名のずる休みを取得したのだが、どうやらそれは現実になりそうだ。
 シルバーフレームの眼鏡を外して、男らしく秀麗な目鼻立ちを惜しげも無く晒した『彼』の眼差しは、意外なほど優しげで甘くて熱くて困るほどだ。
 わたしの胸の上にある『女神の証』をカリッと指先で引っ掻いて、『彼』は眉間に皺を寄せた。

「忌々しい、ですね」
「……え?」
「これは、今も女神が貴女を愛している証ですよ。――女神だろうが何だろうが、私の宝物に余計な徴を付けるのは止めて欲しいものですが」
「何のことだ?」
「――その昔、あの国では26歳が最長寿だったそうですよ」
「……は?」
「女神は自分の愛した一族に、最も長いいのちを与えた。……皮肉な話ですが、それが、あの国の王家の呪いの始まりだったのでしょうね」
「っ!?」
「……きっとあの国では、次に女神に愛された者が、今度は100歳くらいの寿命を貰うのではないでしょうか」
「そんな……そんな、こと」
「――そんなあの国の未来を、一緒に願いませんか……?」

 まるで物語の昔話でも聴かせるような『彼』の言葉が、すんなりと胸に染みていくようだった。
 わたしの身体に刻まれたのは、本来は呪いなどではなく女神の祝福だったのだと、『彼』がそんな種明かしをしてくれた。

「ど……して……?」

 こぼれ落ちた涙を『彼』は拭わずに見つめている。

「あの、私の最期の日に、最果ての地で出会った魔術師が、私にそう語りました……」
「まさか、そんなことが……」
「――言えなくて、申し訳ありませんでした。ですが、貴女は私のものですよ? 昔も、今も……女神にも誰にも渡すつもりはありませんからね」

 まだ茫然としているわたしに、どこか不満げな顔をして、『彼』が接吻を落とす。
 その刹那、わたしは女神の愉しげな笑い声を聴いたような気がした。

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