神に会っても祈らない ーこの恋と呪いの続きをー
29
『彼』の言わんとすることを理解して、蒼白になった。
――ああ、本当に、わたしは何て至らない王だったのだろう。
言われてみれば、確かにそうだ。
『彼』と添い遂げるつもりなら、わたしは『彼』に後を頼んだりするはずがない。
わたしが『彼』と結婚するつもりがなかったというのは本当のことだ。そうして『彼』に、わたしの居ない後のあの国の未来を託したいと思っていたのも本当のこと。
だが、わたしは愚かにもそれを、誰にも気が付かれていないと思っていた。
わたしの浅はかな行為が、『彼』にそんな肩身の狭い思いをさせていただなんて……。
「あっ、アーウィ……っ!」
不意に頬を撫でた手に、思わず身体が震えた。その親指だけが、わたしの唇をそっと辿る。
「っ、あ」
「……あの国での私は、ずっと……貴女に触れたくて、触れたくて仕方がなくて。けれど触れたら最後、二度と自身を抑えることは出来ないと分かっていた」
「っ!」
「我ながら、よくあそこまで自制出来たものだと思いますよ」
『彼』がずっとわたしに触れなかった理由を聞いて、言葉を失う。わたしは一体、どれだけ『彼』のことを勘違いしていたのだろう。
「でも、そんな私に、貴女はもう捕まってしまったんです」
『彼』の指がわたしの口唇をそっと開かせた。オレンジの味がすると思った途端、わたしはまた、彼に口付けられていた。
「これからは、諦めて私の腕の中に居て下さい。貴女は諦めるのが得意だから、それで良いでしょう?」
「……っ!」
どこか冷めた声でわたしへの執着を語った『彼』の接吻に、声ごと飲み込まれる。
ああ……。
何て、何て愚かなのだろう。わたしも、『彼』も……。
「アーウィン、……離して……」
拘束なんて必要ない。
昨夜もそう言ったのに、『彼』はどうしてもわたしを抑え込まずにいられない。
だがそれは、『彼』がわたしの想いを知らないからだ。
わたしがどれだけ『彼』を想っていたか――今もなお、『彼』を想っているか。『彼』が、全く知らないからに他ならない。
――どうして、伝えてこなかったのだろう。
こんなにも、わたしたちの想いはお互いへ向かっていたというのに。
「……お願い、アーウィーー晃さん。わたし、逃げたりしないから」
『彼』の黒い瞳が揺らぐのを、わたしは静かに見つめた。
1つ溜息を吐いて、『彼』はわたしの両手を拘束していた手を離してくれた。
痺れかけていた腕を下ろしても、わたしはわたしの上に覆い被さる体勢になったままの『彼』を、じっと見つめた。
「……ジェナ様?」
ああ。
わたしを見つめる『彼』の瞳には、確かに、わたしが映っている。
「……好きだ」
「…………はい?」
美形も台無しの間抜けな顔だった。わたしはくしゃりと顔を歪めて、もう一度繰り返す。
「好き、だった。ずっと……。ジェナもさくらも、お前のことがずっと好きだったって、言ってるんだっ!」
「っ!?」
『彼』の頭を掴んで引き寄せて、わたしは強引に口付けた。ぬちゅう、と音がしそうな不恰好な接吻を仕掛けて10秒はそのままでいたのに、離れても呆然自失している『彼』を見て、わたしはベッドに身体を投げ出した。
「……だって、仕方がないじゃないか。結婚したら、お前は2年で死んじゃっただろう? 好きだから、最期まで一緒に居て欲しいと思うのが当然だと思わないか? それに、お前はわたしのことを嫌いだと思っていたんだ。好きな男に、嫌がることをさせられないだろう? ――お前が、わたしとの約束を破って、わたしの側から居なくなって……、お前に、他の男との子供を遺すことを願われたのだと分かっていても、わたしには、それが出来なかった……。どうしてもっ、出来なかった、んだ。――たとえ、それであの国が滅びたとしても……っ」
「……ジェナ様」
ボロボロと情けない顔で泣いている自覚はある。だが、そんなわたしよりももっと、『彼』の方が情けない顔をしていた。
「もう一度、言って下さいますか? 私を、好きだと」
「――好きだ。ずっと、好きだった。今も、好きだ。もう、苦しくて、嬉しくて、泣きたくて、叫びたくて、どうにかなりそうなくらい、ずっと好きだったんだ……」
「……私の方が、どうにか、なりそうです」
ギュウッと『彼』に痛いほど強く抱き締められて、わたしの涙は止まらなくなってしまった。
「愛していました――愛して、います。今も、昔も、変わらないほどの強さで」
囁くほどの小さな声で、けれどハッキリと『彼』がそう言った。
「……嬉しい」
掠れた涙声で『彼』の想いに応えて、わたしは『彼』の身体を強く抱き締め返した。
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