神に会っても祈らない ーこの恋と呪いの続きをー

藍舟

24


「ジェナ様、どうぞ俺を伴侶にお選び下さい。覚悟はとうに出来ております」
「リューガ……」

 わたしの嫌がることは決してしない、わたしの意志を何より優先させてくれた、優しいリューガ。
 リューガなら間違いなく民のことも大切にしてくれただろう。
 それが、王であるわたしの伴侶として、何より大切なことだと分かっていたのに、わたしはどうしてもリューガの手を取ることが出来なかった。

「リューガ、すまない……」
「ジェナ様。俺は、貴女を愛しているんです。どうか、俺を」
「言わないでくれ、リューガ。わたしは……わたしは、誰とも添い遂げるつもりはない」
「え?」
「この国に……、もう、王家は要らないと思う」
「なっ!?」

 驚愕に見開かれたリューガの赤い瞳を見つめながら、わたしは力無く微笑んだ。

「もう止めよう、リューガ。……わたしはお前には長生きして、この国のいく末を見守って欲しい」
「ジェナ様、しかし」
「わたしは、お前にも、生まれてくる子供にも、王家の運命を背負わせたくないんだ。……頼む」
「……ジェナ様。ですから、俺は覚悟は出来ております! 貴女をこの手に抱けるのなら、命の期限が付いたところでそれが何だと言うのです。俺は、いや俺たちは、それすら誇りに思うのですよ?」
「リューガ……」

 きっとリューガには――いや、国中の誰にも信じられないようなことを言っているのだと、わたしはちゃんと理解していた。
 わたしが王家の血を絶やすことを考えていたなど、きっと誰ひとり想像したこともなかったであろうことを。
 ――わたしを置いて逝った、『彼』ですら、きっと……。

 あの国では、王家の人々の寿命はみな、判を押したように26歳までしかなかった。
 27歳の誕生日前日に眠るように命を落とすのが、あの国の王家の宿命で、婿入りしたものも嫁入りしたものもまた、その宿命に見事なまでに飲み込まれていくのだ。
 幼い頃からそれを当たり前のこととして育ったわたしに、何度も疑問を投げかけたのは、『彼』だった。

『どうして嘆かないんですか?』
『どうして怒らないんですか?』
『可笑しいと思わないんですか?』

 様々な言葉で、『彼』は疑問を投げ掛けた。
 その意図がわたしにはずっと分からなかった――いや、本当は分からないフリをしていただけなのだと思う。
 あの頃、他に人が居ない時を見計らって繰り返された質問に、わたしはいつも適当に答えるしかなかった。

『嘆いても仕方がないだろう』
『怒っている時間が勿体無いさ』
『可笑しいなどと思ったこともない』

 だって仕方がないだろう。
 それは王家の宿命なのだ。
 わたしはそれを、嫌というほど知っていた。
 この命がわたしのものではないことを……。
 舌打ちするほどの苛立ちを、『彼』がわたしに向けてきたのは、わたしの覚えている限り一度きりで、まさにその話をしていた時だった。

「……だから王族は嫌いなんだ」

 耳を疑うようなことを言い捨てて、『彼』はわたしの部屋を出ていった。その扉を、穴が空くほど見つめたのを覚えている。
 もちろん、そのことを誰かに話したりはしなかった。そんなことをすれば、『彼』が罰せられてしまうことが分かっていたからだ。
 そうしてそれは、わたしの望むことではなかった。
 ——城内では冷徹とも言われていた『彼』だが、わたしにとってはそうではなかった。
 幼少の頃から、わたしの教育係として側に居た『彼』は、父や母を喪ったわたしにとって、たった1人残された家族にも等しかったのだ。『彼』は小言が多く、決して優しいとは言えなかったが、どんな時も、いつもわたしの側に居てくれた。
 『彼』がそこに居てくれれば、わたしは冷静な王で居られる。『彼』に成長したわたしを見守ってもらえていることが、わたしはただ嬉しかった。
 だから、そんな『彼』が、今まで見たこともないような暗い表情で吐いた王家への暴言に、わたしは愕然としたのだ。
 王族が嫌い……?
 王族なんて、その時にはわたし1人しか居なかった。だから王族が嫌いということは、わたしのことを嫌いだということに他ならない。
 ーーわたしを、嫌い……?
 思いもよらなかった『彼』の本心に、どうしようも無いほど胸が痛んだ。
 だが、そんなわたしの思いなどまるで意に介さず、翌日に会った『彼』は、まるで何もなかったかのようにいつもと何も変わらなかった。
 そのことにホッとしながらも、それ以降、わたしの心の中に『彼』に対して1つの壁が出来たことは確かだ。わたしのことを、『彼』が本当は嫌いなのだと、事あるごとに思い出すのだから仕方がない。
 それでも、ぎこちないわたしに頓着とんちゃくせず、『彼』は本当に変わらなかった。
 ただ1つだけ変わったことがあるとすれば、その後、『彼』の口からあの質問が発せられることがなくなったということだろう。

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