神に会っても祈らない ーこの恋と呪いの続きをー

藍舟

23

 彼を抱いた腕を解きながら、わたしは『彼』に、わたしの罪を明かした。

「……え?」
「わたしは、リューガとは――いや、誰とも結婚しなかったんだ」

 驚きに見開かれる『彼』の黒い瞳を見つめながら、わたしは昏い笑みを浮かべた。

「わたしは子供を遺すこともせず、お前が去って2年ほどで自ら……いのちを絶った」
「っ!!」

 ――リューガというのは、当時あの国で王家に次いで権力を持っていた貴族の名前だ。
 リューガは慈悲深い好青年で、権力を振りかざすこともない優しい男だった。
 だからこそ、『彼』のいなくなったあの世界で、当然のようにわたしとリューガの婚姻を誰もが薦め、その声は日に日に大きくなってしまったのだが。

「そん、な? ……ジェナ様、どうして……?」

 わたしの言葉の重大さに、『彼』が気が付いたのだろう。
 完全に狼狽えている『彼』の問いに、わたしはただ苦笑いで応えた。

「どうして……? さあな……。アーウィン、それより続きはどうする? わたしの全てを奪いたいのだろう? それでお前の気が済むなら安いものだ」
「ジェ、ナ様……」
「わたしがどんな『王』であったかは、良く分かっただろう? ……お前が裁け。それがどんな仕打ちでも、わたしの償いには足りないだろうがな」

 くしゃりと『彼』の黒髪を掴み、その柔らかさに触れてわたしは目を細めた。
 あのサラサラしていた長い金の髪は、一体どんな触り心地だったのだろう。

「ジェナ様……」

 かつては触れることの出来なかった『彼』に触れていることに悦びを感じていたのに、わたしの手を『彼』が掴んだ。
 わたしから『彼』に触れることは、今も、許されないことなのだろうか。
 掴まれた手は、片手ずつしっかりとベッドの上に押さえこまれてしまった。また拘束されたのと同じ状況なのに、ただ紐で結ばれていたのとは違って手の平から伝わる『彼』の熱が、あまりにも心地良い。

「ジェナ様……」
「……っ」

 わたしを見下ろす彼の瞳は、どうしてだかひどく優しい。その眼差しそのままに、優しくゆっくりとした接吻がわたしに落ちる。

「アーウィ、ン?」

 どうして。
 なぜ、そんなにもわたしを優しく扱うのか。
 わたしの疑問は、瞼に頬にと降り注ぐ接吻にかき消されていくかのように思われた。

「……このままずっと、貴女に触れていましょうか」

 くつりと嗤う『彼』のことを、思わず睨んでしまったのは、『彼』の言ったことが嫌だったからではない。
 それを『嘘』だと思ったからだ。

「なんですか? ジェナ様。そんな可愛らしい顔で睨んでも、ちっとも怖くありませんよ」
「嘘吐き」
「……嘘吐き? どういう意味でしょう?」
「ずっと、だなんて、嘘……っ、ばっ、かり」

 飄々と嘯く『彼』に苛立ちを覚えたのは、ミナのことを思い出したからだ。
 これが『彼』にとっては、嫌いなわたしを辱めるだけの行為であっても、ミナという人にとっては全く違う意味を持つ行為だろう。
 そして、わたしにとっても……。

「可愛い、なんてっ、言うなっ! ミナさんに、悪い」
「……ミナ? ……どうして貴女がミナのことを知っているんですか?」

 ピタリと接吻を止めて、『彼』が驚いた顔でわたしの瞳を覗き込んで来る。
 ミナと言う名を聞いて、さすがに罪悪感が芽生えたのだろうか。だが、どうしてそんなことをわたしに言わせるのかと悲しくなって、わたしは『彼』から瞳を逸らした。

「公園で……ミナさんと間違えて、わたしに接吻したじゃないか」
「はっ?」
「……恋人、なんだろう? お前がこの世界で幸せなら、わたしはそれで良い、あっ!?」

 急に口唇を塞いだ『彼』の意図がわたしには分からない。

「なっ、なんっ!?」

 不満の声を上げたわたしの頤は、掴まれて『彼』の方に向かされた。黒い瞳の中に、わたしには新緑の光が見える。懐かしい『彼』の緑の瞳が……。

「ジェナ様……っ」

 そして、もう一度口付けた後、わたしの身体を強く抱き締めて『彼』が耳元で囁いたのは、わたしが思いもよらない言葉だった。

「ミナは、私の猫の名前ですよ」
「っ!?」
「本当に、変わりませんね……貴女は……」

 呆れたような『彼』の声を聞きながら、わたしはどういうことだと反論しようと思ったのに、極度の緊張から解放されたせいか、『彼』の温もりに包まれて再び白い世界の中に落ちてしまった。

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