神に会っても祈らない ーこの恋と呪いの続きをー

藍舟

18

「本当にすごい景色だな……」

 広い部屋の窓一面に、パノラマの夜景が展開している。ルームサービスで用意されたイタリアンもワインも非常に美味しいものだったが、わたしは景観の美しさに目を奪われてばかりで、正直味はあまり分からなかった。
 給仕をしてくれていたホテルのスタッフが部屋を出て行ってから、わたしはようやく話が出来るのだと思って『彼』をベランダに誘う。
 せっかくの景色を、ガラス越しではなく見たかったからだ。

「今日はどうもありがとう。食事も美味しかったが、こんな素晴らしい景色を見せてくれて」
「……いえ」

 『彼』にとっては当たり前かもしれないこんな景色が、今の2人の違いを見せつけているようで、少しだけ切ない気がする。食事代を払うととりあえず言うことすら困難なほどの違いに、わたしは苦笑するしかない。まあ一度限りのことであれば、社長である『彼』には大した損失ではないだろうと、わたしは開き直ることにした。
 ベランダには明かりがない。それが、眼下に広がる夜景を楽しむのにはちょうど良かった。『彼』が今、どんな表情をしているのかも、良くは見えない。それも、わたしには都合が良かった。
 ーー先に静寂を破ったのは、『彼』の方だった。

「あの国は……今、どうなっているのでしょうね……」
「……」

 そんなことを心配する権利すらわたしにはない。

「綺麗な国でした……。歪んでいるところはありましたが、あれは非常に豊かな国でした。きっと今でもどこかに存在しているのでしょうね。……貴女の血を引いた王が、しっかりと国を治めていることでしょう」

 穏やかな『彼』の声が、わたしの胸に刺さる。
 『彼』は本当に、あの国のそんな未来を信じて疑っていないのだ。『彼』の望んだ未来を壊した張本人が、今目の前にいるとも知らずに。
 あの国を懐かしむような彼の隣で、私は上手く呼吸ができなくなった。それと同時に、全身の血の気が引いていくのを感じる。

「ジェナ様?」

 慌てたような『彼』の声が、ひどく遠くに聞こえる。キラキラと輝くレインボーブリッジのライトが次第に見えなくなってしまうのを、心の底から惜しいと思いながら、わたしはベランダで浮遊するように意識を手放した。

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