神に会っても祈らない ーこの恋と呪いの続きをー
3
平日の午前中。
それはつまり、学校での授業がある時間――塾にとっては暇な時間だ。
わたしは朝10時には塾に着いて、掃除や事務仕事をするのだが、その前に近所を散歩するのが日課となっている。
健康のためだと、散歩の途中でたまに出会う生徒の親などには答えているが、本当のところは生徒にとって有害なものが落ちていないか、不審者がいないかといったことをチェックしたいからだ。
特に近所にある広い公園の中は、昼間でも暗がりがあったり人目に付きにくい場所があったりするので要注意だと、毎日の散歩のコースに必ず入れていた。
朝の陽射しの中で自然の多い公園の中にいると、葉擦れの音や鳥たちのさえずりに癒されることもあるのだが、そんな爽やかな気分をぶち壊すようないかがわしい本が落ちていたりすることも意外と多い。
今朝わたしが遠目に見つけてしまったのは、花を囲んだ石垣の上で見事なまでに熟睡しているサラリーマン風の男の姿だった。
すぐ近くに木のベンチもあるというのに、なぜそんな固くて狭いところを選んで寝ているのかが謎だが、酔っ払いのとる行動などそんなものだろう。
黒革のビジネスバッグにはパソコンなども入っているのだろうか、身長180センチはありそうな大の男が枕にしてもほんの少し凹んでいるだけで、見事にその黒髪の頭を支えきっている。わたしはブランドなどには全く興味がないので詳しくは分からないが、男が着ているものが、その生地や形からなかなか高級そうなスーツであることは分かる。シルバーフレームの眼鏡で隠れてはいるが、かなり顔の造作も整った男なのに、こんなところで熟睡しているなんて残念極まりない。
とりあえず、変質者ではなさそうなその様子に安心しながらも、「あーあ」と思わず溜息混じりに声が漏れる。
時刻はもう朝の9時半を過ぎていて、今日は平日だ。普通のサラリーマンであれば、今は就業時間であるのがほとんどなのではないだろうか。もちろん平日休みの人だって最近は多いだろうが、それにしても始発電車もとうに走っているこんな時間に公園で寝ているのは、余程昨夜飲み過ぎてしまったに違いない。それに、4月の半ばとはいえ、まだまだ朝晩は冷え込む季節だ。風邪など引いていなければいいのだが。
今更遅いかもしれないが、少しでも早い方がこの男のためになるだろうと、サラリーマン風の男を起こすために彼の側に歩み寄ったところで――異変が起こった。
「っ!?」
キインという耳鳴りとともに、わたしを突然襲ったのは激しい頭痛。思わずその場に膝をついて頭を抱えるほどの痛みの中、耳の奥――いや頭の奥の方で、声が響いた。
「1つ、私の願いを聞いていただけませんか?」
「……お前の、願い?」
「ええ、……今は少し疲れておりますので、次に貴女とお会いする時に」
「次に会う時って、明日だろう? ……いいぞ。構わない、何でも言ってくれ」
くつりと微笑いながら答える愚かなわたしの声までが、はっきりと耳に蘇る。
――息が、苦しい。
足元から震えが這い上がって来るせいで、その場から立ち上がることすら困難だった。
どうしよう。
どうすれば、良い?
どうしてこんなところで、どうして『彼』と再会するなんてことが、どうして起こったのか、まったくもって理解出来ない。
「……アーウィン」
ポツリと落とした小さな呟きは、わたし自身の耳にすら、まともな声として届かなかった。
それはつまり、学校での授業がある時間――塾にとっては暇な時間だ。
わたしは朝10時には塾に着いて、掃除や事務仕事をするのだが、その前に近所を散歩するのが日課となっている。
健康のためだと、散歩の途中でたまに出会う生徒の親などには答えているが、本当のところは生徒にとって有害なものが落ちていないか、不審者がいないかといったことをチェックしたいからだ。
特に近所にある広い公園の中は、昼間でも暗がりがあったり人目に付きにくい場所があったりするので要注意だと、毎日の散歩のコースに必ず入れていた。
朝の陽射しの中で自然の多い公園の中にいると、葉擦れの音や鳥たちのさえずりに癒されることもあるのだが、そんな爽やかな気分をぶち壊すようないかがわしい本が落ちていたりすることも意外と多い。
今朝わたしが遠目に見つけてしまったのは、花を囲んだ石垣の上で見事なまでに熟睡しているサラリーマン風の男の姿だった。
すぐ近くに木のベンチもあるというのに、なぜそんな固くて狭いところを選んで寝ているのかが謎だが、酔っ払いのとる行動などそんなものだろう。
黒革のビジネスバッグにはパソコンなども入っているのだろうか、身長180センチはありそうな大の男が枕にしてもほんの少し凹んでいるだけで、見事にその黒髪の頭を支えきっている。わたしはブランドなどには全く興味がないので詳しくは分からないが、男が着ているものが、その生地や形からなかなか高級そうなスーツであることは分かる。シルバーフレームの眼鏡で隠れてはいるが、かなり顔の造作も整った男なのに、こんなところで熟睡しているなんて残念極まりない。
とりあえず、変質者ではなさそうなその様子に安心しながらも、「あーあ」と思わず溜息混じりに声が漏れる。
時刻はもう朝の9時半を過ぎていて、今日は平日だ。普通のサラリーマンであれば、今は就業時間であるのがほとんどなのではないだろうか。もちろん平日休みの人だって最近は多いだろうが、それにしても始発電車もとうに走っているこんな時間に公園で寝ているのは、余程昨夜飲み過ぎてしまったに違いない。それに、4月の半ばとはいえ、まだまだ朝晩は冷え込む季節だ。風邪など引いていなければいいのだが。
今更遅いかもしれないが、少しでも早い方がこの男のためになるだろうと、サラリーマン風の男を起こすために彼の側に歩み寄ったところで――異変が起こった。
「っ!?」
キインという耳鳴りとともに、わたしを突然襲ったのは激しい頭痛。思わずその場に膝をついて頭を抱えるほどの痛みの中、耳の奥――いや頭の奥の方で、声が響いた。
「1つ、私の願いを聞いていただけませんか?」
「……お前の、願い?」
「ええ、……今は少し疲れておりますので、次に貴女とお会いする時に」
「次に会う時って、明日だろう? ……いいぞ。構わない、何でも言ってくれ」
くつりと微笑いながら答える愚かなわたしの声までが、はっきりと耳に蘇る。
――息が、苦しい。
足元から震えが這い上がって来るせいで、その場から立ち上がることすら困難だった。
どうしよう。
どうすれば、良い?
どうしてこんなところで、どうして『彼』と再会するなんてことが、どうして起こったのか、まったくもって理解出来ない。
「……アーウィン」
ポツリと落とした小さな呟きは、わたし自身の耳にすら、まともな声として届かなかった。
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