「悪役令嬢」は「その他大勢」になりたい
聖女になりたくない理由
「うーん、あーでもないこーでもない……」
「サシェ、眉間にしわが寄ってるよ」
「はっ、もももも申し訳ございません!」
くすくすと笑いながらティーカップを傾けるテランスもさながら王子様だ。さすがは攻略対象、顔が良い。
ゲームのパッケージ片手に友人は「神絵師!!」と力説していて、たしかにきれいな絵だなとは思ったが自分は特に平面の男の子をめでたことがなかったのでよくわからなかった。
それがどうだ。今や自分も相手も三次元の存在で、テランス含め攻略対象の彼らは海外の若い俳優のような整った顔立ちをしている。
サシェだって可愛い。可愛いがサシェは「メインシナリオ」の人間じゃない。どうしたって。ヤヨイや自分やテランス、グランツと並ぶとすこしぼんやりした容姿になってしまう。それはそれで腹の立つ話だが誰に当たればいいか皆目見当もつかない。
「サシェ、あなた少し休憩なさい」
「し、しかしベアトリス様」
「わたくしも休むから。あー、サシェの紅茶が飲みたいのにサシェはまだ作業中かしら」
「すぐご用意します!」
「いいえ、まだティーポットに残っていたわね。きっかり20分後に新しいお茶が欲しいわ、いいこと、20分よ」
「は、はいぃ……」
きらきらした顔で「またのちほど!」とサシェは部屋を出る。代わりに別のメイドが入ってきて部屋の片隅にある椅子に腰かけた。
この椅子はベアトリスが「お客様がいても用がないときに立たれていると落ち着かない」とかなんとか無茶言って用意させたものだ。通常の貴族ではありえないが、ベアトリスの中身は接客業経験者だった。
「あんな言い方して、素直じゃありませんね」
「ああいういい方しないとみんな休まないんですの。エリィ、あなたもきちんと水分とるのよ」
「はい、お嬢様っ」
悪役令嬢のつもりでやっていたけれど、さすがに自分の家の従業員(といういい方もどうかと思うが)に冷たく当たるのはベアトリスには向いていない。一緒に住んでいる人間に嫌われるのはふつうに寂しいではないかと思うからだ。姉はわりと傍若無人だが、サシェに言わせればベアトリスがいるから仕事を続けられているなんて子も結構いるようだし。
「そういえば、なぜ聖女なのです? 調べてどうなさるのですか?」
「わたくし、やりたいことがあるの。そのためには聖女が必要だし、もし、万が一、億が一、兆が一よ? わたくしが聖女だと困ることなの」
「なぜ? 自分が聖女だったら都合がよさそうではないですか」
「ううん、違うのよ。わたくし……わたしはね、テランス」
「(わたし……!?)」
「わたしね、普通になりたいの」
生前、といえばいいのか。ああいう庶民の感覚が結局一番性に合っているんだなあと彼女が思ったのはもう結構前だ。貴族令嬢としてあれこれやるのも楽しいっちゃ楽しいのだが、ドレスよりもデニムが好きだし、コースよりも唐揚げとかラーメンが良いし、シャンパンより缶チューハイが好きだし、好きな人と笑いあっている方が幸せなのだと思ってしまう。
「たとえばあなたと恋仲だったとして、身分のことや呼び方、マナーとかねそんなものに縛られたくない。私がテランスを好きだということに誰も文句を言わない、誰しもが素敵な恋人でよかったねって茶化してくれる空気のほうが好きなのよ」
「……以前とは、ずいぶん変わられましたね」
「そうね、変わったかもしれないわ。でも変わっていないともいえるわ」
「そういう世界を作るために聖女に出会いたいのですか?」
「ええ、だってそしたらなんのしがらみもなくあなたに好きって言えるでしょう?」
そして言ってからはっとする。
これじゃまるで自分がテランスを好きみたいではないか、と。
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