「悪役令嬢」は「その他大勢」になりたい

守村 肇

悪役令嬢は事実を知る





 「一人で大丈夫ですから!」と全員をなんとか振り切って医務室へ逃げ込むと、校医は顔色が真っ青よ!とベッドを一つ空けてくれた。薬を念のためと飲まされ横になる。もう帰りたい。午後の授業どうしよう。こんな状況だというのにそれでも彼女は真面目だった。


 そもそも、ゲーム上のベアトリスというのはもっと本質というか性根から腐りきってます!みたいな感じだったのに自分がそのなり代わりをできようはずがないのだと、またこめかみを抑えた。確かに何十人もの女の子を意図的に泣かせてきた。断罪スチル、勘違いイベント、和解エンド様々見てきたけれど今回ばかりは本気でわけがわからなかった。どうしてヒロインがいるのにそちらに傾かないのか。


 なんてったってヒロインだ。あらゆる不条理も彼女の前には彼女を不条理だというほどの力を持った聖女おんなになるわけなのにどうしてこんな自分が疲れているのだろう。




「ミス・ウインチェスター、一時間様子を見て駄目そうなら早退なさい」


「ええ、先生、そうします……」




 そうだ、ヤヨイ。ヤヨイのことだけはなんとしても連れて帰らなくては。悪役令嬢をやり直すつもりはないが連れて帰ったことによってなにか、ヤヨイにルートが傾くことがあるかもしれない。そうであってほしい。 
 テランスのこともグランツのことも色々考えていたけれど、要はまずヤヨイが固定ルートに入ればそれでいいのだ。そうしたらまた「n回目」になりえるかもしれない。次こそ、次こそうまくやればいい。


 いつも通りの「n回目」に戻ればいいのかと気が付いた彼女は安心してそのまま眠りについた。昨日寝れなかったことも相まってすんなりと。そして夢を見た。ベアトリスになる前の自分の夢を。






『ね、見てみて、これ続編なのー、ベアトリスが主人公なんだって』


 彼女が持ってきたのは以前押し付けられたアンスフィアの聖女によく似たパッケージだった。ヒロインのポジションは前作の素朴な女の子ではなくふんわりとしたドレスを身にまとった女の子だった。見覚えがある。毎日、鏡で見ているその顔は


『……どゆこと?』


『アンスフィアの聖女2だよ、今度はベアトリスがヒロイン!』


『このデータ引き継ぎってなに?』


『1のセーブデータを引き継げるらしいよ、だからヒロインはいるけどグランツ様と恋仲っていう展開もアリみたい。ベアトリスファンが結構多いんだって』


『悪役令嬢なのに?』


『悪役令嬢だからこそかもしれないよ』


 悪役令嬢にファン?乙女ゲームというのは本当に難解だ。通常、違う男が出てきて何年後とかの続編っていうふうになるんじゃないのか。作中の女の子がヒロインになって続編だなんてあまり聞いたことがなかった。


『よかったね、ベアトリス』


『私はベアトリスじゃ……』






「……っ! ゆめ……?」




 いやにリアルな夢だった。続編なんてものは知らない。あのゲームをやってしばらくして私はいつの間にか悪役令嬢ベアトリスになっていたのだ。だから2なんてものは見たことがない。きっと疲れてそんな夢を見たのだ。しかもあの友人にまでベアトリスと呼ばれていたし、ないない、と頭を振る。


 そろそろ一時間たちそうだ。廊下が騒がしい、もうお昼になっただろうか。早退しよう。でもヤヨイだけは連れて帰ろう。
 ぼんやりとした頭でそこまで考えて起き上がると同時にカーテンが開いた。




「大丈夫?ベアトリス?」


「ヤヨイ……」




 今まさに思い浮かべていた彼女がそこにいた。

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