「悪役令嬢」は「その他大勢」になりたい
悪役令嬢は公爵家の男子と交流する
「ごきげんよう、ベアトリス様」
「まあ、ベアトリス様っ」
「ごきげんようっベアトリス様ぁ~」
「ごきげんよう、アンジェリカ、フローラ、アナスタシア」
その他大勢にも名前があると知ってから、きちんと覚えるようにしたのは多分五回目からとかだったはずだ。彼女はそれだけモブに固執していた。ベアトリスがその他大勢になるためにはどうしたらいいのか、考えるのをやめなかった。
「あの辺境伯令嬢、今朝はグランツ様と登校なさったとか」
「まああ! なんて図々しいの」
「みなさん、彼女は不慣れな土地にいるのです。声を荒げるのはよくありませんわ」
「なんてお優しいのかしら!」
登校なんぞ好きにさせたれと思う。馬車で生徒が登校してくるような学校だ、今日はたまたまグランツだったというだけでアベル相手でも同じことが起きる。わかりきっていることだし、自分はグランツなんぞ眼中にないのだから騒ぐ理由がない。今日のベアトリスはグランツに対して酷く冷めていた。
というより、テランスのことを考えるので精いっぱいというほうがより正確か。あれからすぐに眠れるはずもなく、過去にそんなロマンチックな台詞を吐かれたこともない彼女は悶々と夜を明かしたのだった。
「トリクシー、愛しの王子様と一緒じゃないのか?」
ベアトリス、を愛称で呼ぶ人間は限られる。仲の良い侯爵令嬢か自分より上の爵位のものか、今回は声でわかったが後者だった。ボルフラン公爵家の人間はこの学校に三人いる。ヒロインの祖父、ボルフラン公爵の孫であるアベルと甥のニコラとノエルだ。今声をかけてきたのはニコラだった。
「いつもいつも一緒、というわけではありませんわよ」
「そうかな?俺はお前が王子にべったりだと思ってるんだけど」
「や、やめなよ二コラ、トリクシーに喧嘩売るようなことして」
「そうだぞ、女性に対してみっともない」
甥二人は、クラスメイトで接点も多いけれどアベルが一緒にいるのは珍しいなと思い頭を下げる。おはよう、と微笑むアベルを見て周囲の女子生徒はため息をついた。役持ちはそれだけで顔の造形が華やかだ。ぼんやりとしたその他大勢とは比べ物にならないほどに。
「私もヤヨイと仲良くなる予定ですの、グランツ様ばっかりなんてずるいことさせませんわよ」
「えっ、いや俺はてっきりお前がグランツに惚れてると思って」
「誰の入れ知恵ですの?三人ともそう思ってらっしゃるのね」
むっとして三人を見つめると困ったような顔をされた。そうだ、テランスのことで頭がいっぱいになっていたけれど「花嫁候補」は誰もかれもの共通認識なのだ。それも崩していかないことには悪役令嬢を辞めたとは言い切れないだろう。本来彼女が求めていたのは誰のルートでもないことだったのだから。
「いや、その、ごめん。なんだお前グランツ王子に惚れてるわけじゃ、ないんだな」
「トリクシー、じゃ、じゃあ結婚っていうのも」
「周りが勝手に言ってるだけですわよ」
「それは、僕らにもチャンスがあるってことだよね?」
「ちょっ、アベル! なに言ってんだよ!」
勝気に微笑むアベル。真っ赤になって否定するニコラ。俯いているノエル。
それに気が付かないほどベアトリスは鈍感ではなかった。
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