異世界転生してハーレムルートなのにヤンデレしか選択肢がないんだが?
54 無垢は狂気
待たなかった。待てなかった。妥協した。なんかそういう思うところがあったんだろう。幸せになってしまった後ろめたさも、そんな気持ちでいる「妻」という自分にも、それを見させられている夫に対しての懺悔も。ありとあらゆる苦悩が、彼女を蝕んでいたのは想像に難くない。
「心が壊れていく音がする、当時彼女はそんな言い方をしていたようだ。壊れる音を聞き続けて、ある日、彼女は」
苦しそうに言いよどむ。ああ。痛い。会ったこともない、顔も知らないロータスさんの想いを今もこの人は知っているんだと、それだけでこっちまで心臓がぎりぎりと締め付けられているみたいになる。
「彼女は、夫を殺した」
「こ、ろした」
「愛と苦悩ゆえの蛮行だ。無論許されることではない。人道から外れているのだからな」
倫理、ってもんがある。人として守るべきものを指して言う。要は善心とか道徳とか秩序とか愛とかそういうものをひっくるめて倫理って呼ぶ、と俺は思う。
大切なことには違いないけど、その倫理観が常に正しいわけじゃない。間違っている方法でしか、証明できないことなんてこの世にはたくさんある。
 この人もそうだったってだけだ。
「ロータスさんは、自分に嘘をつけなかったんだな」
「どーゆーことぉ?」
「マツリカさんと結ばれずに幸せだと思う自分が許せなかったんだ。
そして旦那さんとの幸せを許せない自分ってものが存在することも許せなかった。
そこまでするくらいマツリカさんも旦那さんも深く愛して愛そうとしてたんだろ、きっと」
俺はそんなに必死で誰かを愛したことなんかないから、ロータスさんの気持ちは分からない。同じような境遇だとしても、わかっちゃいけないことなのかもしれない。
そうだとしたら、そんな道しか歩けなかった彼女もまた同じくらい優しい人だろう。方法が間違っていたとしても。
「それから暫くして、拘束していた施設からロータスは逃げ出した。王都の外へ、マツリカへ会うために」
「子供は?子供がいたんスよね?」
「養子に出された。今も王都で生きている」
ちらり、とアシュタルさんは俺を見た。なんだ、俺の知ってる人なのか?出会った人なんてまだそんな数はいない。王都の中っていうならそれこそ、ここにいる人たちと、クレア、クレオ、マロニエさんくらいなもんだ。
「まあ子供のことはおいておく。1ヶ月の間ロータスは行方不明だった、見つかったのは南の谷だ」
「南の谷……?」
なんかどっかで聞いたぞ。しかもつい最近。
「場所はとある崖沿いの花畑でな。死体ですらない、既に墓の状態で見つかったよ。丁寧に弔われていたそうだ。今もそこに墓はある」
「誰がそんなことをしたというのです?」
「皆の予想ではマツリカだ。生きているうちに会えたかどうかはわからんがな。
問題はこの先だ。ウタキ以外は聞いたことがあるだろう、血の零時事件だ」
「あっ」
「なんで…そうなるっすか…」
「そんな馬鹿な…」
「うぇ…アタシでも知ってるぅ…」
「なに、有名な事件なの」
「深夜零時から食人された最初の事件だもの、この世界で知らない人間族はきっと居ないわ」
「あの犯人こそがマツリカだ」
「っ、なんで!なんでそんなことになったっすか!」
なんとなくわかる。
生きてたのか死んでたのかわかんないけど、幸せに生きてると信じてたロータスさんに再会してきっとマツリカさんは酷く絶望舌に違いない。
結局、自分という存在が彼女を不幸にした。
酷く優しい人だから、きっとそう思ったはずだ。それは少しずつ形を変えて、その憎悪が自分から、自分の存在へ、自分の存在を許した人たちへ、彼女を幸せにしなかった王都へ向いただけだろう。
「マツリカによる被害者は100名にも及ぶ。皆内臓も肉も雑に食い散らかされ王都の石畳は血を浴びた。
収束させたのはアリアだ。あいつはその時から既に役持ちだったからな」
「そうか、アリアさん夜は無敵って言ってたもんな」
「役がどう働いているのか、我々にはわからん。しかしアリアが役持ちだったのは事実でマツリカを止めることには成功した。アリアの魔法の副作用であいつの瞳は爛々とした金色だったそうだ」
満月のような瞳孔を想像して背中が震えた。
そんな目で見据えられたら、おっかないなんてもんじゃなさそうだ。
「マツリカが襲ったのはロータスのいた施設や家だったが、彼が唯一殺せなかったのがロータスの子供だった。その隙をついたアリアには頭が下がる。
止めることはできたが、結局捕縛は叶わずマツリカを逃がしてしまったがな」
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