もしも理想のパーティー構成に実力以外が考慮されなかったら?

雪月 桜

覚悟

「おい! 教会が爆発されたってよ!?」

……うるさい。

「はぁ!? 誰だよ、あんなボロい建物を襲った奴は! 金目の物なんかねぇぞ!?」

……うるさい。

「それより、駐屯している騎士団は何をしてるのよ!?」

……うるさい。

「どうやら数時間前に、大型モンスターの緊急討伐へ向かったらしい! 帰ってくるのは夜になるそうだ!」

……さっきから心臓の鼓動がうるさい。

激しい運動をした訳でもないのに喉が乾き、嫌な汗が額に流れ、バクバク、バクバクと耳障りな音が全身に響く。

「そんな!? あそこには孤児院もあるんだぞ!?」

「だったら、お前が助けに行けよ!」

周囲の悲鳴や怒号、バタバタと慌ただしく動き回る喧騒が、どこか遠く聞こえる。

——小さな女の子が母親に手を引かれて、一生懸命に走る。

——露店を広げた商人が急いで店を畳む。

——カップルと思しき男女が口論しながら、我先にと建物に駆け込む。

街全体が、あっという間に焦燥に染まっていく。

それらの光景を、何故か、ぼんやりと眺めていた俺は、唐突にハッと意識を取り戻した。

「……どうすれば」

しかし、まだ頭の働きは鈍く、素早い判断を下すには到らない。

どうやら、教会が襲われたというのは本当らしく、遠目からでも黒煙が昇っていると分かる。

そして、その勢いが弱い事から、まだ建物本体は無事だろうという事も分かる。

加えて、駆け出し冒険者ばかりの、この街で、一番に頼れる連中が不在という事も分かる。

けれど……自分が、どう動くべきなのか分からない。

「ミルク達を呼んで来るか?」

いや、教会とアインの家は街の端と端、対角の位置関係だ。

間に合うとは思えない。

「だったら大人しく逃げるか?」

それが、普通だろう。

現に周りの人達は、そうしている。

いくら力になりたいと思っても、実力が伴わなければ実行は不可能だ。

そして俺は、疑う余地もなく駆け出しの冒険者。

同業者なら100人中、100人が認める弱者だろう。

だから、尻尾を巻いて逃げ出したところで、気に病む必要はない。

「……その筈なんだけどなぁ」

頭の中で捻り出した理論武装は、体の動きに何の影響も及ぼさなかった。

俺の足は相変わらず、進むことも戻ることも出来ずに、縫い止められたままだ。

「まさか、ヒーローよろしく1人で駆け付けようってんじゃないだろうな?」

自分で言って、思わず自嘲の笑みが溢れた。

馬鹿馬鹿しい、本当にどうかしている。

そもそも、俺が行って何が出来る?

怪我人が1人、あるいは死体が1つ増えるだけだろう。

そう、死。

この世界に来る切っ掛けであると同時に、俺の人生を大きく変えた【ソレ】は、ひどく恐ろしいものだ。

妹との別れで経験した喪失感は未だに胸の内で燻っている。

今までは、なんだかんだ、頼れる人達が隣にいたから不安は無かった。

戦闘力こそないものの、俺を導いてくれたリンネ。

俺から見れば圧倒的な戦力を誇るミルク。

俺と変わらない強さで、しかしアイテムの扱いに長けたアイン。

でも、今の俺が頼れるのは自分だけ。

「それでも、行くのか?」

あえて口に出して問い掛けてみたが、それは不要だったかもしれない。

俺の足は、自然と教会に向かって駆けていたのだから。

そして俺は、自分が何を危惧しているのか、ようやく自覚した。

「……あそこには、プリムが居るかもしれない」

これが、赤の他人だったら、命を賭けられずに逃げ出しただろう。

ましてやプリムは、つい最近、相容れない価値観から喧嘩した相手。

だけど、死んでもいいと思えるほど憎い訳じゃないし、何よりミルクの大事な友達だ。

ここでプリムに何かあれば、昨日のミルクの様子からして、精神的に折れてしまうことは想像に難くない。

せっかく、事件の真相を解明して、対処法も身に付けたのに、そんなのはゴメンだ。

俺は手に入れたばかりの白虹丸ぶきを携え、あくまでも増援が来るまでの時間稼ぎをすべく、足早に教会へ向かった。

……これで死んだらリンネに呆れられるなと、苦い笑みを浮かべつつ。

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く