もしも理想のパーティー構成に実力以外が考慮されなかったら?

雪月 桜

輪廻とリンネ

次に、目を覚ました俺が立っていたのは、真っ白な空間。

前後左右、上下に至るまで、世界の全てが白く染まっていた。

自分がどこに立っているのかも、よく分からない。

そんな、困惑する俺の前に現れたのは、女神。

そうとしか表現できない神秘的な存在だった。

ゆるくウェーブがかかった淡い金髪。

空のように澄んだ蒼い瞳。

黄金比という言葉ですら生ぬるい芸術的な身体。

頭には光の輪、背中には二対四枚の翼、背後には後光が差していて、まるで絵画の世界だ。

信仰心もたいして持たない俺が思わず頭を垂れそうになった頃、女神は、ゆっくりと口を開いた。

「初めまして白木 春さん。私はリンネ・ぱんにゃっ!? ……うぅ噛んじゃいました」

「えぇ……」

威厳も、神秘性も、慈愛に満ちた表情も、何もかも一瞬で崩壊した。

そこにいたのは、赤面し、涙目になって、こちらを恨めしげに睨んでいる女神(?)のような何か。

とはいえ、睨まれても全く怖くないけど。

恥ずかしい所を見られたからといって、こちらを睨まれても出来ることは少ない。

なので、

「はっ!? ここはどこだ!? 俺は何をしていた!?」

いかにも、今まで呆然自失としていて、今まさに意識を取り戻しましたよ、という風に取り繕ってみる。

明らかに素人感丸出しの、棒読みくさいセリフだけど、これで流してくれればいいなぁ。

「えっ、あれ? も、もしかして今まで意識がなかった感じですか?」

「は、はい」

「バッチリ目が開いていて、私とも目が合ったのに?」

「目を開けたまま寝るのが特技なんです。目が合ったというのは、あなたの気のせいでは?」

「そ、そうですか。それはそれで、一人で騒いでたみたいで恥ずかしいですが。まぁ、アレを見られるよりは……」

そうして、ぶつぶつと何事か呟いていたが、やがて自分のなかで折り合いがついたのか、コホンッと、わざとらしい仕切り直しをして再び口を開いた。

「ええっと、では改めて。初めまして白木 春さん。私はリンネ・ぱんにゃっ!? ……うぅ、また噛んじゃいました」

「だぁあああ! 人がせっかく気を遣ったのに、なに台無しにしてくれてんだ、このへっぽこ女神がぁ!」

「ひぅっ!? な、なんで私が女神だって。ていうか、もしかして、さっきも本当は意識があったのですか!?」

「あったよ! 目を開けたまま寝る特技なんてないし、目が合ったのも気のせいじゃないし、空気が微妙になると思って誤魔化しただけだよ、台無しになったけどな! あと、女神は当てずっぽうで言っただけだ。見た目とか雰囲気から適当にな!」

あと、異世界転生モノのテンプレ展開的に。

相手が、お偉いさんかも知れないという配慮から敬語になっていたが、そんなものは投げ捨てた。

なんだ、この存在自体がギャグみたいな女は。

こんな奴を敬ってられるか、俺は自分の部屋に戻るぞ!

……って、あれ?

「そういえば、ここはどこなんだ。何で俺がこんなところに? こんな光景は異世界転生系のアニメで見たことあるけど、俺は別に死んでもいないし。あっ、もしかして異世界召喚系か?」

「そう……ですよね。自覚はありませんよね。大抵の人はそうですから。自分が死んだときの記憶なんて心に負荷をかけるだけだから、無意識に蓋をしちゃうんです」

「な……に? 何を、言ってるんだ?」

「私はリンネ。転生を司る女神。白木 春さん、あなたは既に亡くなっているのです」

その言葉を理解した瞬間、遅れてきた走馬灯のように、死ぬ間際の一連の流れが頭を駆け巡る。

飛び出した黒猫、迫り来るトラック、妹の叫び声。

そう、そうだ。

「妹は、俺の妹はどうなった!?」

慌てふためく俺を見た女神は、少し切なそうに、けれど優しく微笑む。

「こんなときでも妹さんが第一なのですね。自分が死んだと聞かされたのに。安心してください。妹さんは無事ですよ。少し手足に擦り傷が出来ましたが、痕も残らない軽傷です。それと、妹さんが庇った黒猫も」

女神の言葉に思わず力が抜ける。

良かった、本当に良かった。

「……ありがとう、教えてくれて」

「いえいえ、死後の状況を説明するのも仕事のうちですから、お気になさらず」

ふんわりとした雰囲気で笑みを浮かべる様は、まさしく女神。

先ほど醜態を見せたのと、同一人物とは思えない。

「……それで、俺はこれからどうすればいいんだ? さっき、転生の女神って言ってたけど、やっぱり転生するのか?」

「あなたの今後の選択肢は二つ。魂の漂白を行わず、今すぐに記憶と肉体を引き継いで転生すること。もう一つは、天界で魂の漂白を行い、記憶も肉体も、まっさらな赤子として転生すること」

「魂の漂白って何なんだ?」

「文字通り、前世で魂に付随した情報……記憶や感情、穢れといったものを初期化して、まっさらな状態にすることです。記憶や肉体の継承を伴わない転生の前には必ず行われます。一切のしがらみを断ち、魂を循環するためのシステムですね」

「輪廻転生って本当にあったんだな。で、その漂白をやらずに転生することもできる? じ、じゃあ記憶や肉体を取り戻して元の世界に戻ることも!?」

「残念ですが、魂の漂白を行わずに元の世界に転生することはできません。魂の循環という原則に反してしまいますから。違う世界へ行くか、違う魂となるか、二つに一つです」

「そう……か。そんな上手い話、あるわけないよな」

そんなことが出来るなら、とっくに大騒ぎになってるはずだ。

なんせ死んだ人間が元の姿で戻ってくるんだから。

そんな単純なことにも気付かないくらい、俺は元の世界に未練があるのか。

「一つ、補足を」

「っ?」

落胆する俺を見かねたのか、それとも正規の手順なのか、女神は再び口を開いた。

うつ向いていた俺は顔をあげ、女神を見つめる。

「天界で行う魂の漂白は、ある程度、自身でタイミングを選ぶことができます。そして、漂白を行うまでは天界で一時的に余生を過ごせます。期限は百年。それ以上は魂が劣化し、転生に影響が出てしまいますから」

「……余生を過ごして、気持ちの整理がつくのを待てって?」

「それもありますが、上手くいけばもう一度、妹さんに会えるかもしれませんよ。妹さんが天命を全うしたあとに、天界で」

「そ……れは……」

いったい何年先の話だ。

今回のような急な事故や病でもない限り、現代日本人の平均寿命は約80年。

高校生の妹が死ぬまで60年以上もある。

17年という俺の人生の約4倍か、それ以上の時間。

そんなにも長い時間など、想像もできない。

それに、それだけ時が経ってしまえば、もはや再会を果たした、その人は別人ではないだろうか。

とはいえ、また妹と会いたいのも事実。

今すぐ転生してしまえば、恐らく二度と会うことはないだろう。

「俺、は……」

言葉が続かない。

答えを出せない。

妹と過ごした楽しい時間が頭に浮かんでは消え、胸が締め付けられるが、時間の壁が会いたい気持ちを邪魔してしまう。

「もし良ければ、妹さんの様子をご覧になりますか? 彼女の姿を見れば、答えを出す参考になるかもしれません」

「そんなこと、出来るのか?」

考えあぐねていた俺に、女神が新たな道を示す。

正直、願ってもない申し出だ。

「えぇ、言ったでしょう。死後の状況を伝えるのも役目のうちと。先程までは、あなたを失ったショックで半狂乱になったり、塞ぎこんでいたりして、とてもお見せできる状態ではありませんでしたが、今はあなたの部屋で一人佇み、ある程度は落ち着いている様子です」

「そうか、なら頼む。俺に、もう一度、妹の姿を……」

言葉と共に熱いものが込み上げ、喉がつまり、視界が滲む。

そんな俺に女神は優しく微笑むと、ふわりと手を振った。

途端に、目の前の空間が蜃気楼のようにぼやけ、白かった世界に新たな色が生まれる。

そこに映っていたのは、見慣れた自分の部屋。

そして――

「や、やっぱりお兄ちゃん。おっきいおっぱいの女の人が好きだったんだぁぁぁ!」

俺のお宝コレクションを手に絶叫する妹の姿だった。

その瞬間、先程までとは違う意味で涙が溢れたのは言うまでもない。

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