魔法×科学の時間旅行者
入学編 中(3/4)
【1】
拓斗と伊波の朝はいつも通り始まった。
拓斗は起床すると、真っ先にカレンダーを確認し、リビングで伊波にどっちがいいかを質問される。テーブルを見て、今日はパンがいいと伊波に伝えてから席に着いた。
今日の朝食はスクランブルエッグにベーコンとレタス。伊波に飲み物は何がいいかを聞いて、グラスに注ぎ、朝はゆっくりと過ごす。登校時間になったら家を出るのがいつも通りの朝だ。
人間の脳は、ある一定の時間が断たないと働かない。また、朝食を取らないと、授業を受ける際に覚えが悪くなると言われている。
その為桐島家では、朝は早く起きて必ず朝食を取る事を徹底していた。
「・・・何ですか?」
「ん?あぁ、ごめんごめん。香菜やあずさと友達になれて良かったな」
拓斗に見られている事に気づいた伊波は、何か用でもあるのかと思い、拓斗にたずねた。伊波が喋りやすい状況まで待つつもりで見ていた拓斗は、じーっと見ていた事に気がつき、素直に謝罪する。
小学校時代の二人には、友人と呼べる人はいなかった。人口の減少に伴って、子供の人数は減っている。その為、小学校時代は一般の子供達の学校に通っていた。
授業内容が違う為、一緒に授業を受ける事はない。差別されていたとかではなく、単純に生徒の数が足りていなかったのだ。
当然、友人とは呼べなくても同級生はいたが、拓斗達の通う高校にいる生徒では拓斗達だけであった。受けていないのか、落ちたからなのかは分からないが、入学式の日に伊波に、友人が出来た事が拓斗にとって嬉しかった。
「友人と呼べるかな?」
「少なくとも、世間一般的に学校帰りにカフェやショッピングを一緒にする人の事は、友人と呼ぶんじゃないか?」
「そういうものですかね?」
「伊波自身はどうだ?二人は伊波にとって友人だと思わないか?」
「・・友人でありたいです」
「あぁ俺もそう思っている。大丈夫!皆んないい子だから」
皆んなには伊波も含まれていると、伊波はそう解釈し、思わず笑みがこぼれる。友達作りが苦手な兄妹。といっても、気にしているのは伊波だけで、拓斗は特に気にしていない。その為、友人とは?といったものに、自信を持って答える事が出来ないのであった。
ーーーーーーーー
昨日とは違い、あずさと香菜の朝もゆっくり始まった。昨日は入学式という一大イベントに、緊張してしまっまあずさが寝坊(寝坊といっても、寝癖が酷かっただけ)しただけであり、基本的に朝はゆっくり始まる。
「香菜〜」「ほい」
「あずさー」「うぃ」
台所に二人で立ち、阿吽の呼吸で次々と料理を仕上げていく。特に何も言わなくても相手の名前を呼ぶと、欲しいものを渡してくれる。仲が良いからこそ出来る事である。
料理を並べて席に着き、朝食を取る二人。
丁度、拓斗達が食べ終わっている頃であった。
「いった・だ・きま〜す」
「コラ香菜!ちゃんとしないとダメ!感謝の気持ちとか、色々意味があるんだからね」
「ごめん、ごめん。いただきます」
きちんと両手を合わせ、言い直した香菜を見て、あずさも両手を合わせた。
「昨日買ったエプロン。可愛いじゃん」
「香菜のも可愛いわよ」
拓斗と別れた後、伊波を連れてショッピングで買ったエプロンを二人は早速使っていた。
伊波はシンプルな茶色いエプロン。
香菜もシンプルな水色のエプロン。当初、青いエプロンを買うつもりだったが、ちょっと重たい気がした為、水色にした。
流石に金色のエプロンは売っておらず(売ってても買ったかは分からない)向日葵がプリントされた、薄い黄色のエプロンをあずさは購入していた。
「伊波や拓斗とも仲良くやっていけそうだし、いやぁ友達が早くも出来て安心したよ」
「香菜。分かっているとは思うけど」
「分かってるって。私がMAGを作れる事は、あずさとだけの秘密だろ?」
「分かっているならいい。例え仲良くなっても、これだけは譲れないわ」
友人なら全てを打ち明けるべきか?そうではない。知ってはいけない事というものは、確かに存在する。
香菜は魔法者であり、あずさは科学者だ。
通常、魔法者である香菜はMAGを作れないはずなのだが、香菜はMAGを作れるし調整もできる。
現に、あずさが身につけている指輪は、香菜が作った物であり、調整も香菜がしている。
この事がもし、バレてしまったらと考えると、身体が震えてしまう。
香菜は病院か施設に監禁されるだろう。そして、パートナーである自分も、同じ運命を辿る事になるかもしれない。
「一応、技術を選択して、カモフラージュはするつもりだけどね」
「なら、私も技術を選択するわ」
「あずさの場合は、カモフラージュじゃないけどね」
「フ、フン!今年中には一人でも作れるようになるわよ」
あずさはMAG作りを苦手としている。苦手としているだけで作れない訳ではない。
作る為の工程、仕組み、材料などは完璧に理解していると自信をもって言える。
しかし、彼女の体内から発している微力な電磁波が、作業に支障を起こしてしまうのだ。
その為、香菜に手伝ってもらいながらなら、作る事が可能であり、現に香菜が身につけているMAGは、あずさが作ったものである。
香菜がMAGを作れる理由はわからないし、調べる事は不可能だと考えている。調べる為にはあずさと香菜だけでは限界があり、調べると色々な意味で危険だと感じている為、決して調べようとはしない。恐らくはあずさの手伝いをしている為に、起きた事だと仮定している。
拓斗と伊波同様彼女達もまた、人には言えない悩みを抱えているのであった。
ーーーーーーーーーー
【2】
朝食を済ませ、駅まで歩く拓斗と伊波。
昨日とは違い、電車を利用する。
タクシーじゃないのは、お金がないなどといった理由ではなく、あずさ達と昨日伊波が約束をした為であった。
拓斗達の自宅から、学校の駅までは二駅。あずさ達の自宅から、学校の駅までは一駅。学校の駅に着く時間を聞いて、待ち合わせをしているのだ。
駅まで歩く道中、伊波から注意を受ける拓斗。
「お兄ちゃん。分かっていると思いますが、完璧な時間は学校では使わない方がいいですよ」
「そうだろうね。一応補欠という事で入学しているし、あれを人に見られるのはマズイ」
「テレポートもですよ?」
「あぁ、大丈夫だ。心配するな」
そんな会話をしながら歩いていると、駅の近くについた。人が多い為、会話を中断する二人。
駅に着くと、キョロキョロしているピンク色の長い髪をした幼女らしき人が見えた。
幼女らしきと表現したのは、膝下まで伸びている髪型からそう判断したからだ。
迷子かと思い、拓斗は声をかける。
「ねぇ君一人?もしかして迷子かな」
相手が怖がらないように優しく、その子の目線の高さに合わせるようにかがみこんでから、喋りかける拓斗。
声をかけられた少女は、バッっと振り向いて、拓斗の質問に答えた。
「何ですか?悪いんですが、ナンパなら他所でやって下さい」
「・・・あ、いや、ナンパじゃないんだけど」
「違うなら何ですか?もしかして誘拐犯ですか?ごめんなさい。それも間に合ってます」
「・・・・」
間に合ってるということは、現在誘拐されているということだろうか?というよりこの子、同じ学年なのか・・。
ペコリと頭を下げる少女を見ると、伊波と同じ制服に、1年生である証の、青いリボンをしている事に気がついた。
女子生徒は、紐を蝶々結びにしてリボンを作るのだが、色によって学年を示している。
男子生徒は、胸元にバッジをつける事によって学年を示している。
学校側としては、女子生徒もバッジにしたいと考えていたらしいのだが、胸元にバッジというのに、反対の意見が多かった為、現在のように紐になっている。
胸元にバッジをする事に、抵抗の声があがった理由は男の拓斗には分からないし、正直どうでもいい。それよりもこの少女の誤解を解く必要がある。拓斗はそう判断し、再び喋りかけた。
「ナンパでも誘拐犯でもないよ。朝から制服を着て、そんな事をするヤツはいないだろう?」
「失礼ですがナンパも誘拐も、制服でする人は存在するかと思われます」
「・・・た、確かにそうかもしれないが、確率的には少ないだろ」
「確率が0ではないと!つまり今日がその日だという事なのですね!」
「・・・伊波」
ビシっと右手人差し指を向けられ、頭痛を覚えた拓斗は、二人のやり取りを見てクスクス笑う伊波に助けを求めた。
「おはようございます。私は1年B組の桐島伊波といいます。こっちは兄の桐島拓斗で1年A組よ」
「・・・1年A組九頭龍咲です」
「ん?A組って、昨日いたか?」
自分と同じクラスであれば、お互い覚えているはずである。いや、拓斗が覚えていないだけだったとしても、昨日は模擬戦があった。拓斗は皆んなの前でバックアップとして見られていたハズであり、咲が覚えていないのはおかしい。何より、"く"から始まるならあずさの前の席だ。自分が気づかないはずがない。
「・・昨日は行っていません」
「体調が悪かったのか?」
「ま、まぁそんな所です」
怪しい・・拓斗の質問に、咲は明らかに動揺している。
さて、どうしたものかと考えていると、伊波が声をかけた。
「九頭龍さん。良かったら一緒に行かない?あまりゆっくりしてると、遅刻しちゃうよ」
「しし、仕方がない。好きにするがいいわ!後、咲って呼んでいいわよ」
「じゃぁ咲ちゃん。私達も呼び捨てで構わないわ」
右手をバッと伊波に差し出しながら、咲は顔を赤くしていた。どうやら手を繋ごうという意味らしい。伊波は優しく微笑むと、その手を握って改札をくぐる。微笑ましい光景を見ながら、拓斗は無言で後に続いた。
ーーーーーーーー
あずさ達と合流し、お互い自己紹介する。
あずさも香菜もフレンドリーな性格なので、直ぐにうちとけたようだ。あずさと咲と香菜。伊波と拓斗の並びで登校する。
「ねぇ咲?変な事聞いちゃうかもだけど」
「変な事?何ですか、セクハラですか?すいませんがさっきあったのでもう充分です」
「あははは。違う違う。もしかして、咲って学年2位のあの咲じゃないよね?」
「おぉ!?何で香菜が知っているんですか?まさかストーカーさんですか」
『・・・』
香菜と咲の会話を聞いて、固まってしまう。
学年ランキングはあずさや香菜、伊波も当然知っている。ランキン上位者は有名人だ。当然、名前は知っていたが、まさか学年2位の九頭龍咲だとは思っていなかった。偶然、同じ名前なのかと思っていたが、人は見かけによらないとはこの事を言うのかと、四人は思っていた。
「何してるんですか?遅刻しちゃいますよ!」
「さ、咲ちゃん!そっちは違う道だよ!」
「・・・・知ってたし」
本当に、人を見かけで判断してはいけないなと、顔を赤くしている咲を見ながら、四人は思っていた。
ーーーーーーーー
【3】
学校に到着し、それぞれの教室に向かう。といっても、あずさ、咲、拓斗はA組。伊波と香菜はB組であり、向かう方向は同じである。
クラスに着くと、咲は皆んなからの視線を集めた。
昨日いなかった人物が教室に入ってきて、席に鞄を置いて座りだしたら、注目されても仕方がない。
「超可愛くない?」「誰かの妹かと思っちゃた」
周りの女子達はそんな会話をしている。まぁ、気持ちは分からなくはない。拓斗自身、幼稚園生か、低学年の子供かが迷子になっていると思い、声をかけたのだから。
どうやら、あずさの前の席のようだ。
何故昨日、この席が空いていた事に気がつかなかったのか・・。拓斗がそんな事を考えていると、授業開始のチャイムが鳴った。
「うぃーす。おっ?咲も来たな。良し、勇樹とあゆみは任務でいないが、全員揃ったな!」
祐美子が扉を開け、咲を見ながら教卓の前に移動する。
朝はHRから始まる。
出席確認があり、連絡事項などが共有され、少しの休憩の後、1時間目が始まる。
この辺は他の学校となんら変わりはない。
しかし、担任によってはHRの内容が少し変わってくる。
「・・勇樹とあゆみは欠席と。うむ。連絡事項と言っても特にない。この後はオリエンテーションで各クラブの説明があるから、あずさと拓斗に後は任せるとして、やべーな。時間が余ったぞ」
何をどう任せるのだろうか・・まぁ、学級委員長のあずさが知っているだろう。
「しょうがない。何か質問があるか?」
何をするか考えるのが面倒くさかったのか、ここまでで何か質問があればという、正当な理由があったのか・・おそらくは前者だろう。拓斗がそんな事を考えていると、一番前の席の男子生徒が手を挙げ祐美子に質問する。
「先生!テレポートやって見せてよ」
質問でも何でもない、ただのお願いであった。
しかし、祐美子は注意する事なく質問?に答えた。
「テレポートね・・まぁ丁度その話題が出た所で、少しその事に触れようか」
祐美子の答えもまた、違ったものである。
「あずさ、テレポートについて説明してみろ」
「は、はい!テレポートとは、時空間転移魔法の一つとされていて、時空魔法を得意とする魔法者のごく僅かな魔法者にしか使えない魔法です」
「うむ。使える魔法師は貴重とされている。では、テレポートはいつでも、どこでも使えるのだろうか?答えはノーだ。何故だか分かるかね?」
「・・・・」
クラスを沈黙が包み込む。拓斗は答えを持ち合わせているが、ここでは見を貫いた。
「おいおい全滅か?まぁいいか。知っての通り、魔法を発動する条件は大まかに言って3つある。1つは、言うまでもなく魔法力だ。2つ目は術に対する知識。3つ目はイメージだな。まぁMAGを必要とする魔法者もいるが、大体こんな所だな」
「・・・他のは分かりますが、イメージって何ですか?」
「イメージはイメージだよ和成。例えば、私は和成の部屋の中を知らない。だから、和成の部屋にテレポートしようと試みた所で、和成の部屋の中にはテレポートできない。逆に、私は自分の部屋を知っている。自分のベッドの形、色、大きさなどな。だから、自分がそのベッドの上に立つイメージがつかめる為、自分の部屋にはテレポートが使えるというわけだ」
淡々と語る祐美子の話しを、誰一人として聞き逃さなかった。時空魔法を得意としていない生徒にとっては、全くタメにならない話しなのかもしれない。しかし、未知なる好奇心に誰一人として、逆らえなかったのである。
「それじゃぁ、祐美ちゃんは寝坊しほうだいじゃん」
ちゃかすような声をあげた男子生徒に対し、祐美子は楽しそうに笑う。
「アッハハハ。そう出来ればいいが、そうもいかないんだよ。魔法には限られた距離がある。強度がある。持続時間がある。まぁ他にも色々あるが、例えば1㎞離れた場所にテレポートするのと、1m離れた場所にテレポートするのとでは、使用する魔法力や時間は異なる。これはテレポートに限った事ではない」
昨日あずさが見せた魔法"青き雷鳴"もそうだが、魔法を使用する際にはまず、術のイメージから入る。といっても何十回も使っていれば、スムーズに発動が可能だ。簡単に説明するならば、手から電撃を放つイメージを常日頃からもっているあずさと、初めて使う人とでは発動スピードが違うという事だ。
次に時間はそのままの意味で、遠く離れた相手に向かって放つ場合、当然時間がかかる。
また、その場合強度も変わってくる為、遠くに放つ魔法は強度を維持させる為、魔法力を多く使用する。
「さて、時空間転移魔法に似た魔法が存在する事を知っているかな?拓斗、分かるか」
「分かりません」
祐美子に質問された拓斗は、考える事すらせずに答えた。周りの男子生徒が、補欠にわかるわけないじゃんと話している声が聞こえたが、拓斗は特に気にしなかった。
「ふむ。では・・」
祐美子が説明しようとした所で、HR終了のチャイムが鳴った。
「続きは次回やるとして、体育館に集合しとけよ。あずさ、拓斗!後は任せた」
「は、はい!」「・・・はい」
体育館に集合して、何かしないといけないのだろうか?拓斗は少しの間をあけて返事を返した。
ーーーーーーーー
【4】
オリエンテーションは、特に何ごともなく終わった。クラブ紹介なのだから、何かが起こるはずもない。
その後、通常授業を受け、現在は放課後である。
昨日と同じメンバーで歩いて帰る。
咲は、昨日の件で話しがあると祐美子に呼ばれた為、ここにはいない。
「・・という魔法があるらしいんだけど、二人はわかる?」
「う〜ん。なんだろう・・伊波分かる?」
「残念ながら分かりません」
あずさは、祐美子が最後に質問した答えがわからず、香菜と伊波に質問していた。
「まぁ、先生もまた今度やるって言ってたし、悩んでも仕方がないんじゃないか」
「それもそうね・・。ねぇ香菜?クラブ入る?」
「そうだなぁ・・伊波は?」
そんな他愛の無い会話をしながら、四人は駅に向かうのであった。
ーーーーーーーー
自宅に着いてリビングに入ると、伊波から質問される。質問内容は、祐美子が質問した内容である。
「拓斗は本当に分からないのですか?」
「ん?あぁ、時空間転移魔法に似た魔法の存在か」
「そうです」
「そうだなぁ・・口で説明するのは、ちょっと難しいけどいいか?」
「大丈夫です!」
やはり知っていたんですね!と目を輝かせながら、伊波が近寄ってくる。
拓斗は、ソファーに腰掛けるように指示を出し、テニスボールを手に取ってから、伊波の隣に腰掛けた。
「さて、まずは確認だ。時空間転移魔法については、理解しているね?」
「・・・はい」
ちょっと自信無さげに返事をする伊波。拓斗は特に怒ったりせずに、説明に入る。
「ここにテニスボールがある。手の平に置いたテニスボールをあそこにあるゴミ箱に入れるとして、時空間転移魔法を使用する場合、このテニスボールが、あそこにあるゴミ箱の上に存在する事をイメージする」
拓斗の言葉をきちんと聞いて、テニスボールとゴミ箱を交互に見る伊波。拓斗が時空間転移魔法を唱えると、テニスボールがゴミ箱の上にテレポートし、ゴミ箱の中に落ちた。
「これが時空間転移魔法だというのは、理解しているだろう。では・・」
拓斗は立ち上がると、ゴミ箱の中のテニスボールを拾って、再び伊波の隣に腰掛けた。
「次は、時空間転移魔法じゃない方法で、あのゴミ箱に入れるとしよう」
そういうと、拓斗はテニスボールをポイっと投げて、ゴミ箱の中に入れた。
「・・・今のは魔法ですか?ただ投げただけにしか見えなかったんですが」
「ちょっと分かり辛かったかな?今の俺では使えない魔法だから投げたんだけど、なぁ伊波。投げないであのゴミ箱に入れるにはどうしたらいいだろうか?」
「・・・移動魔法」
「その通り。このテニスボールに移動魔法をかけて、ゴミ箱まで移動させれば、ゴミ箱の中に入る」
「・・・・?」
言われた事の意味が分からず、首をかしげる伊波。再び拓斗は立ち上がり、テニスボールを拾って、伊波の隣に腰掛けた。
「では、今のを移動魔法で移動させたと仮定して、話しを進めるとしよう。今の速さでは、ただボールがゆっくり移動しただけに見えるだろう。だが、ある魔法を足す事により、時空間転移魔法に似た魔法が二つ出来上がる」
「ふ、二つもですか!?」
拓斗の答えを聞いて、思わず声をあげる伊波。恥ずかしかったのか、頬を赤く染める伊波に、優しく微笑みながら、拓斗は答えを教えた。
「加速魔法と幻影魔法だよ。移動魔法と加速魔法を足す事により、人間の目には映らないスピードでボールを移動させれば、あたかもテレポートしたかのように見える。更に、幻影魔法でボールを人間の目には映らないようにする事により、ボールをゆっくり移動させたとして、ゴミ箱の上で幻影魔法が解ければ、あたかもテレポートしたかのように見える」
「た、確かに・・。それは、時空間転移魔法に似た魔法なのですか?」
伊波が質問した意味は、実際に目にした訳ではないので、時空間転移魔法に似た魔法ではないのではないのか?という意味ではない。
拓斗の説明を受け、想像し、それは時空間転移魔法ではないのか?と思ったからである。
「勘違いしてはいけないのが、時空間転移魔法はそれが存在しないという事だ。伊波。ゴミ箱の前に立ってくれ」
「は、はい」
それが存在しないとは、どういう事なのだろうか。拓斗に指示されたように、伊波はゴミ箱の前に立った。
「じゃぁ試してみようか。まずは時空間転移魔法でゴミ箱の中に、このボールを入れる・・伊波。ボールを取ってくれ」
「はい・・投げます」
「ありがとう。では次に移動魔法と加速魔法を使ったと仮定して、ゴミ箱の中にこのボールを入れる・・伊波、投げるぞ」
「・・あっ。そういう事ですね!」
ボールをキャッチした伊波は、嬉しそうに微笑みながら拓斗の元に戻る伊波。
「幻影魔法も同様に壁があった場合、ゴミ箱の中にこのボールは入れられない。時空間転移魔法に似たと表現されるのはその為だ」
「なるほどですね・・勉強になります」
「さて、そろそろご飯にしようか」
伊波がスッキリした所で、拓斗は着替える為に、自分の部屋へと戻って行った。
ーーーーーーーー
拓斗と伊波がそんな会話をしていた頃、とある場所では・・。
「クソ、クソ、クソガキがクソガキが。必ず殺してやる」
「よっと。おぉおぉ荒れてるねぇ」
「あぁん?誰だ・・ってお前は・・何で・・だ」
「何でって、そりゃぁお前、退治する為だろ」
「ふ、ふざけるなぁ!!クソがぁぁぁ!!」
「おぃおぃ。猪じゃないんだからさ、ちゃんと錬金術者らしくしてこいよなぁ。まぁつっても、錬金する触媒がここにはねぇかぁ。まぁいいか。ほらかかってきな」
それは、拓斗がブラックボールで飛ばした錬金術者と、1-A担任の藤峰祐美子との会話であった。
拓斗と伊波の朝はいつも通り始まった。
拓斗は起床すると、真っ先にカレンダーを確認し、リビングで伊波にどっちがいいかを質問される。テーブルを見て、今日はパンがいいと伊波に伝えてから席に着いた。
今日の朝食はスクランブルエッグにベーコンとレタス。伊波に飲み物は何がいいかを聞いて、グラスに注ぎ、朝はゆっくりと過ごす。登校時間になったら家を出るのがいつも通りの朝だ。
人間の脳は、ある一定の時間が断たないと働かない。また、朝食を取らないと、授業を受ける際に覚えが悪くなると言われている。
その為桐島家では、朝は早く起きて必ず朝食を取る事を徹底していた。
「・・・何ですか?」
「ん?あぁ、ごめんごめん。香菜やあずさと友達になれて良かったな」
拓斗に見られている事に気づいた伊波は、何か用でもあるのかと思い、拓斗にたずねた。伊波が喋りやすい状況まで待つつもりで見ていた拓斗は、じーっと見ていた事に気がつき、素直に謝罪する。
小学校時代の二人には、友人と呼べる人はいなかった。人口の減少に伴って、子供の人数は減っている。その為、小学校時代は一般の子供達の学校に通っていた。
授業内容が違う為、一緒に授業を受ける事はない。差別されていたとかではなく、単純に生徒の数が足りていなかったのだ。
当然、友人とは呼べなくても同級生はいたが、拓斗達の通う高校にいる生徒では拓斗達だけであった。受けていないのか、落ちたからなのかは分からないが、入学式の日に伊波に、友人が出来た事が拓斗にとって嬉しかった。
「友人と呼べるかな?」
「少なくとも、世間一般的に学校帰りにカフェやショッピングを一緒にする人の事は、友人と呼ぶんじゃないか?」
「そういうものですかね?」
「伊波自身はどうだ?二人は伊波にとって友人だと思わないか?」
「・・友人でありたいです」
「あぁ俺もそう思っている。大丈夫!皆んないい子だから」
皆んなには伊波も含まれていると、伊波はそう解釈し、思わず笑みがこぼれる。友達作りが苦手な兄妹。といっても、気にしているのは伊波だけで、拓斗は特に気にしていない。その為、友人とは?といったものに、自信を持って答える事が出来ないのであった。
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昨日とは違い、あずさと香菜の朝もゆっくり始まった。昨日は入学式という一大イベントに、緊張してしまっまあずさが寝坊(寝坊といっても、寝癖が酷かっただけ)しただけであり、基本的に朝はゆっくり始まる。
「香菜〜」「ほい」
「あずさー」「うぃ」
台所に二人で立ち、阿吽の呼吸で次々と料理を仕上げていく。特に何も言わなくても相手の名前を呼ぶと、欲しいものを渡してくれる。仲が良いからこそ出来る事である。
料理を並べて席に着き、朝食を取る二人。
丁度、拓斗達が食べ終わっている頃であった。
「いった・だ・きま〜す」
「コラ香菜!ちゃんとしないとダメ!感謝の気持ちとか、色々意味があるんだからね」
「ごめん、ごめん。いただきます」
きちんと両手を合わせ、言い直した香菜を見て、あずさも両手を合わせた。
「昨日買ったエプロン。可愛いじゃん」
「香菜のも可愛いわよ」
拓斗と別れた後、伊波を連れてショッピングで買ったエプロンを二人は早速使っていた。
伊波はシンプルな茶色いエプロン。
香菜もシンプルな水色のエプロン。当初、青いエプロンを買うつもりだったが、ちょっと重たい気がした為、水色にした。
流石に金色のエプロンは売っておらず(売ってても買ったかは分からない)向日葵がプリントされた、薄い黄色のエプロンをあずさは購入していた。
「伊波や拓斗とも仲良くやっていけそうだし、いやぁ友達が早くも出来て安心したよ」
「香菜。分かっているとは思うけど」
「分かってるって。私がMAGを作れる事は、あずさとだけの秘密だろ?」
「分かっているならいい。例え仲良くなっても、これだけは譲れないわ」
友人なら全てを打ち明けるべきか?そうではない。知ってはいけない事というものは、確かに存在する。
香菜は魔法者であり、あずさは科学者だ。
通常、魔法者である香菜はMAGを作れないはずなのだが、香菜はMAGを作れるし調整もできる。
現に、あずさが身につけている指輪は、香菜が作った物であり、調整も香菜がしている。
この事がもし、バレてしまったらと考えると、身体が震えてしまう。
香菜は病院か施設に監禁されるだろう。そして、パートナーである自分も、同じ運命を辿る事になるかもしれない。
「一応、技術を選択して、カモフラージュはするつもりだけどね」
「なら、私も技術を選択するわ」
「あずさの場合は、カモフラージュじゃないけどね」
「フ、フン!今年中には一人でも作れるようになるわよ」
あずさはMAG作りを苦手としている。苦手としているだけで作れない訳ではない。
作る為の工程、仕組み、材料などは完璧に理解していると自信をもって言える。
しかし、彼女の体内から発している微力な電磁波が、作業に支障を起こしてしまうのだ。
その為、香菜に手伝ってもらいながらなら、作る事が可能であり、現に香菜が身につけているMAGは、あずさが作ったものである。
香菜がMAGを作れる理由はわからないし、調べる事は不可能だと考えている。調べる為にはあずさと香菜だけでは限界があり、調べると色々な意味で危険だと感じている為、決して調べようとはしない。恐らくはあずさの手伝いをしている為に、起きた事だと仮定している。
拓斗と伊波同様彼女達もまた、人には言えない悩みを抱えているのであった。
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【2】
朝食を済ませ、駅まで歩く拓斗と伊波。
昨日とは違い、電車を利用する。
タクシーじゃないのは、お金がないなどといった理由ではなく、あずさ達と昨日伊波が約束をした為であった。
拓斗達の自宅から、学校の駅までは二駅。あずさ達の自宅から、学校の駅までは一駅。学校の駅に着く時間を聞いて、待ち合わせをしているのだ。
駅まで歩く道中、伊波から注意を受ける拓斗。
「お兄ちゃん。分かっていると思いますが、完璧な時間は学校では使わない方がいいですよ」
「そうだろうね。一応補欠という事で入学しているし、あれを人に見られるのはマズイ」
「テレポートもですよ?」
「あぁ、大丈夫だ。心配するな」
そんな会話をしながら歩いていると、駅の近くについた。人が多い為、会話を中断する二人。
駅に着くと、キョロキョロしているピンク色の長い髪をした幼女らしき人が見えた。
幼女らしきと表現したのは、膝下まで伸びている髪型からそう判断したからだ。
迷子かと思い、拓斗は声をかける。
「ねぇ君一人?もしかして迷子かな」
相手が怖がらないように優しく、その子の目線の高さに合わせるようにかがみこんでから、喋りかける拓斗。
声をかけられた少女は、バッっと振り向いて、拓斗の質問に答えた。
「何ですか?悪いんですが、ナンパなら他所でやって下さい」
「・・・あ、いや、ナンパじゃないんだけど」
「違うなら何ですか?もしかして誘拐犯ですか?ごめんなさい。それも間に合ってます」
「・・・・」
間に合ってるということは、現在誘拐されているということだろうか?というよりこの子、同じ学年なのか・・。
ペコリと頭を下げる少女を見ると、伊波と同じ制服に、1年生である証の、青いリボンをしている事に気がついた。
女子生徒は、紐を蝶々結びにしてリボンを作るのだが、色によって学年を示している。
男子生徒は、胸元にバッジをつける事によって学年を示している。
学校側としては、女子生徒もバッジにしたいと考えていたらしいのだが、胸元にバッジというのに、反対の意見が多かった為、現在のように紐になっている。
胸元にバッジをする事に、抵抗の声があがった理由は男の拓斗には分からないし、正直どうでもいい。それよりもこの少女の誤解を解く必要がある。拓斗はそう判断し、再び喋りかけた。
「ナンパでも誘拐犯でもないよ。朝から制服を着て、そんな事をするヤツはいないだろう?」
「失礼ですがナンパも誘拐も、制服でする人は存在するかと思われます」
「・・・た、確かにそうかもしれないが、確率的には少ないだろ」
「確率が0ではないと!つまり今日がその日だという事なのですね!」
「・・・伊波」
ビシっと右手人差し指を向けられ、頭痛を覚えた拓斗は、二人のやり取りを見てクスクス笑う伊波に助けを求めた。
「おはようございます。私は1年B組の桐島伊波といいます。こっちは兄の桐島拓斗で1年A組よ」
「・・・1年A組九頭龍咲です」
「ん?A組って、昨日いたか?」
自分と同じクラスであれば、お互い覚えているはずである。いや、拓斗が覚えていないだけだったとしても、昨日は模擬戦があった。拓斗は皆んなの前でバックアップとして見られていたハズであり、咲が覚えていないのはおかしい。何より、"く"から始まるならあずさの前の席だ。自分が気づかないはずがない。
「・・昨日は行っていません」
「体調が悪かったのか?」
「ま、まぁそんな所です」
怪しい・・拓斗の質問に、咲は明らかに動揺している。
さて、どうしたものかと考えていると、伊波が声をかけた。
「九頭龍さん。良かったら一緒に行かない?あまりゆっくりしてると、遅刻しちゃうよ」
「しし、仕方がない。好きにするがいいわ!後、咲って呼んでいいわよ」
「じゃぁ咲ちゃん。私達も呼び捨てで構わないわ」
右手をバッと伊波に差し出しながら、咲は顔を赤くしていた。どうやら手を繋ごうという意味らしい。伊波は優しく微笑むと、その手を握って改札をくぐる。微笑ましい光景を見ながら、拓斗は無言で後に続いた。
ーーーーーーーー
あずさ達と合流し、お互い自己紹介する。
あずさも香菜もフレンドリーな性格なので、直ぐにうちとけたようだ。あずさと咲と香菜。伊波と拓斗の並びで登校する。
「ねぇ咲?変な事聞いちゃうかもだけど」
「変な事?何ですか、セクハラですか?すいませんがさっきあったのでもう充分です」
「あははは。違う違う。もしかして、咲って学年2位のあの咲じゃないよね?」
「おぉ!?何で香菜が知っているんですか?まさかストーカーさんですか」
『・・・』
香菜と咲の会話を聞いて、固まってしまう。
学年ランキングはあずさや香菜、伊波も当然知っている。ランキン上位者は有名人だ。当然、名前は知っていたが、まさか学年2位の九頭龍咲だとは思っていなかった。偶然、同じ名前なのかと思っていたが、人は見かけによらないとはこの事を言うのかと、四人は思っていた。
「何してるんですか?遅刻しちゃいますよ!」
「さ、咲ちゃん!そっちは違う道だよ!」
「・・・・知ってたし」
本当に、人を見かけで判断してはいけないなと、顔を赤くしている咲を見ながら、四人は思っていた。
ーーーーーーーー
【3】
学校に到着し、それぞれの教室に向かう。といっても、あずさ、咲、拓斗はA組。伊波と香菜はB組であり、向かう方向は同じである。
クラスに着くと、咲は皆んなからの視線を集めた。
昨日いなかった人物が教室に入ってきて、席に鞄を置いて座りだしたら、注目されても仕方がない。
「超可愛くない?」「誰かの妹かと思っちゃた」
周りの女子達はそんな会話をしている。まぁ、気持ちは分からなくはない。拓斗自身、幼稚園生か、低学年の子供かが迷子になっていると思い、声をかけたのだから。
どうやら、あずさの前の席のようだ。
何故昨日、この席が空いていた事に気がつかなかったのか・・。拓斗がそんな事を考えていると、授業開始のチャイムが鳴った。
「うぃーす。おっ?咲も来たな。良し、勇樹とあゆみは任務でいないが、全員揃ったな!」
祐美子が扉を開け、咲を見ながら教卓の前に移動する。
朝はHRから始まる。
出席確認があり、連絡事項などが共有され、少しの休憩の後、1時間目が始まる。
この辺は他の学校となんら変わりはない。
しかし、担任によってはHRの内容が少し変わってくる。
「・・勇樹とあゆみは欠席と。うむ。連絡事項と言っても特にない。この後はオリエンテーションで各クラブの説明があるから、あずさと拓斗に後は任せるとして、やべーな。時間が余ったぞ」
何をどう任せるのだろうか・・まぁ、学級委員長のあずさが知っているだろう。
「しょうがない。何か質問があるか?」
何をするか考えるのが面倒くさかったのか、ここまでで何か質問があればという、正当な理由があったのか・・おそらくは前者だろう。拓斗がそんな事を考えていると、一番前の席の男子生徒が手を挙げ祐美子に質問する。
「先生!テレポートやって見せてよ」
質問でも何でもない、ただのお願いであった。
しかし、祐美子は注意する事なく質問?に答えた。
「テレポートね・・まぁ丁度その話題が出た所で、少しその事に触れようか」
祐美子の答えもまた、違ったものである。
「あずさ、テレポートについて説明してみろ」
「は、はい!テレポートとは、時空間転移魔法の一つとされていて、時空魔法を得意とする魔法者のごく僅かな魔法者にしか使えない魔法です」
「うむ。使える魔法師は貴重とされている。では、テレポートはいつでも、どこでも使えるのだろうか?答えはノーだ。何故だか分かるかね?」
「・・・・」
クラスを沈黙が包み込む。拓斗は答えを持ち合わせているが、ここでは見を貫いた。
「おいおい全滅か?まぁいいか。知っての通り、魔法を発動する条件は大まかに言って3つある。1つは、言うまでもなく魔法力だ。2つ目は術に対する知識。3つ目はイメージだな。まぁMAGを必要とする魔法者もいるが、大体こんな所だな」
「・・・他のは分かりますが、イメージって何ですか?」
「イメージはイメージだよ和成。例えば、私は和成の部屋の中を知らない。だから、和成の部屋にテレポートしようと試みた所で、和成の部屋の中にはテレポートできない。逆に、私は自分の部屋を知っている。自分のベッドの形、色、大きさなどな。だから、自分がそのベッドの上に立つイメージがつかめる為、自分の部屋にはテレポートが使えるというわけだ」
淡々と語る祐美子の話しを、誰一人として聞き逃さなかった。時空魔法を得意としていない生徒にとっては、全くタメにならない話しなのかもしれない。しかし、未知なる好奇心に誰一人として、逆らえなかったのである。
「それじゃぁ、祐美ちゃんは寝坊しほうだいじゃん」
ちゃかすような声をあげた男子生徒に対し、祐美子は楽しそうに笑う。
「アッハハハ。そう出来ればいいが、そうもいかないんだよ。魔法には限られた距離がある。強度がある。持続時間がある。まぁ他にも色々あるが、例えば1㎞離れた場所にテレポートするのと、1m離れた場所にテレポートするのとでは、使用する魔法力や時間は異なる。これはテレポートに限った事ではない」
昨日あずさが見せた魔法"青き雷鳴"もそうだが、魔法を使用する際にはまず、術のイメージから入る。といっても何十回も使っていれば、スムーズに発動が可能だ。簡単に説明するならば、手から電撃を放つイメージを常日頃からもっているあずさと、初めて使う人とでは発動スピードが違うという事だ。
次に時間はそのままの意味で、遠く離れた相手に向かって放つ場合、当然時間がかかる。
また、その場合強度も変わってくる為、遠くに放つ魔法は強度を維持させる為、魔法力を多く使用する。
「さて、時空間転移魔法に似た魔法が存在する事を知っているかな?拓斗、分かるか」
「分かりません」
祐美子に質問された拓斗は、考える事すらせずに答えた。周りの男子生徒が、補欠にわかるわけないじゃんと話している声が聞こえたが、拓斗は特に気にしなかった。
「ふむ。では・・」
祐美子が説明しようとした所で、HR終了のチャイムが鳴った。
「続きは次回やるとして、体育館に集合しとけよ。あずさ、拓斗!後は任せた」
「は、はい!」「・・・はい」
体育館に集合して、何かしないといけないのだろうか?拓斗は少しの間をあけて返事を返した。
ーーーーーーーー
【4】
オリエンテーションは、特に何ごともなく終わった。クラブ紹介なのだから、何かが起こるはずもない。
その後、通常授業を受け、現在は放課後である。
昨日と同じメンバーで歩いて帰る。
咲は、昨日の件で話しがあると祐美子に呼ばれた為、ここにはいない。
「・・という魔法があるらしいんだけど、二人はわかる?」
「う〜ん。なんだろう・・伊波分かる?」
「残念ながら分かりません」
あずさは、祐美子が最後に質問した答えがわからず、香菜と伊波に質問していた。
「まぁ、先生もまた今度やるって言ってたし、悩んでも仕方がないんじゃないか」
「それもそうね・・。ねぇ香菜?クラブ入る?」
「そうだなぁ・・伊波は?」
そんな他愛の無い会話をしながら、四人は駅に向かうのであった。
ーーーーーーーー
自宅に着いてリビングに入ると、伊波から質問される。質問内容は、祐美子が質問した内容である。
「拓斗は本当に分からないのですか?」
「ん?あぁ、時空間転移魔法に似た魔法の存在か」
「そうです」
「そうだなぁ・・口で説明するのは、ちょっと難しいけどいいか?」
「大丈夫です!」
やはり知っていたんですね!と目を輝かせながら、伊波が近寄ってくる。
拓斗は、ソファーに腰掛けるように指示を出し、テニスボールを手に取ってから、伊波の隣に腰掛けた。
「さて、まずは確認だ。時空間転移魔法については、理解しているね?」
「・・・はい」
ちょっと自信無さげに返事をする伊波。拓斗は特に怒ったりせずに、説明に入る。
「ここにテニスボールがある。手の平に置いたテニスボールをあそこにあるゴミ箱に入れるとして、時空間転移魔法を使用する場合、このテニスボールが、あそこにあるゴミ箱の上に存在する事をイメージする」
拓斗の言葉をきちんと聞いて、テニスボールとゴミ箱を交互に見る伊波。拓斗が時空間転移魔法を唱えると、テニスボールがゴミ箱の上にテレポートし、ゴミ箱の中に落ちた。
「これが時空間転移魔法だというのは、理解しているだろう。では・・」
拓斗は立ち上がると、ゴミ箱の中のテニスボールを拾って、再び伊波の隣に腰掛けた。
「次は、時空間転移魔法じゃない方法で、あのゴミ箱に入れるとしよう」
そういうと、拓斗はテニスボールをポイっと投げて、ゴミ箱の中に入れた。
「・・・今のは魔法ですか?ただ投げただけにしか見えなかったんですが」
「ちょっと分かり辛かったかな?今の俺では使えない魔法だから投げたんだけど、なぁ伊波。投げないであのゴミ箱に入れるにはどうしたらいいだろうか?」
「・・・移動魔法」
「その通り。このテニスボールに移動魔法をかけて、ゴミ箱まで移動させれば、ゴミ箱の中に入る」
「・・・・?」
言われた事の意味が分からず、首をかしげる伊波。再び拓斗は立ち上がり、テニスボールを拾って、伊波の隣に腰掛けた。
「では、今のを移動魔法で移動させたと仮定して、話しを進めるとしよう。今の速さでは、ただボールがゆっくり移動しただけに見えるだろう。だが、ある魔法を足す事により、時空間転移魔法に似た魔法が二つ出来上がる」
「ふ、二つもですか!?」
拓斗の答えを聞いて、思わず声をあげる伊波。恥ずかしかったのか、頬を赤く染める伊波に、優しく微笑みながら、拓斗は答えを教えた。
「加速魔法と幻影魔法だよ。移動魔法と加速魔法を足す事により、人間の目には映らないスピードでボールを移動させれば、あたかもテレポートしたかのように見える。更に、幻影魔法でボールを人間の目には映らないようにする事により、ボールをゆっくり移動させたとして、ゴミ箱の上で幻影魔法が解ければ、あたかもテレポートしたかのように見える」
「た、確かに・・。それは、時空間転移魔法に似た魔法なのですか?」
伊波が質問した意味は、実際に目にした訳ではないので、時空間転移魔法に似た魔法ではないのではないのか?という意味ではない。
拓斗の説明を受け、想像し、それは時空間転移魔法ではないのか?と思ったからである。
「勘違いしてはいけないのが、時空間転移魔法はそれが存在しないという事だ。伊波。ゴミ箱の前に立ってくれ」
「は、はい」
それが存在しないとは、どういう事なのだろうか。拓斗に指示されたように、伊波はゴミ箱の前に立った。
「じゃぁ試してみようか。まずは時空間転移魔法でゴミ箱の中に、このボールを入れる・・伊波。ボールを取ってくれ」
「はい・・投げます」
「ありがとう。では次に移動魔法と加速魔法を使ったと仮定して、ゴミ箱の中にこのボールを入れる・・伊波、投げるぞ」
「・・あっ。そういう事ですね!」
ボールをキャッチした伊波は、嬉しそうに微笑みながら拓斗の元に戻る伊波。
「幻影魔法も同様に壁があった場合、ゴミ箱の中にこのボールは入れられない。時空間転移魔法に似たと表現されるのはその為だ」
「なるほどですね・・勉強になります」
「さて、そろそろご飯にしようか」
伊波がスッキリした所で、拓斗は着替える為に、自分の部屋へと戻って行った。
ーーーーーーーー
拓斗と伊波がそんな会話をしていた頃、とある場所では・・。
「クソ、クソ、クソガキがクソガキが。必ず殺してやる」
「よっと。おぉおぉ荒れてるねぇ」
「あぁん?誰だ・・ってお前は・・何で・・だ」
「何でって、そりゃぁお前、退治する為だろ」
「ふ、ふざけるなぁ!!クソがぁぁぁ!!」
「おぃおぃ。猪じゃないんだからさ、ちゃんと錬金術者らしくしてこいよなぁ。まぁつっても、錬金する触媒がここにはねぇかぁ。まぁいいか。ほらかかってきな」
それは、拓斗がブラックボールで飛ばした錬金術者と、1-A担任の藤峰祐美子との会話であった。
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