魔法×科学の時間旅行者
入学編 中 (1/4)
【1】
1時間目の授業が終わり、体育服に着替える為に教室に戻る生徒達。
模擬戦で負けてしまった拓斗とあずさはトボトボと歩いていた。最も、気にしているのはあずさだけであり、拓斗は気にしていない。気にしていない理由をあげるならば、模擬戦のパートナーになった最大の理由は、あずさの気持ちに答えようと思ったからであり、科学者を馬鹿にした山本を倒したいとまでは考えていないからである。また、最小の理由として、付け焼き刃のペアで勝てる相手ではないからであった。考え方は人それぞれであるからと考えているからそこまで落ちこまないのだが、どうやらあずさは違うらしい。これもまた、考え方は人それぞれなのだから拓斗が注意する事ではないと考えているのだが、隣で落ち込んだ姿を見せられると、どうも申し訳なく思えてくる。
「・・な、なぁあずさ。そんなに気にするなよ」
「・・解っているわよ。で、でも・・」
科学者は科学者らしく。
あずさにとってこの言葉は何より許せない言葉なのだろう。
「・・ありがとう」
「ん?あぁ。どういたしまして」
慰めてくれてありがとう。パートナーになってくれてありがとう。どちらの意味なのかは分からない拓斗であったが、どういう意味なのかを聞くのは失礼であると考えた。
「実際、拓斗は良くやってくれてたしね。さ、行きましょうか」
どうやら自分の中で、気持ちに折り合いがついたようだ。いきなり模擬戦をやらされ、パートナーは急遽決まったが、向こうはずっと一緒に戦ってきたパートナーなのだから、今回は仕方がないと。いつものように笑顔を見せる彼女に、拓斗は心の中で謝罪した。
本当の力を見せられなくてすまない、と。
___________
「クソ!あんなヤツにこの俺が・・」
「ゆ、ゆう君ダメです。血が出てるじゃないですか」
とある調整室の一室で、山本勇樹は壁を殴りつけていた。
そんな山本の姿に、慌てて駆け寄るあゆみ。
彼達は、あゆみの補給に来ていた。
「ああん?大体お前がだらしないから5ポイントも取られたんだろうが。後、幼馴染だからってゆう君って呼ぶな」
「しょうがないじゃないですかぁ。ゆう君が全く補給してくれないから、使える魔法が限られていたんですからね。後、幼馴染でダメって事は、彼女ならいいって・・わぁぁ」
「いいからさっさと脱いで横に寝ろ」
ベットに押し倒され、顔を赤くするあゆみ。
しかし、山本は全くあゆみの方を見ていなかった。
プーっと頬を膨らますあゆみであったが、時間は限られている。
制服を脱ぎ、下着の紐をほどいてうつ伏せに寝ると、準備ができたと声をかける。
とても大きな硬い手が、背中にあたる。
「確かに久しぶりか・・任務がなければな・・フン。悪かったよ」
「・・・・ん・・・に・・ん・・むならハァ・・仕方が・・・ない・・よ」
「結構減ってるか・・もう少しだな」
「・・・・・・・・あ」
久しぶりの補給は時間がかっかた。
声にならない声をあげないように両手で口を抑え、あゆみは我慢するのに苦労させられてしまうであった。
_______
「香菜!悪いんだけどちょっといい?」
休み時間とはいえ、後少しで授業は始まってしまう。声をかけられた香菜は、自分の机の上に調整中の札を置き、オッケーと声をかけた。
こうやって、授業に遅れる理由を残すのだ。
魔法力は命の危機に関係している。
その為、授業なんぞより、そっちを優先してくれというのが、学校の方針である。
これなら、拓斗と伊波、あずさと香菜のように、クラスが違っても問題はない。
あずさと香菜を見ていた伊波は、拓斗に目を向ける。
「・・・い、伊波。俺もいいか?」
「はい!」
魔法者はMAGに不具合がないか、MAGに補給が必要ないかを科学者に見てもらえるのだが、拓斗はあまり戦闘には参加していない。その為、別に見てもわらなくても大丈夫なのだが、一瞬伊波の目が光って見えた拓斗は、少しの間をあけて伊波を呼んだ。
香菜同様、伊波もまた、机の上に調整中の札を置いて調整室へと足を運ぶのであった。
ーーーーーー
調整室に着くと、一つは使用中であった。
「多分、勇樹とあゆみじゃないかな」
「フン。でしょうね。香菜!こっちを使いましょう」
そういうと、二人は隣の部屋に入っていった。
ここで突っ立っているのも変だし、一応伊波にMAGを見てもらう事にした拓斗は、伊波を連れて調整室に入っていった。
「ほらほら。脱いだ脱いだ!」
「じ、自分でやるわよって、ああ!こ、こら香菜」
香菜はあずさの首辺りにある青くて細長い紐を、ピュっと引っ張った。可愛らしく蝶々結びにしていたリボンを解き、制服のボタンを外しにかかる香菜に対し、あずさは抗議する。
「女の子同士なんだから気にしない。相変わらず成長しない胸も気にしなって、ジョークジョーク」
ちょっと調子に乗り過ぎたようだ。目の前でバチバチなる音を聞いて、香菜は両手を挙げてあずさをなだめる。
「どう、どう、じゃないわよ全くもぉ」
「ハハハ。でも良かった。もっと落ち込んでるかと思ってとから」
「フ、フン。私ももう高校生よ」
話題をすり替えられた形であったが、あずさを心配して、ワザとちょっかいを出してきた香菜の心遣いが嬉しく、頬を赤くした。実際は、さっきまで落ち込んでいたのだが、それは口にはしない。
「でもさ、ダブルマウンテンを相手に良くやった方なんじゃない」
ダブルマウンテンとは、山本勇樹と山田あゆみの二人の山という漢字からつけられた通り名である。
「二人の前で、それは言わない方がいいわよ」
「勇樹の中では、ダサイネーミングだって言ってたしねっと」
「そう・・ん・・ね」
あずさの背中に手を置き、魔法力を補給する香菜。
「あずさ可愛い♡」
「う、うるひゃい!!」
「あははは。怒らない怒らない。それにしても、彼、相当やるね」
「・・・えぇ。でも補欠って言ってたわ」
「マジで!?嘘・・だよね?」
香菜が誰の事を話しているのかを、正確に理解したあずさの返しに、香菜は驚きの声をあげる。
彼は相当やる。
元々、小学校からの付き合いである山本勇樹の事は、強いとお互い認識している。今更、相当やると言う必要などないのだから、ここで言う彼とは、桐島拓斗のことだろうとあずさは思った。
また、あずさ自身も相当な腕前だと思っていたから直ぐに、彼=拓斗だと連想させられた。
「周りの生徒達は、やっぱり補欠だとかって言ってたけど」
「あの二人を前にしてポイントを取られないのはおかしい」
「・・・ひゃっ!?も、もう香菜!!」
「あっ、ごめんごめん。あずさ」
「な、何よ」
「やっぱり可愛い」
「し、知らない!!」
二人の意識から、拓斗の事が消える。
模擬戦の為に失ったあずさの魔法力を補給するのに、少しの時間がかかっていた。
ーーーーーーーー
「い、伊波?自分で出来るぞ?」
「いえ。いつもの事ですし、私の仕事を取らないで下さい」
伊波の仕事はMAGの調整であり、決して調整前の事は仕事に入らないはずでは?と拓斗は考えながら、伊波の後頭部を見ていた。
拓斗と伊波が部屋に入り、拓斗が制服の上着を脱いでベットに腰掛けると、伊波が拓斗のワイシャツのボタンを外し始めたのだ。
拓斗は知らないが、隣では香菜があずさのリボンをほどいている時である。
伊波の言う通り、いつもの事であるのだが、自分達はもう高校生だ。小学校時代とは違う。
しかし、それを言ってしまうと言う事は、それを意識していると誤解されかねない。
別にやましい行為(好意)はないのだから、伊波の好きにさせようと拓斗は考えた。
「いつも悪いな」
「お互い様です」
ボタンを外し、拓斗の腹筋が目に入る。腹筋は引き締まっており、ちょっとした割れ目がある。腹筋から少し視線を上に逸らすと、お目当てのMAGが目に入る。
拓斗のMAGは、ネックレス型であり、ネックレスは十字架である。十字架に翼とハートがついた可愛いらしいネックレスだ。
男の拓斗としては、ちょっと恥ずかしいネックレスなのだが、服を脱ぐ機会もあまりないので別に気にはしていない。
伊波はネックレスを右手で持ち上げ、左手で丸を作って観察する。
丸といっても、全部の指を使うのではなく、親指、人差し指、中指でだ。
観察しながら、伊波が話しかけてきた。
「拓斗。少し気づかれてしまったのではないですか?」
「・・・何がだ?」
普通であれば、お兄ちゃんと呼べと注意する所なのだが、今は調整中であり、伊波の意識を逸らす事はマズイ。調整室は二人っきりだし、女の子が服を脱ぐ為、監視カメラや盗聴器もない。
拓斗と伊波のような兄妹とは違い、一般の男女が調整室を使用する場合、そういう行為を懸念する声もあるが、そういう行為は危険だと全員が理解している為、こうやって生徒同士の使用が可能となっているのだ。
先ほど、机の上に調整中の札を置いたのも、調整室の申請の一部であり、魔法者同士、科学者同士での使用は禁止されている。嫌、使用できない。
「ポイントをほとんど取らないのは解りますが、ポイントを取られないというのは、どうでしょう?」
「う〜ん。難しい質問だね。けど、アタッカーである山本は、俺を無視していたし、あゆみと呼ばれていたバックアップの子の魔法も威力がなかったから、ポイントを取られる=ワザと取られたと、勘違いされても困るからね」
実際に、山本は格下だと侮り、全く攻撃を仕掛けてこなかった。また、あゆみはあまり魔法力がなく、強い魔法を使ってこなかった。
「あゆみの魔法は大したことがなかったですか?」
「ん?あぁ。彼女はおそらく、魔法力を補給していなかったんじゃないかな。実際、おそらく今もまだ補給中だろうからね」
伊波から見て、あゆみの魔法は大したことがなくはなかった。しかし、それを全く動じる事なく大したことがないと言い切る拓斗の言葉に、伊波は、我が事のように喜んだ。
「しばらくは補欠らしく振る舞うと言っていましたが、あれぐらいなら大丈夫かもしれませんね」
「心配かけてすまないな」
「い、いえ!?」
優しく微笑んで、優しく伊波の頭に手を置くと、伊波の耳がみるみる赤くなった。調整は終わっている。しかし、伊波は顔をあげられない。しばらく伊波は、調整したフリを続ける羽目に陥いるのであった。
ーーーーーーーー
調整室を出た拓斗と伊波は、ばったり廊下で山本とあゆみに出会っていた。あゆみの身体が赤く、息遣いが荒い事はスルーすると決め込んでいた拓斗であったが、そんな拓斗にあゆみから声がかけられた。
「あ、あの!き、桐島君」
「拓斗でいいよ。桐島だと妹と混合しちゃうだろうから」
「え?え?妹さん?は、初めまして、山田あゆみと言います。お、お兄さんとはク、クラスメイトでして」
「おぃおぃあゆみ。補欠なんぞに構ってんじゃねぇぞ」
「ゆ、ゆう君!!ご、ごめんなさい。気を悪くしないで下さい」
「あぁ気にしてないよ。事実は事実だからね。伊波。同じクラスの山本勇樹と山田あゆみさんだ」
「あ、あゆみでいいです」
「初めまして。桐島伊波です。香菜と同じクラスです。私もあゆみと呼んでもいいですか?」
「へ〜香菜ちゃんと同じクラスなんだ。あっ!もちろんあゆみって呼んで」
「オイあゆみ。俺はもう行くぞ」
軽い自己紹介をしていると、あずさ達が入っていた調整室の扉が開いた。
「フン。次は負けないから」
「ケッ!じゃぁな」
「ごめんねあずさちゃん。でもさっきまで悔しがってい」
「あゆみ!!!!」
「は、はい!ま、待ってよゆう君。ごめん。また今度ね」
あゆみはそう言うと、ポケットに手を突っ込みながらスタスタ歩く山本の後を追って行くのであった。
ーーーーーーーー
【2】
調整が終わり、その後は体育の授業を受ける拓斗達なのだが、山本とあゆみの姿は見当たらなかった。あずさにその事をたずねると、首を小さく左右に振った。どうやら知らないようだ。
その後は特に大きな問題も起きず、後は下校するだけとなったのだが、小さな問題が起こってしまう。
「みんなすまん!」
帰りのHRの時であった。
いきなり、担任が教卓に額をつけながら、謝罪をしてきたのであった。
朝と同じように、静まり返る教室内。
またしても、朝と同じように、前の席に座っていた女生徒が、どうしたのかと声をかける。
「いやぁ悪い。今日って午前授業なんだな」
『え?』
言っている意味がわからなかった。入学式の日は午前中だけというのが、普通ではないのだろうか。
「いやぁてっきり、通常授業だと勘違いしててさ、やる事残ってんだわ」
アハハーと笑う担任。固まる生徒達。
つまり何が言いたいのだろうか。
「ここは私を助けると思って、な?」
『はーー!?』
巻き起こるブーイングの嵐。
とりあえず、どういうことなのかを聞こうと提案した生徒の意見を採用し、先生の話しを聞く事になった。どうやら朝、自己紹介の後にやらないといけない事があったらしい。また、2年、3年、4年と、上級生は通常授業らしく、勘違いをしてしまっていたらしい。
つまりは、自己紹介の続きから始めようとの事であった。
「まぁそう言うな。こっそり、担任思いの優しい子だと成績表に書いといてやるからさ。先生を困らせる子何て書かれたら、親御さんに何を言われるかを想像してみろ?な?怖いだろ」
どうやら親御さんという言葉に皆、懐柔されたようだ。拓斗にとっては親御さんなどいないのだから関係ない事なのだが、問題児扱いされても困る。様子見だな・・と、他人事のように考えていた。
「とりあえず、学級委員長はあずさで副学級委員長は拓斗な」
「・・なっ!?」
納得できません!と言いかけたあずさであったが、皆んなからの視線が突き刺さる。
お前の所為で居残りになったんだぞと、目で訴えている。
あずさもそれを感じとったらしく、スッと立ち上がらると、教卓の前まで行き頭を下げた。
「1年A組の学級委員長になりました。千石あずさです。1年間宜しくお願いします」
ペコリとあずさが頭を下げると、クラス中から拍手が送られる。
「宜しくな。ほら、拓斗!君も来い」
可愛く手招きする名前も知らない担任を見ながら、苗字呼びから名前呼びに変わったんですね?と、拓斗は言いかけたがやめた。
模擬戦の時を思い出し、たく君などと呼ばれるのだけは、避けたかったからである。
また、あずさのあの目を見て、断る勇気は彼にはなかったのであった。
ーーーーーー
【3】
あの後、あずさ以降の自己紹介が終わり、明日からの日程を聞かされ、解散となった。
今は下校中である。
「はぁ・・。私が学級委員長だなんて」
トボトボ歩くあずさ。後ろを歩く香菜、拓斗、伊波は、何て声をかけるべきか、アイコンタクトをとる。
「学級委員長の経験はなかったのか?」
「あったら、あんな事になると思う?」
「・・・・」
あずさが言っているあんな事とは、朝の出来事だろうと、話しかけた拓斗以外の二人も理解した。
「でもさ、私と伊波だって学級委員長と副委員長なんだしさ。ね?元気出しなよ」
「そ、そうですよあずさ」
「二人は皆んなからの推薦でしょ?私何て・・」
自分達も同じ仲間だと、明るく主張する香菜と伊波であったが、それは違うと否定するあずさ。
同じ役職でも、立候補した場合と、推薦された場合、ハメられた場合とでは、役職は同じでも、モチベーションが違う。
「いや待て。あずさは担任の先生から推薦されたじゃないか」
「た、担任から!?」
「す、凄いじゃないですか」
「アンタね、アレが推薦に見えるって言うの?どう考えても祐美ちゃん、早く終わらせようとしていただけじゃない」
ハメられた側ではなく、推薦された側だぞと主張する拓斗であったが、効果はあまりなかった。
香菜と伊波は同じクラスでない為、フォローのしようがない。
「祐美ちゃんって、もしかして藤峰祐美子先生の事ですか?」
「ん?伊波は知っているのか?」
「知っているも何も、入学式で紹介があったじゃないですか」
「そうだったか・・」
全く覚えていない。
別の事を考えていた拓斗、緊張していたあずさは、入学式の事をあまり覚えていなかった。
「とにかくさ!あまり元気ないのはダメ!それよりさ、パンケーキ食べに行こうよ」
「・・パン・・ケーキ」
「あずさの大好物だろ?クラスの子に聞いたらさ、駅の近くに美味しいのがあるんだってさ」
「行く!!!」
流石と言うべきか、呆れたと言うべきか。
おそらくは両方だろう。
落ち込んでいる友人を励ます香菜の手腕に。食べ物で機嫌を直すあずさに。いや、女の子なら誰もがそうなのかもしれない。嫌な事があったら好きな事で忘れる。至極、当たり前な事なのかもしれない。
そんな二人のやりとりを、羨ましそうな目で見ている伊波に気がつき、優しく背中を叩いた。
「拓・・お兄ちゃん?」
「お前もああなれるさ」
「・・・!?」
羨ましそうな目で見ていた伊波は、まさか気づかれるとは思っておらず、激しく動揺してしまう。
幸いな事に、今は夕方だ。
頬が赤く染まったのを夕日の所為にして、伊波は嬉しそうに微笑んだ。
1時間目の授業が終わり、体育服に着替える為に教室に戻る生徒達。
模擬戦で負けてしまった拓斗とあずさはトボトボと歩いていた。最も、気にしているのはあずさだけであり、拓斗は気にしていない。気にしていない理由をあげるならば、模擬戦のパートナーになった最大の理由は、あずさの気持ちに答えようと思ったからであり、科学者を馬鹿にした山本を倒したいとまでは考えていないからである。また、最小の理由として、付け焼き刃のペアで勝てる相手ではないからであった。考え方は人それぞれであるからと考えているからそこまで落ちこまないのだが、どうやらあずさは違うらしい。これもまた、考え方は人それぞれなのだから拓斗が注意する事ではないと考えているのだが、隣で落ち込んだ姿を見せられると、どうも申し訳なく思えてくる。
「・・な、なぁあずさ。そんなに気にするなよ」
「・・解っているわよ。で、でも・・」
科学者は科学者らしく。
あずさにとってこの言葉は何より許せない言葉なのだろう。
「・・ありがとう」
「ん?あぁ。どういたしまして」
慰めてくれてありがとう。パートナーになってくれてありがとう。どちらの意味なのかは分からない拓斗であったが、どういう意味なのかを聞くのは失礼であると考えた。
「実際、拓斗は良くやってくれてたしね。さ、行きましょうか」
どうやら自分の中で、気持ちに折り合いがついたようだ。いきなり模擬戦をやらされ、パートナーは急遽決まったが、向こうはずっと一緒に戦ってきたパートナーなのだから、今回は仕方がないと。いつものように笑顔を見せる彼女に、拓斗は心の中で謝罪した。
本当の力を見せられなくてすまない、と。
___________
「クソ!あんなヤツにこの俺が・・」
「ゆ、ゆう君ダメです。血が出てるじゃないですか」
とある調整室の一室で、山本勇樹は壁を殴りつけていた。
そんな山本の姿に、慌てて駆け寄るあゆみ。
彼達は、あゆみの補給に来ていた。
「ああん?大体お前がだらしないから5ポイントも取られたんだろうが。後、幼馴染だからってゆう君って呼ぶな」
「しょうがないじゃないですかぁ。ゆう君が全く補給してくれないから、使える魔法が限られていたんですからね。後、幼馴染でダメって事は、彼女ならいいって・・わぁぁ」
「いいからさっさと脱いで横に寝ろ」
ベットに押し倒され、顔を赤くするあゆみ。
しかし、山本は全くあゆみの方を見ていなかった。
プーっと頬を膨らますあゆみであったが、時間は限られている。
制服を脱ぎ、下着の紐をほどいてうつ伏せに寝ると、準備ができたと声をかける。
とても大きな硬い手が、背中にあたる。
「確かに久しぶりか・・任務がなければな・・フン。悪かったよ」
「・・・・ん・・・に・・ん・・むならハァ・・仕方が・・・ない・・よ」
「結構減ってるか・・もう少しだな」
「・・・・・・・・あ」
久しぶりの補給は時間がかっかた。
声にならない声をあげないように両手で口を抑え、あゆみは我慢するのに苦労させられてしまうであった。
_______
「香菜!悪いんだけどちょっといい?」
休み時間とはいえ、後少しで授業は始まってしまう。声をかけられた香菜は、自分の机の上に調整中の札を置き、オッケーと声をかけた。
こうやって、授業に遅れる理由を残すのだ。
魔法力は命の危機に関係している。
その為、授業なんぞより、そっちを優先してくれというのが、学校の方針である。
これなら、拓斗と伊波、あずさと香菜のように、クラスが違っても問題はない。
あずさと香菜を見ていた伊波は、拓斗に目を向ける。
「・・・い、伊波。俺もいいか?」
「はい!」
魔法者はMAGに不具合がないか、MAGに補給が必要ないかを科学者に見てもらえるのだが、拓斗はあまり戦闘には参加していない。その為、別に見てもわらなくても大丈夫なのだが、一瞬伊波の目が光って見えた拓斗は、少しの間をあけて伊波を呼んだ。
香菜同様、伊波もまた、机の上に調整中の札を置いて調整室へと足を運ぶのであった。
ーーーーーー
調整室に着くと、一つは使用中であった。
「多分、勇樹とあゆみじゃないかな」
「フン。でしょうね。香菜!こっちを使いましょう」
そういうと、二人は隣の部屋に入っていった。
ここで突っ立っているのも変だし、一応伊波にMAGを見てもらう事にした拓斗は、伊波を連れて調整室に入っていった。
「ほらほら。脱いだ脱いだ!」
「じ、自分でやるわよって、ああ!こ、こら香菜」
香菜はあずさの首辺りにある青くて細長い紐を、ピュっと引っ張った。可愛らしく蝶々結びにしていたリボンを解き、制服のボタンを外しにかかる香菜に対し、あずさは抗議する。
「女の子同士なんだから気にしない。相変わらず成長しない胸も気にしなって、ジョークジョーク」
ちょっと調子に乗り過ぎたようだ。目の前でバチバチなる音を聞いて、香菜は両手を挙げてあずさをなだめる。
「どう、どう、じゃないわよ全くもぉ」
「ハハハ。でも良かった。もっと落ち込んでるかと思ってとから」
「フ、フン。私ももう高校生よ」
話題をすり替えられた形であったが、あずさを心配して、ワザとちょっかいを出してきた香菜の心遣いが嬉しく、頬を赤くした。実際は、さっきまで落ち込んでいたのだが、それは口にはしない。
「でもさ、ダブルマウンテンを相手に良くやった方なんじゃない」
ダブルマウンテンとは、山本勇樹と山田あゆみの二人の山という漢字からつけられた通り名である。
「二人の前で、それは言わない方がいいわよ」
「勇樹の中では、ダサイネーミングだって言ってたしねっと」
「そう・・ん・・ね」
あずさの背中に手を置き、魔法力を補給する香菜。
「あずさ可愛い♡」
「う、うるひゃい!!」
「あははは。怒らない怒らない。それにしても、彼、相当やるね」
「・・・えぇ。でも補欠って言ってたわ」
「マジで!?嘘・・だよね?」
香菜が誰の事を話しているのかを、正確に理解したあずさの返しに、香菜は驚きの声をあげる。
彼は相当やる。
元々、小学校からの付き合いである山本勇樹の事は、強いとお互い認識している。今更、相当やると言う必要などないのだから、ここで言う彼とは、桐島拓斗のことだろうとあずさは思った。
また、あずさ自身も相当な腕前だと思っていたから直ぐに、彼=拓斗だと連想させられた。
「周りの生徒達は、やっぱり補欠だとかって言ってたけど」
「あの二人を前にしてポイントを取られないのはおかしい」
「・・・ひゃっ!?も、もう香菜!!」
「あっ、ごめんごめん。あずさ」
「な、何よ」
「やっぱり可愛い」
「し、知らない!!」
二人の意識から、拓斗の事が消える。
模擬戦の為に失ったあずさの魔法力を補給するのに、少しの時間がかかっていた。
ーーーーーーーー
「い、伊波?自分で出来るぞ?」
「いえ。いつもの事ですし、私の仕事を取らないで下さい」
伊波の仕事はMAGの調整であり、決して調整前の事は仕事に入らないはずでは?と拓斗は考えながら、伊波の後頭部を見ていた。
拓斗と伊波が部屋に入り、拓斗が制服の上着を脱いでベットに腰掛けると、伊波が拓斗のワイシャツのボタンを外し始めたのだ。
拓斗は知らないが、隣では香菜があずさのリボンをほどいている時である。
伊波の言う通り、いつもの事であるのだが、自分達はもう高校生だ。小学校時代とは違う。
しかし、それを言ってしまうと言う事は、それを意識していると誤解されかねない。
別にやましい行為(好意)はないのだから、伊波の好きにさせようと拓斗は考えた。
「いつも悪いな」
「お互い様です」
ボタンを外し、拓斗の腹筋が目に入る。腹筋は引き締まっており、ちょっとした割れ目がある。腹筋から少し視線を上に逸らすと、お目当てのMAGが目に入る。
拓斗のMAGは、ネックレス型であり、ネックレスは十字架である。十字架に翼とハートがついた可愛いらしいネックレスだ。
男の拓斗としては、ちょっと恥ずかしいネックレスなのだが、服を脱ぐ機会もあまりないので別に気にはしていない。
伊波はネックレスを右手で持ち上げ、左手で丸を作って観察する。
丸といっても、全部の指を使うのではなく、親指、人差し指、中指でだ。
観察しながら、伊波が話しかけてきた。
「拓斗。少し気づかれてしまったのではないですか?」
「・・・何がだ?」
普通であれば、お兄ちゃんと呼べと注意する所なのだが、今は調整中であり、伊波の意識を逸らす事はマズイ。調整室は二人っきりだし、女の子が服を脱ぐ為、監視カメラや盗聴器もない。
拓斗と伊波のような兄妹とは違い、一般の男女が調整室を使用する場合、そういう行為を懸念する声もあるが、そういう行為は危険だと全員が理解している為、こうやって生徒同士の使用が可能となっているのだ。
先ほど、机の上に調整中の札を置いたのも、調整室の申請の一部であり、魔法者同士、科学者同士での使用は禁止されている。嫌、使用できない。
「ポイントをほとんど取らないのは解りますが、ポイントを取られないというのは、どうでしょう?」
「う〜ん。難しい質問だね。けど、アタッカーである山本は、俺を無視していたし、あゆみと呼ばれていたバックアップの子の魔法も威力がなかったから、ポイントを取られる=ワザと取られたと、勘違いされても困るからね」
実際に、山本は格下だと侮り、全く攻撃を仕掛けてこなかった。また、あゆみはあまり魔法力がなく、強い魔法を使ってこなかった。
「あゆみの魔法は大したことがなかったですか?」
「ん?あぁ。彼女はおそらく、魔法力を補給していなかったんじゃないかな。実際、おそらく今もまだ補給中だろうからね」
伊波から見て、あゆみの魔法は大したことがなくはなかった。しかし、それを全く動じる事なく大したことがないと言い切る拓斗の言葉に、伊波は、我が事のように喜んだ。
「しばらくは補欠らしく振る舞うと言っていましたが、あれぐらいなら大丈夫かもしれませんね」
「心配かけてすまないな」
「い、いえ!?」
優しく微笑んで、優しく伊波の頭に手を置くと、伊波の耳がみるみる赤くなった。調整は終わっている。しかし、伊波は顔をあげられない。しばらく伊波は、調整したフリを続ける羽目に陥いるのであった。
ーーーーーーーー
調整室を出た拓斗と伊波は、ばったり廊下で山本とあゆみに出会っていた。あゆみの身体が赤く、息遣いが荒い事はスルーすると決め込んでいた拓斗であったが、そんな拓斗にあゆみから声がかけられた。
「あ、あの!き、桐島君」
「拓斗でいいよ。桐島だと妹と混合しちゃうだろうから」
「え?え?妹さん?は、初めまして、山田あゆみと言います。お、お兄さんとはク、クラスメイトでして」
「おぃおぃあゆみ。補欠なんぞに構ってんじゃねぇぞ」
「ゆ、ゆう君!!ご、ごめんなさい。気を悪くしないで下さい」
「あぁ気にしてないよ。事実は事実だからね。伊波。同じクラスの山本勇樹と山田あゆみさんだ」
「あ、あゆみでいいです」
「初めまして。桐島伊波です。香菜と同じクラスです。私もあゆみと呼んでもいいですか?」
「へ〜香菜ちゃんと同じクラスなんだ。あっ!もちろんあゆみって呼んで」
「オイあゆみ。俺はもう行くぞ」
軽い自己紹介をしていると、あずさ達が入っていた調整室の扉が開いた。
「フン。次は負けないから」
「ケッ!じゃぁな」
「ごめんねあずさちゃん。でもさっきまで悔しがってい」
「あゆみ!!!!」
「は、はい!ま、待ってよゆう君。ごめん。また今度ね」
あゆみはそう言うと、ポケットに手を突っ込みながらスタスタ歩く山本の後を追って行くのであった。
ーーーーーーーー
【2】
調整が終わり、その後は体育の授業を受ける拓斗達なのだが、山本とあゆみの姿は見当たらなかった。あずさにその事をたずねると、首を小さく左右に振った。どうやら知らないようだ。
その後は特に大きな問題も起きず、後は下校するだけとなったのだが、小さな問題が起こってしまう。
「みんなすまん!」
帰りのHRの時であった。
いきなり、担任が教卓に額をつけながら、謝罪をしてきたのであった。
朝と同じように、静まり返る教室内。
またしても、朝と同じように、前の席に座っていた女生徒が、どうしたのかと声をかける。
「いやぁ悪い。今日って午前授業なんだな」
『え?』
言っている意味がわからなかった。入学式の日は午前中だけというのが、普通ではないのだろうか。
「いやぁてっきり、通常授業だと勘違いしててさ、やる事残ってんだわ」
アハハーと笑う担任。固まる生徒達。
つまり何が言いたいのだろうか。
「ここは私を助けると思って、な?」
『はーー!?』
巻き起こるブーイングの嵐。
とりあえず、どういうことなのかを聞こうと提案した生徒の意見を採用し、先生の話しを聞く事になった。どうやら朝、自己紹介の後にやらないといけない事があったらしい。また、2年、3年、4年と、上級生は通常授業らしく、勘違いをしてしまっていたらしい。
つまりは、自己紹介の続きから始めようとの事であった。
「まぁそう言うな。こっそり、担任思いの優しい子だと成績表に書いといてやるからさ。先生を困らせる子何て書かれたら、親御さんに何を言われるかを想像してみろ?な?怖いだろ」
どうやら親御さんという言葉に皆、懐柔されたようだ。拓斗にとっては親御さんなどいないのだから関係ない事なのだが、問題児扱いされても困る。様子見だな・・と、他人事のように考えていた。
「とりあえず、学級委員長はあずさで副学級委員長は拓斗な」
「・・なっ!?」
納得できません!と言いかけたあずさであったが、皆んなからの視線が突き刺さる。
お前の所為で居残りになったんだぞと、目で訴えている。
あずさもそれを感じとったらしく、スッと立ち上がらると、教卓の前まで行き頭を下げた。
「1年A組の学級委員長になりました。千石あずさです。1年間宜しくお願いします」
ペコリとあずさが頭を下げると、クラス中から拍手が送られる。
「宜しくな。ほら、拓斗!君も来い」
可愛く手招きする名前も知らない担任を見ながら、苗字呼びから名前呼びに変わったんですね?と、拓斗は言いかけたがやめた。
模擬戦の時を思い出し、たく君などと呼ばれるのだけは、避けたかったからである。
また、あずさのあの目を見て、断る勇気は彼にはなかったのであった。
ーーーーーー
【3】
あの後、あずさ以降の自己紹介が終わり、明日からの日程を聞かされ、解散となった。
今は下校中である。
「はぁ・・。私が学級委員長だなんて」
トボトボ歩くあずさ。後ろを歩く香菜、拓斗、伊波は、何て声をかけるべきか、アイコンタクトをとる。
「学級委員長の経験はなかったのか?」
「あったら、あんな事になると思う?」
「・・・・」
あずさが言っているあんな事とは、朝の出来事だろうと、話しかけた拓斗以外の二人も理解した。
「でもさ、私と伊波だって学級委員長と副委員長なんだしさ。ね?元気出しなよ」
「そ、そうですよあずさ」
「二人は皆んなからの推薦でしょ?私何て・・」
自分達も同じ仲間だと、明るく主張する香菜と伊波であったが、それは違うと否定するあずさ。
同じ役職でも、立候補した場合と、推薦された場合、ハメられた場合とでは、役職は同じでも、モチベーションが違う。
「いや待て。あずさは担任の先生から推薦されたじゃないか」
「た、担任から!?」
「す、凄いじゃないですか」
「アンタね、アレが推薦に見えるって言うの?どう考えても祐美ちゃん、早く終わらせようとしていただけじゃない」
ハメられた側ではなく、推薦された側だぞと主張する拓斗であったが、効果はあまりなかった。
香菜と伊波は同じクラスでない為、フォローのしようがない。
「祐美ちゃんって、もしかして藤峰祐美子先生の事ですか?」
「ん?伊波は知っているのか?」
「知っているも何も、入学式で紹介があったじゃないですか」
「そうだったか・・」
全く覚えていない。
別の事を考えていた拓斗、緊張していたあずさは、入学式の事をあまり覚えていなかった。
「とにかくさ!あまり元気ないのはダメ!それよりさ、パンケーキ食べに行こうよ」
「・・パン・・ケーキ」
「あずさの大好物だろ?クラスの子に聞いたらさ、駅の近くに美味しいのがあるんだってさ」
「行く!!!」
流石と言うべきか、呆れたと言うべきか。
おそらくは両方だろう。
落ち込んでいる友人を励ます香菜の手腕に。食べ物で機嫌を直すあずさに。いや、女の子なら誰もがそうなのかもしれない。嫌な事があったら好きな事で忘れる。至極、当たり前な事なのかもしれない。
そんな二人のやりとりを、羨ましそうな目で見ている伊波に気がつき、優しく背中を叩いた。
「拓・・お兄ちゃん?」
「お前もああなれるさ」
「・・・!?」
羨ましそうな目で見ていた伊波は、まさか気づかれるとは思っておらず、激しく動揺してしまう。
幸いな事に、今は夕方だ。
頬が赤く染まったのを夕日の所為にして、伊波は嬉しそうに微笑んだ。
「ファンタジー」の人気作品
書籍化作品
-
-
221
-
-
4503
-
-
3
-
-
35
-
-
4
-
-
37
-
-
141
-
-
93
-
-
0
コメント