魔法×科学の時間旅行者

伊達\\u3000虎浩

入学編 上 ( 2/3)

 
【1】入学編  上   (2/3)


 カーテンから差し込む太陽の光を浴び、すずめの鳴き声を聞きながら拓斗は目を覚ました。スッと起き上がる拓斗は、真っ先に携帯のカレンダーへと目を向ける。


「どうやら無事に今日を迎えられたか」


 ホッと胸を撫で下ろし、上半身をぐっと伸ばす。
 パジャマを脱ぎ、制服に着替え終わると、鞄を持ってリビングへと向かう拓斗。


「おはようございます。パンですか?ご飯ですか?」


「おはよう。伊波と同じのでいいよ」


 ガタッとイスを引き、席に着く拓斗。
 目の前にはパンでもご飯でも大丈夫なように、目玉焼きにキャベツの千切り、ソーセージが2本にコーンスープが並んでいる。


ありがとうな」


「いえ。好きでやってますし、これぐらい何でもないです」


 いつも、ご飯を作ってくれてありがとう。
 いつも、どっちを選んでも大丈夫なような献立を考えてくれてありがとう。
 2つの意味を込めてお礼を言う拓斗。
 ちゃんと伝わっているかは分からないが、きっと伝わっているはずと判断し、せめてこれぐらいやらなくてはと、グラスに冷たいお茶を注ぐ拓斗であった。


 そんな桐島兄妹とは違い、あずさと香菜の朝は慌ただしく始まった。


「・・あずさ。昨日マッグをつけ忘れましたね」


「う、嘘!?もしかしてボサボサ?」


 香菜に指摘されたあずさは、ウサギやら人参やらが大量にプリントされたパジャマ姿のままで、髪の毛に触れる。


「あ〜もぉ!私今日スピーチなのに!!」


「脱ぎっぱなしはダメですよ」


「後でやるわ!」


 リビングでパジャマを脱ぎ捨て、シャワーを浴びる為に、下着姿のまま脱衣所に向かうあずさ。やれやれと思いながら、香菜はあずさのパジャマを拾うのであった。


 あずさは雷属性の科学者である。
 体内から魔法は放てないが、体内には常に電気が流れている。その為、香菜に作ってもらった指輪型のMAGをつけて寝ないと、髪の毛が爆発してしまうのだ。静電気の所為なのだが、女の子としては面倒くさくて仕方がない。
 普段は指輪をきちんとはめ、指輪に魔力が集まるようにしていたのだが、お風呂に入る際に外したままであった。


「はぁ・・朝食抜きにね」


 入学式初日から遅刻はまずいし、寝癖をつけたままでスピーチをするというのは、乙女としては避けたい。
 あずさはシャワーを浴びながら、深いため息をつくのであった。


 ーーーーーーーー


「そろそろ行こうか」


 あずさ達とは違い、朝食を済ませた拓斗達は、食後のコーヒーを飲んでいた。
 まだ入学式の時間まで大分あるのだが、交通機関が遅延してしまうおそれもある為、家を早めに出る事にしたのだ。
 エプロンをきちんとハンガーにかけ、上着を羽織った伊波は、拓斗の提案にうなずいた。
 昨日と同じようにタクシーに乗り込み、終始無言の二人。


「この辺で大丈夫です」


 運転手にお礼を伝え、学校の近くの駅で降りる拓斗と伊波。
 流石に入学式初日に、タクシー登校している姿など見られたくはない。


「お兄ちゃんは何を受けるんですか?」


「・・そうだな」


 国立付属魔法科学高等学校。


 生徒数は800人。
 魔法者は魔法者だけということもなく、魔法者も科学者も均等になるよう各クラスに振り分けられる。


 授業は大学のシステムを採用している。それぞれが受けたい授業を選択し、必要日数をきたせば単位がもらえる。必須履修科目といって、必ず受けなければいけない科目があり、国語、数学、社会、理科、英語、体育、魔法、科学の8科目は必ず受ける必要がある。
 一般的な知識、一般的な体力、一般的な魔法力をもつ事が必要とされている為であり、音楽や美術、家庭科等と呼ばれる授業は、一つだけ選べばいいとされている。
 伊波が聞いているのは、8科目以外の授業の事だ。


「やはり技術だろうな。普段伊波がどれだけ大変かを知るにはいい授業だからね」


「・・・ありがとうございます」


 少しの間が出来てしまったのは、照れ臭かったからか、照れてしまったからか。
 技術の授業では、MAGについて学ぶ事ができる。
 基本的には科学者にしか作れない為、授業として魔法者が受ける機会は少ない。
 また伊波のように、既にMAGを作れる科学者達もこの授業を受ける事は少ない。


 昔は必須科目であった技術は、選択科目になっているのだが、MAGの仕組みを理解している拓斗にとってはつまらない授業ではないのかと伊波は思っていた。


 音を得意とする魔法者や科学者は、音楽を選ぶ。
 絵を得意とする魔法者や科学者は、美術を選ぶ。
 要は、それぞれが得意、不得意としている魔法を、生徒達で選択するのが目的である。


「伊波は家庭科目か?」


「いえ。私も技術を選択します」


「勉強熱心だな」


「え、えぇ。まぁ・・ですので、選択科目の、一緒です」


 勉強熱心だと褒められて動揺したのだろうと、拓斗は思ったのだが、勉強熱心ではなく、拓斗と一緒に授業を受けたいと考えていた伊波は、動揺してしまったのであった。


 正門をくぐり抜ける二人。
 今日から新しい学校で、新しいクラスメイト達と、4年間お世話になる。
 拓斗達の通う高校には、上履きはない。
 そのかわり、靴をキレイにしてから校舎にあがる必要がある。
 拓斗と伊波は、入り口前できちんと魔法を使って、靴をキレイにした。


「伊波は、B組だったよな」


「はい。なのでA組のお兄ちゃんとは隣のクラスになります」


 拓斗の教室は壁側の奥にあり、伊波はその隣の教室だ。伊波の教室前についた拓斗は、伊波に声をかけた。


「それじゃぁ、また後でな」


「はい。また後で」


 手を振る伊波に背中を向け、拓斗は自分の教室へと入っていった。


 ーーーーーーーー


【2】


 教室に入り、人が集まる後ろから黒板を覗く。
 席順が書いてあるのだが、見る場所はいつも決まっている。
 桐島きりしまなのだから、右上か右下か。
 あいうえお順で並ぶ事に、何か特別な意味合いがあるのだろうか。そんな事を考えながら自分の名前を見つける。拓斗の席は右下の廊下側、一番奥の席であった。


「あら?拓斗じゃない」


「あぁ。あずさも同じクラスだったとはな。1年間宜しく頼む」


 席の前に着くと、拓斗の席の隣から昨日知りあった千石せんごくあずさが声をかけてきた。いきなり呼び捨てかと思った拓斗であったが、同い年なのだから、別におかしい話しではない。
 あずさは、フレンドリーな性格なのだろうと判断し、あずさに習って拓斗も呼び捨てで呼ぶ。
 無難な挨拶を済ませ、自分の席に座る拓斗に、再び声がかけられた。


「ね、ねぇ拓斗。アンタ何か食べ物とか持ってたりしないわよね?」


「・・もしかして寝坊でもしたのか?」


 食べ物を欲しがるということは、朝食を取らなかったからか、ペットか何かに餌をあげるのが目的か。流石に入学式の日にペットを持ち込むような非常識な子には見えない為、朝食を取らなかったと解釈し、朝ご飯を食べなかった理由をたずねた。


「ち、違うわよ!」


「そうか・・ほら。コレでしばらくはもつだろう」


 違うなら何故、朝食を取らなかったのだろうか気になる拓斗であったが、ペットを持ち込んだから等と言われてはたまったものではない。
 聞かなければ良かったという言葉を思い出しながら、理由は聞かずに、鞄からスティック状のお菓子を取り出した。
 あずさに2本投げ渡すと、あわあわと慌てながらもお菓子をキャッチした。


「あ、ありがとう」


「どういたしまして」


 拓斗から受け取ったお菓子を、ポケットに入れながらお礼を伝えるあずさに、返事を返した拓斗は、鞄の中身を机の引き出しに入れる。
 隣にいたあずさが、席を立ったのを耳だけで確認した拓斗は、鞄を机の横にかけた。


 ーーーーーーーー


 拓斗と同じように、伊波もまた黒板を見て自分の席を確認する。
 桐島なのだから、右側の前か後ろか。
 伊波の席は、右側の一番後ろから二番目の席であった。(丁度、A組みならあずさの一つ前の席)


 拓斗と同じクラスだったなら、隣同士だったのにと、自分の隣に座る男子生徒の名前を見る伊波。
 黒板で自分の席を確認した伊波は、自分の席に向かって歩きだした。


「あっ!伊波」


「・・香菜さん。おはようございます」


「おはよう。1年間宜しくね」


「こちらこそ宜しくお願いします」


 自分の席に近づくと、声をかけられた伊波。
 声をかけてきたのは、昨日知りあった志熊香菜しぐまかなであった。
 知り合いがいなかった為、友達ができるか不安だった伊波だったが、どうやら自分の席の後ろは香菜のようだ。
 友達になるかどうかは別として、知り合いがいると心強い。何より、自分の席の後ろだ。
 友達になれたらいいなぁなどと考えながら、自分の席に座ると、後ろをツンツンっとつつかれた。


「・・・何でしょう?」


「凄く可笑しな質問なんだけど、今さ、お菓子持ってない?」


「えっ?」


 おの質問をしているのかと思い、聞き直す伊波に対し、おな質問をした香菜は理由を話し始めた。


「寝坊とかじゃないんだけど。実はあずさが今日スピーチをするって言うから、早く家を出ないといけなくて、朝食べてないんだ」


「・・・そうなんですか」


 それは寝坊では?と伊波は思ったが、それとは別の疑問が生まれる。


「ん?あぁ、そうなんだよ!打ち合わせの為に早く来たのに、5分で終わるとか酷いと思わない?」


 伊波が黒板の上にある時計を見て、香菜が愚痴り始めた。愚痴る気持ちも分からなくはない。何故なら始業開始まで15分あり、これなら充分朝食を取れたはずである。


「コレ良かったら」


「マジで!?助かったよ〜ありがとう!」


 2本のスティックタイプのお菓子を、投げ渡すのではなく、手渡す伊波。
 流石にお菓子を二つ欲しいとは言えなかった香菜は、今の話しで、自分ともう一人がお腹を空かせていると理解してくれた伊波に感謝して、席を立った。
 後ろの扉から部屋を出る香菜を見送る。鞄の中身を引き出しに入れていた伊波は、まだ時間もあるし、拓斗の元に行くかどうするか悩んでいた。


 ーーーーーーーー


「あれ?拓斗?」


「ん?香菜か・・あずさならさっき出ていったはずだが・・すれ違ったのかもな」


 拓斗が伊波の元に行くか悩んでいると、後ろから声をかけられた。


「あれ・・おかしいな・・っとあずさの席はここ?」


「ああ。俺の隣だ」


「そっかそっか。よっと。そういや伊波と同じクラスだった」


 特に聞いていないが、香菜に話しかけられた拓斗は、伊波の元に行くのを断念する。
 どうやら香菜は、ここであずさを待つ事にしたようだ。


「そうか。妹が迷惑をかけると思うが、仲良くしてやってくれ」


「・・妹?兄妹だったんだね・・あ、あぁごめん!こちらこそ、あずさ共々仲良くしてくれ」


「ああ。宜しくな」


 拓斗が優しく微笑むと、慌てた態度が恥ずかしかったのか、香菜はスッと目をそらした。
 昨日の自己紹介の時に気づかなかった事が恥ずかしいのだろうと拓斗は判断した。


「それにしてもあずさ遅いなぁ」


「隣のクラスにいるんじゃないか?」


「そうかも。じゃぁ拓斗、また」


 そう言って席を立つ香菜に、右手を上げて返事を返す拓斗。伊波のクラスに香菜が入れば、伊波も寂しい思いをしなくて済むなぁと、密かに安堵した。


 ーーーーーーーーーーーー


「あれ?伊波?」


「・・あずささん。おはようございます」


「おはよー!ってあずさでいいわ」


 前の方から声をかけられた伊波は、戸惑いながらも挨拶を交わす。そんな態度をとってしまった伊波だが、顔には出していなかったはずだったのだが、あずさは気が付いたようだ。


「ん?何かおかしかった?」


「いぇ。香菜さんはあずさの元に今さっき出て行ったので」


「香菜も呼び捨てでいいわよ、って!?入れ違い!?」


「直ぐに帰ってくるんじゃない?香菜の席はここよ」


 呼び捨てでいいと言われ、つい嬉しくなった伊波は、ニッコリと微笑んだ。


「そっかそっか。私は拓斗と同じクラスだったし、昨日といい、私達わたしたち、何かと縁があるみたいね」


「・・・そうね。兄、共々宜しくね」


 短い間が出来てしまったのは、あずさが拓斗と同じクラスだということへの羨ましさ、昨日知りあって既に呼び捨てにしていることに対しての怒りであった。(あずさに対してではなく、拓斗に対しての怒りだ)


「こ、こちらこそ宜しくっと。そんな事を言っている場合じゃないか」


 始業時間の前までに、拓斗から貰ったお菓子を香菜に渡して、お菓子を食べておかなくてはいけない。あずさが伊波の元を去ったのは、決して伊波から漂った不機嫌オーラを、感じとったからではないはずだ。


 あずさが教室からヒョコッと顔を出し、自分の教室に向かう廊下を見ると、香菜がA組みから出てくるのが目に入った。


「香菜!」


「あずさ。やっぱり入れ違いになったか」


 あずさが後少し教室を出るのが早かったら、また入れ違いになっていたかもしれない。そんな事を考えながら、あずさは香菜の元に歩み寄る。


「何で、そんなに嬉しそうなのさ?」


 ニコニコしながら近づいてくる友人あずさに対し、そう聞かずにはいられなかった。するとあずさは、左手を腰に当てながら、右手を左側にある上着のポケットに手をつっこみ、ニヤニヤとしていた。香菜に理由を聞かれたあずさは、待ってました!と言わんばかりに理由を話す。


「フ、フ、フ。君に良い物をやろう」


「良い物?まさかお菓子じゃないよね?」


「えっ!?ち、違うわよ!」


「ふ〜ん。じゃぁ何かなぁ?楽しみだなぁ〜」


 何故解ったのだと動揺しながら、何故か違うと答えてしまったあずさは焦る。友人かなのこのニヤニヤした顔は、ここでお菓子でした!などという答えを求めていない。


「え、え、えっと・・・」


「ん?何なに?」


「エ、エ、エクスカリバー!!」


「私も伊波から貰ったから、向こうで食べよ」


「・・・う、うん」


 右手を高々と挙げたあずさを華麗にスルーし、香菜はあずさの左腕を引っ張った。もうすぐ始業時間であり、流石に廊下で食べるのは恥ずかしい。
 スベった感が否めない、いや、スベったあずさは顔を赤くするのであった。


 ーーーーーーーー


【3】


 始業時間開始のチャイムが鳴ると、拓斗達の叔母である、京子の校内放送があった。


「間も無く入学式を行います。1年生はA組から、速やかに体育館に移動して下さい」


 通常であれば、担任の先生の指示に従って、体育館に移動するはずであるが、担任の先生は見当たらない。高校生にもなると、担任がいなくても大丈夫という事なのだろうと拓斗は考える。チラっと隣に目を向けると、あずさの姿も見当たらなかった。


 体育館に着くと、2年生から4年生が左右に分かれて椅子の前に立ち、拍手で出迎える。
 これからH組が来るまで、ずっと拍手をしなくてはならないとは、さぞかし疲れるだろうなぁと、割りかしどうでもいい事を考えながら、自分のクラスが座る席に移動する拓斗。


 座る席の前に着いた拓斗が隣を見ると、座らずに立ったままなのを見て、他人事ではなくなっている事に気づいた。どうやら全員揃うまで、立っていなくてはいけないらしい。
 拍手をした方がいいのだろうか?しかし、今日は自分達がお祝いされる側であり、拍手をするのはおかしい。ただ突っ立ているだけの拷問?に少しの間、耐えなければならなかった。


 入学式などは、小学校時代から対して変わらない。校長や理事長の話しがあり、各教師の紹介(主に新しく赴任してきた教師)、後は生徒会とか新入生答辞などだ。
 理事長の話しを聞き(どうやら校長は不在らしい)、各教師の紹介がおこなわれていた。入学式の日に、校長が不在などあり得るのか?と、考えた拓斗であったが、実際にあり得ているのだからと考えるのをやめた。


「生徒会の紹介は以上です。続いては昨日デパートで起きた事件を解決した生徒に、警察の方々から感謝状が届いています」


 考えるのをやめた丁度その時であった。
 右手と右足を同時に出しながら、あずさが舞台袖から出てきた。どう見ても緊張しているのが分かる。
 あずさが壇上に立つと、感謝状の内容が読み上げられる。
 賞状を手渡されるあずさは、何か一言という言葉を司会者からかけられた。
 声をかけられたあずさは、明らかに動揺している。
 どうやら打ち合わせと違う展開のようだ。


「え・・っと・・・あ、ありぎゃちょうごじゃいまず」


 深々と頭を下げるあずさ。
 拓斗達のクラス、伊波達のクラスは前の方だった為、あずさの耳が赤くなっている事に気付いていた。恐らく顔は真っ赤だろう。そんなあずさに対し、がんばれーとか、可愛いーとか、声があがったのは一種のお約束だろう。決してからかってのものではないと信じたい。
 そんな声をかけられたあずさは、顔をあげられずにテクテクと舞台袖に引っ込んで行く。
 司会者が空気を変えようとしたのは言うまでもない。
 その後は、特に何事もなく、無事に入学式が終わった。
 ____________


【4】


「はぁ・・最悪だわ」


「ま、まぁ、元気だせよ」


 教室に戻ると、あずさが机に顔をうずめながらポツリと呟いた。隣の席に座っていた拓斗は、あずさを励ます事にした。


「出せるわけないでしょう!!」


「・・・ま、まぁな」


 励ました拓斗であったが、何故かあずさに怒られてしまう。今回の一件で一躍有名人になったあずさ。事件を解決したではなく、緊張してスピーチで噛んだでだ。気持ちは解らなくもないが、他に言いようがない。どんまいとかいう、慰めの言葉をかけるより、元気を出せという、励ましの言葉を選んだのは普通ではないのだろうか。


「打ち合わせしなかったのか?」


 こういう大きな舞台では、通常打ち合わせがあるはずである。段取りやら、立ち位置など大まかな流れを把握していないと、進行の妨げになるからだ。


「・・・したけど、緊張して吹っ飛んだ」


「・・・そ、そうか」


 それなら自業自得ではないか?などと思った拓斗であったが、流石にそんな事を言う勇気はなかった。何だか気まづい空気になってきたと感じた拓斗は、話題を変えようとしたのだが、丁度授業開始のチャイムとともに、担任が教室に入ってきた為、必要がなくなった。


「う〜っす。席につけ〜っと。私も着いていいか?」


「・・・・」


 静まり返る教室内。誰に質問しているのかが、解らないといった理由もあったが、何より禁煙パイポを加えて現れたのを見て、固まってしまっていた。


「何だ何だ!?立ってろってか?あんだけ長かった入学式の後で立ってろってか?」


「・・・ど、どうぞ」


 急に怒りだした担任の女性に対し、前の席の女の子は恐る恐る答えた。


「うむ。っと言いたいところだが、ジャージに着替えてくるわぁ。お前らちょっと自己紹介しとけ」


 右手で頭をかきながら、スタスタと教室を出て行く。ピシャっと扉が閉まると、ざわざわとなる教室内。


「ちょっ、ちょっと。アレが担任?」


「担任だろ?アレとか言うなよ」


 あずさに話しかけられた拓斗は、アレ呼ばわりした事に対して、軽く注意する。アレ呼ばわりした事がバレて、とばっちりを喰うのはご免だ。
 ざわざわとする教室内だったが、とりあえず自己紹介をしとかないとマズイんじゃない?という声があがったのをきっかけに、一斉に静まりかえった。静まりかえると共に、一斉にある場所に目を向ける。


「じゃ、じゃぁ僕から・・」


 自己紹介の時は決まって一番右の前、出席番号1番からと相場は決まっている。何か特別な意味合いでもあるのかと、先ほどと同じように拓斗は考えていた。


 自己紹介などは、特に問題など起きるはずがない。カッコいい人とか、可愛い人とか、目立ちたがりなヤツとかがいなければ直ぐに終わるはずである。毎回思うのだが、何か一言をつけ加えないといけないのは解る。1年間宜しくとか、趣味とかを話す事によって友達ができるきっかけになるからだと解ってはいるのだが、前の人が趣味を言ったから自分も趣味を!といった、ある種の伝言ゲームみたいになってしまうのは何故なのだろうか。


 そんな事を考えていた拓斗であったが、拓斗の予想は裏切られ、問題が起きてしまうのであった。


 問題を起こしたのは、あずさであった。

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