世界を救った俺は魔王軍にスカウトされて

伊達\\u3000虎浩

特別編 レイラの日常…下

 
 レイラが駆け出して行くのを、ナナとアリス、美姫だけが気づいていた。
 他のクラスメイトは、カズトが倒れた事に驚き、野次馬のように群がっている。


「バカレイラ!!」


「レイラちゃん!」


「…レイラさん」


 三人がそれぞれレイラを引き止める言葉をかけた事により、レイラが走り去っていったのだと、他のクラスメイト達もようやく気づいた。


 レイラの後を追うべく、アリスも駆け出して行く。自分も追うべきか?ナナはどうするかを考え、レイラとカズトを交互に見ていた。


「ナナちゃん。お兄ちゃんをお願い」


 茶色い髪の色。トレードマークであるポニーテールを揺らしながら、美姫はナナに指示を出し、アリスとレイラの後を追う。


「はい!二人を宜しくお願いします」


 ここは美姫さんに任せようと決め、自分はカズトの手当てをするべきだと考えたナナは、体育教師を見上げた。


「あ、あの…」


「ん?どうしたんだ?」


 しかし、臆病な性格からか、自信を持つ事が得意じゃないからか、後に続く言葉が中々出てこないナナ。


 "カズトさんを手当てするので、保健室まで連れて行きます"


 たったこれだけの台詞だというのに、それが伝えられなかった。


(お姉ちゃん…私は…)


 ギュッっと目を瞑り、かつて大好きだった姉を思い出すナナ。


【閑話休題】


 ナナは魔女の村という小さな村で育った。
 魔女族である彼女達は、昔あった事件をきっかけに、人付き合いを好まない種族になってしまう。
 その為、一部の魔女を除き、ほとんどの魔女はこの村を出る事もなく、魔女族以外の種族と会う事もなく、生涯を遂げる魔女も少なくはない。


 一部の魔女というのは、魔女の村を守る為に選ばれた精鋭達である。
 強い戦闘能力を誇る精鋭達は、それぞれが他の種族に知られるほど名高い、立派な魔女であった。


 魔女の村でひっそりと暮らしていても、外に行かないと手に入らないような、そういった必要な物は出てくる。そういった場合は、選ばれた精鋭達がお遣いに行くのだ。


 また、外敵から身を守るのも、精鋭達の役割である。外敵というのは何も、多種族に限らない。
 当然、モンスターも含まれる。
 その為、精鋭達の仕事は、周囲の見回り、お遣い、そして……外敵の排除であった。


 ナナには、ナナミという姉がいる。


 ナナとは違い、とても優秀な姉は、精鋭達の中でも、飛び抜けて強い魔女であった。


 この世界で最も強いのは、レイラである。
 この言葉と並ぶように、ナナミの名前は有名であった。


 魔法のみの戦闘ならば、ナナミは5本の指に入る。そういわれていたのだが、ある日の事件をきっかけに、ナナミの通り名は変わってしまった。


 "一族殺しの魔女"と。


 きっと何かの間違いに違いない。
 しかし、いつも守っていてくれた大好きな姉が、突然一族を滅ぼしたという事実は消えない。
 いつも守ってもらってばかりいたナナは、大好きな姉さえいれば、大好きな姉の指示に従っていれば、全てが正しいという、ある意味ナナミに依存してしまっていた。


 その所為か、ナナ自分の考えが本当に正しいのかどうかの判断が、あまり得意ではなかった。
 判断できたとしても、それを共有する事が特に苦手としている。


【閑話休題終わり】


(いいか、ナナ。物事というのはだな、常に廻り続けている物なんだ。ん?物事というのはね……ふふふ、そうだな。いつかきっと、お前にも分かるさ)


 昔の記憶、かつて大好きだった姉から教わった言葉。絶対に忘れられない言葉。


「よし、とりあえず輝基を保健室へ運ぶ。誰か付き添いを…」


「は、はい!私が…」


「よし、行くぞ」


 自分が伝えなくても、カズトは保健室へと連れて行かれる事となった。なんだ、伝える必要など最初からなかったのだろうか…いや、違う。
 きっと、これこそが、姉が言っていた言葉の意味なのだろう。


 自分が動かなくても、世界は動いている。


 世界が動いているから、自分は動いている。


 何もしないから、世界は止まっている。


 世界が止まっているから、何もしない。


 では、世界を動かす為には?


 体育教師の背中で、気絶しているカズトを見ながら、ナナはそんな事を考えていた。


 保険室に着くと、体育教師がカズトをベッドに寝かせ、後で様子を見にくるとだけ伝え、保健室を後にする。
 横たわるカズトに、冷たいおしぼりを乗せ、ナナは姉の言葉を思い出すのであった。


 ーーーーーーーー


 アリスはレイラの後を追っていた。
 あまり目立つなと言われている事を忘れているのか、とてつもなく速いレイラ。
 流石は勇者軍…チッっと、思わず舌打ちを鳴らす。


 大好きだった父を倒した一味。
 それに加え、自分の力を奪った一味。
 それなのに、なぜ私は…アイツを心配しているのだろうか。


 しかし、その答えは分からない。
 分からないなら聞けばいいという言葉があるが、この気持ちに関しては、聞いても分からないだろう。また、アリスは認めないだろうが、彼女の性格からして、絶対にこういった類の事は聞く事はない。


 つまり、自分で答えを見つけるしかないという事である。


「チッ…速い。あまり使いたくはないけど仕方がないわね…出でよ!ゴン太」


 魔法の使用や、目立つ行為を避けたいと考えているアリスであったが、緊急事態なら問題ないだろうと考え、地面に手を置いて、召喚魔法を発動する。


 召喚されたのは、可愛らしい魔犬であった。
 元々はケルベロスだったのだが、アリスは力を失ってしまっている。その為、今のゴン太はチワワぐらいの大きさで、頭は一つしかない。


「いい、ゴン太?馬鹿レイラを探して頂戴」


「アン!」


 レイラのレベルは90を超えている。
 今の自分のレベルでは到底追いつけないだろうと判断したアリスは、レイラを見失った時の保険としてゴン太を召喚したのであった。


 召喚している間に、レイラの姿は見えなくなってしまっていた。
 これは臭いで追跡してもらうしかないかと、アリスは足を止めて考えていた。


 ーーーーーーーーーー


 一方、二人の後を追う美姫であったが、二人のあまりの速さに、すでに見失ってしまっていた。
 仕方がない為、アリスに任せる事にして、自分は和斗の居るであろう保健室に向かう事にした。


 突然やってきた転校生。
 突然我が家に住み出した三人を、美姫は嫌いではない。むしろ、大好きだといってもいい。


 しかし大好きな兄が、突然、三人も可愛い女の子を、居候させると言いだせば、心中穏やかではない。
 レイラに関しては、和斗に好意を抱いているのは間違いがない。


 ホームステイだと言われたが、本当にそうなのだろうか?もしも、違ったら私は…。


 そこまで考えた美姫は、小さく首を振る。


「私って…嫌な娘だな…」


 二人だけの時間が減ってしまったのは、とても残念だと思う。だからといって、大好きなあの三人を、女子寮に行かせたいと考えてしまうそんな自分が、心底嫌いだ。


 そんな事を考えながら、美姫は和斗の居る保健室へと足を運ぶのであった。


 ーーーーーーーー


 校庭から僅か5分という脅威的なタイムで、レイラは学校の裏山の頂上に来ていた。


 静かな場所で、レイラは膝を抱え座り込んでいる。逃げるようにあの場を立ち去ったレイラであったが、何処かに行く宛がない。
 向こうの世界に帰ろうにも、アリスがいなくては帰れないし、このまま帰る訳にもいかないという事を、レイラ自身、きちんと分かっていた。


「…テト」


 大丈夫だっただろうか、そんな事ばかりが脳内を駆け回る。嫌な事から逃げ出してしまった自分。
 あのまま側についているべきだったと考えても、後の祭りというヤツだろう。


 両膝を抱え、顔を埋めているレイラ。


 自分の足元に、何かが触れていると気づいたのは、しばらく経った後であった。


「…ゴン…太?」


 舌を出し、可愛らしい表情を向けてくるゴン太に、思わず泣き出しそうになってしまう。
 動物や赤ちゃんなどは、こちらの事情などお構いなしだ。


 その、愛くるしい笑顔で、こちらの心をかき乱してくる。


「…わ、私は」 「アン!」


 ポロポロと溢れ出す涙をこらえきれず、遂に泣き出してしまうレイラを、ゴン太は優しく、甘く、両膝の上に跳び乗って、見守ってくれている。
 鳴く事もなく、ペロペロと舐めてくるわけでもなく、両膝の上で、体を丸めているだけであった。


 綺麗な毛並みである唯一の尻尾だけを、揺らしながら見守るゴン太の優しさが、今の自分にとって何より大切な時間になっていると、レイラは泣きながら考えていた。


「…わ、わかってます。このままじゃいけないって事ぐらい。で、でも私は、逃げ出してしまいました」


 泣きながら、自分自身に問いただすレイラ。
 ゴン太が答えてくれる訳ではない。
 ただ、誰かに聞いてもらいたいという衝動が、レイラを突き動かしていた。


「けど、このままじゃいけない。テトにきちんと謝らないと」


 何が悪くて、どうすればいいのかという単純な事を、ゴン太に話しながら考えていく。
 第三者からしてみれば、直ぐに答えは見つかるだろう。しかしそれは、第三者からしてみればの話しであり、当の本人からしてみれば別の話しだ。


 考えれば分かるような事が、考えても分からなくなってしまうこの心情?現状?を、何と例えればいいだろうか…。


 時間が解決してくれるという言葉があるように、時間が解決してくれなくなるという言葉がある。


 時間が経てば経つほど、気まずくなってしまう。
 下手したら、永遠に気まずいままという事だってありえるのだ。


 誰と誰が?


 答えは決まっている。


 私とテトだ。


 それだけは絶対にダメだ。


 右腕で涙をゴシゴシ拭くレイラは、お礼を伝えようとゴン太を見ようとした。
 しかし、レイラがゴン太を見た瞬間、嫌、レイラがゴン太を見ようとしたタイミングを計ってか、ゴン太の召喚魔法は解けてしまう。
 消えていくゴン太を見ていたレイラに、声がかけられた。


「フ、フン。仕方なく探してやったわよ」


 可愛らしい体育服の幼女が、そんな事を言いながらレイラの元へと歩み寄る。
 ほんのり頬が赤いのは、走ってきたからだろうか?


「…見ていたのですか?」


 単純に気になっただけであり、見られてもと考えているレイラ。勿論、睨んだつもりはない。
 しかし、何故か激しく動揺しだすアリス。


「みみ見てないけど」


「…けど?」


「見てないってこと!」


 何故か怒りだしたアリスを不思議に思いながらも、レイラはアリスに伝える。


「アリス」


「何よ!」


「ありがとう…」


「!?べ、別に心配したとか、そ、そんなんじゃないし、たまたま、通りかかっただけだし」


「っと、ゴン太にお伝え下さい」


「・・・」


 先ほどまで悩んでいた、泣いていたとは思えないレイラの返しに、思わず頬が緩むアリス。


「ほら、帰るわよ」


 サッと差し出される小さな右手。人間の心配をする現魔王軍のトップ。そんなアリスを、レイラは不思議に思っていた。


 "悪魔族や魔族は悪い者達だ"


 かつて教わったこの言葉を疑ってしまうのは、アリスを見ているからだろう。


 可愛らしい小さな手を握りしめながら、二人は学校へと戻っていくのであった。


 ーーーーーーーー


 学校に戻った二人は、カズトがいるであろう保健室へと足を運んだのだが、そこで待っていたのは、ナナだけであった。


「お帰りなさい」


 ニコッと微笑むナナに、レイラはまずは謝るべきだと考えて声をかけようとする。
 しかし、ナナの方が早かった。


「さぁ。校庭に戻りましょう」


 アリスが握っている手とは反対の手を握りしめ、ナナは引っ張るようにレイラとアリスを誘導していく。


 何が何だか分からないまま、アリスとレイラは校庭へと連れだされて行った。


 ーーーーーーーーーー


「しまってこーぜー!!!」


 そんな大声が響き渡るグラウンド。
 一体何を仕舞うのだろうかと考える三人。
 そんな三人に、声をかけたのは美姫であった。


「お帰りなさい、レイラちゃん。ハイこれ」


 笑顔と一緒に、手渡されたのは一つのグラブと白いボール。


「…美姫様。私は」


 戸惑うレイラ。
 無理もないだろうと、アリスとナナはレイラを見ながらそう思った。


「お兄ちゃんから伝言」


「…テトから?」


「全力で投げてこい、だって。どうする?」


 ニッコリ微笑む美姫。
 どうする?とは、また逃げ出したりしないよね?という意味だろうと、正確に理解したレイラは、バッターボックスに立つカズトの背中を見ながら、美姫に答えた。


「テトの命令は絶対」


 知らない人が聞いたら、どんな関係だよと聞こえるであろう危ないセリフを呟きながら、レイラはピッチャーマウンドへと向かって行く。


 マウンドに立つレイラであったが、顔を中々あげられずにいた。
 レイラの中では、保健室に行って、直ぐに謝罪の言葉を告げ、必要であれば、回復魔法を使おうと考えていたのだが…自分は今、マウンドに立っている。いや、立たされている。


 一体何故なのか?


 そんな事を考えていたレイラに、バッターボックスから声がかけられた。


「レイラ!!!」


「ハ、ハイ!?」


 声をかけたのは言うまでもなく、カズトテトだ。ならば無視など絶対にあり得ない。
 顔をあげ、バッターボックスに立っているテトを見るレイラ。


「全力で投げてこい」


「ハイ!」


 バットを遥か上空に向け、カズトは真剣な表情でレイラと向かいあっていた。


 テトの命令は絶対だ。


 小さく深呼吸をし、またぶつけたらどうしよう?という邪念を振り払うレイラ。


 ボールをギュッと握りしめ、レイラは大きく振りかぶって、ボールを放つ。


 この日一番といっていいほどの豪速球が、レイラの右手から放たれた。


 俺、死んだかも…母ちゃん、父ちゃん。


 そんなレイラの豪速球を見ながら、田中は目を瞑って、キャッチャーミットを構えていた。


 カン。


『キャー和斗くーん』


 そんな声が田中の耳に届き、そ〜っと目を開けると、ダイヤモンドを一周している和斗の姿が目に入る。


 グラウンドでは、遥か上空を見上げているレイラの姿も見える。


 そのレイラの表情は、とてつもなく嬉しそうな表情をしているという事に、アリスとナナ、美姫だけは気がついていた。


 ーーーーーー


 その後、次の授業である道徳を、野球大会にしようと言い出したお調子者の田中の提案を受け、急遽野球大会が開かれた。


 チームはアリスとナナ、美姫に和斗、そして…レイラのいるチーム編成でおこなわれる事となった。


「…テト、あの」


 謝らなければ、そう考えたレイラが声をかける。


「どうだレイラ?俺は凄いだろ」


 しかし、返されたのは、質問であった。


「レイラの球が当たったのは事実だ。俺が避けれなかったのも事実。しかし、結果は特大アーチ」


 だからな、と、和斗は顔を少しだけ赤くしながら告げる。


「気にしなくていい。どっちも悪くないんだから、謝る必要もない。それよりかは違う言葉を俺は期待している」


 思わず心臓が跳ね上がるレイラ。


 甦るのは昨日の光景。


 "好きです。付き合って下さい"


 何気ない日常の甘い1ページ。


 どれだけの勇気で告げたのか、想像もつかないあの台詞を言った青年に、尊敬すら覚えてしまう。


 自分も伝えようか?


 期待しているのは、その事なのかもしれない。


 かつてない緊張が、レイラを襲う。
 魔王サタンを前にしても、ここまでの緊張はなかった。


「…テ…ト」「ん?」


 大きく深呼吸をするレイラ。
 右手を胸にあて、両目を瞑って、再度深呼吸をする。伝えよう。そう決心したレイラが、両目を開けた…のだが、その両目に殺気が宿る。


「お兄ちゃん天才!プロ野球選手になれるよ!」


 ガバっと後ろから和斗に抱きつく美姫。


「こらこら。大袈裟だぞ」


 そんな美姫を優しくたしなめる和斗。


「プロ野球選手のお嫁さんかぁ…栄養士にでもなろうかなぁ…」


 ブツブツと呟く美姫の声は、幸か不幸か和斗の耳には届かなかった。


「だ、駄目ですよアリスさん」


「離しなさいナナ。あの馬鹿がアレだけ大きいのを打ったのよ?主人としての威厳を見せなくてはいけないのよ」


「で、でも、バット5本なんて、無理ですよ」


 バットを5本両手に持ち、バッターボックスに向かおうとするアリスを、必死に止めるナナ。


「カ、カズトさん」


「やれやれ…おーいアリスー」


 ナナの要請を受け、渋々腰をあげる和斗。


 結局、レイラの思いは、伝える事が出来なかった。


「ねぇ、レイラちゃん」


 無言でカズトの背中を見送るレイラに、美姫が話しかけてくる。


「焦らなくても大丈夫だよ。それよりも今は、この瞬間を、今という時間を、大切にしましょう」


「・・!?」


 まるで、自分の考えが分かったような口振りに、思わず心臓が飛び出しそうになるレイラ。


「…そう、ですね」


「けど、負けないからね」


 ニッコリ笑う美姫の笑顔を見ながら、レイラは返事をする。


「私も、負けません」


 何に対してかなど、言わなくても分かっている。


 いつかきっと、伝えなくてはならない。


 貴方の事が…大好きです、と。


 空は快晴、絶好の野球日和であった。

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