世界は「 」にあふれている

伊達\\u3000虎浩

第2章15

 
 美優姫が泥棒と対峙している頃、みなみは男と対峙していた。


「ひっひひひ。先に言っておくぜぇ」


「・・・」


 サバイバルナイフを舐めまわしながら、男はみなみを下半身から見上げる。
 みなみは無言であった。


「このナイフで切り刻んだ後、ひひ。たっぷり可愛がってやるぜ?」


「・・一応聞くけど、何故こんな事をするの?」


 みなみには解らない。
 嫌、みなみに限らず、殺人者の気持ちなど解る人がいるだろうか?


 みなみは刀を使う者として、相手の命を絶つ事にためらう事はない。
 銃にしろ、刃物にしろ、当たる所が悪ければ死に至るのだ。
 助かったとしても、私生活に支障がでる怪我を負う事もある。


 命を絶つ事をためらうぐらいであれば、初めから持たなければいい。


 それがみなみの心情である。


 しかし、こんな人でもだ。
 誰かの為に戦っている。人質が取られていて、仕方なく戦っている。
 こう言った理由があるのであれば、命を絶つ事に少しの抵抗はあるのだ。
 抵抗があるだけで、絶つ事を辞める理由にはならないのだが、それでもだ。


 死ぬ前に何か言い残す事はあるか?みたいな事で、みなみは聞くのであった。


「はぁ?人を殺して気持ちよくなった後、更に気持ち良くなれるなんて、最高じゃねえか!金はそいつから奪えばいいしな!」


「・・・そう」


 男の答えを聞いたみなみは、つまらなさそうに答えてから、刀を構え直した。


「ひゃはっはは!覚悟は決まったか?」


 炎上する車。


 狭い路地裏で刀を持つみなみと、サバイバルナイフを持つ男が対峙している。


 間合いを取ろうと思った男は、高笑いしながら右に動こうとした。


「・・あ、あぁん?な、なななんで、俺が天を仰いでんだよ」


 バン!っと音がしたかと思うと、自分の足首が熱い。


 気付いた時には、暗い空を見上げている。


 足を切られた事を実感した男は、パニックであった。


「お、おい!ちょ、ちょっと待て!!お、俺の、足に、俺の足に何をしたぁぁぁぁ!」


 叫ぶ男は、先ほどまで対峙していた女を、床に寝転がりながら目で追った。


 女は背中を見せ、スタスタとこの場を後にしようとしていた。


「ちょ、ちょっと待てよ!どどどこに行く」


 そう質問すると、無言で歩いていた女は、持っていた刀をキン!っと鳴らす。


「あばあbkwp」


 声にならない声をあげる男。


「しゃべらないでくれる?気持ち悪いから」


 みなみはそう言って、その場を後にした。


 炎上する車。


 その隣に、足首と首から頭部がない男の体が転がっているのであった。


 ーーーーーーーー


 伊織とニックは、とある部屋に入っていた。


「お、おい。これは、どういう事だ?」


 暗い部屋に、自分一人だけを閉じ込めようとする伊織の行動が、理解できなかったのだ。
 聞かれた伊織は、舌打ちしたい気分だったが、相手は副大統領であり、任務対象者でもある。
 流石に舌打ちは出来ない。


「・・ニック副大統領。ここに隠れていて頂けませんでしょうか?」


「な、何故かね?」


「任務は貴方の命が最優先。しかし、美優姫に何かあったのは明白。みなみも戦闘中。俺も戦闘になれば、貴方を守っている余裕がない」


「い、いつまでだね?私はいつまでここにいればいい?」


 知らねぇーよ。
 そう思うが、そんな事が言えるはずもない。


「…申し訳ないですが、美優姫、みなみ、エルザにはこの事をメールしておきます。一日経っても迎えがこない場合は、俺たちが死んだと思って下さい」


 死んだ。
 その単語に、ニックは冷静差を取り戻した。


「つまりは、ここに居ても死ぬかもしれないということかね?」


「お言葉ですが、副大統領。貴方は副大統領だ。副大統領である限り、貴方はいつ死んでもおかしくない」


 目をそらす事もなく、伊織は自分の思いを伝える。


「ふふふははははははは。全くその通りだ。わかった。ここに隠れているよ。伊織君」


「…はい」


「この国の未来…頼んだぞ」


「…扉を4回、10秒後に6回叩いた場合は、俺たちの内の誰かだと思って下さい」


 ニックからのお願いには返事をせずに、伊織はそう言い残してから扉を閉めた。


 彼は、この国の未来などに興味がない。


 彼は、この国の大統領に用があるのだ。


「…さて、と。邪魔なヤツはいなくなった」


 携帯で時間を確認し、大統領と待ち合わせした場所までの時間を計算する。


 今回の襲撃から、大統領は来ないと思われる。
 しかし、待ち合わせの場所には、誰かしらが来ているはずである。


 大統領は、ニックの命を狙っている。それは明らかなのだから、いないハズはない。そう決めつけて、伊織は走り出すのであった。


 ーーーーーーーーーー


 美優姫は、大急ぎでビルを後にする。


 狙撃ポイントが、まさかの泥棒に入られるというアクシデントがあり、狙撃を断念しなくてはいけなくなってしまったのであった。


 この任務は、四人だけの秘密だ。


 エルザからの指示。
 その為、警察に職務質問、または、支援要請を受けるのはマズイ。


 ここに何をしに来たのか?


 AGRなのであれば、泥棒を捕まえる支援を!


 そんな事に、構っている場合ではない。


「そんな事…なのでしょうか?」


 不意に疑問に思う。


 事件に小さい、大きいはない。
 助けを求められたら、助ける。これがAGRだ。


 そうだったのではないか?


 し、しかしだ…今もこの瞬間。みなみや伊織が危ないかもしれない。


 頭を小さく振り、隣のビルに飛び移った美優姫は、エレベーターが使えない事を確認すると、階段を一気に降りて行くのであった。


 ーーーーーーーーーー


 サバイバルナイフを持つ男を瞬殺したみなみは、伊織からのメールを受けていた。


「あの馬鹿…また単独行動して」


 ニックを隠した場所、合流方法、自分は大統領との待ち合わせ場所に向かう。その事だけがメールされていた。


「……ちっ。こんな時に」


 走るみなみの視界に、20人ぐらいのチンピラが目に入る。


「はっははは。ほらお嬢ちゃん!鬼ごっこしようぜ!日本人の得意技だろ?」


 軍人崩れのような、ガタイの良い男が笑いながら、話しかけてくる。


「…鬼ごっこねぇ。一応聞くけど、何人かしら?」


「30人だ。はっははは。捕まって、30人に廻されるけど、準備はいいか?」


 いやらしい目つきをする男に、みなみはニヤリと笑う。


「うぎゃぁぁぁあ。耳が、耳がぁぁあ!!」


 いやらしい目つきをしていた男の右耳が、宙を舞う。


「ほら、逃げなさい。死にたくないヤツは、わたしから逃げて見せない」


 刀を抜刀し、みなみの目が鋭く光る。


「殺す。いや、口を縛って玩具にしてやる…死んだ方が幸せだったと、後悔させてやる…クソがぁぁあ!」


 美優姫が階段を駆け下り、伊織が大統領との待ち合わせ場所に走る頃、みなみの戦闘が始まりを告げるのであった。

コメント

コメントを書く

「現代ドラマ」の人気作品

書籍化作品