世界は「 」にあふれている

伊達\\u3000虎浩

第2章7

 
 初日の任務を終えた伊織。
 任務といっても、施設を案内されただけであり、現在時刻は19時を過ぎたところである。
 とりあえず宿舎に戻る事にした三人は、部屋の前まで来ていた。


「ここに泊まるのか?」


「えぇそうよ・・最初に言っとくけど、覗いたらわよ」


「・・・あぁ」


 覗くわけがないと伊織は思ったのだが、口にはしなかった。
 どうやらアメリカに滞在中は、みなみと美優姫の三人で暮らすみたいだ。


「わ、私だって本当は嫌なのよ!に、任務だから、し、仕方なくなのよ」


「・・・開けていいのか?」


 何故か顔を赤くしているみなみに、伊織は開けていいのかをたずねた。
 女性の部屋にお邪魔するということは、一応配慮してから入るべきだと判断したからである。
 部屋に入るなり、下着が散乱していたら気まずくなるからだ。


「ま、待ちなさい!全くもう!デリカシーって言葉を知ってる?ねぇ?」


「・・・いいから早く行け」


 だからこそ、開けていいのかとたずねたし、それを言うのであれば、明日自分伊織が来ると解っているのだから、片付けておけばいいのではないかと思ったが、口にはしなかった。
 ちょっと待ってなさいとみなみに言われ、部屋の前で待機する伊織。


「ん?お前は行かないのか?」


「・・・散らかしているのはみなみですから」


 眠そうにしている美優姫と、部屋から聞こえる何かが倒れる音を聞きながら、伊織は待機するのであった。


 ーーーーーーーーーー


 入っていいわよと言われ、部屋に入る伊織。
 シャンプーなのか、洗濯用洗剤なのか、香水なのか・・とにかく甘い匂いが漂っている。


 部屋は1LDKの広い部屋。
 玄関を開けて、右側にトイレ。
 左側にお風呂場と洗濯機がある。
 中央のドアを開けると、四角いガラステーブルに、茶色いソファー。
 茶色いテレビ台の上には、大きなテレビが置いてあった。


「お前ら任務で来てるんだよな?」


 思わず聞いてしまう。
 嫌、むしろ聞かずにはいられないだろう。
 茶色に統一された家具の数々。
 任務で来ているのであれば、そこまでする必要などないはずである。


「その辺の事も含めて話す必要があるわね。伊織。飲み物を持ってきて」


 これから大事な話しだと理解している為、文句を言わずに冷蔵庫まで飲み物を取りに行く。
 ガチャっと冷蔵庫のドアを開けた伊織は、固まってしまう。


(あいつ等・・嫌、みなみか・・気にしているのか?)


 冷蔵庫の中には、大量の牛乳がストックされていた。
 身長を伸ばしたいのか、胸を大きくしたいのか。
 遺伝子的な問題では?と思った伊織だったが、聞く勇気はなかった。


 マグカップにコーヒーを入れ、角砂糖と牛乳を入れる。
 みなみと美優姫も同じ物を注文してきたので、みなみのコーヒーだけ、少し多めに牛乳を入れてやった。


 コーヒーをコースターの上に置いて、ソファに腰掛ける伊織。
 テーブルをL字で囲んでいるソファの、一人用の部分に腰掛け、みなみと美優姫も腰掛けた。
 コーヒーを一口飲み、美味しかったのか、不味かったのか。
 みなみが驚いた表情をしていた。
 不味かったら文句を言うに違いないので、おそらく美味しかったのであろう。


「さて、さっきの質問に答えましょうか」


「あぁ。お前らがアメリカに駆り出されているとなつきやあいからは聞いていたが」


「駆り出されているのではなく、志願したのよ」


「美優姫もか?」


「いえ。みなみと私はペアですから」


「なるほど・・しかし、何で志願したんだ?」


 美優姫の言うように、みなみと美優姫はペアコンビである。


 遠距離のスペシャリスト。
 射撃の歌姫と呼ばれる美優姫彼女


 中、近距離のスペシャリスト。
 一殺のみなみと呼ばれるみなみ彼女


 最強ペアと呼ばれる彼女等は、良く一緒に任務をこなしていた。
 遠距離からの狙撃。
 かわされた所へ近距離からの抜刀。
 屋外で彼女達に遭遇した犯人は、まず間違いなく捕まってしまうだろう。
 そんな二人に、良く伊織は付き合わされていた。


「私からもアンタに質問があるわ。何故あんな事をしたのよ」


 あんな事とは、卒業試験での事だ。
 伊織は、容疑者を射殺している。
 エルザに会う前に、みなみから殴られたのはこの所為である。


「・・・すまない」


 短い沈黙。
 伊織は理由を話さなかった。
 嫌、話せなかったが正しいのだろう。
 だからこそ、エルザは付き合っていたなどと嘘をつき、話しをうやむやにしたのだ。


 幼き頃、母親を強姦されている伊織にとって、それはとても許せない事であった。
 だからと言って、人を殺していい理由にはならない。
 無論、伊織は充分理解している。


「ふん。まぁ話せない事情があるのでしょうから、これ以上は聞かないわ」


 短い沈黙、伊織の表情、その二つでみなみは、伊織が絶対に話さないと判断した。
 みなみや美優姫自身、人を殺めた事はある。
 人を殺める覚悟がなければ、この仕事はできないだろう。
 人質立てこもり事件を解決するには、犯人を射殺する必要があるからだ。


「・・さっき志願したって言っていたが、何故だ?」


「日本にはアンタやなつきがいるじゃない。だからよ」


 優秀な人材が多数集結する必要があるか?そう考えた時、みなみの中では必要ないと判断した。
 また、国際事件が数多く存在する中で、自分が日本との架け橋的な役割になろうと考えていたからでもあった。


「残念ながら"この世界は犯罪に溢れている"。それは否定できないはずよ。だからこそ、私は警察官を目指しているわ。AGRにスカウトされた時は迷ったけどね」


 警察内部身内を取り締まる役割を担っているAGRに入る事に疑問を抱いたみなみであったが、エルザの側で話しを聞き、実際に捜査に加わってみて、AGRの大切さを学んだみなみは、AGRに入る事を決意したという。


「そうか。美優姫も同じ意見なのか?」


「私の力を最も必要としているのはこの国です」


 日本では、人質立てこもり事件など滅多に起きない。
 また、凶悪犯罪係数で言えばアメリカは毎年一位である。
 おそらく、みなみにそう言われたのだろう。
 考え方は人それぞれである。
 両親、あきなを殺した犯人である、シーサー大統領、バロンという男を殺す為だけに警察官を志した自分とは違う、立派な目標ゆめではないか。


「さてと。そろそろ本題に入りましょう。現在私と美優姫は、大統領選挙に関する情報収集をしているわ」


「日本からの観光客を装っています」


「なるほど。それで?首尾はどうだ?」


「アンタも知っての通り、毎回この時期になると死人がでる。すでに10人は亡くなっているわね」


「・・・異常だな。死因は?」


「爆発に巻き込まれて死んでるわね」


「なるほど・・厄介だな」


 おそらく爆弾テロを装っての事だろう。
 射殺、焼失、水没死など、色々な死に方がある中で、爆発が一番厄介だと、伊織は考えている。
 何故なら、死体がバラバラに吹き飛ぶからだ。
 射殺や焼失、水没死なら死体の解剖である程度手掛かりがつかめる。
 弾痕から角度、弾の種類がつかめる。
 弾の種類を元に調査できるだろう。
 水没死なら死体の皮膚から犯人のDNAが、発見されるかもしれない。
 焼失なら、死後硬直からアリバイがない人物をピックアップできる。


「ええ。死体は全てバラバラ。どれがどれだか解らないぐらいのありさまね。その事から自爆しているか、あるいわ・・」


「監禁されていて、タイマーか何かで殺害かか」


 最も近い位置にいないと、身体がバラバラになる可能性は無いと言っていいだろう。
 遠くから爆破されたとするならば、腕なり、足なり、頭なり、どこかしらくっついているはずである。


「いい伊織。単独行動はつつしみなさい」


 みなみの真剣な表情を前にして、伊織はこくりとうなずくのであった。


 次回第2章8

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