世界は「 」にあふれている
第2章6
左腕がない・・クソ。
じっと見ていていいものでもない。
相手からしたら、ふれてほしくない事だってある。
それなのに思わず口にしてしまった自分に、腹がたってしまう。
「ほぅ。いっちょ前に気をつかえるようになったか・・あぁ三人共。かけたまえ。コーヒーしかないが・・砂糖はいるか?」
エルザは特に気にした様子も見せず、席に座るよう指示を出す。
左腕を無くした日からこれまで、歩けば皆振り向き、対峙すれば目線は必ず左腕にいく。
日常茶飯事ということわざを、かつて伊織の父親から教わった事を思い出したエルザは、左腕を見られる事よりも、その事を思い出してしまう事の方が憂鬱であった。
「失礼ですが教官。伊織とは知り合いなのですか?」
二人のやり取りを聞いていれば、そう思うのが当然だろう。
さて、どうするべきか・・。
知り合いだと答えれば、いつ?どこで?何故?という英語の授業で習った3Wの質問がくるだろう。
伊織はエルザに目線わ合わす。
伊織はこの二人なら、いや、かつてクラスメイトであったあの6人になら、話してもいいと考えていた。
巻き込みたい訳ではない。
同情をかいたい訳でもない。
なら、何故?と聞かれたなら、あの6人はいずれ警察や軍の関係者になる可能性が、最も高いからである。
自分が警察官になりたい理由を知っていれば、その理由にかんする情報をくれるかもしれないからだ。
伊織は出されたコーヒーを一口飲みながら、そんな事を考えていた。
「ん?あぁ。昔付き合っていたのだよ」
「ブー!!ゲホッハァ」
「し、失礼しました」
野暮な事は聞くなよと、エルザのウィンクでくぎを刺されたと思ったみなみは、顔を赤くして謝罪する。
熱いコーヒーを飲んでいた伊織は盛大にむせた為、ノドが火傷しそうだった。
「やれやれ。相変わらずだな君は」
わざとらしく相変わらずにアクセントをつけるエルザ。
こんな事が付き合っていた頃にもあったなと、言いたげなエルザであるが、それは違う。
そもそも付き合ってなどいない。
「・・・仕事の話しをしよう」
緊張感が無さすぎる。
伊織は少し怒った口調になってしまったのだが、エルザにはあまり効果がなかった。
「そうだな。まずはここが何処なのかを説明するべきだろう」
そういうとエルザは、リモコンを操作しモニターを映し出した。
ここはAGRといった機関である。
Aはアメリカ。
Gは合衆国。
Rは連邦捜査局の略である。
この機関は主にアメリカの裏側を捜査する機関である。
表は一般の警察官やFBIが捜査する。
テロなどの凶悪犯罪にはS.W.A.T.が、海外などに逃げた犯人にはCIAなどなどだ。
そしてAGRは、それらの裏側を捜査しているのだという。
「・・・裏側?」
「あぁそうだ。例えばコレを見たまえ」
男の写真が映し出される。
この男は、かつてスパイ活動をしていた。
彼は何らかの情報をロシアに持ち帰る寸前で、AGRがスパイだと突き止めて、未然に防いだとと記されている。
「もしもこの情報がロシアに渡れば、戦争になっていたかもしれない」
かもしれない。
戦争にならずに、もしかしたら科学の発達になったかもしれない。
エルザはこの男が何を盗んだのかは、解らないと言う。
AGRの情報スタッフが彼のパソコンをハッキングした際にスパイだと判明した為、逮捕したとの事だ。
だからこそのかもしれないなのだ。
「かもしれない・・か」
「あぁ。彼にしか解らない暗号でな。彼は自分だけのオリジナルの漢字を作ったのだよ」
「ロシア人がか?いゃ、待てよ」
「あぁそうだ。ロシア人だからこそのカモフラージュになると考えたのだろうがな。なぁ伊織。さんずいに魚と書いたら漁だろ?氵六で何と読む?」
「なるほどな・・だからこそのかもしれないか」
「あぁそうだ。残念ながら口をわらない。いゃ、だからこその工作員なのだが」
現在アメリカは医療に力を入れている。
同時に軍にも力を入れている。
エルザとしては医療の発達は望ましいと思うが、スパイ活動で得た医療の発達は望ましいとは思わない。
スパイ活動で得た情報に間違いがあった場合、取り返しがつかないからだ。
また、軍の秘密が漏れれば、戦争の引きがねになりかねないと考えている。
「この機関が何をする所なのか、この男が何なのかは解った。俺を呼んだのは何だ?暗号を解けという訳ではないだろう」
そんな訳がないと解りながら、伊織はエルザに質問する。
「あぁ。伊織にはみなみと美優姫のサポートに入ってもらう。詳しい詳細は二人から聞きたまえ」
「了解。なぁエルザ・・いゃ、何でもない」
「ん?夜這いなら明日にしてくれ」
「・・・・!?」
「するか!!」
エルザのからかいに、みなみは顔を赤くし動揺するのだが、美優姫は立ったまま寝ていた為、聞いていなかった。
あの日の約束を守ってくれていてありがとうという伊織の気持ちは、エルザに伝わらなかった。
AGRはアメリカの裏側を調べている。
つまり、シーサー大統領も対象となっているはずだ。
「ったく。おい美優姫おきろ。行くぞ」
「し、し失礼しました」
部屋を出て行く三人を見送ると、エルザは足元に隠しておいた義手をはめる。
「やれやれ。ここまでくるとはな・・やはりあの男の息子だという事か・・あぁ解っている。後、少し、後少しで・・。」
ワタシノフクシュウハオワル。
思わず口元が緩んでしまうエルザであった。
ーーーーーーーーーーーー
エルザの部屋から出た三人はまず、伊織のセキュリティーカードの申請に立ち寄った。
持っていないと不便だという理由もあるが、毎回伊織の側にいないといけないのが面倒くさいという理由が一番の理由であった。
「いい伊織。ここのトップはエルザ教官よ」
「・・・だろうな?」
みなみが何を言いたいのか解らず、疑問形になってしまう伊織。
「だけどあんたにとってのトップは私よ」
「・・・どういう意味だ?」
「エルザの案です」
伊織の質問に答えたのは、美優姫であった。
「エルザは現場にはあまり来られません。そこで私とみなみに伊織の監視役の話しがまわってきたのです」
「あの腕では現場は難しいだろう・・ん?なら美優姫もなのか?」
美優姫もみなみと同じかという質問に、小さく首を横に振る。
眠そうな瞳を見て、納得してしまう。
面倒くさいのはお断り!そういう事だろうと、伊織は解釈した。
そんな雑談をしている間に、セキュリティーカードが発行される。
「まずはコレを持って、施設をまわるわよ」
「・・・あぁ」
そんなものは必要ないと伊織は思ったが、口には出さなかった。
しかし、みなみの目は誤魔化せない。
「いい伊織。万が一に対してのことよ。真剣に覚えなさい」
例えば、敵のスパイが給湯室にいるとしよう。
給湯室に行ってこいと指示を受け、給湯室を探している時間などない。
まずはどこに何があるのかを、記憶する必要があるのだ。
このセキュリティーだらけの施設に、侵入しようとする馬鹿はいないと思うが、万が一がある。
みなみの万が一は、こういった意味だろうと伊織は解釈した。
みなみが先輩風を吹かせながら、一つ一つの部屋を丁寧に説明する。
伊織のアメリカ初日の任務は、施設巡りで終わるのであった。
次回第2章7
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