世界は「 」にあふれている

伊達\\u3000虎浩

第2章2

 
 忘れたい記憶。


 忘れられない記憶。


 これら二つの記憶は、イコールで結ばれていると思われる。


 何故ならば、最も印象に残っている記憶だからではないだろうか。


 ーーーーーーーーーーーー


 伊織とあきなが入った建物の中で、二人は母親を発見する。
 しかし、発見した母親は両手を縛られ、全裸で横たわっているという、奇妙な姿で発見された。


 あきなは伊織に顔をうずめ、伊織は両目に涙を溜めて、プルプル震えていた。
 クソ、クソと、呟く伊織。
 それから数分経った時、伊織は気づいた。


「びょ、病院に連れて行かないと」


 ぼーっと、突っ立っている場合ではない。
 自分の目の前で、母親が強姦されたであろう姿を見つけてしまったのだ。
 何とかしないと、手遅れになってしまうかもしれない。
 しかし、ピクリとも動かない母親。


「ひ、ひっぐ・・い、いぎでるの?」


 あきなは泣きながら質問する。
 伊織は、両手を縛っているロープを引きちぎろうと、必死に引っ張りながら答えた。


「生きてるさ!」


 思わず大きな声を出してしまった伊織は、自分の大きな声で、冷静さを取り戻した。
 ゆっくり振り返る伊織。
 そこには、両手で両目を擦っているあきながいた。


(お、落ちつけ。親父に言われたじゃないか)


 あきなを守るのは、お前かおりの役目だと。


 伊織は、ゆっくりあきなに近づき、優しく抱きしめてから声をかけた。


「怒鳴ってしまってすまない」


 まずは謝罪から入る伊織。
 あきなもまた、伊織が怒鳴ってしまった理由を充分理解している為、反論する事なく黙ったままうなずいた。


「落ちついて聞いてくれ。おそらく母さんは、誰かにここで襲われた可能性が高い」


 可能性が高いと表現したが、間違いなく襲われている。
 そうでなければ、拘束されている理由も、全裸の理由も説明がつかない。
 また襲われたと言ったのは、殺されたと言いたくなかったからでもあった。


「という事は、ここに犯人が戻ってくる可能性があるという事だ」


 犯人が戻ってきた場合、自分達は殺されてしまうだろう。
 目撃者は、殺されるのが決まりみたいなものだ。
 本当であれば殺してやりたい所だが、あきなを守る事の方が重要である。
    ロープをほどかなくて良かったと、伊織は安堵した。


「ここから急いで出よう。出て親父に知らせるんだ」


 両肩を強く握り、真剣な眼差しであきなの瞳をのぞきこむ。
 あきなは無言だったが、こくりとうなずいてくれた。


 あきなの手を握り、母さんごめんと心の中で謝りながら、伊織は扉の方に歩きだそうとしたのだが・・コツン。コツン。


 廊下から足音が聞こえてきたのは、伊織が決心したまさにその時であった。


 ーーーーーーーーーー


 だんだん近づいてくる足音を聞き、伊織は部屋の中を見渡した。
 窓は針金が入った窓で、鉄格子がついている為、割って出るのは不可能である。
 階段は登っていない。
 つまりここは1階。
 犯人をうまくやり過ごせば、この建物から出られるはずだ。
 もしかしたら、犯人じゃないかもしれないしな。
 高鳴る鼓動を感じながら、伊織は小さく息を吐いた。


「あきな。こっちだ」


 部屋の隅にあった小さなロッカーに、隠れる伊織とあきな。
 息を殺し、あきなを自分の胸に押し付けながら、伊織は部屋の様子をロッカーの中から盗み見る。


「ふ〜あっちぃな」


 部屋に入ってきた男は、右手で顔をパタパタ仰ぎながらそんな事を呟いていた。
 その様子を見ていた伊織は、あきなの口元を右手で隠す。


 部屋に入ってすぐベッドがり、母親の死体が見えるはずである。
 死体だと気づかなかったとしても、全裸の女性が横たわっているのが見えていないはずはない。
 それなのに、そんな呑気な事を言っている人物は犯人しかいないだろう。


「スッキリしとくか」


 犯人らしき男はおそらく20代前半の男であり、モヒカンヘアーでピアスをジャラジャラつけている。
 犯人の声が聞こえたのだろう。
 あきなが震えているのが、見なくてもわかった。


(スッキリ?なんだ・・?)


 男の言葉の意味を考えるのだが、伊織には解らなかった。
 ロッカーの隙間から部屋の様子を見ていると、ピアスだらけの男は、ベルトを外している所であった。
 小便でもするのかと思い、目を逸らす伊織だったのだが、ベッドがきしむ音が耳に入り固まってしまう。


 男は死体ははおやで、〇〇〇するつもりだったのだ。
 嫌、つもりだったではなく、実際にしようとしているのだから・・うっ。伊織は口元をおさえた。
 そうしないと、吐いてしまいそうだったからだ。
 あきなが震えながら、抱きしめてくれなければ、吐いていたかもしれない。
   それに 好きな女の子の頭に、吐く事なんてできないしな。


 ーーーーーーーーーー


 伊織が、再びロッカーの中から部屋の様子を盗み見ると、男は上半身裸であり、下はパンツ姿、急いでいたのか面倒くさいからなのかは解らないが、ズボンは半分だけおろしている。
 マイケル達、男連中だけでそんな話しをした事があるが、まさか自分の母親で見る事になるとは思いもしなかった。


(今ならやれるか?)


 男は母親を、舐めまわしている。
 どうやらまだ、コトはすまされていないみたいだ。


(ダメだ!殺るのは今度でもいい。とにかく今は・・。)


 あきなを連れて逃げるのが最優先であり、この男クソやろうを殺すのはいつでもいい。
    もし失敗したら、二人とも殺されてしまう。
 伊織はそう決意し、逃げる算段を立てる。
 コトが始まった瞬間にロッカーを開け、あきなを連れて逃げる!伊織はそう判断した。
 しかしその為には、ロッカーから部屋を見ていないといけないという役目がある。


(クソ!クソ!いつか・・いつか必ず・・。)


 殺してやる。


 伊織の頬を伝う何かに、あきなは気づいていた。
 悲しくなくても涙がでるという事を、伊織はこの時初めて知った。


「ふー。こんな所で日本人に会えるなんてな」


 犯人は独り言を言っている。


「アメリカ人じゃぁ物足りなかったからなぁへっへへ」


 男がパンツをおろしはじめた。
 伊織はここだ!っとロッカーを開けて逃げようとしたのだが、体がピクリとも動かない。


(・・!?)


 伊織に動揺が走る。
 あきなを連れて逃げるなら、今しかないというのに、体が固まってしまい、まるでいう事を聞いてくれない。


 精神的にも肉体的にも、ダメージが大きかったということに、伊織は気づいていなかった。


 精神的にというのは、いうまでもなく母親の死体や、あきなを守るんだという使命感、犯人が目の前にいるという緊張感である。


 肉体的にというのは、狭いロッカーの中で、人間二人が隠れていると、当然酸素が足りななくなってくる。
 密閉空間ではないので、酸素が無くなる訳ではないのだが、犯人に気づかれないようにしなくてはという事で、呼吸をあまりしないようにしていた事も理由の一つであった。


 つまり伊織は現在、酸欠状態であり、筋肉が硬直してしまっていたのであった。


(頼む。今しか無いんだ!逃げるには今なんだ!)


 脳に信号を送る。


(動け!動け!動け!動け・・頼むから)


 きしむベッドの音が、耳に入ってきた。


(クソ、クソ、クソ、クソ野朗が!!)


 犯人に対してなのか、いうことを聞かない自分の体に対してなのか。
 おそらく両方に対してだろう。
 伊織が心の中で叫ぶと、犯人の声が聞こえくる。
 その声は、伊織とあきなにとって、とても重要な意味を持っていた。


「イッ、テ!なんだこのクソ犬ッテテテ」


(い、犬?ま、まさか・・ゴン太?)


「ウーー。アンアン」


 ゴン太の声を聞いたおかげなのか、伊織の体から力が抜け、少しだが動けるようになった。
 急いでロッカーの隙間から、部屋を見渡す伊織。


「ジャマすんじゃねぇよ」


 犯人の男は、バッとベッドから飛び降りると、パンツを履き直し、ズボンに手をかける。
 犯人の男がズボンに手をかけた所を、ゴン太が猛スピードで噛みつきに走る。
 ゴン太は、主人ははおやを守ろうとしているのだ。


(ゴン太・・お前ってやつは)


 伊織は思わず笑ってしまっていた。
 声を出さずに笑う伊織は、ここしかないと決意する。
 あきなの手を、ギュ、ギュと、2回握って合図を送る。
 伊織は、あきながうなずくのを見て、自分の考えが伝わったと判断し、小さく深呼吸をする。


「キャンキャン」


「手こずらせやがってクソ犬が」


 ロッカーの隙間から再度覗き、タイミングを計る伊織。
 ロッカーは入り口から見て、右の奥に位置しており、ベッドがあるのはロッカーの正面である。
 逃げだす為には、犯人が部屋から出るか、ベッドの上で眠るか、ロッカーの反対側、入り口から見て左奥に移動してもらう必要がある。
 そうしなければ、ロッカーを開けた途端に、犯人に入り口を塞がれてしまう恐れがあるからだ。


(ゴン太・・すまない。もう少し、もう少しだけでいい。頑張ってくれ)


 うまく逃げきる事が出来たなら、毎日美味しいドッグフードを、親父に買ってやるように頼んでやるからと、伊織はゴン太に念を送る。


「オラよ!ってイッテェ」


 犯人の男が右足をあげると、ゴン太は左足首に噛みついた。
 思わず尻餅をついた犯人は、右足でゴン太を蹴飛ばした。


「キャウンン」


 壁に激突したゴン太は、ヨロヨロと立ち上がった。


(クソ、クソ!もう少し、もう少しだけだから)


 右手であきなの手を握り、左手はモップを握り締めている伊織は、ゴン太頼むと再度念を送った。


(ゴン・・太?お前・・)


 様子がおかしい。
 一度立ち上がったゴン太は倒れ、再度立ち上がったのだがフラフラであった。


 "後は頼んだよ"


 何処からか、誰からかは解らない。
 だがしかし、確かにそんな声を聞いた。
 声がしたかと思えば、ゴン太はロッカーの反対側にゆっくり走りだしていく。
 犯人の男は両手を広げ、笑いながらゴン太の元へと歩みより、ゴン太を踏み潰そうと足を上げた。


「手こずらせやがってクソ犬が」


(今だ!)


 バンッと勢いよくロッカーを開け、モップを持った伊織は、犯人目掛けて突進する。
 一歩目で、ロッカーとベッドの間に足をつけ、二歩目でベッドの上を踏み跳躍する。
 犯人が何事かと振り返った時には、伊織がモップを振りかざしている時であった。


「ガ、ガキだぁ?嗚呼!痛え」


「ハァ・ハァ・あきな!逃げろ」


 モップの先端で思いっきり殴ったが、犯人の男は血を吹き出すだけで、意識は失っていなかった。
 子供の力とはいえ、不意打ちだったんだぞと、伊織は驚くが、今はそれどころではない。


「な、何してる!早く行け」


「で、でも・・伊織を置いて行けない」


「すぐに追いかけるさ。いいから行くんだ」


「い、いや「行くんだ!!」


 あきなの言葉を遮り、伊織はモップを強く握り締め、伊織に命令されたあきなは、泣きながら部屋を出て行った。


「イッヒィヒヒヒヒ。おいガキ。見ろよ血だよ血。痛えんだぜぇオイ?」


「・・殺す」「あぁーん?何ブツブツ言ってやがる」


「殺す、できる、俺は、強い」


 自己暗示のように、何度も何度も繰り返し呟く伊織に対し、犯人の男はゆっくりと立ち上がる。


「聞こえねぇよ」


「殺す、できる、俺は、強い、だから・・」


 ウワァァァっと叫びながら伊織は、モップを振りかざした。
 伊織は剣術を習った事がない。
 マイケル達と、チャンバラごっこなどで遊んだ事はあるが、実際にモップを振りかざす事などまずない。
 その為、モップが重いという事を伊織は知った。
 さっき振りかざした時より重く感じるのは、さっきより興奮していないからなのだが、伊織は気づかなかった。
 無論、気づいた所で、どうしようもないのだが。


「へっへへ。あらぁよっと」


 伊織の攻撃は軽くかわされ、犯人の男の右足が飛んできた。
 サッカーボールを蹴るみたいに、伊織を蹴り飛ばす。
 軽がるとロッカーまで吹き飛ぶ伊織。


「おっと死ぬなよ?」


「・・・。」


 今更、誰かを殺す事をためらっているのだろうか?
 蹴り殺す勢いで蹴っておいて、死なれては困るなど訳が解らない。
 頭から血を流しながら、伊織はそんな事を考えていた。
 そんな伊織に対し、男は奇声をあげた。


「イーヒッヒヒヒ。さっきの女を捕まえてよぉ、楽しむ所をお前に拝ませてやりてぇからよ」


「・・・!?」


 犯人の言葉を聞いた伊織。
  女をと言う言葉を聞いて、伊織の中で何かが弾けた。
 

   だから死ぬなよだと?ふざけやがって。


 犯人は固まってしまった。
 先ほどとはまるで違う雰囲気を醸し出す少年は、頭から流れる血をペロリと舐めたかと思うと、不気味な笑みを浮かべていた。
少年を見た男は、冷や汗を流している事に、全く気づかないのであった。

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