世界は「 」にあふれている

伊達\\u3000虎浩

第2章1

 
 日本を飛び立った伊織は、現在アメリカに向かっている。
 軍の飛行機に乗っているのだが、乗客は伊織一人だけであった。
 特にすることもない為、伊織は財前から預かっていた機密文書を開き、さーっと読んでいく。
 気になる所だけ折り目をつけ、20枚ある紙を5分で読み終える。


「・・・久しぶりだな」


 折り目はつけなかったが、懐かしい名前を見かけた伊織は、そんな事を呟いていた。
 その人物は、になる前のだった頃に知り合った人物であった。


 遠い過去の記憶。
 伊織にとってそれは思い出したくない過去でもあり、一生忘れない過去でもあった。


 だからだろうか。
 伊織が眠りにつくと、久しぶりに昔の夢を見てしまたのは・・・。


 ーーーーーーーーーー


 赤い2階建ての一軒家。
 庭で走り回っているのは、元気な少年と愛犬のゴン太。
 テーブルに座っているのは、幼馴染のあきな。


 この付近では、ごくごく当たり前の風景であり、ごくごく普通の日常であった。


「おーーい!あきなも来いよ!」


 ゴン太を連れて、何処かに行こうとする少年は、幼馴染のあきなを大声で呼んだ。


「全く。10歳になってまだ冒険ごっこだなんて、香織はホント、子供ね」


「うるさいな。文句を言うならついてこなくてもいいんだからな!後、伊織と呼べって言ってるだろ!」


 香織なんて名前、女の子みたいで伊織は嫌いであった。


「そんなに、私がつけた名前が気にいったのかしら?それなら、伊織って呼んであげてもいいけど」


「そ、そんな訳ないだろ!!」


 伊月香織を香月伊織と、最初に呼んだのは彼女であった。
 彼女が何故、伊織と呼ぶようになったかというと、ハイスクールで最近流行っているのが、ハンドルネームという遊びであった為である。


 どういう遊びかと説明するほどのものでもないだろう。
 友達同士でしか通じない、秘密の暗号みたいなものだ。
 伊織!っとなれば伊月香織の事をさす。
 アッキー!っとなれば、松山あきなの事をさす。


 ハンドルネームというより、アダ名に近い遊びが流行っている頃、誰よりもかっこいいアダ名をつけるんだと考えていた香織に対し、コレ!っとあきながつけたのがはじまりである。


「伊織はいいよね。私なんかアッキーだよ」


「外人みたいでカッケェーじゃん」


 ゴン太の後を追いながら、二人はそんな事を話していた。


「バカね伊織。いい?ここではイオリではなく、伊織だからかっこいいのよ」


「・・どういう意味だよ?」


「はぁ・・。いい?今私達は日本語で喋っている。日本にいるなら当たり前だけど、ここはアメリカ」


「なるほどな。漢字だからって事か」


 アメリカにいる二人は、この辺では珍しい外国人である。
 漢字や日本語、カタカナなどを使える二人を、密かに憧れている生徒は少なくない。
 無論、英語も話せるし、書いたりもできる。
 じゃないと、学校の授業についていけない。


「アッキーが嫌なら変えればいいじゃないか?」


「あんたがつけたんじゃない」


「・・・・そうだっけ?」


「もういいわ。伊織はあきなって呼んでくれるし。それより何処に向かっているの?」


 伊織の家から随分離れている。
 あきな自身、この辺は詳しいつもりであったが、見たこともない所を伊織は通って行く。


「あぁ。なんか工場みたいな所だよ」


「工場みたいって何よ」


「だからこそ行くんだろ」


 見た目は工場みたいな所だが、実際は違うかもしれない。
 だからこそ探検するのだと、伊織は言う。
 伊織の言葉を聞いたあきなは、深いため息をついた。


「いい伊織?今度から女の子を誘う時には、場所を伝えてからにしなさい」


「なんでだよ?それだと面白くないじゃないか」


「工場みたいな所に行くのに、私はワンピースにお気に入りのサンダル。伊織は白いTシャツにGパン。そしてスニーカー」


「何か問題なのか?」


「問題だらけよ!走りにくいし、汚したくないし、最初から工場だって解ってたら着替えたわよ」


「・・・悪かったよ」


 長い付き合いなので、あきなが本当に怒っている事に気が付いた伊織は、素直に謝罪した。
 あきなも、伊織とは長い付き合いなので、悪気が無い事を解っている。


「デートに誘う時も同じ事だから、覚えておきなさい」


「へいへい」


 あきなが何を言っているのか、正確に理解した。
 例えば、テニスをしようという事になった時に、今日みたいな行動をとると、あきなは困ってしまう。
 テニスをする格好ではないからだ。
 伊織からしてみれば、テニスをしようと誘うつもりなら、ラケットやボールを持って行くのだから、着替えて来いと言わなくても解るだろ?っと思うが・・。


 そんな会話をしていると、目的地である工場の近くまでやってきた。


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 廃墟されているのだろう。
 人がいる気配も感じない。
 何より、外観がボロボロであった。


「ね、ねぇ伊織。ここに入るの?」


「あぁ。もし大丈夫そうなら、マイケル達も誘ってかくれんぼとかしようぜ」


 どうやら、伊織は大丈夫そうかを確認しに着たみたいだ。
 中に入って大丈夫かを確認すると言っても、子供の伊織にはざっくりとしか解らない。
 しかし、好奇心という3文字の言葉に、突き動かされているのだろう。
 その辺は、幼い少年の頃のままであった。


「大丈夫かって、大丈夫な訳ないじゃない」


「入ってみないと解らないだろう?崩れたりして、危なくないかを確認するだけなんだし、俺達が入ったりして、崩れるはずもないしな」


 そんなに都合よく物語は進まない。
 そういう運命と言う言葉があるが、それはあてはまらない。
 こんな所で、この俺が、死ぬわけないじゃないか。
 そう心の中で思いながら、工場の入り口へと進む伊織。
 あきなも伊織の後を追う。


 伊織の思った事は、間違いではなかった。
 実際、建物が崩れたりして、伊織が死ぬ事はなかった。
 しかし、そういう運命は伊織にあてはまらなくても、もう一人は違う。


 松山あきなの運命は、この日で終わってしまう。
 そして、死ぬ運命こそ違うが、伊月香織の人生もこの日に変わる。
 ”伊月 香織”が死に、”香月 伊織”が生まれるきっかけは、間違いなく今日であった。


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 工場の入り口をくぐり、中に入った2人は、自然と手をつないでいた。
 辺りは薄暗く、何だか不気味である。
 かくれんぼより、肝試しの方がいいかと考える伊織。


「ねえ?かくれんぼより、肝試しの方がいいと思うけど」


 あきなも同じ気持ちらしく、伊織に提案してきた。
 若干、声が震えている事はスルーして、伊織も同じ考えだと伝える。
 伊織の声が、若干裏返っている事はスルーするあきな。
 こんな怖い所で、一人で隠れるのも嫌だし一人で探すのも嫌だ。


「とりあえず電気をつけよう。大抵の場合は、壁側にあるはずだが・・。」


「リモコン式だったなら無いでしょうけど、ここは工場みたいだし・・。」


 二人はそう言うと、壁がわを歩いてボタンを探し始めた。
 しばらく歩くと、ボタンを発見し押したのだが、電気はつかなかった。


 かわりに、何処かで大きな音がした。


「ゴゴゴゴゴゴゴガッシャンって何かがあいた音だな」


「多分そうなんだろうけど、ねえ?今日はやめて、マイケル達とみんなで探検しない?」


「何言ってるんだよ!そんな格好悪い事言えるかよ」


 この時、あきなの忠告を無視してしまった事を、一生後悔する伊織。
 同時に、一生許せない自分。


 あきなにそう吐き捨てた伊織は、あきなの震える手を強く握りしめ、再度歩きだした。
 今になってみれば、この時の自分は、あきなに格好良い所を見せたかったんだと思われる。
 思われると表現したのは、実際そう思っていたのか解らないからだが、一つだけ確かな事がある。


 ずっと、あきなの事が好きだったという事であった。
 ___________


 薄暗い廊下を歩く二人。
 窓から差し込む微かな光だけが、二人の希望の光であった。


「ブラインドが邪魔だな」


 ブラインドがなければもう少し明るいはずなのだが、残念ながら伊織達には手が届かない位置にあった。
 一歩、一歩とゆっくり歩く伊織とあきな。
 すると、ゴン太が急にあきなの腕からヒョイと抜け出し、奥の方へと走り出してしまう。


「ゴン太待て!ったく、ご主人のいう事も聞けんとは・・馬鹿犬め」


「ペットは飼い主に似るって言うけど、本当だったのね」


「あのな・・実際飼っているのはお前だろう」


「何よ?私が馬鹿だって言いたいわけ?」


 ゴン太を飼っているのは伊織である。
 しかし、ゴン太を拾ってきたのも、世話をしているのもあきなであった。
 ペットは順位をつける生き物である。
 ピラミッド型の順位みたいなのをTVとかで見たことがあるが、あんな感じで順位があり、ゴン太の中では1位はあきな、2位は母さん、3位に自分ゴン太で4位に俺。最下位は父さんだろうな。


 ゴン太が日頃食べているのは、父さんの給料のおかげだっていうのに・・・。
 世の中って理不尽だよな。


「いやいや。動物にそこまで求めないから」


「あれ?聞こえてた」


「思いっきり声に出てたわよ。それに、パパの給料じゃなくて、国民の税金でしょ?」


「・・お前さ。気を付かうのやめろよ」


「はぁ?いつ私があんたに気をつかったりしたのよ」


「俺じゃなくて父さん達にだよ。後、俺には気をつかえ」


「・・・解ったわよ。ほら、早く行こ!香織君♪」


「待て。全然解ってないだろう」


 松山あきなは幼馴染であると同時に、家族である。
 3年前に事故で両親を亡くしたあきなを、父親が警察官である伊月家が引き取ったのだが、あきなはそれ以来、伊織の両親に気をつかい続けている。
 そう呼ぶように言った訳ではなく、あきながそう呼ぶようになったのだ。
 時間が必要だと、父さん達は言っていたが・・。


「しょうがないじゃない」


「しょうがなくねぇよ。パパなんて呼ばなくったって、いいんじゃないか」


 二人が生まれて以来の付き合いである。
 物心ついた時には、おじさん、おばさんと呼んでいたあきなは、引き取られてからパパ、ママと呼ぶようになっていた。


「もしかしたら、近い将来、本当にそうなるかもしれないじゃない」


「え?それって・・。」


 俺と結婚したいという意味なのだろうか。
 聞きなおそうとする伊織だったが、ゴン太の鳴き声にさえぎられてしまう。
 本当に、空気の読まないヤツだよお前は。


「ほらゴン太が呼んでる。行くよ」


「誤魔化すな・・よな」


 ポツリと呟く伊織の声は、幸か不幸かあきなの耳には届かなかった。


 ____________


 ゴン太が鳴く部屋にたどり着いた伊織とあきなの目に飛び込んできたのは、信じられない光景であった。


 心臓の音が大きく聞こえたような気がする。


 思わず、胃の中の物を全て吐き出してしまいそうだ。


 震える身体、大好きな女の子が自分の胸に顔をうずくめる行為に、喜びすら感じられず、伊織は首をゆっくり横に振った。


 ゴン太があきなの足元にやってきて、小さく


「伊、伊織・・噓だよね。きっと何かの間違いだよね」


 その声は鳴き声へと変わっていく。


「くそ、くそくそくそ・・。なんでだよ。なんでなんだよ」


 伊織もまた、両目に涙を浮かべる。


 伊織とあきなが目にしたのものそれは・・。


 ベットの上で両手を縛られ、全裸で横たわっている二人の母親の姿であった。



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