世界は「 」にあふれている

伊達\\u3000虎浩

第1章12

 
 リングの上で見つめ合う二人の男。


 大きな死体の側に立つ、黒いスーツをまとった青年。


 そんな青年の正反対に陣取る青いスーツ姿の青年は、を踏み付けながら、不敵に微笑んでいる。


 先ほどの光景に、メイは目を疑っていた。
 ダニーローズは確かに、格下だと伊織を舐めていたのかもしれない。
 しかし、それだけであんな事になるのだろうか。


 ダニーローズの頭部が、胴体から切り離されたのだ。
 本来、人の身体はそんな簡単に切り離されないようにできている。
 それは、骨や皮膚、筋肉など様々なものがくっついてできているからであり、ノコギリを使ったとしても、数時間でできるかどうかである。
 それが一瞬で飛んでいったのだ。
 疑わずにはいられない。


 吐きそうになる口元を手で塞ぎ、リングを見下ろすメイ。
 メイがそんな事を考えているとは知らず、湧き出す歓声。
 声は次第に大きくなっていく。
 一方で、中央リング上の二人は対象的に、静かであったのだが、一つの歓声で事態は一変する。


「いいぞ小僧!最高のパフォーマンスだぜ」


 この歓声が、静まり返っていたリング上二人の、時を動かした。


「・・黙れクソども」


「あぁん?聞こえねぇぞ小僧ーー」


「黙れって言ってんだよ!クソどもが」


 伊織の怒号が、会場内に響き渡る。
 静まり返る会場内。


「・・何だと小僧ーー」「そ、そうだそうだ」


 一人のヤジで、一気に広がっていくヤジは、まるで、群れないと生きていけない弱々しい生き物。
 そんな事をメイに連想させる。


「いいかクズ共。この試合が終わったら、全員汚いオリの中にぶち込んでやる」


 伊織のこの発言は、自分が警察関係者であると言っているようなものである。
 怒りのあまり、つい言ってしまったであったのだが、一人の男の笑い声で、その事に触れる事はなくなった。
 それはとても楽しそうな笑い声であった。
 まるで、欲しかったおもちゃを手に入れた子供のような笑い声、笑い方。


 言うまでもなく、伊織の反対に位置するシャオロンである。


「アハ。アハハ。アハハハハ」


「・・・・。」


「あっ、いえ。すいません。どうも勝った気でいらっしゃるようでしたので、つい・・ね」


 右手でこめかみを押さえ、笑っていたシャオロンは、そう言いながら、指と指の隙間から、伊織を見る。
 そんなシャオロンに対し、スッと目を細め、無言で見つめ返す伊織。


「し、死体を片付けろ」


 司会の男が、現実世界に復帰する。
 長年、司会を務めてきたこの男。
 長年やっていれば、どちらが勝つのかがだいたい解るのだが、この対戦だけは解らない。
 あの、ダニーローズを一瞬で消したのだ。
 久しぶりに自分が興奮している事に、司会の男は嬉しさを噛み締めながら、テキパキと指示を出す。


「さて、ゴミの処理が済んだらやるとしましょう・・その前に聞きたいのですが、何をしにここに来られたのですか?香月伊織さん」


 シャオロンのこの発言に、伊織の眉がピクっと動いた。
 おそらくシャオロンは、自分の素性まで知っていると判断した伊織は、シャオロンに目的を告げる。


「捕まえる予定だったが・・悪いな、消させてもらう」


 そう告げた伊織に対し、シャオロンは不愉快な表情を浮かべながら、伊織に話しかけた。


「捕まえる?この私を?何故ですか?」


「・・人を殺したら捕まる。常識だろ」


 伊織にすこしの間が出来てしまったのは、二つの理由があった。
 一つは、自分も人を殺している為であり、そんな事を言う権利があるのかと言う事である。
 二つ目は、リンから頼まれた内容であった。
 弟への復讐であるが、よく考えたら弟の名前を知らない。
 知っていた所で告げないのだが。


「犯罪者を殺して、何の罪に問われるのですか?」


「殺人罪だよ」


 今度は、間をあける事なく、直ぐに答えを返す。
 どんな理由があれ、人を殺してしまった場合、例外を除けばそれは、殺人罪である。


 そんな伊織にシャオロンは再びたずねる。


「伊織さん。ここはね、犯罪者が集まる闘技場なんですよ。理由はたった一つ「逃亡資金だろう」


 シャオロンが両手を広げ、演説しだす光景を、ウンザリした様子で見ていた伊織は、シャオロンの演説を遮った。


「その通りです。ゴミ同士、仲良く掃除しあい、最後に残った粗大ゴミを、私が掃除する。コレのどこが間違っているのですか?」


 シャオロンは伊織に捕まえられる理由も、消される理由も全くもって納得できなかった。
 伊織は少しの間考えた。


 メイの弟は、犯罪者だったのだろうか?
 いや、そもそも財前が消せと言った理由、国軍が狙う理由が解らない。
 しかし、それでも・・。


「ならば、一つだけ聞きたい。あそこで観戦しているヤツをお前はどう思うんだ?」


「・・・・。」


「俺には、ゴミにしか見えないんだが、お前の目には何が見える?」


「・・彼等は人を殺していません」


「それでも、人が死ぬ所を楽しんでいる。人に対して、お金をかけている。賭博罪の罪を彼等は犯している」


 犯罪は犯罪である。


 万引き犯でも、殺人者でも、痴漢でも、それらは罪の重さに関係なく、一つのくくりにまとめられる。


 犯罪者・・と。


 何故一つにまとめられるのか?
 それは、罪の大小に、関係などないからではないだろうか。


「なるほど。どうやら私とあなたでは、一生解り合えないのでしょう」


「あぁそう言う事だ。お前は正しい事をしているのかもしれない。もしかしたら、指名手配者を何人も殺し、これ以上の被害を未然に防いだのかもしれない。だが、俺はお前を認めない」


 認める訳にはいかない。


 人を殺してないから、万引きをしていいのか?


 万引きをしていないから、痴漢行為をしていいのか?


 答えは全てノーである。


「一つ、私からもいいでしょうか?」


 シャオロンは、伊織が無言なのをイエスと受け取り、続けた。


「私とあなた。どう違うのでしょうか?」


 シャオロンは伊織に対し問いかける。


 自分はダメで、あなたならいいのか?


 あなたは自分を消すと言うが、それは許されるのか?


「一緒だ。お前と俺は変わらない。だからこそ、お前に消される覚悟を、俺は持っている」


 伊織は対してに少しのアクセントをつけて、正直に答えた。


 シャオロンと伊織とでは、何が違うのか?


 答えは簡単である。


 罪悪感があるのかないのか。


 何が一緒なのか?


 人を殺した、犯罪者であるという事である。


「ふふふ。どうやら、久しぶりに本気を出せそうですね」


 シャオロンはそう言うと、スーツの上着を脱ぎ捨てた。


「・・・・そうか」


 対する伊織はそのままの格好であった。


「では、そろそろ始めましょう。武器は?」


「いらない」


「では、最初は武術と言うことで・・ハァアアア」


 駆け出すシャオロン、構える伊織。


 遂に二人の男の、対決のゴングが鳴った。

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