世界は「 」にあふれている

伊達\\u3000虎浩

第1章 6

 部屋に戻った伊織は、ベッドに腰かけ考えていた。
 間違いなくめぐみが、この事件に関わっている。
 この街で、通信回線に割り込める人物など限られていて、そんな中で俺を知っている人物、財前が接触できる人物はめぐみしかいない。


 伊織じぶんが知らないだけで、もしかしたら凄腕のハッカーがいるのかもしれないが、一つ言える事は、王手がかけられたという事だ。
 めぐみ以外なら何とかなる気がするのだが、めぐみを相手にするとなると、チェックメイトである。


 おそらくめぐみは、衛星で俺を見張っている。
 つまり財前の言っていた、何処にいても解るとは、めぐみが俺を監視し、電話をかける時は通信を傍受するという荒技をきっと、涼しい顔でおこなっているに違いない。


 財前に聞かれるのは気が進まないのだが、そんな事を言っている場合でもないと、伊織は携帯からなつきに電話をかけた。


 なつきは、2コールで電話に出る。
 いつもながら恐ろしいと、伊織は心の中でつぶやく。
 なつきに電話をかけて、2コール以上かかった事はない。
 まるで、電話がかかってくるのを予知しているかのような行動に、驚きをこえ、戦慄すら覚えてしまう。


「伊織だな?横浜タワーの展望台で待っている」


 それだけ伝えると、一方的に電話は切れた。
 相変わらずだなと、伊織はクラスメイトに感心してしまう。
 わずか2秒ですませたこの電話から、逆探知はほぼ不可能に近い。


 時間を伝えていないが、それもいつもの事なので気にしないし、何故俺が横浜にいるのを知っているのかなど、気にしても意味はない。
 神童なつきという少女は、そういう存在なのである。


 伊織はイスにかけていたジャケットを羽織り、ホテルの部屋を後にするのであった。


 中華街は活気に溢れていた。
 いっしゃいませとか、おいしいよーなど、色々なお店の前で、声をかけられる。
 声をかけられるという事は、周囲の人々に、自分が認識されているという事である。
 それはマズイ。
 あまり人との接触をさけなくてはと、伊織は暗い路地裏に足を踏み入れたのだが、それは失敗であった。


「た、助けて下さい」


 20歳ぐらいの女性が、三人組みの男達に絡まれている場面に、遭遇してしまったのである。
 おもわず自分自身に腹がたち、舌打ちを鳴らす。
 任務を遂行するうえで、トラブルなんかに巻き込まれてどうするのだと、伊織は自分で自分に喝を入れて、助けを求める女性に目を向ける。


 腐っても自分は人間だ。


 ドブ鼠と同じなのかもしれない。


 それでも誰かが助けを求めるのであれば・・。


「何見てやがる!!」


 女性を見ていたはずなのだが、一人の男が伊織に怒声を浴びせる。
 そんな男の声を無視し、伊織はどうすべきかを考えていた。


 拳銃を見せれば、ひいてくれるかもしれない。
 しかし、拳銃を持っている事を知られてしまっては、この後の任務に支障が発生してしまう。


 格闘術で倒すかと考えたが、両腕を怪我している為、それも難しい。
 足だけで倒すという選択肢もあるのだが、時間がかかりすぎてしまう。


 警察を呼ぶ行為は一番やってはならない。
 事情聴取に巻き込まれでもしたら、色々とマズイ事になる。
 さて、どうする・・。


 伊織がどうすべきか考えていた時、一人の男が伊織に向かって突っ込んできた。
 手に光るもの、バタフライナイフを伊織に向けて突き出してくる男。


 伊織はさっと横に交わし、どうするかを考える。
 「や、野郎」と男は伊織に向かって再度突っ込んでくる。
 それを余裕の表情で伊織はかわす。
 かわした後、伊織の中でどうするか結論がでた。


 伊織に向かって突っ込んだ男は、残りの二人に手を貸せと言って、三人で伊織を囲む事を選んだ。
 その男の行動に、伊織は関心しながら男達の攻撃をかわす。


 基本的に、こういうチンピラみたいな連中は、一人でもの事を片付けようとする。
 しかし、時と場所、目的の重要度などによっては、それは邪魔なプライドでしかない。


 三人が伊織に攻撃を仕掛けてきた。
 これは好機である。
 自分の思い通りの展開になり、伊織は女性に目を向ける。
 目だけで、今のうちに逃げろと合図を送る。


 これが伊織のだした結論であった。
 伊織に、三人の男の注意を引きつけ、女性だけをこっそり逃す作戦だったのだが、なぜか女性は固まってしまっていた。
 アゴに手をあて、心配そうにこっちを見ている。


 女性の目を見て、身体が震えていない事を確認した伊織は苛立ってしまう。
 女性は腰が抜けて動けない訳ではなく、伊織を心配し、ハラハラしながら見守っているのである。


 この女は何をやっている・・。


 見るだけで何かが変わると、思っているのだろうか?


 何も変わらない。


 変えられる力がないと解ったのならば、誰かに変えてもらうべきだ。


 舌打ちしたい気分をぐっと噛み込んで、伊織は第二作戦へと移る。
 あまり気は進まないが仕方がない。
 伊織は抵抗する事なく、男達の攻撃をひらひらとかわしていく。


 かわすだけで抵抗しないのは、事件にしたくない理由と、イラだっている今の自分は、この男達を殺してしまうかもしれないという理由であった。


「きゃー」という声が聞こえ、ようやくかと伊織は安堵する。
 攻撃をひたすらかわし続け、相手が疲れ果てるのを待っていたのだが、通りすがりの女性が悲鳴をあげてくれたおかげで、男達は逃走していった。


 絡まれていた女性に一声かけて、その場を立ち去ろうとしていたのだが、その女性から声をかけられた。
 お礼なんていいから早く自宅なり、職場なり帰るよう伝えようとした伊織は、女性からの言葉に耳を疑った。


「初めまして、香月伊織さん」


 絡まれていた女性は、伊織の事を知っていたのだ。


「お願いというより、依頼をします。一緒にシャオロンを殺しませんか?」


 伊織はその言葉を受け、ただただ立ち尽くしてしまうのであった。

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