世界は「 」にあふれている

伊達\\u3000虎浩

プロローグ

 こちらの作品は、汚い言葉等が含まれています。
 苦手な方はご遠慮下さい。


【本編】


 何てつまらない日常なのだろう。


 くだらない会話を繰り広げる同級生。


 くだらない御託を並べる馬鹿な教師。


 この学校に入学した時から全く変わらない毎日。


 嫌、一つも変わらないというわけではないのだが、まあどうでもいい。


 少年が、机で仮眠をとろうとしていた時であった。


【三年S組 香月 伊織、至急校長室にきたまえ】


 校内放送で呼ばれた伊織は、思わず舌打ちしたい気分になってしまうが、舌打ちせずに席を立つ。
(一体何のようだよ)
 机から顔をあげて、席を立って周りを見渡した。
 このクラスは極めて少ない。
 自分を含めて、わずか7人しかいないクラスを見渡すが誰もいなかった。
(昼休みだったのをすっかり忘れていた)
 伊織は教室の出口へと歩き、そっと扉を閉めて校長室に向かう。




 季節は冬だ。
 もうすぐ卒業する俺は、校長室までの廊下を歩いていた。
 窓の外を見ると、大きな笑い声が聞こえる。
(・・チッ・・クソ)
 バレーボールをしている生徒達を見て、舌打ちをしてしまう。
 懐に手をやり、しばらくして手をポケットに戻す。
 楽しそうな同級生を見て、バレーボールを銃で打ち抜きたくなる衝動に駆られる。
 伊織は首を横に振って、自分の怒りの衝動を抑え、再度校長室へと歩きだした。




 廊下を歩きだすと、一人のクラスメイトとすれ違った。


「お?伊織~。何かやらかしたのか?」


 すれ違いざま伊織に向かって、クラスメイトのみなみが話しかけてきた。


「・・知らん。えぇい鬱陶しい!!肩に手をまわしてくるな」


 彼女の名は”本田 みなみ”という。
 身長150㎝と言いきる彼女。
 長い髪を一つ結びにしている彼女は、笑顔を見せてきた。
 誰とでも仲良くできる彼女は、伊織のクラスの学級委員長でもある。


「や~い。オ・コ・られる~」


「何故、怒られる前提なんだ」


「うん?褒められるような事でもしたのか?」


 みなみにそう言われ、伊織は返す言葉が見当たらず、黙ってしまう。


「ハハハ。伊織が褒められる所なんて、実践試験の時だけだもんな」


 楽しそうな笑い声をあげて、微笑むみなみが伊織は苦手であった。




 伊織は思う。
 彼女の嗅覚は学校一であろう。
 そして、剣武の才が彼女にはある。
 ”一殺のみなみ”これは彼女の隠れたあだ名であり、みなみが本気で剣を抜いた場合、相手は一瞬で死んでしまうという、誠に信じがたい噂からそのあだ名がついた。




 実際、実戦試験での伊織との相性は最悪に悪い。
 組めば無敵なのだが、伊織は一匹狼なので、これを拒否している。


「とにかく、俺はもう行くからな」


 みなみの腕を振りほどきながら、伊織は廊下を歩きだした。


「あぁ。また後でな」


 後でとは、教室でな!と言う意味なのだろうか?それとも・・・。
 まぁどうでもいいと、伊織は考える事をやめた。




 伊織は校長室の前に立っていた。
 コンコンと2回ドアをノックする。
 しばらく待ってみたが、返事がない為、伊織は扉をゆっくり開けて部屋に入った。
 開けて部屋に入った時であった。
 ヒュンっという風切り音が、伊織の前から聞こえてくる。
 このまま伊織が何もしなければ、伊織の鼻と目の間、人間の急所を的確に狙ったナイフが刺さって死んでいたであろう。
 風切り音が聞こえてくると共に、伊織は懐に手をやり、拳銃を素早くぬいた伊織は、拳銃の引き金を2度ひく。




 ダン、ダン、と校長室に鳴り響く2発の銃声。
 1発目の銃弾は飛んでくるナイフを打ち落とし、2発目の銃弾で相手を狙い撃つ。
 右手を真っ直ぐ伸ばしたまま、動かない伊織に対して、楽しそうな笑い声とともに声がかけられた。


「ふふ。さすがは、この学校始まって以来の問題児にして天才の伊織君」


 部屋の電気がつくと、校長室のイスに座る1人の女性。
 彼女の前には防弾ガラスが置いてあり、伊織が打った2発目の銃弾は防弾ガラスに阻まれていた。


「それを言うならあんたの方だろ?元特殊警察国軍所属、柏木准尉さん」


 さっきの出来事を思い返しながら、伊織は皮肉まじりに返事を返した。
 実際、伊織がノックをしてから部屋に入るまで僅かな時差があった。
 しかし、部屋の中は真っ暗だというのに、ナイフを投げる角度、時間、全てに置いて完璧であった。
 少しでもずれていたら、伊織もこんなに上手くはいかなかったであろう。
 そう告げる伊織に柏木と呼ばれた女性は、楽しそうに笑った。


「ハハハ。”シルバーブレッド”と言われる君にそう称賛されては、少し照れてしまうな」


 この学校の校長、柏木は黒い髪を後ろで束ねており、身長は165㎝でグラビアアイドル並のスタイルの持ち主である。


「・・そんな事より校長、俺を呼び出した理由をうかがってもいいですか?」


 長話しは嫌いだ。
 時間の無駄遣いでしかない。
 そんな事をしている暇は、俺にはないのだから。
 伊織の態度から、それを感じ取った柏木はイスに深く腰掛け、伊織に話しかける。


「フーやれやれ。君は相変わらずだな。まぁ少し待て。もう1人呼んでいる」


 柏木がそう告げ、伊織が懐に拳銃をしまい、しばらくすると部屋がノックされる。
 伊織は校長室のドアと柏木との真ん中に立っていた為、少し横にずれた。
 部屋の扉が開かれた。
 柏木は何も言わずに、持っていたナイフを扉の方へと投げつけた。
 投げつけたナイフは、ガスっと何かにあたる音をたてた。


「やれやれ。君も相変わらずだな」


 柏木は頭をポリポリかきながら、部屋に入ってきた人物に声をかける。
 部屋に入ってきた人物は、伊織のクラスメイトの女の子であった。


「大した事ではありません。この部屋に入ったら、ナイフで襲われると解っていましたので」


 顔の前に、木の板を置いていた少女は、木の板を床に投げ捨てながら返事をする。
 伊織は彼女の顔を見て納得する。


 彼女の名は本城 めぐみ。
 学校一のハッキングの達人である彼女に突破できないものはない。
 身長は170㎝と高身長の彼女はショートカットの女の子だ。
 彼女はハッキングしてから、前もって顔の前に板を置いて、部屋に入ってきたのだろう。


「この部屋はそう易々と突破されるほど、やわなセキュリティーではないはずだが。まぁ”電子のめぐ”と呼ばれる君には関係ない事だったか」


「そのあだ名は嫌いです」


 柏木がそう告げると、すぐにめぐみは返事を返した。
 まるで、柏木がそう言うと解っていたみたいだった。
 ひとつ咳をして、柏木が本題へと移った。


「知っての通り、もうすぐ卒業試験だ。君たちには一つの事件の捜査にあたってもらう」


 柏木はそう言うと、おもむろに席を立って、伊織とめぐみに背を向ける。


「隊長は伊織君。副隊長にみなみ君。サポートにめぐみ君。異論はあるかね?」


【ありません】


 2人はかかとを揃え、右手を額に持っていき敬礼のポーズで答える。


「そうか。2人共、楽にしたまえ。どんな事件にあたるかはまだわからん。だがくれぐれも無茶だけはおこさんように・・以上。解散!!」


【イエッサー】


 そう返事を返した、伊織とめぐみは校長室を後にするのであった。


 柏木が言う卒業試験とは、実際に事件の指揮をとるというものだ。
 1年の頃は、実戦訓練や銃の扱い方、犯人のプロファイリングなど、基礎中の基礎を叩きこまれる。
 2年の頃には、実際に現場で経験をつむが、向こうの指示に従っての為、車の中で待機がほとんどである。
 そして3年の今は、これまでの成績によってクラス分けがおこなわれ、それぞれのクラスによって、学ぶ事が異なる。


 伊織のクラスはS組。
 学校の上位7人に編成されたこのクラスは、未来の指揮官や隊長といったいわば、幹部候補生となり、事件が発生すれば車での待機ではなく、犯人の逮捕などを実際に学んでいき、卒業試験で合否が判定される。
 伊織は、両手をポケットにつっこみながら窓の外を見ていた。
 校長室を後にした2人は自分達の教室へと歩きだす。


 伊織が通う高校は警察や自衛隊を志す生徒が通う、警察学校である。
 また、現在(2050年)では、国軍という組織が存在している。
 国軍とは、アメリカでいう所のSPや、シークレットサービス的な組織であり、毎年この学校の優秀な生徒しか応募できず、応募してから受かるのは1割にも満たない。
 けれど、俺なら・・。
 伊織がそんな事を考えていると、めぐみから声をかけられた。


「伊織。今後についてだけど」


 めぐみが何が言いたいのか、伊織は正確に理解していた。


「解っている。単独行動はとらねえよ。みなみともきちんと話すさ」


 めぐみはまだ何か言いたそうだったが、S組の教室についた為何も言わなかった。




 それから、1週間はみなみを交えての訓練や作戦会議の日々を過ごしていく。
 いくら、この学校のベスト5に入る3人といえども、どんな事件にあたるのか解らない。
 自分達が受ける任務はそんな生優しい事件ではない。
 主に人質がある事件ばかりだ。
 人質がいなければ、1人で充分なぐらいの力量をもっていたとしても、人質がいる場合はそうはいかない。
 連携が何より大事だと、伊織でさえわかっていた。
 それから1週間たったある日の事であった。


「三年S組。香月 伊織。本田 みなみ。本城 めぐみ。至急校長室まできたまえ」


 この放送を聞いた3人は、これが高校生活最後の事件だと理解し、席を立った。
 校長室についた3人は、部屋をノックして入る。
 ヒュンっという風切り音はさすがにしなっかった。
 校長の柏木の表情は極めて厳しい。


「来たか。これより状況を説明する。まぁ楽にしたまえ」


 敬礼した姿を見た柏木はそう付け加えて、話し始めた。
 伊織達は、休めのポーズで話しを聞く。
 柏木は3人を見渡して、それぞれの表情をうかがいながら話す。


「今回の事件は”人質立てこもり”である。犯人である男の名前は田中 奇知、45歳。職業不定である。特徴は、身長165、体重88キロ、髪の長さは背中まである長髪。何か質問はあるかね」


 伊織が手をあげて、質問する。


「被害女性は?」


「ふむ。被害者は女子高生らしいのだが、詳しい情報はまだわかっていない。」


「解っていないのに、女子高生だとなぜ解るんですか?」


「通報があったのだよ。女子高生を人質にした、立てこもり事件が発生したと」


 伊織は妙だと思いあごに手をあてて考える。
 伊織が考えていると、みなみが手をあげて質問する。


「犯人の利き手など他にないのですか?」


「それも不明だ。働いておらず、健康診断も受けていない。被疑者の両親や親戚に詳しい話しを聞きに
 行っている状況だ」


 最後にめぐみが手をあげる。


「詳しい建物の見取り図などをこちらに転送して下さい」


「あぁ。いいか?くれぐれも無茶はするな。伊織隊長!」


 柏木は伊織を呼ぶ。


「はっ」


「今作戦に置いて最も重要な事は何だ?」


「人質の安全確保であります」


「宜しい。以上。解散!!」


【イエッサー】


 柏木の号令と共に3人は敬礼して、部屋を出るのであった。
 伊織は隊長として、2人に指示をだす。


「みなみ、めぐみ。5分後に第1準備室だ」


【了解】


 伊織の言う5分は長いほうだ。
 実際、一刻の猶予もないのが人質事件なのだ。
 しかし、今回はめぐみに解析してもらう必要がある。
 5分後に集合なのは、現場まで最も最短で行ける道案内を、5分以内でしろという意味である。








 第1準備室。
 伊織は、メンテナンス学科の生徒に声をかける。


「三年S組香月伊織だ。この車を今すぐ使いたい」


 生徒手帳を広げ、伊織はメンテナンス学科の男子生徒に告げる。
 伊織に声をかけられた生徒は、車体下にいる女子生徒に声をかけ、メモ用紙に何やら記入している。
(ちっ・・全く。急いでいるっていうのに)
 相変わらず、書類がないと動かせないだとか、くだらない事を言い出すこのシステムに、嫌気がさす。
 この間に人質に何かあったらどうするというのだろうか。




 メモ用紙を手渡され、伊織は乱暴な字で記入していく。


「エンジン、ガソリン、タイヤ、オイル、車体、ブレーキ全て問題ないな?」


 メンテナンス学科の男子生徒が、うなずきそうなタイミングでアクセルを全開にあげ、車を急発進させる。
 第1準備室は、けたたましい音と煙に包まれるのであった。




 急発進させると同時に、みなみが文句をつける。


「コラ!私を殺す気か!」


 急発進のせいで、頭をぶつけたのだろう。


「すまない。急いでいたんでな」


 悪びれた様子も見せず、伊織が告げる。


「まぁ伊織の気持ちもわからんでもないが」


 みなみはそう付け加えて、後ろの席に座りなおす。
 伊織はハンドルを右、左、右と切りながら2人に話しかけた。


「みなみ。回転灯とサイレンを。めぐみ。場所は解ったのか?」


 そう言われ、みなみは回転灯を後ろに取り付け、サイレンスイッチをいれる。
 ウー・ウーと音が鳴る中、伊織の質問にめぐみが答えた。


「現場はどうやら、東地区にあるストリート街の中みたいです」


 その答えに、伊織は増々イライラしてしまう。




 東地区のストリート街。
 別名、悪の巣窟と呼ばれるこの街は、ごろつきやチンピラ、ヤクザなど、とにかく治安が悪く、女性警官を含む、絶対に女性は入ってはいけない街とされている。
 以前、110番通報があり、女性警官のミニパトが現場に行ったら、返って来なくなったという事件が10件以上発生しており、それ以来女性は入らないよう注意されている。




 伊織はもちろん、みなみもめぐみもこの事は教わっている為、知っていた。


「よし。作戦に備え、発砲と抜刀の許可をする」


「いいのか?」


「隊長は俺だ。全責任は俺がとる」


「・・そこを左です」


 めぐみの指示に、伊織はハンドルを切るのであった。
 しばらくして、めぐみから指示が飛ぶ。


「伊織、みなみ、これを・・伊織は私がつけます」


 伊織がハンドルを握っている事を忘れていたらしく、めぐみはそう付け加えると、伊織の左耳にインカムをつけてきた。


「これで、私たちだけで会話が可能なはずです。周波数は87。解らないことは67にすれば、私だけに繋がりますので指示を受けて下さい」


 めぐみの指示に2人はうなずいて答えた。
 もうすぐで着きますという合図を受け、伊織は車を脇に寄せて停める。


「みなみ。サイレンを消して、回転灯を切れ。めぐみはここからは運転し、どこか安全な場所で待機して、俺とみなみのサポートを頼む」


 伊織はそう告げながら、黒くて細いネクタイをキュっと締め直す。
 伊織達の格好はスーツ姿である。
 そもそも、伊織達が通う高校には制服というものは存在しない。
 制服を見て、犯人に気づかれてしまう恐れがある為だ。
 無論、メンテナンス学科は作業服を着ている。




 伊織が車から降りた時であった。
 伊織は懐に手をやり、めぐみは両手を下げたまま、みなみは伊織の前に出て刀を抜く。
 刀を抜いたみなみと伊織の後ろに、みなみが切った為できた、2つの銃痕ができた。
  


 伊織は懐に置いた手をポケットに戻して、地面を覗きこみながら呟いた。


「どうやら、狙撃されたみたいだな。みなみ」


「ん?なんじゃ?礼には及ばぬぞ」


 刀を鞘に納めながら、みなみが返事する。


「いゃ、スカートの中が見えてるぞ、っておい!」


「す、スパッツ履いてるから」


「なら、刀を抜くのをやめろ」


「う、うるさい!!」


 みなみは伊織の顔面目掛け、刀を抜いたのだ。
 伊織の反射神経がなければ、間違いなく首が飛んでいただろう。
 伊織は頭をかきながら、みなみに謝罪する。


「悪かったよ。それよりも」


 伊織は、あるビルを見上げた。


「えぇ。どうやら彼女も来ているみたいね」


 みなみとめぐみも、伊織が見上げるビルを見る。
 伊織は携帯をとりだし、電話をかけた。
 数コールした後、相手とつながった為、伊織は用件を伝える。


「美優姫か?伊織だ。お前今何処にいる?あぁいや質問をかえる。俺たちの近くにいるなら、これを撃ち抜いてくれ」


 伊織はそう言って、懐にあったメモ帳を空に放り投げた。
 空高く放り投げたメモ帳は、伊織の手元に戻ってくる。
 メモ帳を見た伊織は、感心してしまう。
 メモ帳のど真ん中に、穴が開いていたからだ。
(流石は、射撃の歌姫。恐れいるぜ)
 伊織は、今にも口笛を吹きそうになり、首を横に振って自粛する。
 今は事件の最中なのだから、遊んでいる場合ではない。




 射撃の歌姫が加わったなら、事件の解決も早まるってものだ。
 射撃の歌姫とは彼女のあだ名だ。
 伊織達のクラスメイトでもある彼女の本名は、堀 美優姫。
 学校一の狙撃の腕前を持つ彼女は、すでに卒業資格を手にしている。
 おそらく、柏木が事件の危険度、緊急度などを考慮してよこしてくれたのだろう。
 伊織はため息をつきながら、美優姫に話しかけた。


「助けに来てくれたのは、あり難いがいきなり撃ってくるなよ」


「いぇ。セクハラ犯を見かけたものですから」


「待て。お前が撃ったから、みなみのスカートがだな、いやまぁいい。そこからサポートを頼む」


「はい。では健闘を祈ります」


 伊織は電話を切って、ビルに向かって手を向けた。
 美優姫なら見えているだろう。
 それよりも、急がなくてはいけない。
 伊織は時計の針を見ながら、みなみとめぐみに確認する。


「よし。時刻を合わせろ。現在時刻は13時08分。これより、作戦を開始する。いいか?こないだやったように、各作戦をアルファベットで言っていくからな」


【了解。時刻13時08分。クリアー】


 みなみとめぐみは、敬礼して答えた。


 めぐみには、犯人に車が見つからないような所に、停めさせ、尚且つ犯人が逃げた場合に備え、すぐ追跡できるように、待機させる。
 伊織は右手に銃を持ち、みなみは腰にある刀を触りながら、ストリート街へと入って行く。


 馬鹿野郎!!
 ストーリート街に入り、伊織は信じられないといった表情で、ワナワナと震える。
 硬く握り締める拳。
 そうしなければ、撃ち抜いてしまいそうだ。




 立てこもり犯がいると思われるビルの周りを、大量のパトカーがサイレンを鳴らしたまま配置されていた。
 もう逃げ道はないぞと、言わんばかりの光景に、伊織は怒りが爆発してしまいそうになる。
(・・嘘だろ?)
 伊織は自分が見ている光景が、信じられなかった。




「オラー!いい加減諦めて投降しろ!逃げ道は完全に包囲している」


 無精髭を生やした警部らしき人物が、パトカーの無線を使って犯人に警告する。
 伊織はやめさせるべく、警部のもとへ駆け出した。


「何をやっている。今すぐやめろ!!」


「あぁ?何を言っている。ここは子供の来ていい場所ではない」


「いいか?よく聞けクソ野朗。人質がいるんだよ!犯人を刺激、興奮させるような言動をやめろ!後、逃げ道を塞ぐな馬鹿。犯人が逃げ出す時を取り押さえるのが、一番確実な手段だというのに、これでは狙・え・ないだろうが!」


 射撃の歌姫、美優姫がいる以上犯人が、地上にでてこなくては狙えない。
 いくら美優姫でも、コンクリートの壁を貫通させて犯人を撃ち抜くのは、不可能だ。


「あぁん?しつこいようなら、公務執行妨害でタイ・・し、失礼しました」


 伊織の胸ぐらを掴んだ警部は、みなみが掲げる生徒手帳を見て敬礼する。


「犯人を刺激させてしまった以上、車はこのままでいく。音、サイレン灯は消しておけ。みなみ!」


 首をクイっとして、みなみを呼ぶ。
 伊織に呼ばれたみなみは、生徒手帳をしまいながら歩み寄る。


「ツーマンセルだ」


 伊織がそう告げると、突如”ダン”と音をたてるパトカー。
 伊織は頭をかきながらいいなおす。


「スリーマンセルだ」


(忘れるなという意味だろうが、よんだのか?)


 美優姫が狙撃してきたのだろうが、通信機器はもっていないはず。
 スコープから、こちらをのぞいているのだろうが、唇をよんだのか、伊織がクイっとした時に伊織の言動を、予想して打ったのか、どちらにせよ犯人がでてくる可能性は、馬鹿野郎のせいで1%しかない。


「とにかく行くぞ」


 伊織は右手に拳銃を構え、左手でサインをだす。
 このサインなら歌姫にも解るだろう。
 みなみは左手に刀の鞘を握り締め、右手はいつでも抜けるようにしている。
 伊織とみなみは、犯人がいるビルへと入っていく。




 犯人が立てこもったビルは、取り壊しが決まっている廃ビルだ。
 10階建ての建物の、何処にいるかをまず見つけなくてはならない。
 ビルの中に入り、管理人室らしき部屋に入った。
 みなみの手鏡で周りを確認し、伊織が部屋に入ると同時に、手鏡の視覚の場所に銃を向ける。


 誰もいない事がわかった伊織は、イヤホンに手を当てる。


「こちら伊織。めぐみか?」


「こちらめぐみ。今そのビルの見取り図を送ります」


 携帯を開く伊織。
 見取り図を見た伊織は、舌打ちする。
(チッ・・厄介だな)
 どうやらここは元カプセルホテルだったらしく、部屋が無数にあった。


「これより1階の制圧にみなみ。2階の制圧に俺。9、10階を美由姫に任せる」


「了解。美由姫には私から連絡します」


 携帯をしまった伊織は、みなみを見る。
 みなみが何も言わないので、賛成だと受け取って、伊織は管理人室を後にした。


「みなみ。10分以内に連絡しろ。ない場合は犯人と遭遇したとみなす。いいな」


 うなずくみなみを見て、伊織は2階に続く階段へと向かっていく。
 走るような事はしない。
 かといって歩くわけでもない。
 人質の精神状態もそろそろ限界のはず。
 急ぎ足でかつまは2階の廊下を歩く。


 1階フロアー。
 みなみは全神経を研ぎ澄ます。
 1階は宿泊客の受付の為に、ある部屋は限られている。
 管理人室。
 スタッフルーム。
 男子トイレに女子トイレ。
 清掃用具室。
 みなみは両目を閉じ、神経を極限状態まで持っていく。


「・・・いないわね」


 みなみはインカムに手をあてて、伊織を呼び出した。


 2階角部屋。
 伊織のインカムが震える。
(さすがだな・・僅か3分でクリアーするか)
 みなみの嗅覚に感心しながら、伊織はスイッチを入れた。


「こちらみなみ。3階に行く」


「了解」


 伊織の指示を読んで、要件だけを伝える。
 これは伊織が指示をだす時間を、少しでも和らげる為のものである。
 指示をだすのなんて10秒かからないだろう。
 しかし、繰り返せば1、2分になる。
 人質にとっては、この時間が1時間に感じられ、精神崩壊につながる恐れがある。


 2階の部屋をクリアーした伊織は、インカムを1回鳴らし、4階へと向かう。
 1回鳴らす行為は、この作戦でいくと事前に打ち合わせしている事である。
 3回鳴らす行為は、作戦変更。
 問題があればコールし続ける。
 10分すぎて何もなかった場合は、犯人に遭遇したということになる。


 6階にたどり着いた伊織は、3回インカムを鳴らす。


「こちら伊織。2人共聞いているな?」


【ええ】


「現在6階までクリアー。みなみ」


「7階は後1部屋でクリアー」


「めぐみ」


「美由姫からは何もありません。やはり窓からだけでは厳しいかと思われます。ですが」


「解っている。みなみ。犯人は9、10階の可能性が高い」


「そのようね。窓の死角に、隠れている可能性が高いわ」


「なかなかの知能犯かもしれん」


 伊織の言葉を2人は否定しなかった。
 伊織はサイレンを消させた。
 消してから数十分はたっている。
 外の様子が気になって、窓から顔を出す犯人だったなら、美由姫が射殺している。
 美由姫からの連絡がないという事は、人質に銃を向けながら顔をだした可能性もない。
 出していたら、連絡があるはずである。
 それら全てを計算できる犯人なのか、思いつかず、机の下で震えているだけなのか。


「よし。10階から俺。下からみなみ。美由姫には引き続き監視させろ。以上。散」


 通信を切り10階へと階段をあがる。
 6階から10階まで続く、階段を登った伊織であったが息一つきらしていなかった。
 息をきらしてしまったら、犯人に気付かれてしまう恐れがある。
 日々の訓練の中には、こういった時の為に、体力作りが加えられており、S組は全員がこのレベルに達している。
 嫌、このレベルもなければS組にはなれない。
 伊織は静かに深呼吸をした。


 一つ一つの部屋を慎重に捜査する。
 音を立てず、静かにドアに耳を傾ける。
 いつでも発砲できるように、ハンドガンをスライドさせる。


 右の部屋から数えて4つ目の部屋に、耳を傾けた時であった。
(ここか・・)
 携帯を取り出し、見取り図を確認する。
 窓の死角にいる可能性が高い為、入り口付近にはいないはず。
 考えられるのは。


 お風呂場。
 トイレ。
 備え付けのクローゼットの中。
 しかしユニットバスの為、人質と2人で入るのは難しい。
 同様にクローゼットの中もない。
(それならば・・)
 伊織は意を決して玄関を蹴りとばした。


 伊織は急ぎ足で中に入る。
 間取りは把握している。
 拳銃を構え、部屋に入った伊織は声をかける。


「警察だ!両手を頭の後ろのに廻して、床に伏せろ」


「た、頼む。撃たないでくれ」


 伊織がそう言うと、犯人はそう返しながら言う通りにしてくれたのだが、気は抜けない。
(なんだ・・この臭いは)
 悪臭漂うこの部屋に、伊織は嫌な予感がする。


「人質の少女はどうした」


 部屋の中には犯人の姿しか見えない。
 犯人の男は、床に伏せながらブルブル震えながら、繰り返し、繰り返しブツブツ呟く。


「俺は悪くない。俺は悪くない。そ、そうだ!弁護士を呼んでくれ」


 犯人のこの言葉に、伊織は銃を構えながら、犯人の元へと駆け出す。
 まさかと思う伊織の嫌な予感は的中してしまう。
 人質の女の子は、犯人のそばで遺体となって発見された。


「悪くない・・だと」


 伊織の手が震える。


「あ、ああそうだ!殺すつもりなんてなかったんだ」


 伊織の中で何かが弾けた。
 伊織はインカムに手をあてコールする。


「こちら伊織。人質を遺体となって発見。尚、犯人は俺が捕まえる。本作戦をAからDに変更。繰り返す。Dに変更だ」


 みなみ、めぐみ、美由姫に向けて、伊織は作戦をだす。
 作戦Dとは、任務は失敗。尚、犯人は側にいるという意味だ。


「し、信じてくれ」


 犯人は伊織の足を掴みにきた。
 伊織は掴まれそうになった足で、犯人の頭を踏みつける。
 犯人の悲鳴が部屋の中に響き渡った。
 鼻が潰れ、鼻血がとまらない犯人の男は、伊織から離れた。


「・・伊織」


 めぐみから呼ばれた伊織は、インカムに手をあてて周波数をかえて、伊織は悲鳴をあげる犯人に近づく。


「殺す気はなかった、信じてくれだと」


 握りしめる銃がミシミシ音を立てる。
 伊織は犯人の頭を掴み、遺体となって見つかった少女の側に連れていく。


「見てみろクソ野郎!おぉ!この子の前で同じ事が言えるのか。ああ!!」


 被害者の女の子は強姦され、舌を噛んで自殺しないように、その子の下着を口の中に突っ込んであった。
 たくさん泣いたのであろう、彼女の目元は腫れている。
 首には犯人の手形がしっかりと残っていた。
 この光景を見て、殺す気はなかっただとか信じてくれだとか、なめてんじゃねーよ。


 伊織は犯人の頭を床に擦りつけるように押し付ける。
 犯人の悲鳴を聞いていた伊織は異変に気付く。
(おかしい・・この臭いは)
 死体になってまもない彼女から、臭うものではない事に伊織は気付いた。


 まさかと思い、伊織はユニットバスを覗き込みに行く。
 ユニットバスの扉をあけると、そこは惨状であった。
 一体何人の女性が犠牲になったのだろうか。
 伊織は、ユニットバスの扉を閉めた。


 犯人は伊織の後ろを通り抜けて、逃げようとする。
 伊織は犯人の右足を、何のためらいもなく打ち抜く。
 打ち抜かれた犯人は、悲鳴をあげながら、玄関の扉にぶち当たって倒れた。


 悲鳴をあげる犯人に近づく伊織。
 伊織から離れようと、左足だけを使って部屋に戻っていく。


「ひっひぃぃ。た、頼む。命だけは」


 声をあげる犯人に伊織はたずねる。


「一つ聞かせろ。そう言った言葉をかける彼女達に、貴様は何て言葉をかける?」


「あ、あいつ達は死んで当然の生き物なんだ」


 その言葉を聞いた伊織は、犯人の左足を打ち抜く。
 左足から、右手、左手を打ち抜く。
 打ち抜く度に悲鳴をあげる犯人。


 伊織は何のためらいもなく、犯人の頭を打ち抜いた。


 香月伊織。


 この日初めて人を殺した。

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