アイドルとマネージャー

伊達\\u3000虎浩

第3章 雪物語 その壱…④

 
 ファンクラブのイベントについて聞こうと、修二は電話をかけていた。


「やぁ、修二君。どうしたのかね?」


 丁度、相手も携帯をイジっていたのか、数コールで電話に出てくれた。


「こんにちは、恵理さん。今、大丈夫ですか?」


「ああ。かまわんよ」


 と、礼儀を通してから、修二は本題へと移った。


「ふむ。ファンクラブのイベントについて。か」


「はい。実際、行った事もなければ、見た事も聞いた事もないので…恵理さんは、ありますか?」


「まぁ、この業界に身を置いていれば、嫌と言っても耳にする事になるさ」


 そう言って、恵理は口を開いた。


「そもそもファンクラブとは何だね?」


 ファンクラブって何?と、聞いているのではなく、ファンクラブについて理解しているか?という意味だろうと修二は解釈した。


「そうですね。簡単に説明するのであれば、決められたお金を毎月払う事により、色々な特典を受ける事ができるサービスです」


 例えば、今日の〇〇に出演するよ!とか、〇月〇日にCDを発売するよ!とかの情報が、メールで届いたり、ライブのチケットを優先的に購入出来たりと、色々な特典があるのだ。


 何と言っても、本人が直接書いたメールが届くのが魅力的な部分ではないだろうか。


 自分達だけが、知っている。


 自分達だけが、彼の、彼女の、悩みを理解、共有してあげられている。


 ファンクラブの会員でないと、知る事が出来ない情報が入手できるのである。


「うむ。まぁ、そのファンクラブによって。を、付け加えれば、大体そんな感じだな」


「ファンクラブによって…ですか?」


「そうだ。時代は進化しているのだよ。ツイッターやブログで、いつ、何処で、何に、などの情報は入手できるのだから、何にいつ出演するといったメールが必ずしも届くわけではない」


「そうなんですか?」


「そうだ。例えばアーティストなら、歌番組以外は滅多に出ない。女優や俳優さんなら、ドラマや映画にしか出ないのが基本だろ?」


「あれ?でも、バラエティーでも見かけるような…」


「ああ。アレは、番宣だよ」


 是非、見て下さい。と、告知する為に出るのが、一般的である。と、恵理は付け加えた。


 つまり、女優や俳優、アーティストやアイドルなど、様々なジャンルのファンクラブによって、特典が異なるというわけだ。


 確かに…と、修二は納得する。


 そもそも、ライブのチケットを優先購入という特典なのであれば、アーティストやアイドルのファンクラブでないとそんな特典はつかないだろうし、〇〇の番組に出るよ!などといった情報は、女優や俳優さんがメインとなってくる特典だろう。


「それと、必ずしもファンクラブがあるとは限らない。という事を、決して忘れてはならない」


「そうなんですか?」


「ふふふ。当たり前だ。この業界に芸能人が、一体何人居ると思っているのだね?」


 言われてみればそうかと、修二は納得する。


 仮に芸能人が5万人いたとして、5万ものファンクラブがあるハズがない。


 サイトの管理だけで、一日が過ぎてしまうだろう。


「さて、話しを戻そうか。ファンクラブで何をするか。だったね?」


「そうです。初めてなので是非、参考にさせて下さい」


「ふむ。それは、君達の仕事だろ?と、言ってしまえばそれまでだろうな」


 ファンクラブで何をするか。


 ソレを考えるのは、雪であり、修二であり、会社である。


 冷たく聞こえるかもしれないが、当たり前の事を、当たり前のように告げる恵理。


 何故なら、彼女は他事務所の人間である。


 他社の利益に貢献するような真似は、社会的に好ましくはないだろ?


「しかし、せっかく頼ってくれたのだから、じゃあな。とは、いかないだろうな」


 他事務所である恵理だが、姐御肌というか、理想の上司というか、本当に面倒見のいい人なのであった。


 答えを教えるわけでもなく、アドバイスを送る事もなく、小さなヒントをいくつも出して、答えを導いてくれるのだ。


 最も、ソレをアドバイスというのでは?と、修二は思うが、アドバイスを送っていないと恵理が言うのだから、アドバイスではないのだろう。


 もしかしたら、他事務所の人間である恵理にとっての、逃げ道的な意味合いを持っているのかもしれないな。と、思うと、深く掘り下げるのは好ましくはないのかもしれない。


 その為、修二はこれ以上は聞かない事にした。


「おほん。とある声優さんのファンイベントでは、ファンと触れ合う機会を設けている」


「せ、声優さんが、ですか?」


 初耳であり、驚きの情報であった。


「ん?驚くような事ではないさ。顔出しNGというわけでもない。むしろ今は、積極的に活動している声優さんの方が多いさ」


「ファンとの触れ合いというと、握手会とかですか?」


「まあ、握手会を開く声優さんもいるだろうね。私が知っている声優さんはだな、ファンとのトークイベントを開いている。そこでは、とある設定を設けていて、その声優さんは一国の長となり、ファン達を家臣と呼ぶ。ファンは主を姫と呼んでいたかな?そして、年に一度、ファン(家臣達)と触れ合いの場を設けている。確かそんな感じだったかな?まぁ、考えても見たまえ。好きな声優さんに好きな質問ができるのだ。どれほど魅力的な事か」


 なるほど。と、修二は素直に感心した。


 設定を設ける事により、自分達がイベントに参加しているという意識が芽生える事だろう。


 良く、コンサートなどでペンライトが売れるのは、その為だと思われる。


 考えてみれば、ファンは好きな芸能人を楽しませたいと思い、芸能人はファンを楽しませたいと考えている。


 曲のイントロが流れ、瞬時にペンライトの色を変える。そして、曲調によって、ゆったり左右に揺れたり、前後に激しく振ったりするのだ。


 つまり、一体感があるイベントが理想的だということなのだろう。


 勿論、好きな質問といっても、社会的モラルを持った質問だろうが、それでもだ。普段テレビで見ている、聞いている、自分が好きな芸能人を直接見るだけでなく、会話が出来るのだ。


 それだけでも、行く価値はあるのではないだろうか?と、修二は思った。


「映画や舞台などで、監督やキャストが舞台挨拶として、壇上に立つのも珍しくないご時世さ。その声優さんは、もしかしたらそれを参考にしたのだろうな」


 舞台挨拶とは、見に来てくれたお客さんに挨拶をする事である。


 主に、映画館が一番多く、声優さんの挨拶が一番多いだろう。


 そこで、収録での大変だった出来事などを聞いたりできるのである。


「さて、修二君」


「はい」


「人の魅力とは何かな?」


「魅力…ですか?」


「そうだ。人は皆、何かしらの魅力を持って生きている。何の魅力も持たない人間など、存在しないと言っていい」


「そう…でしょうか?」


 いくら何でも大袈裟ではないだろうか?と、修二は思った。


「綺麗ごとだと思うかね?」


 素直に述べるのであれば、そうだ。と、修二は思った。


「もしも仮にそう思っているのだとすれば、この機会に考えを改めたまえ。いいかい?君はマネージャーだ。マネージャーはタレントの魅力を充分理解し、最大限に引き出す方法を常に考えていなくてはならない。ズバリ聞こう。雪君の魅力は何か、君は答えられるかい?」


 そう問われ、修二は言葉を濁らせてしまう。


「いいかい?まずはそこから考えるんだ。歌声が魅力的なら歌えばいい。演技が上手いなら、何か劇をやればいい。トークが上手いなら、トークイベントをやればいい。マネージャーとは、そのタレントを最大限に魅せるやり方を充分理解してこその存在だ」


 北山恵理のこのアドバイスがあったからこそ、神姫雪は2年連続CM女王に君臨出来たのだと、霧島修二は思う。


 最も、恵理にそれを伝えたところで、首を縦には振らないだろう。


 他人の手柄を横取りにするようなタイプではない。むしろ、自ら手柄を差し出すタイプである。


 だからこそ、修二にとって恵理は、憧れの存在へと変わっていったのだった。

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