アイドルとマネージャー
第3章 南めぐみという少女…③
木の上から景色を見渡すめぐみ。
木に背中を預け、心地よい風にあたる。
木から溢れているのか、何とも言えない匂いが気分を落ち着かせる。
木登り二回戦。
流石にきつかったと、軽く息を整え、小さく深呼吸をするめぐみ。
両手にはめた軍手を外し、ポケットからミニタオルを取り出して汗を拭く。
「はぁ、はぁ。うん。よし」
ミニタオルをポケットにしまいながら、隣の木に目を向け、視線を少し下げれば、ピーピー鳴いているヒナ達が見える。
視線を少し下げたのは、めぐみとヒナ達の位置が平行ではないからである。めぐみはヒナ達が母を待つ間の写真を撮りたいと考えているのだから、平行では撮れない。
上から撮る為には、ヒナ達より少し上にいなければならないというわけだ。
カシャッ。カシャッ。と、カメラを構え、ヒナ達を撮影するめぐみ。一枚目はそのまま撮り、二枚目はズームにして撮影。
しかし、ここで問題が発生してしまう。
「…あれ?夕陽をバックに撮るんだとしたら、この位置じゃ無理じゃないかしら?」
先生から出されたお題もとい、めぐみが考えた写真は夕陽や山をバックにしたヒナ達の写真。
現在めぐみはヒナ達がいる木の反対側の木から、ヒナ達を見下ろす形の位置にいる。
目線は斜め下。
つまり、ヒナ達のバックにあるのは、木の枝や地面であるという事であり、夕陽や山をバックに撮影する為には、目線は平行、あるいは斜め上でないと難しいというわけである。
再び木に背中を預け、右手をアゴにあて、左手を右肘にあてながら、めぐみはどうするかを考える。
「……とりあえず、ポイントが違うって事よね」
先生から教わった事であるポイント。
撮影ポイント。撮影するポイントなどなど、様々な場面で出てくる単語の一つである。
専門用語みたいなものと、言った方が解りやすいだろう。
ここでいうポイントとは、撮影ポイントの事であり、撮影ポイントとは何なのかを説明するならば、撮る位置という事である。
ちなみにポイントとは、写真家だけではなく、釣り人などもよく使う単語の一つである。
釣れるポイントがある=釣れる場所がある。みたいな感じだ。
写真家だと、撮影するポイントがある=撮影する場所がある。みたいな感じになるのだ。
閑話休題終わり、さぁどうするか。と、めぐみは考える。
「理想は、ヒナ達と同じ高さの木の上で、ちょっとヒナ達より目線を高くする事なんだけど…」
キョロキョロと、自分が登ってきた木を見渡すめぐみ。しかし、そう都合よくはなかった。
「はぁ…ま、現実なんてのはそんなもんよね」
人生甘くない。
漫画やアニメ、ドラマや小説ではないリアルな世界とは、所詮そんなものだ。
「この木じゃないとするならば…アレか」
キョロキョロと辺りを見渡し、一人言を呟くめぐみ。
登ってみないと分からないが、それらしい木を発見すると、カメラにキャップをはめて、再び木を降りる事を決意する。
最も、再び別の木に登るのだが…。
ーーーーーーーーーーーーーー
別の木にて。
右手と左手をピストルの形にし、ぐっと前に突き出しながら、左目を瞑って右目で見て見るめぐみ。
丁度、「     」のような形である。
「う〜ん」
と、めぐみは呟き、吟味する。
自分の思い描いた一枚の写真。
それを撮る為に、写真家は絶え間ない努力をする。
登山したり、木に登ったり、時には海に潜り、寒い雪山、暑い砂漠、命の危険すらある崖の上。
さて、何処が楽なものか。
OLやサラリーマンのように、安定した収入がある訳でもない。
生きていける保証もない職業。
だからこそ、両親は反対したのだ。
どうせいい男を見つけて、結婚すればいいんでしょ。などと思われては心外だ。
一番腹がたつと言ってもいい。
私は、夢を叶えたいだけ。
野球やサッカー選手に憧れる男の子のように、アイドルや女優に憧れる女の子のように、ただただ夢を追いかけているだけ。
一体これの、何処がおかしいというのだろうか。
ラノベ作家を夢みる人達と、路上ライブをする人達と、決して変わらない事だろう。
読んでくれる。聴いてくれる。見てくれる。
それだけで、私達は頑張れるのだ。
「ここに決めた」
ポイントもバッチリだ。と、めぐみはここで撮影する事を決意する。
後は、夕陽がくるのを待つだけだ。
カシャッと、山を背景にした写真を撮り、ふー。と、ため息を吐きながら、めぐみは彼方をみる。
流れる雲。
うろこ雲だったか?などと考えながら、ぼーっとする。
「ダメダメ。集中、集中!」
木登り三回戦に加え、登山までしているめぐみにとって、最も厄介な睡魔が襲う。
雪山で寝たら死ぬ。木の上で寝るという行為は、それに匹敵するほど危険なのである。
左右の頬を、パン、パン、と、叩きながら、自らに気合いを入れるめぐみ。
「…良し!ん?」
ぼーっとしていた意識を覚醒させた事により、下で何やら音がしている事に気付いた。
「…げっ!?」
見てみると、自分のバックが漁られているではないか。
しかし、ここからだと犯人の姿が見えない。
めぐみからの位置では、バックに手を入れられているところまでしか見えていないのであった。
バッと、カメラを構え、決定的証拠を抑えるべく動くめぐみ。
カシャカシャカシャ。と、カメラのシャッターをきっていく。
そのシャッター音に驚いたのか、バックに手を突っ込んでいた人物の姿が見えた。
「な、なんだ…猿か」
バックに手を突っ込んでいたのは、背中に子猿を乗せた母猿だった。
「な、何よ!?」 
こちらの声が聞こえたのか、こちらの気配を察したのか、猿がこちらを見上げてくる。
見つめ合う二人。いや、めぐみと猿。
「わ、私のおやつ!?」
ウキキと聞こえてきそうな顔をしながら、こちらを見上げている猿は、慣れた手つきでお目当てのブツを引っ張り出していた。
慣れた手つきと思ったのは、バックを見ずにブツを引っ張りだしていたからである。
「こ、この…」
木に生えている木のみをちぎり、猿めがけて投げようとするめぐみ。
勿論、猿にあてるつもりはない。
威嚇を目的とした行動である。
ポテチくん。
そう描かれたお菓子の袋を引っ張り出しながら、めぐみを見上げる猿。
めぐみは躊躇した。
というのも、背中に乗せた赤ちゃん猿が、目に入っていたからである。
「ぐ、ぐぬぬぬぬ。はぁ…」
握っていた木のみをそっと地面に落とし、ため息を吐きながら、めぐみはカメラを構えた。
カシャッ。カシャ。
シャッターをきり、ポツリと呟く。
「…ポテチくんの代金として、貰っとくわ」
両手にポテチくんを持った猿と、背中にしがみつく赤ちゃん猿が、こちらを見上げている一枚の写真。
さて、値段はいくらだろうか。
ふふふ。
プライスレスとでも言っときましょうか。
木に背中を預け、カメラをスッと下ろすめぐみは、空を見上げるのであった。
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