アイドルとマネージャー
第3章 南めぐみという少女…②
先生の答えを聞いためぐみは、ただただ黙ったまま先生の顔を見ていた。
オールバックの髪を後ろで一つ結びにし、黒縁メガネに白くたくましいヒゲ。無精ヒゲのように見えて、きちんと整っているヒゲは、ダンディーな伯父様を連想させる。
「いやいや、そんなに見つめられると照れてしまうだろ?」
「す、すいません!!」
気恥ずかしい空気というか、おそらくは場を和ませようとする先生ならではの心遣い。最も、半分は、いつものセクハラジョークみたいなものなのだが。
注意をされためぐみは、素直に頭を下げた。
「おほん。説明が必要かね?」
ワザとらしく咳をし、先生に尋ねられためぐみは、是非お願いします。と、伝えるのであった。
「南よ。ここにわざわざ来たのは一体何の為かを考えなさい」
「写真を撮りに…ですよね?」
デートでもなければ、体力作りでもない。仕事をしに来ているのだから、と、めぐみは思った。
「半分正解だな」
「は、半分…ですか?」
なぞなぞみたいな返しをされ、めぐみは少し戸惑ってしまう。
「写真を撮る為に来た。それは間違いではない。しかし、ここでしか撮れないを、付け加えるべきではないかな?」
ここでしか撮れない写真。
「君がいう写真は、確かに素晴らしい写真のウチの一つだろう。しかし、そのテーマならここじゃなくても撮れる」
めぐみが答えた(テーマ)のは、ヒナ鳥達が母親の帰りを待つほのぼのとした写真。
「確かに…そう、ですね」
ツバメの巣というのは、何も山の中にしか無い訳ではない。
学校、線路の高架下、橋の下など、ツバメは何処にでも巣を作る生き物なのである。
「ですが、先生?ここでしか撮れない、ヒナ鳥達の写真もあるはずです」
「ほぉ、例えば?」
右手でヒゲをさする先生。まるで、何かを吟味しているかのような、そんな印象を受けた。
「はい。例えばですが、あの山をバックにしたり、夕陽をバックにしたりしたら、とても素敵な写真になると思うんです」
山や夕陽を背景にし、お腹を空かせて母親を待つ一枚の写真。
とても良いのではないだろうか?
「その通りだよ南。しかし、それは難しいテーマだろうな」
「ど、どうして、ですか?」
「おっと。ヒントはここまで。論より証拠。やってみなさい」
暴れ馬をなだめるかのように、先生は私に向かって両手を突き出してきた。
どうどう。みたいな返しとともに、先生から出された新たなお題。
「は、はい!!」
写真を撮らせて貰える。
凄く嬉しい!と、めぐみは元気良く返事を返したのだが、後々後悔する羽目になったのであった。
ーーーーーーーーーーーー
先生から出されたお題をこなす為に、めぐみは準備に取り掛かる。
先生は先生で自分のお題(仕事)がある為、めぐみに一声かけてからこの場を去って行ってしまった。
めぐみのテーマは、夕陽か山を背景にした、母を待つヒナ鳥達の一枚の写真。
先生が返した答えは、ヒナ鳥達が襲われる何とも言えない残酷な一枚の写真。
カメラをセッティングしながら、どう考えたって誰が聞いたって、私の写真の方が観たいと言うに決まっている。と、めぐみは内心思っていた。
今日明日と、コンビニのバイトはお休みだ。
頑張ってたくさん撮ろう。と、ニヤニヤしながらテントを張る準備に取り掛かる。
テントといっても、中で寝る為のテントではない。雨風を防ぐ為のテント。
三角の布地のそれぞれに紐を通し、木に一本だけ紐を引っ掛け、ピンと伸ばすとそれは直ぐに出来上がる。
雪で作るかまくらみたいなテント。
そのテントの中に小さなパイプ椅子を置き、目の前にカメラを置いた三脚立てを置く。
リュックから取り出したおにぎりと、節約の為にと奮発して買った高い水筒を取り出す。
おにぎりを一口、二口食べ、めぐみは呟いた。
「夕陽…か」
夕陽を背景に撮る為に必要なのは、当然夕陽であり、夕陽を背景に撮る為には、夕陽が出てくれない事には始まらない。
つまり、夕陽が出る時間まで待つ必要があるのである。
空は快晴。
「…良かった。コレなら、大丈夫よね?」
写真家にとって最大の敵は、天候と言っていいだろう。
雨や湿気によりレンズが曇ったり、カメラ自体が壊れりする。また、天候が悪いと思ったような写真が撮れなかったりするのである。
雨や雲がなければ、〇〇が一望できる。とは、良く聞く言葉の一つではないだろうか。
最も、雨によって作られる世界もある事にはある為、一概にうざいなどとは思わないのだが。
雨が降る中のあじさいの写真。
天気がいい日に撮るあじさいの写真。
さて、良く見かける方の写真はどちらか?
そんな事を考えながら、軽い昼食を済ませた。
ーーーーーーーー
空は快晴。
後は、時間が経つのを待つだけ…という訳にもいかないのが、写真家の辛い所である。
セッティング作業があるのだ。
「三脚立てを組み立てけど、よくよく考えたら使わない…よね?いつもの癖ってやつ?」
先ほど組み立てた三脚立てを見ながら、ポツリと呟いてしまう。職業病に近い癖であった。
いらっしゃいませ〜に釣られ、いらっしゃいませ〜っと言いかけてしまう。みたいなものだ。
めぐみが撮ろうとしているのは、ヒナ鳥達が母鳥を待つ写真。
つまり、ヒナ鳥達が見えなくては話しにならないのであり、巣は木の上にある。
地上にいるめぐみからでは、撮れない位置にある為、三脚立ては不要なのであった。
「自撮り棒…ってわけにもいかないわよね」
自撮り棒。
棒の先に携帯などを取り付け、ボタンを押す事により撮影が可能となっている棒である。
これを使う事により、普段手の届かない範囲の撮影が可能となっているのだが、どんな写真が撮れたかは撮ってみない事には分からないのが欠点である。
「運まかせ…ってわけにもいかないわよね」
先生から出されたお題に対し、それは失礼だろうとめぐみは考えた。
「と…なると」
チラりと空を見上げる。
青い空に流れる雲。木の枝から生えた葉っぱ達が、日差しを少しだけシャットアウトし、葉っぱのカーテンとなっている。
首を少し動かし、巣がある木と巣の反対側の木を見渡すめぐみ。
「…これしかないか」
と、決意するめぐみは、リュックのポケットから軍手を取り出した。
軽く準備運動をし、カメラを首から背中側に回しためぐみは、巣がある木の反対側へと移動する。
「…小学校低学年の時以来かな?」
木登り。
女の子でそれをするイコール活発な子。ともされる行為であり、男の子でそれが出来ないイコール運動オンチ。とされる行為である。
木登りが出来ないとなぜ運動オンチ扱いされるのかは謎であるが、とにかく木登りとは、女の子はあまりやらない行為ということである。
また、北海道出身であるめぐみにとって、木登りとは唯一無縁と言っていいほどやる事はない。
学校などにある棒を登る遊具も、北海道にはあまりない。というのも、寒いからである。
勿論、夏は雪が降らない為、棒に登ったり木に登ったりはするものの、冬になれば誰もやらない事であった。
雪。冷たい。以上!みたいなものだ。
キンキンに冷えた鉄の棒。
雪が積もった木。
さて、登りますか?
「はぁ…どうやるんだったかしら」
などと考え呟きながら、めぐみは木の周りを一周する。
今日は登山する事を分かっていた為、めぐみの格好はカジュアルな格好である。
スニーカーにデニムパンツ。名探偵みたいなチェックの上着。中はシンプルなTシャツ。
長い髪が邪魔にならないようにと、後ろの方で一つ結びにしていた。
「…んしょ。よいっしょっと」
右足を木のくぼみにひっかけ、左手で木を掴む。左足を移動させ、木のくぼみにひっかけ、右手で木を掴む。
後ろから見れば、ガニ股みたいな格好をしながら、めぐみは木を登っていく。
写真家って楽でしょ?などと考えている人がいれば、それは間違いだ。
目的の為には手段を選ばない。とまでは言わないが、目的の為にはこういう肉体労働があるのである。と言っても何もこの仕事に限った事ではないだろう。
OLや受け付け嬢など、いわいるデスクワーク業にも、勿論肉体労働は存在する。
資料をもったり、その資料を収納した段ボールを持ち運びしたり、謎の宅配物を受け取って運んだりと色々だ。
「あ……フィルム」
木を登った所で、めぐみは失態に気付いた。
木の上に登る機会などそうそうない。
色々撮っておこうと考えたのだが、カメラの次に大切なフィルムを忘れてしまった。
フィルムがないと、限られた枚数しか撮れないではないか。
深いため息を吐きながら、めぐみは木を降りる事を決意する。が、問題が発生してしまう。
「…ど、どうやって、降りればいいのよ」
登るより降りる事の方が、難しいのであった。
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