アイドルとマネージャー
第3章 レイの秘密
修二は、途方に暮れていた。
ありやしたぁーなどと言っている宅配業者を、ちゃんと喋れ。と、思いながら玄関から見送る。
「さぁゴン太。まずは、私のからお願いね」
「…お願いって言われてもだなぁ。はぁ」
足場もない。とまではいかないが、宅配業者が持って来た大量の荷物を前にして、ため息を吐く修二。
ベッドにタンス、棚やラックなど、一人暮らしに必要であろう家具たち。
これらを、一人で運べなんて言うのだから、鬼としか思えない。
「…は?私が持てるとでも思ってるわけ?」
ジッとゆずを見ていると、何が言いたいのかを理解したのか、ゆずはそんな事を言いだした。
(逆に何で俺が、一人でも持てると思っているのかを聞きたいわ!)
と、思う修二であったが、確かにゆずでは無理だろう。
身長差がありすぎるのだ。
身長=力。で、考えるとなると…。
ゆず、ひかり、結衣、遥、あゆみの順になる。
ちなみに、ゆずがダントツで小さい。
あゆみか遥にでも頼むか?と、考える修二だったが、皆んな部屋の掃除で、忙しそうにしている。
な?途方に暮れていても、仕方がないだろ?
「…分かった。とりあえずゆずの部屋まで、頑張って運ぶから、先に部屋に戻っててくれ」
両腕を組み、ジッとこちらを見ているゆずに、そう告げた。
というのも、何もしないくせに見ているだけなのは、何だか監視されているみたいで嫌だったからである。
(ま、まぁ、タンスやラックぐらいなら、一人でもいけるか…)
ため息を吐いていても仕方がないと考え、ゆずの荷物を確認した修二は、運べる物から運ぶ事にした。
ーーーーーーーー
それから数十分後。
「…だらしないわね」
「はぁ、はぁ、ば、馬鹿言え…マネージャーはマネージャーであって、はぁ、はぁ、荷物を運ぶ人ではない」
階段を往復。
部屋に行ってタンスを置くと、そこじゃないと怒られ、またタンスを持ち上げるといった重労働。
しかも、一年間引きこもり生活を送っていた修二には、それは大変な重労働であった。
「さ、さて、問題はベッドだな」
一番の問題が残っている。
体力が満タンの時に運ぶべきだったか?と、後悔する修二。
その時であった。
ドス。ドス。ドス。
ゆずの部屋で悩む修二は、部屋の外から音がする事に気がついたのだ。
何の音だよと、ゆずの部屋から廊下を覗く。
「…ん?え?えぇぇぇ!?」
「何でしょう?」
驚く修二に対し、驚かせた張本人は不思議そうな顔をしていた。
「な、何でしょう?って、お、重くないのか?」
「荷物を持っていますから、重くないのかと聞かれたら重いと答えます」
「ああ。確かにそれもそうか…って、そうじゃなくてだな!」
思わず、ノリツッコミをしてしまう。
修二が驚いたのは、レイがベッドを一人で持って来たからである。
何事かと、近づいてきたゆず。
「あら、レイ。ありがとねヽ(*´∀`)ほら、ゴン太!そこを退きなさいよヽ( ̄д ̄;)ノ」
「あ、あぁ…」
気が利かないわね。と、言われる修二。
しかし今のは、ゆずの言い分が正しい。
思い荷物を持っている人に対し修二は、通せんぼするような形で立っていたのだから。
(そ、そんな馬鹿な…)
驚く修二を他所に、レイは涼しい顔をしていた。
その後はレイの活躍もあり、玄関にあったベッド類を全て運ぶ事が出来た。
一番重たいであろう荷物を運ぶレイ。
少し重たい荷物を、数回運ぶ修二。
労いの言葉を受けたのは、レイである。
その事に、何だか納得がいかない修二であった。
ーーーーーーーーーー
修二の部屋。
ひと段落ついたので、修二は自分の部屋の掃除にとりかかる。
窓を拭いたり、畳を拭いたり、テーブルを置いたりと、忙しそうにしていると、部屋をノックする音がした。
「…失礼しています」
「…お、おぉ。確かに。失礼しているな」
声をかけてきたのはレイである。
彼女は部屋の内側からノックをした。
つまり、部屋に入ってからノックをしたのだ。
失礼していますとは、どっちの意味なのだろうか?と、考える修二だったが、まだお礼を伝えていない事に気がついた。
「さっきは助かった。ありがとな」
「いぇ。メイドとしては当然です」
さて、メイドとはそういった職業なのか?とか、レイはメイドだったのか?とか、色々と聞きたい事ができてしまった。
「レイは家政婦じゃないのか?」
もしくは、ボディーガード的な(笑)
そう尋ねると、レイはちょこんと首を傾げながら、こう返してきた。
「家政婦"は"ミタ…ですか?」
さて、家政婦"の"なのか、火曜サスペンス的なジョークなのか、しかしそうなると、メイドではなく家政婦と言う事になるのだが…と、またしても色々と聞きたい事ができてしまった。
「……で、何か用だったのか?」
しかし修二は、それを聞かない事にした。
と言うのも、彼も忙しいからである。
「はい。皆さんがお風呂に入りたいそうなのですが、ガスが止まっております。業者には連絡しましたか?と、レイは尋ねにやって来ました」
「待て待て。それは俺がやるのか?」
引っ越しをした際に気を付けるポイントである。
何月何日から住むと、各業者に連絡をしないといけないのが普通である。
引っ越した日から月末までが、電気、水道、ガスといった光熱費の支払いが発生するのだから。
「確認しますが、もしかしてレイにやっておけと命じているのでしょうか?」
「いやいや、他に暇してるヤツがって、そうか」
荷物を運んでいる間に遥たちでやっとけよと、思う修二だったが、ひかりやゆず、あゆみは芸能人だ。
声優であるあゆみはアレだが、ひかりやゆずは顔を知られている恐れがある。
ならば、業者に電話するのは…と、考えた修二。
「はぁ。俺から連絡するから、今日は銭湯にでも行って来てくれ」
「かしこまりました。では、車の手配をお願い致します」
「は?何で?」
「秋葉原に銭湯はありませんが(笑)」
苦笑。
イラッとする修二。
「…分かった。一時間後にリビングに集合な」
引っ越してから、イラッとしたり、ため息ばかり吐いてしまっていないか?と、思う修二であった。
ーーーーーーーー
一時間後…リビングにて。
「修二さん。乗れるんですか?」
修二の車は改造がされている。
修二以外の6人が乗れるのか?と言う意味である。
「ん?いや、あの車じゃない。レイ」
「はい。修二さまに言われた通りご用意致しました」
「修二……さま!?」
「ちょちょ、あ、姐さん!?落ち着いて下さい」
胸ぐらを掴まれ、壁にドンならぬ胸ドンを受ける修二。
「可愛いレイにご主人様とか呼ばせて、一体アンタは何を考えてるのよ!このクズが!」
「いやいやいや、ご主人様とか言われてませんし、大体、俺がそう呼べとも命じてませんよ!」
「……本当なの?」
ギロりと睨むようにレイを見る結衣。
「………………はい」
おい、こらレイ。
その間は何だ?
それじゃぁまるで、俺を庇っているみたいに聞こえるだろうが!
「…ん?なんだ遥?」
スタスタとやって来た遥は、俺の左肩にポンっと手を置き、首を横に振っていた。
「いいですか修二さん。メイド喫茶に行った際は"お兄ちゃん"っと呼ばせているハズです。何でレイちゃんに、そう呼べと言わなかったんですか!」
クワッという、効果音が聞こえそうなぐらい目を見開く遥。
「……いや、いってないから」
行ってない。言ってない。
果たして、どちらの意味で捉えてくれただろうか。
いや、どうでもいい話しである。
ーーーーーーーーーー
成就荘敷地内。
修二がレイにお願いしていたのは、レンタカーを借りてほしいというお願いであった。
車を持って来てもらうのに多少の値はするが、まぁ会社の経費で落とせるだろう。
無理なら無理で、引っ越し祝いだという事にしようではないか。と、考える修二。
「では、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「ああ。業者の対応は任せた」
車に乗り込む修二に対し、レイは丁寧にお辞儀をして見送る。
「え、え?え?レイちゃん行かないの?」
「こ、こら、ゴン太!どういうつもりよ」
「…どうもこうも、今から電気会社やらガス会社やら水道会社やらが来る。誰か一人は居ないといけないだろ?それを、レイが引き受けてくれたんだよ」
きちんと電気が点くか、火は出るかなど、引っ越しした後は点検があるのが普通である。
その際、誰か一人は立ち会わないといけないのが決まりだ。
「ク、ク、ク。それはあんまりではないか。我が親友よ」
「そ、そうよ!レイが重い荷物を持ったりと、一番頑張ってたのよ!!」
「…………レイ。可哀想」
「………いや、俺が残ってもいいが、免許持ってるヤツいんのか?」
おそらく、いや、間違いなく、一番頑張ってたであろう修二だが、ここまで言われると何だかアホらしくなってきてしまう。
一番頑張った為、汗でベタベタするし、筋肉が悲鳴をあげてるしと、銭湯には誰よりも行きたいと思っているのだが、お前が残れなどと言われたら、じゃぁ残ってやるわ!的な感じになる。
「修二」
「ん?姐さんが運転します?」
結衣は免許を持っている。
免許とは、マネージャーの必須アイテムみたいなものだからだ。
「バカね。業者の対応が終わったら皆んなで行きましょうって、提案しているのよ」
「え?」
修二は恥じた。
疑心暗鬼と言うべきなのか、被害妄想爆発と言うべきなのか、修二は皆んなを疑ってしまった事を素直に恥じる。
申し訳ない…と、思いながら各々の顔を見渡す。
ひかりやゆず、あゆみが頷く中、遥だけは、そうなの?的な表情をしていた。
流石は遥。と、修二は思った。
「お気遣いは無用です。と、レイは皆さまに申し上げます」
「私たちと行きたくないとか、そんなハズないわよね?」
「勿論です。レイはお風呂に入れませんので、行った所で意味がないのです」
「は?お風呂に入れないって、シャワーとかも?」
そんなハズは…と、考えるゆずだったが、お風呂に入れない人がいないと断言は出来ない。
人には様々な理由があるのだから。と、考えての質問であった。
「ク、ク、ク。もしや、黒龍を右腕に宿しておるのか?」
忌呪帯法の巻き方…忘れたな。と、ひかりの発言を聞いた修二は思った。
男の子なら誰もが一度は忌呪帯法の巻き方を覚えるハズ……だよね?
邪王炎殺黒龍波…うん。かっこいい。
皆んなから質問責めにあうレイは、何を思ったのか、いきなりメイド服を脱ぎ始めた。
「ちょ、おま、イテッ!?」
「み、見るなバカ修二!!」
結衣から目隠しならぬ、目潰しを受ける修二。
何も見えないが、シーンとしているのが分かった。
「…わ、分かったわ。とりあえずレイ、服を着なさい。修二!まだ、目を開けちゃダメよ」
「あ、開けたくても開けられねぇよ!!ッテテ…もう少し加減をだなぁ…」
(そもそも俺の目ではなく、レイをどうにかしてほしいもんだ)
「…で?理由は分かったのか?」
涙目になりながら、修二は尋ねた。
「えぇ。まぁ」
「ん?言えないような事なのか?」
女性にしか分からない事なのだろうか?
「いえ。どうやらレイは、ロボットみたいよ」
「ふ〜ん……はっ?」
んなバカな(笑)と、思うのが普通だろ?
「おおおお、お主お主!もしや、ビビビビ、ビームが撃てるのではなかろうな!?」
レイがロボットと知ったひかりは、興奮していた。
「ちょちょちょ、ちょっとだけ、ちょっとだけお尻触っていい?」
痴漢してもいいか?と、レイの許可をもらおうとする遥。
「…………かっこいい」
いつも無表情なあゆみにしては珍しく、少し笑みがこぼれていた。
時代とはここまで進歩していたのか?と、他の三人は思った。
「質問には、全ていいえと答えます。レイはロボットですので、お湯に浸かると壊れてしまいます。車の中で待機するか、家の中で待機するかの違いだけですので、レイに気を使わず、皆さんで行って来て下さい」
そう言うと、レイは家の中に戻っていく。
「ひかりちゃん!ひかりちゃん!」
「ク、ク、ク。分かっておるわ」
イエーイ(=´∀`)人(´∀`=)と、ハイタッチをする二人。
何を考えているのやら。
「車の中で待つよりかは家の中の方がいいだろ」
「それもそうね。じゃぁ行きましょうか」
「ひ、ひぃ!?」
助手席のドアに手をかけた遥は、何かを見て怯えた。
「わ、私、後ろに乗ろうかなぁ…ははは」
「そう?可哀想ね修二」
「うるせー。いいから早く行こうぜ。姐さん」
「な、何よ」
「悪いんだが、助手席に乗ってナビをしてくれ」
「……!?し、仕方ないわね」
そう言って、渋々、仕方なく、といった感じで、助手席に乗り込む結衣。
そんな二人のやりとりを、ゆずだけは生暖かい目で見ているのであった。
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