アイドルとマネージャー
第3章 面談…遥編
誰も居ないかのような、そう思わせてしまうほど静かな社長室。勿論、そんな事はなく、修二と結衣、恵理が社長室には居る。
ひかりは照れ臭かったのか、恵理に一言だけ告げて、社長室を後にした。
ひかりが何て言ったのかは聞こえなかったが、出て行く時にひかりが見せた晴れやかな表情から、納得して出て行ったのだろうと、修二と結衣は考えていた。
その後、沈黙していた社長室。
何とかしなくちゃ…と、考える二人であったが、かける言葉が見つからない。
「…すまなかったな」
照れ臭かったからか、恵理にしては珍しく、目を合わせようとはしなかった。
「いえ。気にしてませんから」
「そうですよ。それより、良かったんですか?」
謝罪する恵理に対し、結衣は質問をした。
「何がだね?」
「いえ、その…ひかりには、理由を伝えませんでしたが」
あゆみやゆずとは違い、ひかりには特に何も言っていない。千尋からの伝言はなかったのだろうか?と、結衣は考えての質問であった。
「心配ないさ。前にも言ったが、あの子には居場所が必要であって、それ以外は大した問題はないのだよ」
「居場所…ですか?」
「そうだ。もしもひかりが、バラエティー番組に呼ばれなくなったとしてもだ。アイドルとして頑張れば、音楽番組には呼ばれるだろ?」
「…なるほど」
「ゆず君やあゆみ君にも、同じ事が言えるさ」
女優として、声優として、もしダメだったとしても、アイドルなら…と、恵理や千尋は考えているようだ。
「………?」
このとき感じた違和感に、何故、もっと真剣に向き合わなかったのか…と、修二は後になって、後悔する事となる。
「お!最後の面談者が来たようだ」
遥が来た事により、違和感について考えなくなったのは確かだ。しかしそれは、決して遥の所為なんかではない。
「し、失礼します」
そ〜っと社長室に入る遥。
最後の面談は、こうして始まったのだった。
ーーーーーー
時刻は、17時を過ぎたところである。
中央のパイプ椅子に座る遥は、チラ、チラっと、左右を見た。
「ふふふ。緊張しているのかね?」
「は、はい!」
「遥。リラックスよ。リラックス」
「で、でも…」
目の前に三人座っており、三人は自分を見ている。
悪い事をした覚えがなかったとしても、何かやらかしたのではないか?と、思うような状況であった。
「…遥。お前はコレから、芸能界で頑張っていくんだろ?こんなので、緊張していてどうする」
そんな遥を見た修二は、軽くため息を吐きながら、緊張する遥に注意をした。
「し、仕方ないじゃないですか!アレですよ、アレ。道を歩いていたら、目の前からお巡りさんが歩いて来た!みたいな」
「みたいなって、あのな…」
その例えは、分からなくもない気がする修二であったが、今は面談中である。
ここは厳しくしなくては。と、修二は考えた。
「緊張しているのは、まぁ仕方がない。軽く深呼吸でもしてみろ」
緊張している人に対し、緊張するな!と言っても意味がない。何故なら、既に緊張しているのだから、緊張するな!と、言うのは間違っている。
正しくは、緊張を解いてやる事だ。
「ヒー、ヒー、フー。ヒー、ヒー、フー」
「…いやいや、違うからな」
可笑しな深呼吸をする遥に、修二がツッコむ。
「ふふふ。さて、遥君。そろそろいいだろうか?」
「だ、大丈夫です!」
「では、最初に自己紹介をしてくれ」
恵理にそう言われた遥は、はい!と、元気良く返事をし、サッと立ち上がって、自己紹介を始めた。
「水嶋遥!4月で22歳になります!好きな食べ物はケーキです!嫌いな食べ物はピーマンです!それから…え〜っと…」
「ふふふ。遥君は、元気だな」
「良く言われます。遥は元気だけが、取り柄だねって」
(えっへへ…じゃねぇよ。と言うよりそれって、馬鹿にされているんじゃないのか?)
「取り柄があるのは、とても良い事だ。大事にしたまえ」
「はい!」
敬礼ポーズを取りながら、元気良く返事をする遥。
「さて、遥君。今後は、アイドルとしての活動になるのだが、何か質問はあるかね?」
「大丈夫です!頑張ります!!」
恵理からの質問に対し、やる気に満ち溢れた表情と声で、遥は返事を返す。
「…い、いや、あるだろ」
そんな遥に対し、修二がツッコんだ。
「あ、あるんですか!?」
ツッコまれた遥は、驚いた表情を見せる。
ため息を吐きたい気分になる修二だったが、グッとこらえた。
「…そもそもお前は、雪の後を追って来たんだろ?」
遥が芸能界に来た理由は、雪が見た景色を見たいとか、雪が何を思っていたのかを知りたいとか、そういった理由から、芸能界にきたハズである。
「ん?は?え?」
修二からかけられた言葉に、激しく動揺する遥。
「いや、だからな…雪は、アイドルという活動をしていないって事であってだな、それでもお前は大丈夫か?って言いたいんだよ」
「え、え?えぇぇぇ!!し、してないんですか?」
社長室に、悲鳴と言うか、絶叫と言うか、恐らくは両方であろう遥の声が響き渡った。
「だ、だって…お姉ちゃん、CD出してますよね?」
「出してるが、CDを出した=アイドルなわけないだろ」
「あ、あんなに可愛いのに…」
「仮にそうだとした場合、お笑い芸人がCDを出した場合はどうなんだよ」
「え?お笑い芸人は、お笑い芸人じゃないですか」
何言ってんのコイツ?みたいな顔を見せる遥に、イラッとする修二。
「つまり遥は、雪の事をアイドルだと思ってたの?」
結衣からの質問に、少しだけ顔を赤くする遥は、はい。と、答える。
「遥君には悪いんだが…出来れば、アイドル活動をしながら、お姉さんの事を考えてくれないか?」
「どういう意味…ですか?」
「正直に答えてくれたまえ。遥君は、雪君のようになりたいと、考えているだろ?」
恵理からの質問に対し、コクリと頷く遥。
「うむ。気持ちは解らなくもないが、正直に言うが、それは難しいのだよ」
「どうしてですか?」
「彼女が、特別だからさ」
遥の問いに、考える時間すら見せず、恵理は答えた。
「デビューしてから2年目に、CM女王になったのは知ってるね?しかしそれは、前代未聞の事なのだよ」
恵理の話しを聞いていた修二と結衣は、反論しなかった。
「通常、CM女王に選ばれる為には、CMに多数出演する必要がある。では、CMに多数出演する為には、どうしたらいいだろうか?」
「……オファーを、もらうんですよね?」
「その通り。さて、修二君。説明を頼む」
いきなり、恵理からバトンを渡される修二。
「…はい。いいか、遥。TVやラジオなどの仕事をとってくるのは、マネージャーである俺の仕事だ。しかし、雑誌や週刊誌のグラビアの仕事、CMといった、企業が絡む場合は、タレントの仕事だ」
「…どう違うのですか?」
遥にそう聞かれた修二は、一呼吸置いてから、語り始めた。
TVやラジオといった仕事には、プロデューサーと呼ばれる人がいる。
プロデューサーとは、映画やテレビ番組・ラジオ番組・ドラマ・アニメなどの映像作品、ポスターや看板などの広告作品、音楽作品、コンピュータゲーム作品制作、アイドルなど、制作活動の予算調達や管理、スタッフの人事などをつかさどり、制作全体を統括する職務についている人である。
要は、マネージャーである俺が、プロデューサーに直接交渉するか、タレントである人が、プロデューサーの目に留まるかによって、仕事がもらえたり、もらえなかったりするのだ。
勿論、CM撮影にも、プロデューサーはいる。
しかし、CM撮影の場合、一番偉い人はプロデューサーではなく、企業の人達である。
「企業の人達…ですか?」
「そうだ。例えば、ここにあるコーヒーが新商品だとしよう。もしも遥が、コレをたくさん売りたいと考えた場合、さてどうする?」
「…宣伝するなりですか?」
「そうだ。そして、宣伝する為に必要な事を、企業の人達が話し合って決めている」
宣伝する為に必要な事を話し合うのだが、基本は、ポスターや看板、チラシの配布、CMを流す、と言った話し合いになり、次に必ず議題にあがるのが、誰を起用するかである。
商品だけのCMだったとしても、ナレーションをしてもらう声優さんを話し合う。
商品だけではなく、タレントを起用する事になれば、誰を起用するかを話し合う。
勿論、ナレーションをタレントに、声優さんをCMに起用する場合もある。
何が言いたいのかと言うと、ウチのタレントをCMに!と、修二がお願いをしに行く事はない。
と言うより、出来ないと言った方が正しい。
そもそも、新商品がいつ出るかが分からないのだ。
つまり、CMに出て欲しいタレントさんを選んでいるのは、企業側だという事である。
「勿論、このタレントを起用しよう!と、なったとしても、タレントや事務所の了承がいる」
「…じゃぁ、プロデューサーは何をしているんですか?」
「タレントや事務所に交渉したり、企業の人の要望を聞いて、出来るだけそれに近づけたりだ」
CMで流れる効果音だったり、音楽だったり、撮影するスケジュールを組んだりと、何かと忙しい仕事なのだ。
「何でお姉ちゃんは、CM女王になったんですか?」
おかしい質問をする遥。
何で?と聞かれたら、たくさんCMに出ていたからである。
質問を聞いた三人は、何故、選ばれたのか?という意味だろうと解釈した。
「ギャラが安いからだ」
「ギャラ…ですか?」
「勿論、遥の見た目や努力が大きいが、起用された大きな理由は、ソレだ」
普通に考えて、商品をたくさん売りたいと考える場合、人気があるタレントを起用するだろう。
しかし、人気があるタレントを起用するとなると、それなりのギャラが必要となってくる。
「ギャラ…つまり、お金だよ」
「そ、それぐらい、知ってます!」
「…例えばの話しをしよう」
例えばの話しだ。
大御所にCMを頼んだ場合、1千万のギャラが発生するとしよう。
新人のタレントにCMを頼んだ場合、100万のギャラで済む。
「そ、そんなに違うんですか!?」
「金額は違うかもしれないが、それぐらいの差があるって事だよ」
「なななな、何でですか?」
「単純な話しだ。それだけの価値があるからさ」
価値?と、首をかしげる遥に対し、修二は説明をする。
企業側が、1千万出したとしても、それ以上の見返りがあるからこそであり、名前も知らないようなタレントに、それだけ出した場合、見返りは見込めない。
雪はCM女王に選ばれたが、一つ、一つのギャラは安い為、ギャラランキングみたいなやつには選ばれる事はない。
「もう少し、詳しく話すか?」
「…い、いえ。次に機会があればで、お願いします」
「そうね。一度にたくさん話しても、意味ない気がするもの」
「そうだね。話しを戻そうか」
時間も時間だからな。と、恵理は付け加えた。
「遥君。雪君のようにと言っていた、君の意見は尊重する。しかし現状、それは難しい」
ここまではいいね?と、確認する恵理に、はい。と、返事を返す遥。
「現在マネージャーは、修二君しかいない。雪君のように、つきっきりというわけにもいかないのが、現状だ」
ひかりやゆず、あゆみに結衣と、遥も合わせれば、5人のタレントのマネージャーをする事になる修二。
「早い話しが、雪君のようにと言っていたが、雪君のようになるには、来年にはCM女王になっているという事であり、それは不可能だよと、言いたいのだよ」
恵理のこの言葉を聞いて、何が言いたいのかをようやく理解する遥。
「つまり、考え方の確認という意味ですね?」
面談の目的を、明確にする遥。
あの人のようになる。
この言葉には、二つの意味が込められている。
見た目なのか、生き方なのか。という二つだ。
「その通り」
遥の出した答えに、にっこり微笑む恵理。
「さて、千尋君からの伝言だ。遥君。雪君のようにと言う、遥君の意見は尊重するが、どうか、雪君とは違う道を歩みながら、遥君の夢を叶えて欲しい」
「…道、ですか?」
聞き返す遥に対し、恵理は告げる。
「レールだよ。雪君と同じレールは走れないし、走る必要もない」
そもそも、同じレールに乗る為には、来年にはCM女王になっていないといけないのだ。
しかし、違うレールを走っていようともだ。
目的地が同じなら、辿り着く場所は一つしかない。
「遥君の目的地が、雪君の見た景色を見る事なのだとしたら、さて、いつ終わりを迎えるのだろうか?」
「それは…」
雪が見た景色。
その答えは、雪にしか解らない事である。
尋ねられた遥は、何と返すべきかを考える。
ゴール無き道を、走り続ける事になる可能性を、考えるべきだと、恵理は伝えたいのだろう。
「ふふふ。ゆっくり考えたまえ。そして、いつかきっと、遥君が出した答えを聞かせてくれ」
面談の最後は、この言葉で締められた。
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