アイドルとマネージャー
第3時 面談…あゆみ編
慌ただしかった社長室は千尋の退室により、静けさを取り戻していた。
千尋は、物件の最終チェックがあるとか言っていたのだが、慌ただしく出て行った姿を見ると、逃げた可能性が高いなと、修二は思っていた。
「……まぁ千尋君も、君たちを思ってこその行動だったんだ。あまり、責めてはいかんぞ」
数千万の借金を背負った。
急にそんな事を、カミングアウトされたとなれば、慌ただしくもなるだろう。
しかし、恵理の言う通り、ギャンブルで借金を作った訳でもなければ、詐欺にあった訳でもない。
これから働いていく、結衣や遥たちの事を思っての借金である。
「…ですが、遥やひかり達が、自分達の為に借金を背負ったなどと知ったら、どうですかね?」
(君の為に借金を作ってしまった。そんな事を言われたら…はぁ。ったく、アイツは)
「…どうもしない。頑張って働いて、借金を返すだけよ」
先ほどまで放心状態だった結衣だったが、どうやら無事に帰還したようだ。
「姐さんはそうかもしれませんが…しかしですね」
ゆずやあゆみはどう思うか。
修二が心配しているのは、そこである。
「………失礼します」
「……!?どうぞ、開いてます」
コン、コン、という音と共に、外から声がかけられる。サッと結衣と、借金の事は口にするなよと、アイコンタクトをとった修二は、訪ね人に入室の許可を出す。
訪ね人は、あゆみであった。
ーーーーーー
社長室に入り、中央のパイプ椅子に座るあゆみ。
目の前には、修二が居て、両隣には恵理と結衣が座っている。
「さて、あゆみ君。まずは、軽く自己紹介をしてくれたまえ」
恵理からそう言われたあゆみは、スッと席を立ち、ぺこりと一礼してから自己紹介を始めた。
「相川あゆみ……歳は17歳です」
『…………』
眠たいのか良く分からない表情で、あゆみはそう自己紹介をする。
短い沈黙が、社長室を包みこんだ。
「……待て。まさか、ジョークなのか?」
修二の質問に対し、少しだけペコっと頭を下げるあゆみ。良く見ると、ムッとしているように見えたのは、気の所為ではないはずだ。
「いや…あのな、俺には通じたが、他の人には通じない可能性もあるんだから、きちんと考えろよ」
「………有名なのに」
軽く注意する修二に対し、スッと目を逸らしながらあゆみは、ブーたら文句を言ってきた。
「どういう事?」
他の人には通じない。
他の人である結衣が、あゆみのジョークについて、修二に解説を求めた。
「えぇっと、ですね…アメリカンジョークならぬ、声優ジョークみたいなものですよ。17歳ですと言われたら、オイ!オイ!と、返すのが決まりみたいなものでして…」
(キャッチコピーと言った方が良かったか?というより、いくら同じ業界とはいえだ。本人の許可なく使ったりして、怒られないかなぁとかを考えないのだろうか?もしもあゆみが怒られたら色々とマズイ。ここは、きちんと注意しておくか)
あゆみが怒られる。
つまり、担当マネージャーである修二も怒られる可能性があるという事である。
「いいかあゆみ。あの台詞は、17歳に見えないからこそ、オイ!オイ!と言えるわけであってだな」
17歳に見えたり、それぐらいの歳の女の子が、言っても意味がないのだ。
「ほぉ。なら、今度から私が言うとしようか」
「……オイ。オイ」
「…いや、使い方が違うからな。いいから、きちんと許可を取ってから使えよ」
「…おほん。いいから、さっさと面談に戻るわよ」
話しを強引に戻す結衣。
勿論、他の三人に異論はなかった。
ーーーーーー
「さて、あゆみ君。今度から君は、アイドルという事になるのだが、何か聞きたい事はあるかね?」
「………」
恵理からの質問に対し、無言のあゆみ。
その姿からは、怒られてしまった為に、しゅんっとしてしまった子供のように見えた。
「…恵理さんは、別に怒っているとかではなくてだな…その、アレだ。悩みを聞くよって言ってんだよ」
「………やらなきゃ……ダメ?」
「……!?」
ボソボソっと呟かれた言葉。
唇を噛み締めながら、スッとあゆみから目を逸らす結衣。返す言葉が見つからなかったからである。
修二はその言葉を聞いて、そりゃそうだろうと思った。
(声優の仕事がしたいという理由から移籍してきたのに、アイドルって何?と、言われても仕方がないではないか。そうだろ?)
かつてゆずに言った通り、やる気がないならやらなくていいと考えている修二は、あゆみに声をかけようとしたのだが、隣に座る恵理の方が早かった。
「やらなきゃダメだな」
ダメ?と聞かれ、ダメだ!っと、キッパリと告げる恵理。当然、何故?とあゆみから聞かれた。
「あゆみ君。やりたくない理由は、恥ずかしいからって理由なんじゃないかね?」
「……そうなのか?」
恵理の推測を聞いた修二が、あゆみに確認をすると、ぺこっと頭を下げた。
「千尋君から君にと、伝言を預かっている」
「……伝言?」
「ああそうだ。いいか?恥ずかしがり屋なのは、わかっている。それでは、厳しい声優の世界では生きていけない。どうか、アイドル活動を通じて、自信をつけてほしい。以上だ」
恵理から、いや、千尋からの言葉を聞いたあゆみは、何かを考えているように感じられた。
決して表情は変えない、ポーカーフェイスでだ。
「君との面談に向けて私も、色々と調べたいと考えたのだがね…君と話して聞く方が良いと考えてやめたよ」
「………何故ですか?」
調べられていたら、鮎川愛美=相川あゆみがバレていたかもしれない。そうならなくて良かったのだが、恵理が何故そうしなかったのかが、気になったあゆみ。
「ふふふ。あんな紙切れ一枚で、君の何がわかる?せいぜい名前と歳ぐらいじゃないか」
少しの迷いも無く、恵理は続ける。
「修二君も知っているかもしれないが、声優業界が一番厳しい世界だ」
声優業界。
声なき物に、声を吹き込む者たち。
近年では、アニメブームという事もあり、たくさんのアニメが作られている。
たくさんアニメが作られる。
つまり、声優の出番も増えているという事になる。
「あゆみ君にも、たくさんチャンスがくるだろう。しかし、今の君ではダメだ。いつかきっと、消えてしまう」
「え、恵理さん!」
厳しい言い方をする恵理を、修二が止めようと動くも、左手で待ったをかけられた。
「君は、恥ずかしいからという理由で、イベント出演はNGだとか、顔出しNGなどにしているのではないかね?」
この言葉を聞いて、恵理が何が言いたいのかを修二は理解した。
「……わ……私は声優」
恵理に聞かれたあゆみは、そう答えた。
「声だけで勝負したいという、君の気持ちは分からなくもない。かつて私もそうだったからな」
見た目で、仕事をとってきている訳でない。
かつて、美人すぎるマネージャーとして有名だった恵理。声優であるあゆみも、それを知っていた。
その為、恵理の言っている言葉が、嘘や同情をかう言葉でない事を理解する。
「まぁ、私の事は置いといてだな…声優という職業は大きく分けて3つ、仕事を貰う方法がある。1つ目は、マネージャーである修二君から、紹介される事だ」
人差し指をたてながら、恵理は続ける。
「2つ目は、逆オファーを受ける事だ。しかし、残念ながら、君にはこない」
2本の指をたてながら、恵理は続ける。
「3つ目は、続編になった場合だが、やはり君にはこない」
3本の指をたてながら、恵理はそう締めくくった。
修二の隣にいる結衣が、クイ、クイっと、上着の裾を掴み、解説を求めた。
「恵理さんが言った事をまとめるとですね、逆オファーとは、向こうから是非やって下さいと、お願いされる事です。例えば、水を被ると女の子になってしまう主人公を演じていた声優さんがいたんですが、向こうの作者さんから次回作の半妖の主人公も是非にと、声がかかったんですよ。しかし、あゆみはまだ何も演じていません」
つまり、あゆみの声や実力を向こうは知らないのだから、逆オファーなどあり得ないという事である。
「同様に、続編物と呼ばれる作品ですが、これもあゆみには声がかかりません」
〇〇シーズン2などの作品が出る場合、担当声優はそのままということが、一般である。
次回作の主人公は同じなのに、声が違うというのは、見る者や聴いている者に、不快感を与え兼ねないからであり、そもそも何も演じていないあゆみに、続編物は関係がない。
唯一あゆみにくるとしたら、妹だけど愛さえあれば関係ないよね♡の続編が出た場合ぐらいだろう。
「うむ。あゆみ君が声優活動を続ける為には、1つ目の、修二君からここの会場でこの作品のオーディションがあるからと、紹介を受ける場合しかないという事だよ」
新人であるあゆみにとって、唯一のチャンスはここだけである。
声優のマネージャーについて、少し触れてみよう。
声優のマネージャーをする場合、まずはどんな作品がアニメ化されるのかを調べ、いつ、何処でオーディションがあるのかを調べる。
調べたら、そこからあゆみに合う役をピックアップし、オーディションを受けさせて貰えないかと、向こうにお願いをする。
つまり、あゆみを売り込むのだ。
声優の数は多い。
お願いもなしに、オーディションを受けた場合、オーディション会場には数千人の声優さんが集まってしまう。
だからこそ、マネージャーである修二の出番という訳である。
了承を得たら、資料、つまり、台本を送って貰い、あゆみにその事を伝える。
後はあゆみが台本を元に、たくさん練習をして、見事に勝ちとれば、晴れて声優としてアフレコに参加できるのだ。
※アフレコとは、キャラに声を吹き込むということである。
「つまり、何がいいたいかと言うとだね。恥ずかしいからという理由で、チャンスを潰して欲しくないのだよ」
「……潰していない」
身に覚えがない。と、あゆみは答えた。
「ふむ。では、例えばの話しをしよう。君は見事、最終選考まで勝ち残ったとする。最終選考に残ったのは君と、紅白にも出た事もある、超人気声優だとした場合、やはり君に勝ち目はない」
「……向こうに人気があるから」
「ふふふ。それだと君は、永遠に彼女には勝てないではないか。質問を変えよう。修二君や結衣君にも質問だ。君たちが仕事をする場合、何%の力を発揮しているだろうか?」
恵理はそう言うと、結衣に声をかけた。
「…100%の力を発揮しています」
少し考えた結衣は、そう答えた。
「……私もです」
結衣の答えに、あゆみが賛同する。
「ふむ。その日の天候や体調などにもよるだろうが、それはいい訳には出来まい。では、修二君はどうかね?」
そう聞かれた修二は、迷う事なく答えた。
「100% + α です」
「宜しい。では、結衣君やあゆみ君は、修二君には勝てないという訳だな」
「…ど、どういう事ですか?」
言われている意味が解らず、質問をする結衣。あゆみも同様に、首を傾げていた。
「ん?単純な話しだよ。この業界にいる者は皆、100% + α で挑んでくる。そんな中、君たちが100%で挑んだ所で、勝ち目はないということさ」
少しも茶化すような事などせず、恵理はキッパリと断言した。
君たちでは勝てないと。
「では、再度質問をしよう。全く同じ味がするアイスを、A社とB社が作ったとしよう。当然、全く同じ味なのだから、売れ行きは同じになるハズだね?」
恵理からの質問に、結衣とあゆみは首を縦に振る。
「しかし、飲食業界も戦場だ。他社より売れようとするのが当然だろ?100%の力で作ったアイスだけでは勝てない。そこで、+ α の出番という訳さ」
そこまで言われて、ようやく二人は理解した。
「つまり、製品を作る力以外の何かで勝つという訳ですね?」
結衣からの質問に恵理は、にっこりと微笑んでから、その通りだよ。と、告げた。
「さて、話しを戻そうか。先ほどの質問だ。君が勝ち抜く為に必要な物がある。そして、君にはそれがない。勿論、経験や知識、テクニックで劣るのは仕方がない」
働いた年月で勝てないのは何も、声優業界に限った話しではない。
「アイドル活動をしてみて、そこで、君にしかない武器を見つけて欲しい」
つまり、% + α の何かを、手に入れて欲しいということである。
「ふふふ。千尋君が言ってただろ?夢は武道館だってね」
シリアスな空気を変えようと、ワザとらしくウィンクをする恵理。
「武道館に出た事がある声優などあまりいないだろう。武道館に出るぐらいなら、紅白の出場だってあり得るかもしれん。そして、紅白に出た事のある声優などごく僅かだ」
スッと立ち上がった恵理は、あゆみの元へと歩み寄った。
あゆみの前に立ち、腰を下ろした恵理は、あゆみの両手を握り締めながら、語りかけた。
「それが、君の財産になると、千尋君は考えている。だからこそ、君をスカウトしたのだと。勿論、私も同じ気持ちだ。なぁに、心配しなくても大丈夫さ」
スッと立ち上がり、あゆみの頭をポン、ポンっと叩き、修二達の方を指差しながら、彼女は最後にこう付け加えた。
君は一人ではないのだから。と。
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