アイドルとマネージャー
第2章 エピローグ
『アイドルになって皆んなで、武道館を目指す』
『皆んなで一緒に暮らして、チームワークを高める』
社長である千尋の言葉である。
自宅に戻った修二は、レッスンスタジオでの出来事を、ソファーに寝転がりながら、思い返していた。
正直に言うと、アイドルになるのは簡単と言っていい。
何故なら、事務所に所属していて、私達はアイドルです!と、名乗れば、それだけでアイドルになれるからだ。
しかし、世間に認知されてこそのアイドルを目指すのであれば、かなり難しいと言っていい。
そしてそれこそが、マネージャーである修二にとっては、難題であった。
世はまさに、海賊時代!と、某人気マンガは言っていたが、現代の我が日本は、アイドル戦国時代と呼ばれている時代であり…アイドルがあまりにも多い時代なのだ。
つまり、あまりにもライバルが多いという事だ。
「……修二さん?考え事ですか?」
「あぁ。これからどうすっかなぁ…って、何でここに居んだよ!?」
ガバッと、上体を起こした修二は、声のする方へと振り向いた。
「何でって、一緒に帰って来たじゃないですか!それに、私の荷物…ここにありますし…それと…ですね。ちょっと一人になるのは、怖いと言いますか…その…」
思わず、何かやましい事でもしてんのか?と、聞きたくなる修二。それほど、遥の滑舌というか、歯切れが悪い物言いであった。
しかし、無理もないのではないかと、考え直す修二。
「そりゃぁいきなりあんな事を言われて、不安になる気持ちは、分からんでもないがな」
「えっ?」
「ん?だから、さっきの事だろ?」
「そ、そうなんですよ!!やっぱり、聞き間違いじゃないんですね」
あんな事を言われて、ケロッとしているヤツなどいないだろう…しかし、困った。
家から出て行かせようにも、時間も時間だし、遥に行くあてが無いのは分かっている事でもある。
「はぁ…ったく。ちゃんと、自分の口から説明しろよ」
結衣や千尋にちゃんと説明すれば、問題はないだろう。と、考える修二。
担当するタレントの、保護みたいなものだ。
今日もソファーで寝る覚悟を決める。
「じ、実は…その…」
「あん?いやいや、俺の口からは説明できないからな」
自分の口から、遥を昨夜泊めたなどと言えば、怒られてしまうのが分かっている。
怒られると分かっていて、やる馬鹿などいない。そうだろ?
「私からも、説明できませんよ!!怖いじゃないですか!!」
「…怖いのか?」
「あ、当たり前ですよ!!」
結衣を怖がるのは、まぁ分かる。だが、千尋を怖がっている理由が分からん。
「…と、言われてもだな」
困ってしまった。
「今日だけ!今日だけですから、私と寝て下さい!!」
「ブッ!!ちょ、な、いきなり、じ、自分が何を言ってんのか分かってんのか!?」
激しく動揺する修二。
今日だけって何?てか、何で今日だけ?
「へ?一緒の部屋で寝るんですよね?おかしいですか?」
「……あっ。そういう事」
「え?何ですか?」
夜も遅く、電気が点いていなくて良かった。
点いていたら、顔を赤くしている事がバレていただろう。
「い、いや…そもそも、一緒の部屋で寝るほどの事でもないだろ?」
千尋からの言葉に衝撃を受け、怖くて不安になったのだろうが、何故、一緒の部屋で寝るという発想になるのかが分からん。
「……聞こえるんです」
「は?」
「アミちゃんの声が聞こえるんです!!マズイですよ修二さん!!わ、私…呪われちゃったのかもしれません」
「……待て。整理しようか」
何かが大きく間違えている。
修二はそう判断し、遥と話し合いをするのであった。
ーーーーーー
話し合いをする修二と遥。
15分かけ、ようやくお互いの考えていた事が分かった。
「つまり、パーティー会場でアミに感謝されたと?」
「そうなんです…っていうより、修二さんは千尋さんの発言に対してだったんですね」
話しが噛み合わないわけだ。
一緒に寝るを、誤解した自分が恥ずかしい。
「そりゃぁそうだろ?何でお前はケロッとしてんだよ」
「あ、当たり前じゃないですか!!アイドルになるのと、呪われているのと、どっちが怖いですか!!!」
まぁ、間違いなく、呪われている方だろうな。
「呪われていないから安心しろ。大体、今も聞こえるのか?」
アミの担当声優が死んで、神と崇める自分に取り憑いたと思っている遥。しかし実際は、あゆみが修二にかけた言葉であり、呪いなどではない。
「……聞こえません」
「だろ?それから、お前はこれからアイドルになるんだ。男と一緒に寝たなんて噂になったら、芸能人生が終わるぞ」
スキャンダルになって、芸能人生が終わる。
実際、芸能人ではないが、美人すぎるマネージャーの北山恵理は、黒い噂の所為で、マネージャーを辞めてしまった。
「まぁその辺の事は、後日説明するとして、今日はもう寝ようぜ?寝室使っていいからよ」
今日は色々あった。
考える事や、やるべき事など、まだまだ沢山あるが、正直疲れている。
修二が遥にそう提案すると、遥はこんな事を言ってきた。
明日も朝シャンしますから、覗かないで下さいよ!と。覗くか!と、返した修二は、そのままソファーの上で、眠りにつくのであった。
ーーーーーーーーーー
一方その頃、サクラプロダクション1階にある居酒屋に、千尋と恵理の姿があった。
皆んなを解散させ、事務所を閉めた後、恵理から千尋に飲みに行かないか?と、誘っていた。
「はい。大根とはんぺん、ちくわね」
「あぁ。ありがとう女将さん」
カウンター席の前から差し出された器を手に取り、千尋と自分との間に移動させる。
「冬はやっぱりおでんよね♡」
「そうだな。酒のつまみベスト3には入るな」
「確かにね…ちなみに1位は?」
「ふふふ。まぁ、ありきたりだが、枝豆さ」
つまみの王様と、言ってもいい枝豆。
正直、お酒のおつまみ以外で、あまり見ない枝豆が、何故、こんなにもハマってしまうのかが、わからない。
だってそうだろ?
子供の頃から食べていたというのであれば、枝豆が好きだと言っても不思議ではない。
しかし、あまり食べてこなかった枝豆が、何故、大人になったらハマるのか…
「……大将?何をぶつぶつ言ってるんですか?」
「あ、いや、何でもねぇ」
「はい。ビール2つね」
「あぁ、ありがとう。すまないが、ホッケの塩焼きを1つ頼む」
「流石恵理ちゃん♡わかってるぅ♩」
時刻は22時を過ぎていて、平日という事もあり、店の客は千尋と恵理の二人だけであった。
「ひかりちゃんは、大丈夫なの?」
「ん?あぁ、ひかりなり、古い友人への埋め合わせがあるとか言ってだな、今日は、そっちに泊まるそうだ」
「へ〜古い友人か…結衣ちゃんも、今日はゆずちゃんの家に行くって言ってたわね」
「少し…羨ましいな」
「え?」
ボソッと呟かれた恵理の言葉に、思わず聞き返してしまった千尋。
「君も分かるだろ?芸能界で働くと、色々あるのだよ」
あの人のサインを貰ってきて欲しいだとか、写真を撮ってきてほしいだとか、紹介してくれとか…友人から色々と頼まれたりする。
無理ではない。
しかし、友人だからこそ、そこは、気を遣ってほしい所である。
美容師の友達に、友達だからタダにしてよ?などと言うだろうか?要は、そんな感じだ。
「……良い事ばかりじゃないわよ」
「ふふふ。そうだな。君の場合は、結衣君と修二君なんだろ?」
「え、えぇ」
「まぁ、それ以上は聞かないさ。しかし、良かったのかね?」
「何が?」
「彼を一緒に住まわせてしまってだよ。まぁ、間違いは起きないとは思うが」
修二には、結衣やひかり達と一緒に住むように指示を出してある。
一つ屋根の下に、男と女が住むという事に対して、抵抗はなかったのか?という質問であった。
「大丈夫よ。シュウ君を信用してるし、アレを買うつもりだから」
「アレとは何かね?」
コレよ!と、千尋から携帯画面を見せられた恵理は、思わず、千尋の顔を見た。
「…どうやら、本気のようだね」
「私は、いつも本気よ?あっ、おじさん!ビールおかわり」
千尋が買う物を見せられた恵理は、千尋の秘書として、事務所の会計として、そして、可愛いタレント達の為に、全力で働く事を決意する。
しかし、千尋が買う物を見た恵理は、本当に修二を信用しているのか?と、疑問に思ったが、決して口にはしなかった。
女性には、決して触れてはいけないモノがある。
その事を、良く理解していたからであった。
季節は冬の終わり。
3月下旬の出来事である。
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