アイドルとマネージャー

伊達\\u3000虎浩

第2章 宿題

 
 社長室を出た俺は、ソファーに一人で座っている少女に声をかけた。


「…あれ?結衣だけか?」


 声をかけた人物は、先程千尋との話しの中で出てきた人物、結衣である。


 尋ねられた結衣は、修二の方を向く事もなく返事を返してきた。


「…う、うん。恵理さんはタバコを吸いに行っていて、他の皆んなは買い物に行ったわ」


「買い物って…ん?顔が赤くないか?」


「……!?き、気の所為でしょ!!そ、それで、私を除け者にして、千尋先輩と何を話していたのよ」


 あっ!怒っているから顔が赤いのか。と、修二は思った。


「あ、あぁ。その事なんだけど…」


 けど…なんだ?


 明日からお前はアイドルを目指す事になるかも…などと言えるわけがない。


 さて、どうする?


 とりあえずは、夢というか、目標というか、その辺りから聞いてみるのが早いだろうか?


 しかし、いきなりそんな事を聞くのはどうだ?


 どう切り出すか悩む修二に対し、結衣から提案があった。


「修二。話しにくい話しがあるなら、場所を変えましょうか?そうね…レッスンスタジオに行きましょ」


 スッと立ち上がる結衣。


 当然、修二に異論はない。


 結衣を先頭に、二人は3階にあるレッスンスタジオへと向かった。


 ーーーーーー


 社長室。


「…恵理さん?」


「ふふふ。考え事かね?」


「いえ…ちょっと」


 修二が出て行った後千尋は、ぼ〜っとしていた。疲れがドッと、押し寄せてきたという理由でだ。


 しかし、ぼ〜っとしていたとは言えない。


 自分は社長だ。


 部下の前ではしっかりしていなくてはと、考えての理由である。


「そうか。君も色々と大変だな」


「…恵理さん。もしかして聞いてました?」


 含みのある恵理の言葉に、千尋は疑問を覚えた。


 最も、いずれは話す事なので、聞かれても問題はないのだが、盗み聞きはいけない事だ。


 聞いていた?とは、やんわりとした注意である。


「聞くつもりはなかったさ。単純に声が漏れていただけの話しだよ」


 当然、注意された事を理解している恵理は、それは誤解だ、という意味を込めた返事をする。


 無論、何の話しだ?と、話しをはぐらかす事も可能だったが、恵理はそうしなかった。


 千尋は恵理の話しを聞いて、疑う事すらせずに本題へと入る。


「アイドルプロジェクト。正直…どう思います?」


 アイドルプロジェクト。


 勝算とかそういった事ではなく、純粋に、千尋は知りたかった。


 自分の考えが正しいのかどうかという事を。


「正直言って、難しいだろうな」


「…理由をお聞きしても」


 何の迷いもなく、即答する恵理。


「アイドルというジャンルは特殊だ。女優や声優、モデルや歌手とは全く違う次元であるといっていい」


 両腕を組み、恵理は続けた。


「女優とは何か…お芝居をする者だ。声優とは何か…声を吹き込む者だ。では聞こう。アイドルとは何かね?」


 アイドルとは何か?尋ねられた千尋は考える。


 少しの間、短い沈黙が流れた。


 見つめ合う千尋と恵理。


 千尋は、何かを決意したのか、おもむろに口を開いた。


「……キラキラした者だと思います」


「……!?……ふふふ。あははは」


 千尋の答えを聞いた恵理は、楽しそうに笑った。


「わ、笑わないで下さいよ!上手く言葉に、言い表わせなかったんです!!」


「いやぁ、すまない。しかし、キラキラね…ふふふ」


 目元を拭う恵理の姿を見ながら、顔を赤くする千尋。


「まぁ、私の答えとは違うが、大体は同じなのだろうな…では、歌手はキラキラしていないかのかな?」


「…!?そ、それは違っ…すいません。上手く言えなくて…恵理さんの答えを聞いてもいいですか?」


「ふふふ。修二君にはマネージャーについて宿題を出した。なので、君にも宿題を出すとしよう」


 そう言いながら恵理は、千尋に近づいて行く。


「アイドルとは何か?と、いつかまた同じ質問をしよう。これが、私から君に出す宿題だ」


 千尋の頭を優しく撫でながら、恵理は続ける。


「さて、話しを戻そう。アイドルプロジェクトについてだったな。結論から言わせてもらうと、私も賛成だ」


「…本当ですか?」


「あぁ。理由を話す前に、一つだけ確認がしたい。あゆみ君について聞かせてくれないか?」


 そう尋ねられた千尋は、あゆみについて詳しく恵理に聞かせる。


 その答えを、恵理は黙ったまま聞いていた。


「…やはりか。君がこのプロジェクトを考えたのは、彼女達の為なんだろ?」


「分かるんですか!?」


「強いては、修二君の為でもある。違うかね?」


「……!?」


 心臓を、ギュッと恵理に握られた。そんな錯覚を覚える千尋。


 この人は一体、どこまで読んでいるのだろうか。


「ふふふ。心配しなくても言わないさ。しかし、彼には言わなくて良かったのかね?」


「いつかきっと、私から話します」


 伝えなくてはいけない事がある。


 そしてそれは、自分の口から言わなくてはいけない事でもある。


 いつか、きっと。


 千尋と恵理の話し合いは、この後1時間ほど行われるのであった。


 ーーーーーー


 一方、レッスンスタジオにやって来た二人。


 靴を脱ぎ、鏡張りの壁を見ながら、結衣の後に続く修二。


 床はフローリングで、体育館の床をイメージして作られている。


 ダンススタジオ風のレッスン室。


 音漏れ防止用の壁に、フォームの確認の為の鏡張りの部屋。


 その部屋を、懐かしみながら修二は結衣の後に続く。


「この辺でいいかしら」


 右角にあるパイプ椅子を2つ組み立て、二人は向かい合うようにして座る。


「…なぁ。向かい合うと、そのだな」


 近すぎないか?と、考えた修二。


 実際、お互いの膝がくっついている訳ではなく、拳2つ分のスペースがある。


 かといって、極端に離れてしまうと、それはそれでどうなのか。


「イッテ!?な、何しやがる!」


「…変態」


 いきなり頭を叩かれた修二は、叩かれた頭を摩りながら文句を言うと、結衣から睨まれてしまった。


 は?と、思う修二だったが、結衣がスカートの上に両拳を乗せた事により、結衣が何を思ったのかを正確に理解した。


「ち、ちげぇよ!!」


 スカートの中が…的な事を考えたであろう結衣は、ため息と、ついでに殺気をまといながら、ドカ!っと、修二の隣に座り直した。


 気不味い空気が辺りを包み込む。


 大切な話しをしようとした矢先、訳も分からない理由で相手を怒らせてしまった。


 大体、拳2つ分のスペースでは、スカートの中など見えないし、それだけ近くにいたら、目線が何処を向いているかなど、直ぐに分かってしまうではないか。


 ん?だから離れようと提案した…とでも思ったのか?覗きたいから離れようぜ♪(´ε` )などと提案する変態などいるかっての。と、修二が心の中でボヤいていると、結衣から不意に名前を呼ばれる事となった。


「…修二」


「は、はい!」


 その所為か、少しだけ声のトーンが上がる。


「話したい事があるなら、さっさと話す!ちゃんとさ…その…聞くからさ」


「…結衣?」


 まるで、これから何を話すのかが分かっているかのような口ぶりであった。


「前を向く!!って、鏡張りだから、やっぱりダメ!!」


「…おい」


「そっち!そっち向いて!!」


「あの…壁ですけど?何で俺は、壁の角を向きながら話しをしなくてはいけな…いえ、何でもないっす」


 元気がないように感じられた為、横顔を見ようとした修二であったが、元気よく?怒られる羽目になってしまった。


 全く。


 つくづく女の気持ちは、分からん。

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