アイドルとマネージャー
第2章 ゆずの悩み
修二とゆずは、真剣な表情で見つめ合っていた。
「いいか?お前がやりたくないと思いながら仕事をするんであれば、それなら仕事を辞めろ」
言い方がキツイと思われてしまうかもしれないが、それでも修二はゆずときちんと向きあった。
「ドラマに限った事ではない。一つの作品を作るというのがどれだけ大変か、どれだけの人がその作品に対して関わっているか、お前にも分かるだろ?」
スタッフだけでも100人を軽く超える。
キャスト陣が50人だとした場合、そのキャスト陣の事務所などを合わせれば、数百人では済まされない。
「こんな役などやりたくないなどと考えているヤツが、その中にいたらどうだ?また、作品を作るだけが女優の仕事ではない。見るのを楽しみにしている視聴者の期待に答えるのも仕事の一つだ」
やる気がないヤツがいると、現場の空気が全然違う。また、そんなヤツがいる作品を、視聴者は見たいなどと思うだろうか。
またこれは、女優業に限った話しではない。
文化祭でもいい。合唱コンクールでもいい。スポーツの試合でもいい。
皆んなで力を合わせるような場面など、全員が一度は経験した事があるだろう。
やる気がないヤツがいたらどうだ?
「お前がオファーを受けて仕事をしているのか、オーディションで勝ち取っているのかは知らんが、オーディションでなら、尚更辞めろ」
芸能界は、特殊な職業である。
仕事がないとお金が貰えない。
仕事を貰う為に、一人一人が努力している。
そしてその努力を見せ合って、認められた人だけが、生き残っていけるのである。
つまり、皆んな必死で頑張って、一つの役を奪い合っているのに、やる気がないヤツが勝ち取ってしまうのは、やる気がある人達に申し訳がないではないかと、修二は考えているのだ。
「この業界が、実力が全てだということは分かっている」
最も、やる気だけでは、どうにもならないのがこの業界の厳しいところである。
「やる気がない中、もしもオーディションで勝ち取っているのであれば、お前にはそれだけの才能があるのかもしれない…それでもだ」
凡人は天才には勝てない、という言葉がある。
死ぬほど嫌いな言葉だが、この業界に身を置く者として、その言葉って本当にあるんだと感じた事などざらにある。
「やりたくない役があるなら、辞めろ」
「……アンタに何が分かるのよ」
「は?やる気がないヤツの気持ちなんて分からねぇよ……って、何しやがる?!」
ガッ!と立ち上がったゆずは、思いっきりビンタを繰り出してきた。
パチンと、可愛らしい音が鳴る。
ゆずはその可愛らしい瞳に涙を溜めながら、静かに語り出す。
「言われたくない言葉を次々と言われて、逆にここまで言われたら…気持ちいい…か」
ポツリ、ポツリと、その瞳から涙が溢れ始めた。
「ねぇ、ゴン太。アンタに分かるかって聞いたわよね?」
「……あ、あぁ」
いつの時代も男という生き物は、女の涙に弱い。
少しだけやり過ぎたかなぁっと、後悔する修二は、目を合わせる事が出来なかった。
「アンタに、子供が受けるオーディション会場に行かされる私の気持ちが、分かるかって聞いてんのよ」
「………!?」
そういう事か。と、修二は全てを悟った。
「私だって分かっているわよ!それでも、事務所が聞いてくれない!聞いてくれないのよ」
嗚咽が漏れている。
顔をあげられないが、ゆずが震えながら泣いているという事を、雰囲気から察した。
きっとゆずは、事務所に何度も掛け合ったに違いない。違う役のオーディションを受けさせてほしいと。
しかし、事務所というのは、いわば会社である。
稼げる方を選ぶのが、普通なのではないだろうか。
「…ひっぐ。オーディション会場には、数百人の子役がいるわ。そんな中、20歳を超えた人がどれだけいると思う?ね?ねぇ!?」
「………」
「私だけ…私だけしか居ないわよ。パイプ椅子に座って順番を待つ私を見る目が怖い。場違いなヤツめって、思われているんじゃないか、気持ち悪いって思われているんじゃないか、誰かにそう思われているんじゃないかって思うと、怖くて仕方がない…それでも、それでも、与えられた仕事は全力でやっているわ」
オーディション会場には、子役と呼ばれる未来の女優、俳優の卵が集まる。
その中で、天使ゆずは一人で戦い、見事、勝ち取っていたのだった。
「お芝居が好き。だから女優になった。やるからには全力でやる。例え、やりたくない仕事だとしてもよ」
「……あぁ。分かった」
「いいから聞きなさい」
修二がこの話しを終わらせようとしていると、ゆずは感じ取っていた。
「私は後、何年もつと思う?」
何年もつ?とは、何年いられるか?という意味である。
「天才子役が大勢いる中で、たった一つの席を奪い合う。ずっとずっと勝てるほど、芸能界は甘くはない」
作品の中で、妹や娘、子供役などの配役は、他の配役とは違って、あまりにも少なく、競争率も高い。
「私が25歳になったとして、どう?ランドセルか何かを背負っていたら、気持ち悪いって思うでしょ?ね?」
「……事務所は何て言ってんだ?」
修二は気持ちが悪いとも、悪くないとも答えなかった。
「はん?笑われたわよ。ヒロインってwwwって具合にね」
通常、ドラマや映画のキャスティングには、適正だとか、求めている人材というものがある。
例えば、子供役を選ぶ際、身長180ある人は選ばれない。
「悪かった…もういい。やめろ」
「良くないわよ!?」
「俺の勘違いだった。やりたくない役ばかりだが、やりたくないだけであり、やる気がないわけではないって事なんだろ?」
うまく説明が出来ないが、つまりはそういう事なのだろう。
やりたくない=やる気がない。
そう思っていたが、考え方は人それぞれであり、つまり、ゆずはそう考えていないって事だ。
「当たり前でしょ。私はプロよ。それに…結衣との約束もあるし」
最後の方は聞き取れなかったが、ゆずはゆずなりに悩んだのだろう。
この業界にいたい。
しかし、今のままではダメだって事にだ。
「…お前の気持ちは分かった。しかし、もしも俺が、妹や娘役、子供役の仕事しか持ってこなかったらどうする?」
「ふん。答えなくても分かってるでしょ?まだ私は負けないわ!」
決意の表れとでもいうべきか、天使ゆずは断言する。
「どんな仕事でも全力よ。ただし、私からも条件があるわ」
「何だ?」
「それ以外の仕事を取って来なさい。ま、無理なら、それ以外のオーディションを受けさせて頂戴!!」
ビシッと向けられた人差し指。
決して、ふざけて言っている訳ではないって事は、ゆずの表情を見れば分かる。
「…分かったよ。宜しくなゆず」
「えぇ。宜しくねゴン太」
ピンッと伸ばしていた人差し指を戻し、握手を求めてくるゆず。
その手を掴もうとした、その時であった。
「……イッテ!?」
「ちょ、ちょっと…キャッ!?」
ずっと正座をしていた所為で、両足が痺れてしまった修二は、ゆずに覆い被さるようにして、倒れ込んでしまう。
「イッテテ…悪い。大丈夫か……!?」
思わず息を飲み込んでしまった。
倒れ込んでしまったはずみで、胸を触ってしまうなどという(ラッキースケベ)事はなかった。
しかし、見下ろしてみると、ゆずのTシャツが少しめくれてしまっており、可愛らしいおヘソが露わになっていた。
"妹だけど愛さえあれば関係ないよね"
両手を挙げたままで倒れているゆずの姿が、昨日遥から見せられた、押し倒された風の抱き枕を連想させる。
ドン!っという音と衝撃。
ふぎゅ!?っと言う、何とも表現しずらい声が修二の口から漏れてしまう。
ドスッ!という音と衝撃から、自分は蹴られてしまい、今まさに、誰かに踏まれているという事に気づく。
誰か?ゆうまでなく、このお方である。
「私の親友に、何をしちゃってんのかなぁ?ねぇ、修二くぅん?」
そう。我らが結衣様であった。
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