アイドルとマネージャー

伊達\\u3000虎浩

第2章 きっかけ

 
 遥の熱弁は続く。


「さてと…じゃぁ、ちゃんと聞いていて下さいね」


 遥はそう言うと、アキ、アミ、アユの違いを語り出した。


「今日は運動会です。しかし、残念ながら修二君は運動オンチだった為、かけっこでビリでした」


「…待て。何故、運動オンチだと決めつける」


「これですよ、これ!パラメータがショボすぎます」


 ステータスというヤツなのか、筋力とか、かしこさとか、色々書いてある棒グラフがある。


 コレなら、ゲームをした事がある人であれば、馴染みのヤツだろう。


 RPGやスポーツゲームでも、良くあるだろ?


「とにかく、ビリでした。すると、アキ、アミ、アユちゃんはこうなります」


 アキの場合。


『ふ、ふん。べ、別に順番なんてどうでもいいじゃない。アンタが頑張っていたって事、私は知っているから…って、か、勘違いしないでよね!ふん』


「好感度が上がります」


「…あがるのか?謎なんだけど」


 これが、ツンデレってヤツなのだろうか?


 アミの場合。


『お、お兄ちゃんが一番じゃなきゃ、ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダーーーー!!』


「好感度が激減します」


「…ま、まぁ、分からなくもない」


 小学生にとって高校生とは、一種の憧れみたいな存在だ。


 また、兄とは英雄ヒーローみたいな存在なのであろう。


 アユの場合。


『え?走っていたんですか?すいません。興味が…いえ、見てなかったです』


「バッドエンディングです」


「待て。一番簡単な子が、一番厳しいんですけど、気のせいじゃないですよね?」


「当たり前じゃないですか!いいですか?女の子っていう生き物は、ちょっと運動ができる子にときめいたりするんですよ」


「当たり前って…お前等女子の、ちょっとの基準が分からん」


 かけっこでビリだったとしてもだ、その競争相手が全員スポーツ万能だったらどうする?


 逆も然りだ。


 俺以外の周りが、相撲部の連中だったらどうだ?


 一位になって当たり前。


 そう考えるだろ?


「…とにかくですね。今ので分かったと思いますけど、選んだ妹によって、結末が違うという事です」


 つまり妹ごとに選んだ選択によって、喜ばれる選択と、嫌われる選択があるという事だ。


 例えば、寝ている妹を起こす場合、アキとアユは喜ばれ、アミは泣きだして嫌われるといった具合になっているらしい。


 ちなみに③のお漏らしの確認は、全員バッドエンディング行きだとよ。ま、当然だわな。


 という事は、アミやアユの高感度を上げようと考えるのであれば、何としてでも一位でないといけないらしい。


 ん?無理ではないぞ。


 パラメータの筋力や体力をあげるだけさ。


「どうですか?修二さん。やり込み要素がハンパなくないですか?」


「まぁ、そうだな」


 一度ゲームをクリアーしたら、終わりというわけではない。新たな妹を攻略する為に、次のステージに進むというわけだ。


「ほら?ほら?どうしますか?誰を選ぶんですか?」


 キラキラした瞳で問いかけてくる遥に対し、ふと疑問に思った事を質問する修二。


「なぁ、遥?何でこんなのにハマったんだ?」


「あ"?こんなのだと」


「…すまん、言い間違えた。どうやって、こんな神ゲーに出会えたんだ?」


 メンドくせぇなどとは口にせず、理由を尋ねた。


「……お姉ちゃんがいなくなって実は私、引きこもりになっちゃったんですよ」


「……!?」


 思わず、遥の顔を見てしまう。


 遥は寂しそうな瞳をしながら、昔の自分について語り始めた。


「お姉ちゃんがいなくなって、私の日常は変わってしまいました。友達からかけられる言葉が信じられず、毎日、毎日、泣いていました。お姉ちゃんやママが病気の事を隠していたのも、塞ぎこんじゃった原因の一つです」


 周囲の環境が変わってしまう。


 それが、どれだけ大変かという事を、俺は良く理解している。


「…全てが嫌になった私でしたが、偶然、この神ゲーに出会ったのです」


 そう言って、遥は一つのゲームを見せてきた。


『妹だけいればいい』


「私の原点です」


「……そ、そうか」


 そこから遥の長い説明が始まったのだが、割愛しよう。け、決して、聞いてなかったわけではないからな!


 要するにだ。


 周囲の環境に馴染めなかった遥が、出会ったゲームというのが、エロゲーだったという事である。


「…変、ですか?」


「……え?」


 質問の意味が分からず、遥の方を向くと、遥は目を合わせようとはしなかった。


「…本当は、分かってるんです。女の子がハマるゲームではないって事ぐらい」


 ギュッと握られた拳が、プルプルと震えていた。


「可笑しいですよね?馬鹿にしてますよね?気持ち悪いって、そう思いますよね」


 明後日の方向を向きながら、遥は続けた。


「でも、駄目なんです。この子達がいないと、私、私は…」


「…変じゃねぇよ」


「…え?」


「さっきも言ったろ?変なんかじゃない。お前は、変なんかじゃねぇよ」


 水嶋遥は変なのだろうか?


 そう考えた俺は、即座に違うと答えられる。


「好きになるって事が、変なのか?それは違うだろ?」


 好きになるっていう事に、可笑しいとか、変だとか、気持ちが悪いって思うだろうか?


「カラオケが好きな子もいれば、ショッピングが好きな子もいる。ジャンルが違うかもしれないが、ゲームが好きな女の子だって当然いる」


 それは、絶対にあり得ないと言っていい。


「どんな理由でもだ。好きな事を変だとか言うヤツは間違っている」


 ゲームだけには限らない。


「俺は、アニメや漫画、ラノベに救われた」


 かつて自分自身がそうだった。


「雪がいなくなって、周囲の環境が変わって、塞ぎこんでしまった時、俺はコイツらに救われた…なぁ遥?」


「……はい」


「俺は、変か?」


 そう尋ねると、遥は小さく首を左右に振った。


「…例えばの話しをしよう。ストレス発散だとか、趣味だとか、好きだからとか、暇つぶしでもいい、とにかくだ。毎日カラオケに行くとしよう」


「はい」


「その人は、そうやって毎日を楽しんでいる。遥はカラオケではなく、このゲームで毎日を楽しんでいる。それって、どれだけの違いがあると言えるだろうか?」


「……いかがわしいか、いかがわしくないか、じゃないんですか?」


「お前は、このゲームがいかがわしいから好きなのか?」


「ち、違いますよ!!!」


 バッと顔をあげた遥は、修二が真剣な表情で語っている事に、ようやく気がついた。


「……可愛いから好きだって事も、勿論なんですが、妹達が…私を好きになってくれるっていうのが、たまらなく幸せなんです」


 ゲームは所詮ゲームでしかないのだろう。


 決められた台詞。決められた物語。誰が、いつ、どこでプレイしても、それは変わらない。


 だがしかしだ。


 自分の心情によっては、多少変わってくるのではないだろうか?


 誰かに必要とされたかった時。


 誰かに認めて欲しかった時。


 誰かから愛されたかった時。


 偶然、たまたま出会ったエロゲーに、水嶋遥は心を奪われてしまっただけの話しではないか。


「俺は、アニメや漫画、ラノベや小説が好きだ。プロ、アマ関係なく全ての作品を、読むのも見るのも大好きだ」


 実際、小説家になる!を、熟読しているぐらいだ。


「当然、そ、その…だな。いかがわしい場面にでくわす事だってある」


 顔を赤くしながら、修二は続けた。


「いかがわしいのが許されるのは男だからとか、女だからとか、そんなの関係ない。男女平等。資本主義だ。いや、民主主義か?」


「……プッ。ふふふ」


「な、なんだよ?」


「あははは!だ、だって、いきなり良く分からない政治の話しをしだすから…あははは」


「わ、悪かったな…ふん」


「修二さん」


「あん?」


「私は可笑しくないですか?」


「可笑しくねぇよ。それに…よっと」


 遥が見つめる視線の先には、ゲームを掴む修二の姿があった。


「神ゲー…なんだろ?」


「……そ、そうです!神ゲーです!!」


 やっといつもの調子に戻ったのか、遥は急に立ち上がった。


「エロゲーなんて存在しません!神ゲーです!」


「あぁ。そうなんだろうなって、何処に行く?」


 タタタっと、リビングを後にする遥を見ながら、思わず口元が緩んでしまう修二。


 自分を支えてくれた物は違えども、自分を支えてくれる物に出会えたということが、何よりも重要なのではないだろうか。


「…さてと。タバコでも吸いに行きますかね」


「修二さん!!」


「ん?何かあったのか?」


 タバコに火をつける寸前で呼ばれた修二は、タバコを加えながら質問をした。


「…わ、笑わないで下さいね」


「そのキャリーバッグには、そんな面白い物が入っているのか?」


 パチ、パチっと、キャリーバッグの鍵を開けていく遥。どうやら、俺に見せたい物があったらしく、キャリーバッグを取りに行っていたようだ。


「……ま、まさか?」


「はい!私の"神ゲーコレクション"です」


 リビングののテーブルに、目を輝かせながらエロゲーを積んでいく遥。


「特別にどれか一つ貸してあげますから、ささ、選んで下さい」


「……いや、いい」


「もしかして、この中にやりたい神ゲーはなかったですか?じゃぁ違うのを持って来ますね」


「と、とりあえず座れ!な。なぁ遥?」


「…はい?何ですか?」


「もしかして、あのバッグの中身…」


「え?あ!ち、違いますよ。やだなぁ〜もぉ」


 良かった。


 流石に全てのバッグの中身が、エロゲーというわけではないようだ。


「どぉしようかなぁ…う〜ん。修二さん、笑わないって言ってくれたしなぁ〜」


 右手をアゴにあてながら、ぶつぶつ呟く遥は、チラチラとこっちを見てくる。


 まるで、エサをねだる動物のようである。


「…できたらみたいかなぁ」


「な、何で棒読みなんですか!?ま、まぁ…仕方ないですね」


 そう言って、再びリビングを出て行く遥。


「…流石に、エロゲー以外なら驚かねぇだろ。お?戻って来たか」


「見てください修二さん」


 バッと開いたバッグから、次々と何かを出していく遥。


「お、おい…何だコレは?」


「え?知らないんですか?美少女フィギュアじゃないですか」


「男性用のワイシャツを着ているのか。なら、この白い布は何だ?」


 テーブルに置かれた白い布を手に取り、バッとひろげる修二だったが、早くも後悔してしまう羽目になる。


「……ちょっと遥さん?コレは何?」


「はぁ…。修二さんってホント、何も知らないんですね。いいですか?それは抱き枕っていって、中に綿を詰めて、膨らませて、抱いて眠るんですよ」


「パ、パジャマなんですけど?若干、チラッとパンツが、み、見えてるんですけど?」


 修二がひろげた白い布の中心には、可愛い女の子が頬を赤く染めながら、パジャマ姿で描かれていて、それはまるで、押し倒されてしまった女の子のようであった。


「当たり前ですよ。寝る時はパジャマじゃないですか。も、もしかして、全裸で寝るんですか?一応ありますけど」


 あるんかい!というツッコミは、心の中にしまっておく。


「…分かった。分かったから、バッグに戻せ」


 これ以上のブツがバッグから出てこられても困る。


 そう思った修二は、バッグに戻す様に言ったのだが、遥は納得していないようであった。


「いや、そんな不機嫌な顔をされてもだなぁ…いいか、遥。明日には出て行くんだから、散らかしても仕方がないだろ?」


 パーティーをするわけでもなければ、エロゲーをするわけでもない。一時的に、仕方なく、今日だけは泊める約束だ。


「…その事なんですが、修二さん。しばらく、泊めていただけないかと、思っておりまして」


「いやいや、無理だろう。千尋や結衣に怒られるじゃねぇか。大体だなぁ…いや、いい。とにかく駄目だ」


 一つ屋根の下。


 男と女が一緒に暮らすということに、コイツは抵抗がないのだろうか?しかし、その事を伝えるという事は、まるで俺が、その事を意識しているみたいに聞こえるのではないだろうか。


「だ、だって、常識的に考えて下さいよ!一日で部屋を見つけて、契約して、お金を払って、明日から住めるなんて事、あり得ないじゃないですか」


 常識的に考えればそうなのだが、それを遥に言われると、イラッとしてしまう。


「キチンと部屋を見つけますから、その間、お願いします」


 はぁ…と、深いため息を吐いてしまう。


 もしも追い出したとして、行く宛もない遥は、どうするのだろうか。


 ビジネスホテルやカプセルホテルならまだいい。最悪、ネット喫茶でも良いが、野宿だったり、知らない男に着いて行ったりなんかしたら…クソ。


 そこまで考えた修二は、一つだけ条件を出した。


「千尋や結衣には、きちんと許可を取れよ」


 あの二人には迷惑や心配を散々かけているのだから、これ以上は駄目だ。


「了解であります。あっ!修二さん」


「今度は何だ」


 ビシッと敬礼ポーズをとったハルカ軍曹は、バッグをゴソゴソとあさり始めた。


「お礼に、この神ゲーをあげましょう」


『この頃妹の様子がおかしい』


「あ、ありがとよ」


 様子がおかしいのはお前だ!などとは言えない修二は、渋々受け取るのであった。

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